6
僕たちは同じ美術部だった。
僕と彼女がお互いに惹かれ合うのに時間はかからなかった。
運動が得意ではない僕が美術部に入ったのは、単純に絵が得意だったからだ。
将来、画家を目指していたわけではない。
でも、彼女は違った。
本気で絵を勉強し、将来は美大への進学も考えていた。
そして、美術部には3人の部員しかいなかったから、僕たちはいつも一緒だった。
僕とマキと、そして、彼女の3人だけだった。
僕の肩にそっと手の感触があり、僕は振り返った。
するとマキの人差し指が僕の頬に突き刺さった。
僕の頬に人差し指を突き刺したままマキが僕を見て呟く。
「ば~か~」
「…知っている」
「寒いよ」
「…知っている」
僕たち二人は朝食を終え、森に散歩に来ていた。
「家に残ったナミカちゃんは賢いね。こんな寒い朝に散歩に出るなんて。本当におバカ。夏はとっくに終わっているんだよ」
「だったら、マキも来なければよかっただろう?」
「私もバカなの」
そういうと僕たちはまた黙って森の中を歩きだした。
森の中のいつもの散歩コース。
遊歩道などない。
このいつもの散歩コースを外れると5年以上森に通う僕でも遭難するだろう。
僕とマキの足音が森に響く。
風が森を揺らす。
遠くで鳥のさえずりがする。
いつもと同じはず。
だが、やっぱり何か騒がしいような気がする。
日に日に騒がしくなっているような気がする。
「最近。描いてないんじゃない?」
マキが少し後ろからぽつりと呟いた。
「そうかも…」
ナミカが来てから描いてない。
描く気がわかないのだ。
働いていたのは生きるためだ。
でも、描くのは生きるためではない。
描かなくても生きていける。
なぜ描いていたのか…
暇つぶしだろう。
他に何もすることなどないのだから。
僕は暇つぶしに来る日も来る日も森の絵を描いていた。
その行為に意味などない。
「ねぇ…」
マキから小さな声が聞こえた。
「もう十分でしょう?」
「……」
「もう許してあげなよ。自分を…」
僕は振り返らずに歩き続けた。
「早くため息つくのをやめてよ…。まだ残っているから…。幸せ…」
網膜の残像には彼女の手のひらが焼き付いている。
僕を許してくれるのか?
彼女の手のひらをつかめなかった僕を許してくれるのか?




