腐敗と創造
「神よ我らに光を!この大地を脅かす魔物を排除し、我等に幸福導く光を与えたまえ。」
白い髭を蓄えた背丈の高い老人が、水たまりの上澄の綺麗な部分を掬い取り、手と顔をその水で洗い、手を合わせると、天より遠くにその願いを届けるかのように、その思いに命をかけるかの如く、深い祈りを、力を振り絞って声をあげた。
黒い霧は全てを覆い、天や空は想像する以外ないほど、闇に覆われた世界で、地は這う場所と化し、なんのためにあるのか分からないほど、世界は荒廃していた。
「わしを…。我ら人を消してくだされ。この醜く腐った人間を、どうか1人も残ることなくこの世から抹消してくだされ」
その切り裂くほどの悲痛な声は、悲しくもこの濁った世界では届くことはない。
その願いはとても虚しい。
爆撃はより激しくなり、一発でも致死率の高い高度な爆弾が数多く落とされ、そして、生存者は人の力で誰もいなくなった。
真っ黒い、闇と化した大地の遥か上の方に張られた膜がある。
その膜は透明のようでもあるが、とても強く、膜から上にある天上を守るものであった。
膜の上には、なにやら羽根の生えた生き物が、下界を覗き込んでいた。
その生き物は白い光をあびて、その細い身体を左右に揺らして音を発している。
それはビリビリとも違う、超音波にも似たような小刻みで高い微音が、細長く遠いどこかに向けて響いている。
ふんわりと凸型な水の上のように、シリコンにも似たようなその膜の上を小刻みに軽く、緑色の葉のようなものが幾つも幾つも、その面をなでるように跳ねている。
虹を帯びた光の空間は、静寂をまもっているかのように安定した静けさを保っている。
その静けさの中に微かに響く音は、今度は空間に溶け込み始めた。
すると空間全体が小刻みに振動を始めると、幾つもある緑の葉はたちまち粉々になった。
粉々になったそれを確認するかのように、うっわすらと人とも違う何か姿が現れた。
それは金色に美しく縁取られた、透き通るほどに空間に溶け込んだドレスに身を包み、その姿もまた、ドレスと同じように金色で縁取られた人で言えば、女性の姿のようであった。
静寂に包まれた白と光が混ざり合う世界で、その姿の者は、光のカーテンのような右腕をゆっくりとあげた。
そうしてゆっくりと何かを押し込むように、あげた腕をおろしていった。
粉々になった緑の葉が、張られた幕を通り抜け、下の世界へと撒き散らされた。
そして、光の者は消えていた。
羽の生えた生き物が落ちていく粉をみながら、小さな指先をピンピンとあちらこちらに向け、はじいている。粉はその指に従うように弾かれていく。
真っ黒い闇の世界にのみこまれていった。
地上に降り立った緑の粉が最初に大地の汚れを吸収すると、ものすごい速さで回転を始めた。
地上に落ちた粉と、未だ空中に残る粉は、地表から竜巻のようにまとまり始め、星全体の汚れを吸収しながら、ものすごい速さで回っていた。
汚れを吸収し終わると、それぞれの大地に根を生やし、山や森や林となった。
水や海も見違えるように透き通った。
真っ黒に腐敗したその星は、見違えるように美しく変化した。
また、新しい世界ができた。




