【短編】お前は用済みと父に捨てられた男装騎士は死に戻って父を捨てることにした
男装の麗人オリガ・ベルスト。
そんな風に持て囃されていた私の人生は最悪だった。
生まれからして呪われていて私は女続きベルスト伯爵家の五女として生を受けた。
跡継ぎ息子が欲しくて母に子を産ませまくっていた父親は憤慨。
生まれたばかりなのに元気良く暴れまわっていたというだけで私を息子認定し男として育てた。
男らしい振る舞いと剣の鍛錬、そして次期後継としての勉強に明け暮れる日々。
令嬢としての振る舞いは許されず、結果女性の友人などできず男性の友人は私が女だと気付くと様子がおかしくなる。
それでも私は次期ベルスト伯爵なのだから泰然としているべきだと己に言い聞かせた。
けれどその日々はある日突然無駄になった。
私が二十の頃に母が亡くなった。その一年後に父は再婚したが、その後妻が男児を産んだのだ。
私は当時二十七歳だった。腹立たしいがこの国ではとっくに行き遅れだ。
父などもう中年通り越して老人になりかけている。
孫でもおかしくない実子をもうけた事にも驚いたが、あっさりと私を捨てた事には開いた口が塞がらなかった。
「跡継ぎの件は解決した、お前は良い相手を見つけて結婚しろ」
一見良い親のようである。でも全くそんな事は無い。
私は女として育てられたことなどないのに女として結婚相手を見つけ女として暮らせと突然放り出されたのだ。
言い分的に結婚相手を用意してくれるつもりもないらしい。
二十七年の苦労の果てに得られた筈の次期伯爵の地位は生まれたばかりの男児にあっさりと奪われた。
父の苦労はわかる。女である私を次期伯爵として周囲に認めさせる事に苦労した事も。
散々聞かされた。上手くいかないままここまで時間が経過したのだと。
でもそれは彼が始めた計画であり、娘の私はそれに二十七年も付き合わされたのだ。
「父上、私はこれからどのように生きればいいのですか」
「知らん、貴様の役目は終わった。本物の男児が生まれれば紛い物は用済みだ」
「そんな……」
けれど念願の男児に浮かれた父は私の話など聞く耳持たず、大嵐の中屋敷を飛び出した私は大木と一緒に雷に打たれて恐らく死亡した。
「……筈、だよな?」
そう恐る恐る口にしながら自分の掌を見る。
剣ダコが目立つが雷が落ちた木のように黒焦げにはなっていない。まだ子供から抜け切れていない掌だ。
体だってどこも痛くなかった。心地よい疲労が感じられる程度だ。
「どうした、オリガ」
そう不思議そうに近づいてきたのは十代後半の青年だった。
「……アッシュ?」
「そうだけれど」
私の問いかけに彼は首を傾げながら肯定する。
途端に私の目からは涙が溢れて来た。
「おっ、おい、どうしたんだよオリガ?!」
「いや、何でもない……」
そう言いながら私は涙を拭う。けれどそれでも止まらない。
アッシュ・ベックマン。
ベックマン伯爵家の子息で私の友人だった青年だ。
赤い髪に緑の瞳の二歳年上だが優しい親友で、そして剣のライバルだった。
でも彼はある日突然私に婚約を申し込んできた。
ずっと前から好きだったと言って。
私はそれを裏切りだと思い強く拒絶した。
彼はショックを受けた顔をしていたがすぐに謝罪し、それから姿を一切見せなくなった。
気になって彼の実家に確認したところ軍隊に志願し、辺境へ行ったと聞かされた。
私が彼の求婚を拒んだ事を知らないのかベックマン伯爵家の人たちは単純にアッシュの行動を不思議がっていた。
けれど私は理由を言えなかった。そして言えないまま三年が経ち彼の戦死を聞かされたのだった。
何故死んだ筈の彼が目の前にいるのかわからない。
もしかして私も死んでいてここは死後の世界なのだろうか。
だとしても構わない。彼には伝えたい事があった。
「アッシュ、私も愛していた」
「えっ」
「あの時は酷い言葉で好意を拒否してごめんなさい……アッシュ?」
なんとアッシュは気絶していた。
■■■
「成程、つまりオリガは今から十年後から記憶と心だけ戻って来たということか」
