黙っていて下さいね
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※この物語は全てフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
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取引先の社長は他人のオーラや背後霊や死相が見えると常に嘯いて人を揶揄っては大笑いしている。
だが、今日は違っていた。先日、入社したての新人を連れて訪れると社長は眼を見開き、すまんが急に用事を思い出した、と言って席を立った。豪放磊落を絵に描いたような人がああいった態度を見せるのは珍しい、少なくとも私は初めて見る。
社に戻ってから連絡があった。件の社長からだった。私に何か問題はないか、と。これといって変わった事はないと返事をすると、夜に二人きりで話そうと一方的に連絡を切られた。
個室のある居酒屋かな、と思っていたら社長宅だった。自社ビルの五階の自宅フロア、子供も居らず早くに相手をなくし男やもめが随分長いそうで、出汁巻きとベーコンとれんこんの炒め物という簡単なおつまみを出して缶ビールをすすめてきた。おつまみを食べながら社長が切り出した。
「俺もカミさんをなくしてからずいぶんと変なものが見えるようになったが、今日のは酷かった。新人くんだよ。キミには見えんだろうが、後ろに巨大な手足も長い背が異様に髪の長い大きい白い女が立っていてこちらを見て笑ったんだ。そして呟いたんだ」
ダマッテテネ……。
「だとさ……俺は見えるだけでお祓いとかは出来んが、そういった人に見て貰った方がいいぞ」
不気味な気分にさせられて、社長と別れタクシー乗り場の喫煙コーナーで煙草を喫っていると知合いからメッセージが来た。彼女ならどうにかなるかも知れない。
◇ ◇ ◇
「私の本業はオカルト雑誌のライターじゃないんですけど」
彼女が不機嫌になりながら屋台のラーメンを啜る。彼女は大学の後輩で今でも付合いがある。何でも霊が見えるとの事で心霊の相談も引き受けている。社長からの話をすると意外な事を言ってきた。
「それは多分、新人くんも同意の上じゃないですか。その女の人と邪魔をされたくないから黙ってて、だと思いますよ」
そんな馬鹿な話があってたまるか、と言い返したが彼女はラーメンを食べ終えるとこう言い切った。
「世間一般では考えられないでしょうけど、家に代々取り憑いた神様みたいな霊だって居るんですよ。それが余所様には害悪でも本人は共生している場合もあるんです」
結局、彼女はそう言って帰って行った。
後日、彼に問い詰めようとしたら何故か眼を見開いてこちらを見つめてきた。私には霊能力と言ったものはない筈なのだが単なる威圧感だけではないものを覚えた。
これは、人の眼ではない。彼が静かに言った。
「黙っていて下さいね」
私は何も言えなかった。
◇ ◇ ◇
彼はその内に辞めてしまった。何でも故郷の両親の具合が悪くなった、と。何となくだが、それは口実で〝彼女〟と一緒に静かに住める場所を探すのだろうと感じた。
数年後、テレビのバラエティ番組に彼が出ていた。その番組は秘境に住む人間を取材する、流行りのよくある内容だった。少し痩せた彼は山奥で畑を耕し自給自足の生活を送っていた。
放送後、世間は荒れに荒れた。彼の横に白い巨大な女が寄り添うように立っていて番組のスタッフを見送る彼を映した場面ではその白い女がにやりと笑い長い蝋燭のような人差し指を口にかざしたという。
見えた人間と見えなかった人間に見事に分かれ、特集を組んだ心霊番組やワイドショー、インターネットは喧々諤々の騒ぎになった。
後日、検証と称して彼の山の家に向かったスタッフが見たのは空き家と畳の上にあった一枚の紙。
『黙っていてくれませんでしたね』
その後、彼と白い女を見た者は二度と現れる事はなかった。