12
川に飛び込んだ景子を追って、僕も川に飛び込んだ。
そこは町でも一番大きな川だった。
梅雨のせいで水量も多く水は冷たくて、僕はただ溺れただけだった。
そして、僕は助かり、彼女は助からなかった。
彼女の両親は僕を許さなかった。
葬式に出ることも拒まれた。
彼女をなくした実感を何一つ持てないままの僕は、涙を流すことすらできなかった。
ただ、手のひらが、彼女の手のひらが、フラッシュバックのように、何度も何度も、僕に助けを求めるように、僕の目の前に浮かびあがっては消えた。
マキは学校をずっと休んでいた。
そして、僕はマキにも逢えないまま夏休みになった。
メールも一度も返事は来なかった。
夏休みが終わった後、マキは学校には来たけれど僕が話しかけても無視された。
マキの友人が僕にそっと教えてくれた。
マキが僕に好意を持ってくれていた事を。
それが景子を刺激していた事を。
マキと景子の関係がぎくしゃくし始めていた事を。
マキの友人は淋しそうに言った。
「誰も何も悪いことしてないのにね…」
僕たちが昔のようにようやく友達に戻れたのは、高校を卒業してから数ヵ月後のことだった。
何事もなかったようにメールがあり、何事もなかったように会って、何事もなかったように元に戻った。
そうして、マキは、僕の唯一の友達になった。
昔のように冗談を言ったりできる仲に戻ったが、昔と同じではない。
お互い触れられない、触れてはいけない傷を共有していた。
この12年間、マキには何人かの彼氏ができたようだったが、どれも長くは続かなかったようだ。
僕はマキの気持ちに気づいていた。
その気持ちに答えたいと思うたび、まぶたの裏に残った景子の手のひらが僕の心を押し止めた。
景子をあんな形で失くした後、僕は、僕が生き続けたのは、母のためだと思っていた。
母をこれ以上悲しませたくない、ただそれだけだと思っていた。
しかし、高校卒業後、長年の無理がたたり母は亡くなった。
そんな生きる理由を失った僕の前にふっと現れ、そして、何も言わず僕のそばにいてくれたのはマキだったのに、僕は彼女に何もしてあげることができなかった。
そして、父の遺産が手に入り僕がしたことは、最悪だった。
きっとマキは悲しんだに違いない。
何一つ、立ち直れていない僕をどんな風に思ったのだろうか。
それでも、生きる理由もないのに、そんな風にでも生きていこうとしたのは、やはりマキがいたからなのかもしれない。
ナミカは、マキの存在が僕の生きる目的だと言った。
それが正しいのかもしれない。
でも、それでも、僕には何もできなかった。
ふと布団を持ってきたマキの姿が頭によぎった。
マキはずっと僕の家に来たかったのかもしれない。
ただ遊びに来るのではなく、布団を持って来たかったのかもしれない。
僕を画廊に連れて行くためというのは口実で、ナミカと僕が二人になることを心配して布団を持ってきたのかと思ったが、そうではない。
本当は、ただ布団を持って来たかったのかもしれない。
マキは嬉しそうだった。
そんなマキを見ていると、僕も嬉しかった。
だから、ナミカと三人で食べたシチューが何だかとっても美味しかったんだ。