「多分、そうだと思う……それより大丈夫なのか?」
気絶した彼に驚いた私は使用人を呼んでアッシュを屋敷の中に入れた。
先程までいた場所はベックマン伯爵邸の裏にある鍛錬場だった。
今は彼の部屋にいる。しかも寝室だ。
これはベックマン伯爵家がおかしいのではない。昔の私が男同士だからとアッシュとの距離感をぶち壊していった結果だ。
十代の頃の私は自分を男だと思っていたので気にならなかったが、今は有り得ないことだとわかっている。
(よく私に惚れていたのに告白まで平然としていたな……)
剣の腕が多少立ち少女にしては長身で筋肉質とはいえアッシュからしたら私など無防備で無知な少女に過ぎなかっただろうに。
「ああ大丈夫だ、俺予想外の出来事に弱すぎてさ……」
「それは知っているが……だから絶対戦場なんて行かないでくれ」
「わかった」
突然変な事を言い出した私にアッシュは首を傾げつつ頷く。
彼の死因は卑怯な事だとわかっていても伝えられなかった。
「でもオリガも俺の事を好きでいてくれて嬉しかった……恋愛的な意味でだよな?」
「当たり前だろう」
「……本当に良かった。俺オリガに告白なんてしたら親友だと思っていたのに騙していたのねとか怒られると思ってたんだよ」
「そ、そんな筈無い」
まるで見て来たように言うアッシュから私は目を逸らした。
そんな私の胡乱な態度を気にすることも無くアッシュは何か考えている。
彼には十年後の私が父に裏切られ不慮の死を遂げた事は伝えてある。
「確認だが、オリガはベルスト伯爵になりたいか?」
「いいや、難しい事は分かっているしなる気も無い」
「じゃあ俺とすぐ婚約したら良いよ。俺は次男だけどいずれ祖父から爵位を分けて貰えるし。実家に居づらいならこの屋敷に住んだら良いし」
「そんな簡単に出来るのか?」
「出来る出来る、寧ろ親からはさっさと告白しろと何年も前からせっつかれてて……あ」
アッシュは口を押えたが失言したと顔に書いてある。
つまり何年も前から私に求婚したがっていたのに私に拒まれるのを恐れて言えなかったのか。
愉快にも悲しくもなった。昔の私はそんな彼の告白をあっさりと切って捨てたのだ。
「なら甘えさせて貰う。でも一度屋敷に戻って父に報告しないと」
「なら俺も行くよ、ベルスト伯爵がそんな薄情な人だとは思ってなかったけど……話を聞いてオリガを一人でなんて行かせられない」
「アッシュ……」
私は彼に頼もしさと愛しさを感じ、不器用に寄り添ってみせた。
すると真っ赤になったアッシュはまた気絶しかけたので喝を入れてあげた。
「貴方が気絶したお陰で冷静になれた、父を締め上げるのは色々調べてからにする」
「お役に立てて嬉しいよ……俺もその間に心を鍛えることにする」
君に愛されてると認識するだけで気絶しそうになるのは不味いから。
そう彼は真剣な顔で言った。
■■■
「結婚だと!ふざけるな、オリガはベルスト伯爵家の跡継ぎだ!」
「だったら正式に後継者指名してください」
「何?!」
ベルスト伯爵邸。
私とアッシュの婚約報告に父は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
この前にベックマン伯爵家の面々には既に事情を話してある。
皆私が好きで男装していると思っていたので父の命令だと知ると同情してくれた。
(別に私も男装も男みたいに振舞うことも嫌ではなかったけれど……)
ただそれは父の願いを叶えてあげたくて、父に誉められたくてしていた事だった。
その本心に気付いたのは用無しだと父に捨てられた直後なのが皮肉だ。
ベックマン伯爵夫妻は私たちの婚約を祝福してくれ、上手くいかない場合は自分たちが取りなすと言ってくれた。
でも私は自分の口で父に対し確かめ、決別したかったのだ。
「私はもう十七歳です。一般的な男子なら後継者指名されてもおかしくない筈ですが」
でも私はされなかった。二十七歳まで。
お前が跡継ぎだ、お前が息子だと繰り返しながら父はそれだけはしなかった。
「そっ、それは……お前がまだ未熟だからだ」
