表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/5

最初のバグ修正

街を脅かす無限増殖スライムのバグ。鈴木は【デバッグ・コンソール】を使い、その原因を特定する。彼が打ち込んだ修正コマンドは、世界に即座に反映された。絶望を希望に変えるSEの悦び。彼のプライドをかけた、異世界でのバグとの戦いが今、始まる。

広場を埋め尽くすスライムを前に、衛兵たちは疲労の色を隠せずにいた。倒しても倒しても分裂して増える敵を前に、彼らの士気は下がる一方だ。その絶望的な状況を、鈴木は少し離れた場所から冷静に分析していた。原因はrespawn_timeが0になっていること。ならば、修正すべき箇所は明確だ。

「さて、と。お手並み拝見といこうか、女神様」

鈴木はニヤリと笑うと、【デバッグ・コンソール】に意識を集中させた。キーボードもマウスもない。しかし、彼の思考は、前世で鍛え上げた超高速タイピングにも劣らない速度で、コマンドを組み立てていく。

まず、修正対象を特定する。このエリアに存在する全ての「スライム」というオブジェクトに対して、一括で修正を適用する必要がある。

select * from objects where object_name = 'Slime'

次に、書き換えるパラメータを指定する。

set respawn_time = 86400

86400秒、つまり24時間。これだけあれば、衛兵たちが体勢を立て直すには十分だろう。根本的な解決ではないが、応急処置としては完璧だ。そして最後に、彼は祈るように、あるいは宣言するように、実行コマンドを思考した。

commit;

エンターキーを押す、その感覚。彼の思考が世界に承認された瞬間、広場に満ちていたスライムたちの動きが、ぴたりと止まった。衛兵の一人が、戸惑いながらも一体のスライムを剣で斬りつける。ポン、という軽い音と共にスライムは消滅した。だが、いつもならそこから二匹が生まれるはずの空間には、何も起こらなかった。ただ、緑色の粘液が石畳に残るだけだ。


「…増えないぞ?」


「分裂が…止まった?」


衛兵たちが次々とスライムを斬りつけていく。一体、また一体と、確実にその数を減らしていくスライムの群れ。もはや分裂という厄介な特性を失ったスライムは、ただの弱い魔物でしかない。歓声が上がる。何が起こったのかは分からない。しかし、悪夢のような状況が好転したことは、誰の目にも明らかだった。

鈴木は、その光景を満足げに眺めていた。まるで、自分が書いたコードが完璧に動作した時のような、あるいは、難解なバグの原因を突き止め、修正パッチを当てた時のような、深い達成感が彼を包み込んでいた。これだ。この感覚こそ、SEとしての最高の喜びだ。前世では、この達成感の直後に次のデスマが待っていたが、今はこの余韻に浸ることができる。

あっという間に広場のスライムは掃討され、衛兵たちや街の人々は勝利の雄叫びを上げていた。そんな中、隊長らしき髭面の男が、不思議そうな顔で呟いた。


「一体、何が起こったんだ?まるで、神の気まぐれか何かのようだったが…」


その言葉を聞きながら、鈴木は人混みに紛れて静かにその場を立ち去った。自分がやったことだと言うつもりは毛頭ない。面倒なことになるのは目に見えている。彼は英雄になりたいわけではない。ただ、目の前にある「バグ」を修正する。その行為自体が、彼にとっては目的であり、報酬なのだ。

街の片隅にある路地裏で、鈴木は再びコンソールを開いた。show_status 'player_suzuki'と入力すると、彼のステータスが表示され、そこに「経験値 +100」「称号:スライム・デバッガー」という新たな項目が追加されていた。どうやら、バグを修正すると経験値のようなものがもらえるらしい。

「悪くない」

鈴木は、異世界に来て初めて、心の底から笑った。この世界は、彼にとって最高の職場フィールドかもしれない。彼は次のバグを探すべく、まるで新しいプロジェクトにアサインされたSEのように、好奇心に満ちた目で、活気を取り戻した街を歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