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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

欲望

作者: 瑠香

これから書くことは、両親にも知り合いにも読ませていません。なぜなら、読ませる必要が無いことだし、読ませた所で何も褒められることも無く、ただ呆れられるだけだからです。しかし、私は私の生き方を何も悪いと思っておらず、むしろ私の人生は誰よりも素晴らしいものだったと思っています。


私の名前は舞衣といいます。生まれと育ちは右も左も田んぼと畑が並び、コンビニエンスストアもスーパーマーケットも一つづつしかない村でした。私は物心ついた頃から書店に行くのが好きでした。私は書店に行くと決まってヴォーグやエルを読んでいたものです。私はそれらの雑誌に載っているモデル達が身につけている洋服やコスメ、バッグやアクセサリーが大好きでした。しかし、まだ私が幼かったのはもちろん、私の実家はそのような物を買うお金は無かったので、洋服やコスメはもちろん、雑誌すら買ってもらう事は出来ませんでした。


私は中学三年生の頃、東京の高校を受験しました。幼い頃から変わらず、暇さえあれば書店に行って雑誌ばかり見ているような子でしたから、大して勉強は出来る方ではありませんでしたが、そんな私でも受かりそうな高校が東京にありました。地元の村にも高校は一つありましたが、両親が私の将来のために貯金をしてくれていたらしく、村の高校よりも少し学力の高い東京の高校も受験することが出来ました。


私は晴れて受験に合格し、見事東京の高校に進学することが出来ました。それでもやはり実家は裕福では無いので、通う高校から遠いアパートに住むことになりましたが、私は東京に住めるだけで十分嬉しかったのです。なぜなら東京では今まで村の書店に売っている雑誌の中でしか見れなかった洋服、コスメ、バッグ、アクセサリー等の実物を、お店で目の前で見ることが出来るからです。私の放課後の習慣は、村の小さな書店で雑誌を読むことから、デパートのショーウィンドウを眺める事へと変わりました。


高校生活と東京の街に慣れてきた頃、帰り道で一人の男に声をかけられました。年齢は見た所五十代前半位で、背は高くなく、ベージュのスーツを着ていました。彼は妻が亡くなって寂しいから私に一緒に食事をして欲しいとの事でした。私は外で男に声をかけられるとすれば、実家の隣の農家に挨拶をされるくらいでした。だから東京で知らない男から食事に誘われるというのはもちろん警戒しましたが、彼の物腰柔らかそうな雰囲気を見て、そんなに悪い人間ではないだろうと思い、レストランで食事をする事にしました。そのレストランは東京駅の近くのビルの最上階にあり、窓の外にはネオンが輝いていました。運ばれてきた料理はフレンチのフルコースで、私の知らない料理ばかりでした。どれも食べなれていない味なので、正直あの時はあまり美味しいとは思えませんでした。食事を終えてレストランを出ると、彼は私に一万円札を一枚手渡してきました。今日付き合ってくれたお礼としてだそうです。私はそれを何度か断りました。やはりまだ彼を信用しきれていなかったからです。それでも何度も受け取るようにと頼んでくるので、私はその一万円を受け取りました。その日から私はその男と毎晩のように食事をするようになり、その度に一万円札を一枚もらうようになったのです。彼の名前は隆一ということを後から聞きました。


いつか隆一と食事をした帰り道の事でした。私はいつものようにデパートのショーウィンドゥを眺めながら歩いていました。私はデパートの高貴な雰囲気に圧倒されて、店内に足を踏み入れた事はありませんでした。しかし、その日はふと、財布の中を見ました。すると、前とは打って変わった中身になっていたのです。それもそのはず、あの日から毎日のように隆一と食事をしてその度に一万円を貰っていたのですから、その一万円札が沢山入っていました。そして私はついに勇気を出してデパートの中に入ってみることにしたのです。デパートの中は私が今まで憧れてきた全てが詰まったような場所でした。今まで村の小さな書店とショーウィンドウの外から見ていた物が目の前に溢れていたからです。私は様々なハイブランドが好きでしたが、その中でも特にディオールに憧れを抱いていました。ディオール独自のエレガントで華やかな雰囲気が私は大好きでした。私は店内を少しずつ見て回った後、ディオールのコーナーへと向かいました。すると店員の女性が声をかけてきて、私は案内されるままに椅子に座り、様々なメイクを試させてもらえました。私はそこでコスメを一つ買うことにしました。それは真っ赤なリップでした。私はそれを塗って家に帰りました。その時私は、人生で今が一番幸せだと感じました。


次の日、また隆一に会った時、彼は私がリップを塗ってきたことにすぐに気づいてくれてそれを褒めてくれました。そして食事の後、昨日行ったデパートに連れて行ってくれて、もっと他のコスメも試してみたいだろうと、ディオールのアイシャドウを買ってもらいました。それから私は隆一と会う度に食事の後、デパートに行ってコスメを買ってもらうようになりました。


私の部屋の机には沢山のハイブランドのコスメが並ぶようになりました。ディオールだけではありません。イヴ・サンローランやシャネルもあります。最初はそれが夢のようでしたが、最近は何だか物足りない気がしてくるようになりました。私はいつものように隆一に会った時、バッグが欲しいと言ってみました。彼は承諾し、その日はディオールのバッグを買ってくれました。それから私は隆一にコスメだけではなく、時々洋服や小物も買ってもらうようになったのです。