「外に作った愛人に男児が生まれる可能性があるからでしょう?」
私がずっと後継者もどきだった理由は簡単。
父は本物の男児を諦めきれなかったからだ。
「な、何故知って……」
「お相手は男児ばかり四人も産んだ未亡人でしたよね、まだ結果は出ないみたいですが」
私は微笑みながら言うと父親が冷や汗を流した。
結果が出たと笑ったのは十年後の彼本人だ。
彼女の姉も妹も男ばかり生んでいるらしいがそれでも十年かかったのだ。
父の執念に神が根負けしたとしか思えない。
調べた所父は愛人の間に既に三人の娘を作っていた。
全員私より年上だ。七人の子を産んでいる父の愛人には最早怒りよりも恐れを抱く。
「男児に後を継がせたいのなら私を解放しアッシュとの婚約を認めてください、そうでなければ公的に私を後継者だと宣言してください」
私に回答を要求された父は目をギョロギョロと動かした後唾を吐きながら叫んだ。
「だ黙れ、貴様が男らしくならないから悪いのだ!」
「……はあ?」
「男装の麗人と女たちに持ち上げられ浮かれているが背丈も体つきも声も男らしさがお前には全く足りん!」
「そんなの、女なのだから当然でしょう……」
「開き直るな、所詮女でしかない男の紛い物風情がッッ?!」
聞き苦しい言葉を父の顔面ごと拳で潰した。
「女より弱い分際で女を舐めないでいただきたい……もう聞こえていないか」
あっさり気絶した父を放置して私は執務室を出ていく。
そんな私の後ろをアッシュはしずしずとついてきた。
■■■
その後、私はこの時代にはまだ存命だった母に父の浮気と隠し子の存在を伝えた。
体が弱く床に伏している事が多い母だったが怒りで気力が満ちたのか行動は迅速だった。
即実家であるセリアン公爵家に帰ったのだ。
姉たちはとっくに嫁ぎ済みで、私は母に誘われたがアッシュの屋敷に厄介になることに決めていた。
初耳だったが母はずっと私の事について父と言い争いをしていた。
女に生まれたのだから危険な剣の稽古などさせず淑女として育てたいと。
けれど父がそれに対し、なら早く男児を生めと返し続けたらしい。
そういう前提があった上で結局私を一時的な駒扱いしていた父に母は完全に失望したのだった。
この事は母の兄であるセリアン公爵に伝わり、激怒した彼の手腕で父は突然体が弱くなりのどかな辺境の領地で療養することになった。
結果、私は後継者を通り越しベルスト伯爵家の女当主として就任することになる。
二十七歳までの記憶があって良かったと心底思った。
姉たちの息子のいずれかが継いでも良いと思ったのだが姉たちは皆「貴方がやるべきよ」と言って辞退した。
私は女伯爵という肩書とアッシュの婚約者としての地位をほぼ同時に得てしまった。
私が二十七年間望んでいたものは、こんなにも簡単に手に入る物だった。
後継者になれと言った父が、誰よりも邪魔をしていたのだ。
「準備は良いかい、オリガ?」
「ええ、私は大丈夫」
扉が叩かれ正装したアッシュが顔を覗かせる。
「今日はドレスなんだね、似合うよ」
「ええ、あの人たちがリクエストした悪役令嬢風よ」
私が真っ赤なドレスで微笑むとアッシュは苦笑いを浮かべた。
父の元愛人とその娘たちは私を逆恨みし父親を追放し屋敷を乗っ取った悪役令嬢と夜会や舞踏会などで吹聴している。
そんなことをしても何の得にもならないのに。娘たちは愛人が父と結婚した際には姿が全く見えなかった。
なので余計父の為に私を憎んでいる様子が哀れになる。
「今日の舞踏会が終わったら纏めてお父様のところにお送りするつもりよ」
そして家族仲良く辺境で暮らせばいいわ。
私はそう言って薔薇の髪飾りをつける。
二十七年間一度も付けたことのなかった華やかな飾りを。
「似合っているよ」
そう私に髪飾りを贈ってくれた人は微笑む。
別に男装は止めない。けれどドレスを着たい時には着る。
それで構わないと微笑んでくれたこの人と愛し合う為に、私は時を戻ったのだろう。
その柔和な顔に接吻し、口紅が移ったわねと私は笑った。
アッシュはもう気絶せず嬉しそうに笑うだけだった。




