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手のひら  作者: 山田木理
2/17

マキは僕の「妹」を見て顔を引きつらせている。

「生き別れの妹?」

「うん。そう。仲良くしてよね」

僕はマキに妹を紹介した。

「ナミカです。よろしくマキさん!」

元気ハツラツに僕の妹は手を広げマキに抱きつこうとしたが、マキはひょいとよけた。

よろけた妹は何事もなかったようににこやかに振り返り、

「お茶でも入れてきま~す」

と言って台所に向かった。

妹のナミカが台所に去ったのを確認し、マキは僕に詰め寄った。

「甲斐に妹がいたなんて聞いてないわよ」

「僕もだよ」


僕の名前は甲斐正人。

目の前で怖い顔をしているのが神岡マキ。

高校時代から12年来の腐れ縁である。

僕は売れない画家で森の中に住んでいる。

マキが働いている画廊に僕の絵を置いてもらっているが未だに売れたことはない。

そんな僕の生活費は父の遺産。

会ったことのない父は僕に数年生活できるそこそこの遺産を残した。

母子家庭で育った僕は父のことを何も知らなかった。

そして、母は多くを語ることもなく既に亡くなっっていた。

だから、その遺産は僕にとって突然降って湧いたお金だった。

生きるために働くのか働くために生き続けるのかその意味すら分からなかった僕からそのお金は働く意味を失わせた。

働かなくても生きていける。

僕は深い森に建つ家を見つけ、安値で買い取り住み着いた。

趣味で絵を描いていると、遊びにきたマキが絵を売ろうと言い出した。

売れない画家というより売れたことのない画家である。

それを画家と呼んでよいのか僕にはわからないので、やはり言いなおそう。

無職。ぷー太郎。ニート。

一番ニートが今っぽいので、とりあえずニートということにしよう。

そして、ニート5年目の僕に「妹」ができたのだのはほんの3日前のことだ。


「知っているだろう?僕の母は未婚で僕を産んだ。父のことはよく知らなかったんだよ。腹違いの妹が一人二人いても不思議はないよ」

納得いかない顔のマキに僕はにっこり笑ってみせた。

森の中にひっそり建つ僕の家に遊びに来るのはマキだけだ。

マキ以外の人間がこの家に来ることはなかった。

その僕の家に「妹」がいたのだ。

「本当に腹違いの妹なの?確かめたの?」

彼女の疑問はごもっとも。

「う~ん。まぁ…、でもそんな嘘く必要はないし…」

曖昧に言葉を濁す僕にマキはイライラしているようだ。

擦り切れた中古のソファに腰掛けている彼女の身長は僕よりもちょっと高い。

座っていなければ微妙に見上げる事になる。

ストレートの黒い髪やすっと伸びる鼻筋は知的なイメージで、一般的にはきっと画廊がよく似合う。

もっとも僕の中ではマキは高校生のままで、僕をいじめるほうがよく似合っている。

「お待たせしました~」

ナミカが足でドアを蹴り、トレイにコーヒーカップを三つのせて入ってきた。

それを見て、大きくため息をついたマキは何も言わずに立ち上がった。

「どうしたの?」

テーブルにコーヒーカップを並べるのを手伝いながら僕は立ち上がった彼女を見上げた。

「帰る」

「え?もう?来たばかりなのに?つまんな~い」

今時の女子高生の言葉づかいでナミカは口をとがらせる。

だけど、そんなナミカになぜか僕は違和感を感じていた。

マキは持ってきたバッグをつかむとナミカが入ってきたドアから出て行った。

僕がソファに座りなおすころにはもう車のエンジンが聞こえタイヤが砂利を踏みしめる音が聞こえて、遠ざかって行った。

「あらら…」

ナミカはマキの車が見えなくなった庭を窓から見ている。

庭と言っても砂利が敷き詰められ車が2台駐車できるスペースだけだ。

僕の中古の軽トラが停まっている以外何もない。

奥に森が広がるだけだ。

ナミカは森を見ているのだろうか。

そんなナミカを見ながら僕はナミカが入れてくれたコーヒーをすする。

「うまい…」

このコーヒーを飲まずに帰ったマキが気の毒になるぐらいナミカが入れたコーヒーは旨かった。

「ブルーマウンテン?」

ナミカの後姿に問いかけた。

彼女は庭を見つめながら、横に首を振った。

「じゃあ、モカ?」

「コーヒーは、地獄のように黒くて、死のように強くて、恋のように甘い…」

「は?」

僕はナミカが言った言葉の意味が分からずポカンとした。

だから僕はもう一度繰り返した。

「モカ?」

「うん。インスタントのね。…それよりマキさん。怒って帰ったよ。いいの?彼女じゃないの?」

「…違うよ。それよりさ。そろそろ君が誰か教えてよ」

ナミカはまた窓から庭を見る。

「それは大事なこと?」

その声は消え入りそうだった。

消え入りそうだけど、強い口調だった。

「大事なことだと思うけど…」

だから、僕の声は自信がない。


彼女が僕の家にきて3日が過ぎた。

僕が彼女に出会ったのは、「ある日、森の中」。

彼女は森の中を歩いていた。

びしょぬれの泥だらけで地味な白いシャツとチノパン姿。

足を引きづり、短い髪は濡れ、疲れ切った表情だった。

そして、僕と目が合った瞬間、彼女は倒れこんだ。

『お願い。警察には行かないで…』

と言い残し…

僕はいろんな想像をした。

一番考えられたのは、自殺だった。

事故や事件に巻き込まれたなら、警察に行って家に帰ろうとする。

だが、彼女はこの森の中のぼくんちに住みつこうとしている。

僕のカップからコーヒーの茶色い闇が消えた。

底の見えたカップを置き、マキのために入れられたコーヒーに手を伸ばした。

マキのために入れたコーヒーは冷めていた。



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