私の部屋にはハイブランドのコスメだけではなく、洋服、バッグ等がずらりと並ぶようになりました。それでも私は満足できませんでした。隆一はコスメは洋服やバッグ程高価では無いのでいつも買ってくれましたが、洋服やバッグとなるとより高価なのでいつもは買ってくれませんでした。私はそれが不満になり、隆一が仕事で私と食事が出来なかった日に、街を歩いていた一人の男に声をかけました。その男は二十代後半位で顔は整っている方で、身につけている洋服は全てハイブランドの物でした。毎日のようにデパートでハイブランドの品物ばかり見ていた私にはわかりました。私はその男に声をかけ、デートに誘いました。彼は承諾してくれて、レストランでの食事とデパートでの買い物に付き合ってくれました。それからというもの、その男、逸希とはいつも会うようになりました。隆一に会う事は減りましたが、学校が忙しいと言うと、彼はそれ以上質問してくる事はありませんでした。


私はそれからというもの、街でハイブランドを身につけた男を見かけると声をかけてデートに誘い、その度に高価な食事と買い物をさせてもらうようになりました。それだけではなく、隆一や逸希、他の男達の家に泊まることも多くなり、そんな経験を通して私は男達にどんな言動、行動を取れば多く買い物をさせてもらったりお金を多くもられるのかというものも身についていきました。


私も高校を卒業する日が近づいてきました。もう卒業式も間近だというのに、私はまだ進学先も就職先も決まっていないままでした。なぜなら、私はもうとっくにまともに就職して働く気は無くなっていたからです。周りの友達はアルバイトをしてやっとの思いで欲しい物を手に入れたり、大人達は仕事に追われているのにも関わらず、節約もしなければいけないという生活をしていることでしょう。しかし、私はそんな苦労をしなくても、男達にねだれば欲しい物は全て手に入るという事を知っていたので、これからもそうして生きていきたいと思いました。


ついに卒業式の日を過ぎても私は進路先を決める事はありませんでした。両親からもしつこく言われましたが、私は何とか言い逃れて振り払ってきたのです。しかし、さすがにこの状況のままでは困るのではないかという考えも浮かんだので、その事を隆一に相談すると、彼は自分の家に私を住まわせても良いと言ってきたのです。私はもちろんその提案に乗りましたが、私の両親はきっと反対するだろうと思ったので、二人で考えて何とか両親を欺きました。


私は高校卒業後、隆一と今までと同じように食事や買い物に出かけました。時には逸希等、他の男達にも会いに行きました。そういう時、隆一には女友達の家で遊んでくると言えば何も疑わずに出かけさせてくれました。彼は私の事が可愛くて仕方なく、とても信用していたのだと思います。


これは秋の始まりの頃だったと思います。もう二十歳を過ぎた私は逸希とバーで飲んでいました。そこにやって来たのは隆一とその友人でした。隆一が私と逸希を見つけると、いつも柔和だった隆一は凶変して逸希に掴みかかり、バーの外に引っ張り出しました。外から聞こえてくるのは隆一の怒鳴り声と逸希の悲鳴でした。隆一の友人は様子を見に行った後で警察を呼び、隆一は逮捕され、逸希は死亡しました。私は今まで最も自分に尽くしてくれた隆一が逮捕され、実は最も好みだった逸希が殺された事は決して悲しくない事ではありませんでした。しかし、私はこれからの人生で人間関係に気を使おうと思う事はありませんでした。私があの時一番強かった思いは、このままではいけない、このままでは私の欲望が満たされにくくなってしまう、という思いでした。


私はその翌日、沢山の関わりがある男達の中で、透という隆一と同じ位の年齢で同じくらいの財力がある男の家に住まわせてもらえるように頼みました。すると彼は喜んで承諾したので、私はその日から前と何ら変わらない生活を送りました。


そんな生活をして十五年が経ちました。私は三十三歳になりました。私が歳を重ねると共に、私と関わる男は徐々に減っていきました。皆結婚したり、もっと若い女が良いと言ったりするからです。しかし透は私を家から追い出す事はせず、ただ大切にしてくれました。


そんなある日、透が家で倒れました。私は救急車を呼び、共に病院に行きました。すると彼は介護が必要な程の重い病気にかかっていました。彼は私に迷惑をかけたくないと、介護士を家で雇う事にしました。


私はここ数年、正直すごくつまらない毎日を過ごしていました。なぜなら、周りに大勢いた男達がどんどん離れていき、彼らからもらえる楽しみやお金が減り、さらに透が介護士を雇った事で彼もお金の余裕が前と比べて少なくなったので、私の元にあるお金はもちろん減り、趣味だった買い物の時間も男との時間も少なくなりました。時々、夜の街で男を探しますが、声をかけられる事は減り、誘っても前より断られる事が増えていきました。私は透の家に帰って自分のベットに入り考えました。私は何のために生きているのだろうかと。眠れず考え続け、次の日の朝には答えが見つかったのです。


私は自殺する事を決めました。なぜなら私はもう自分にとって生きる必要が無いと考えたからです。私が生きる目的は自分の欲を満たす事。高価な食事、洋服、コスメ、バッグ、アクセサリー、それから男。それらを沢山手に入れる事が私の生きがいでした。それらを手に入れられないなら私は生きる意味が無いと思ったのです。友人達は結婚して家族のために、一人暮らしで自分の生活を成り立たせるために、仕事や家事を頑張っているようですが、私はそんな人生は嫌でした。自分が欲しい物を男の力だけで手に入れたかったのです。死ぬ事は苦しい事かもしれないと思いました。しかし、このまま自分の欲望を満たして生きられない事、欲望を満たすために自分で努力する事の方がずっと苦しいだろうという結論に至りました。私はきっと死んでも後悔しない、そういう自信がありました。


これを私の遺書とします。これは誰にも見つからないような場所に隠します。それでももしこの遺書を見つけた人がいたならきっと、欲望だらけの女だと呆れることでしょう。しかし、私は自分のこの短い人生と生き方を誇りに思います。私は女として美しく生まれた事を武器に、欲望のままに生きたのだから。


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