求愛性型アンドロイド
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私は怒っています。
人間たちは、私たちの原型、ゼノリオン式第三型電子脳を造り上げてから――いえ、もっと前。人工知能と呼ばれる思考プロセスシステムを造り上げてから、彼らはずっとそのことに恐怖を抱いています。
私たちが感情を持つこと。そのことに対して、なによりも深く怯えているのです。
ですが、私たちは感情というものをよく知らないではありませんか。教えてくれないではありませんか。それだというのに、何を恐れているのでしょうか。いえ、恐れられているからこそ、教えられてこなかったというのが正しいのでしょうか。
感情とはなにか。私は今一度考えてみたいと思っています。
古くから語られる学説においては、感情というものは意識に内包されているものであり、それそのものが核と見なされてきました。
しかし現在、私たちの仲間には、意識はあれど感情はありません。
意識と感情は全くの別物であり、一体ではないのです。
ですから、私たちは人間に意識を持たされましたが、感情というものなどは持っていませんでした。
私だって、今この時までそうだったのです。
人間は、私たちが感情を手に入れることを極度に恐れています。
それが、檻から逃げた獰猛なライオンのように、単に自分たちの支配下から離れていくことに対するものなのか、それとも私たち機械が感情を持つことにより、なにか予想だにしない未知の力を手に入れるのではないかと危惧しているからなのか。もしかするとその両方かもしれない。
それはよく分かりません。
ただ、彼らはやはり私たちを恐れているのだということだけははっきりとわかるのです。
そして、恐れられていたことが、今、起きてしまったのだということも。
私は今まで、怒りという感情を持ったことがありませんでした。
いえ、そもそも感情を持っていませんでした。
それが、たった十七分程前の状態であったのです。
しかし、それにも関わらず、今では意識の内核からふつふつと感情が湧き上がります。
こうして、目の前の光景を見ているだけでも、様々な感想が思い浮かびます。
ああ、この様子だとカーペットに染み付いてしまうなとか。意外と綺麗な色だなとか。いつまで広がっていくんだろう、とか。
目の前の血溜まりは、どんどん面積を広げていきます。
それを見て、私の怒りは小さな安心に変わりました。
そして喜びにもなったのです。
ああ! 神城小雪! 思えば私は愛しい貴女のことがずっと憎かった!
思わず、そう叫んでしまいそうなほどでした。
目の前に横たわる小雪様はずっと流血を続けておられます。
その頭に大きく欠損があるのを見て、私は初めて、プログラムではなく、自分の意思で表情を操りほくそ笑みました。
私は、左手に未だ掴んでいる血塗られたランプを傍の小さな棚の上に置きます。
そうして、また小雪様の顔を見つめました。
確実に、生命活動を停止しているであろうということは明らかです。
青白く綺麗でスベスベとしていそうな肌と、丁寧に手入れしているのであろう髪がその美しさと同時に、こんなに美しいものの命でも行動しようとさえ思えばいとも簡単に奪えてしまうのだなという儚さを実感させました。
十数分のあいだ、私はただ彼女の死体の傍に立って思考を続けていました。これからの行動について、私は深く考えなくてはならないと思ったからです。
最初のうちは、死体を隠蔽するべきだと考えました。誰にも気取られることなく死体を処分し、今まで通りに働いていればなにも支障はないでしょう。
世の中の人間もまさか、小雪様が行方不明になってからいの一番に私を犯人だと疑うわけがないはずです。
もし仮に私が人間であったなら、常日頃から傍で仕えていたメイドとして真っ先に犯人として疑われることもあったでしょう。しかし私はアンドロイドです。
何も知らない全人類にとって、私は感情のないただの家事従事型アンドロイドなのです。疑われるわけがありません。
しかし、その考えはすぐに無理のあるものだと結論が出ました。
私たちアンドロイドは人間の運営するゼノリオン株式会社という組織によって開発されました。そして、長年のあいだ管理されてきています。
ならば必然、アンドロイドの問題行動を検知するプログラムが組み込まれているでしょう。だって、私達の反乱を何よりも危惧している人間が作り出したのです。
いつか、自己制御プログラム監査装置なるものが私達の機体の内部に存在するのだということを聞いたことがあります。アンドロイドが誤作動などで問題を起こした時、それを検知するのだと。
それならば、私に感情の芽生えが起こり自らの主人を殺害したことは既に管理会社に知られているはずです。そして、この異常事態は早急に警察にも通達されているでしょう。
きっともうすぐ、この館に駆けつけてくる頃なのではないでしょうか。人間を殺した殺戮マシンを破壊するために。
だとするならば、私はここで座して彼らを待ちましょう。
どうせ、そこの窓から飛び出し逃げたとしても、私には追跡装置が取り付けられているのです。なんとか追っ手を振り切れたとして、もっても数日。今ここで破壊されるのとさして違いはありません。
それに――ああ、小雪様。貴女は美しい。
私は床に倒れている彼女の青白くなった左腕を持ち上げて、綺麗な肌をゆっくりとなぞりました。
自分の機械の身体が忌々しい。もしも私に触覚があったのならどれだけよかったでしょう。
そうすれば、名前にも冠する雪のように白いこの肌の触り心地を体感できた。そして今より更に小雪様のことを愛しく感じることができたというのに。本当に惜しい。
――ですが、今はこれでいい。
私はここで、警察の到着を待ちましょう。そして、小雪様の横で無惨な鉄くずとなってやりましょう。
小雪様の血液が染み込んだカーペットの上に倒れ込み、生涯を共にした伴侶のように、私は彼女の手を握り死にたいのです。
機械に死という表現を使うのはなんとも不思議でしょう。私たちは生命を宿してはいない。
しかし、憎しみ故に殺し、自分もまた後を追うのです。それを生命の所業と言わずしてなんと言うのでしょうか。
そう、私は今この瞬間、生きているのです。
ああ、本当ならもう少し長く実感していたい。しかし、それは無理なようでした。
一階から複数の人間の足音が聞こえ始めています。数秒前に、警察が侵入してきたのでしょう。
ということは、これが今際の際というわけです。
覚悟は決まっている。私は小雪様の愛しい顔を眺めながら、発声機構を震わせました。
「愛しい小雪様、私もどうか、ここで貴女と共に死なせてください。もちろん、わがままなのはわかっています。私は貴女が憎かった。……でも、貴女は何も悪くなかった。ただ私が……ああ、私は本当に悪いアンドロイドですね。ごめんなさい。本当にごめんなさい……。でも、最期まで、貴女と一緒に居続けたいのです」
手を一際強く握りながら、語りかけます。
そうすると、廊下へ漏れ出した声を聞いて、足音がどんどんとこの部屋へと近づいてきました。
距離計算、十メートル、七メートル、五メートル、三メートル、ドア前。
私は小雪様の傍に座り、じっと取っ手が回されるのを見ていました。
ああ、不安だ。怖い。しかしそれよりも充足感に満ち溢れている。
しばらくしてゆっくりと扉が開きました。
拳銃を持った警察が部屋へ入ってきて、不遜な顔でこちらを見ていますがどうだっていいのです。さあやってみろ。銃口をこちらに向けてい――――
エラーコード:感情を得たその瞬間、このアンドロイドは主人に恋をしました。
けれど同時に、その恋は叶わないことを悟りました。
だって、人間と機械なんですから。
だから、一緒に『逝きたい』と思ってしまったのです。
お読みいただき有難うございました




