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手のひら  作者: 山田木理
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そして、次の朝。

僕たちはガラス戸を開いた。

キラキラと眩しい太陽が僕を照り付ける。

「一週間ぐらいしかいなかったけど、もっとずっといたような気がする」

ナミカは振り返ったガラス戸に言った。

そのガラス戸にはナミカが反射している。

ガラス戸の中のナミカは笑っていた。

太陽の光を反射してガラス戸はキラキラと輝いている。


マキの車で僕らはナミカを町の駅まで送った。

駅前でナミカを下ろすと僕はなんて言っていいか分からず、

「おい!警察に駆け込んで変なこと言うなよ」

と言った。

「変なことしたの?」

マキが笑いながら聞く。

「してないって!」

心臓がまたどくどくしてきた。

そんな僕たちを見てナミカがふかぶかお辞儀をした。

そして、顔をあげて笑って言った。

「ありがとうございました。お兄さん。お姉さん」

「何それ…」

マキが呟いて、その意味を知って笑いながら顔を赤くした。

「あ。もう電車の時間だから。2時間に一本だから乗り過ごすと大変!」

最後に大きく手を振って、ナミカは前に駈け出した。


「さてと、次はあなたの番ね」

「行くんだろう?お客様への挨拶」

「やっぱりわかっていたのね」

「何年マキの友達していると思っているんだよ」

「長かったね…」

「……」


マキの画廊へは初めていく。

その画廊はマキの遠縁がオーナーをしているのだ。

だから、画廊の片隅とはいえ僕の絵が置かれていたのだ。

画廊は商店街の一番端に静かにある。

最近、僕の心臓はフル稼働してばかりだ。

車を降り、前を歩くマキに声をかけた。

「2千円も出してくれたのだから感謝しないとな」

「本当は2千円って嘘よ」

「へ?」

「単にピースしただけ、2千円はその場のノリで言っただけ。でも、買うって言ってくれたのは本当。買ってくれる相手はとっても有名な画家よ」

それ以上、マキは何も言わなかった。

画廊の自動ドアが開いたさきに、2人のお客様がいた。

フル稼働していた僕の心臓は僕の時間もろとも止まった。

「ごめんね。言っちゃうと、絶対来てくれないと思ったから黙っていたの」

完全に止まった僕の前に歩いてきたのは、景子の両親だった。

二人は深々と僕に頭を下げた。

僕を見るなり、景子の母は涙を流した。

「ごめんなさい。甲斐くん。本当にごめんなさい」

全く理解のできない状況に僕は静かに頭を横に振った。

「本当に君には申し訳ないことをしたと思っているよ」

「意味がわかりません…」

ただ僕は吐き出すように言った。

マキは僕らを画廊の奥の応接室に通してくれた。

応接室には僕の絵があった。

森の絵だ。

森の木々をいっぱい描いた。

「ここで景子のお父さんに会ったのは本当に偶然だったの。それに、甲斐の絵を褒めてくださったのも偶然だったの。絵には甲斐の名前はつけてなかったから…。本当のことを言うべきか迷っていたら、お父さんに『この絵は何だか孤独すぎる』って言われて、黙っていられなくて…」

「でも…」

何が何だか分からない僕に景子の父親は言った。

「甲斐くん。君にはもっと早く言うべきだった。あの時、既に景子はうつ病だったんだ。僕たちが過度にプレッシャーをかけ過ぎたせいでね。医者にそう言われたけど、僕たちはそれを受け入れようとせずに、さらにプレッシャーをかけた。それで景子は君に逃げようとした。妊娠ももちろん嘘だよ…。僕たちは景子が死んだことを自分たちのせいだと認めたくなくて、全てを君のせいにして娘の死を乗り越えようとしたんだ…」

「でも、実際、僕のせいだし…」

僕は知っていた。

彼女が将来のことで悩んでいたことを、でも何もできなかった。

「この絵が君の描いた絵だと知り、そして、一人森の中で孤独に暮らしていることを知り、初めて将来ある若者に自分たちがしたことを知ってしまったんだよ…」

「そんなつもりじゃ…」

僕は景子の両親に責められたから森に住んでいたわけではない。

ただ、弱かったから…

「本当にごめんなさい。許して…」

ハンカチで顔を覆って景子の母親は泣いた。

「でも、死んだのは僕でなくて景子だから…」

親のほうが辛いのは当たり前のことだ。

しばらく沈黙が続き、景子の父親は用意してきたらしいセリフを言った。

「よかったら、本格的に絵の勉強をしないか?僕が援助するから、君には才能があるよ。僕の知り合いで…」

「あの…。本当にそう思いますか?」

ジッと景子の父親の目を見た。

「あの絵を気に入ったのは本当だよ」

正直な人だ。

僕ははっきりと言った。

「僕に絵の才能がないのはわかってます。それから、森を出ます。心配していただいてありがとうございます。もう十分です」



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