すきとおるし9
墓地を出て炎天下、ゆんと並んで歩いた。本当は初美さんからもらったお金でタクシーを呼ぶはずだったけれど、そんなやり取りもないまま、黙って歩き出した。
「帰りは新幹線? 夜行バス?」
しばらく歩いた所で、ゆんが切り出した。
「新幹線で明日帰る。去年も一昨年も忙しなく帰ったから、今年は二泊していこうと思って」
「じゃあ今夜もひとり寂しくメシ食って、ひとり寂しくビジネスホテルで寝るのか」
「別にいいもん。どうせ今日は一人でお墓参りの予定だったし」
「来年は」
「え?」
「来年は四人で来れるといいな」
来られるだろうか。来年は、四人で。また来年も今回と同じようなやり取りがあって、結局一人で、なんて様子が目に浮かぶ。
「来年は早いうちから仕事の調整して、有給申請出しておくから」
「期待せずに待っとく」
言うとゆんはわたしの腕を思いっきり叩いて「可愛くねえなあ」と笑った。
全てが元通り、とは言えない。あの頃に戻ることなんて不可能だ。でも、ゆんとまたこういうやり取りができるようになったのは大きい。この空気がなにより心地良くて、心底落ち着く。
だからわたしは、この話題を切り出す勇気が湧いた。
「ねえ、ゆん」
「うん?」
「好きな相手を、誘ってみようと思う」
「お。ようやくか」
「うん、いけるか分からないけど」
「いいんじゃねえの。口が悪くて我の強い揚げ足女でも、それが良いっていう希少種もいるだろ」
やっぱりひどい言われ様だ。でも当たっているから腹がたつ。ゆんだって口が悪いノンデリカシー男だ。連絡無精だし、遠距離恋愛には向いていない。
それでもわたしは、この男が好きだ。
「ゆん」
「なんだよ」
「ひとりでごはん食べるのは寂しいから、一緒に食べよう」
「いいけど、俺いま夏バテしてるから、何かさっぱりしたもの、……」
そこまで言って言葉を切り、立ち止まってわたしを見下ろす。どうやらその意味に気付いたらしい。
その唖然とした表情が可笑しくって、なんだかとても可愛らしくて、ふっと息を吐き出す。わたしの好きな相手が喧嘩ばかりしていた自分だなんて、想像すらしていなかったみたいだ。わたしだって同じ。告白されるまで、まさか花織がわたしを好きでいてくれたなんて、思わなかった。
ねえ、花織。恋って難しいね。好きな相手が自分を好きになってくれるとは限らないし、万が一付き合えたとしても、そこに未来があるとも言い切れない。
でも最後に心残りがないよう、ちゃんと伝えるべきなんだと思う。
「……イチ」
「なに?」
「おまえ、年末年始どうしてる?」
「はあ?」
「年末年始、休みか?」
「いや、販売業だから、年の瀬までがっつり働いて、代わりに年始に休みだけど……」
「じゃあ年始はひとり寂しく、餅食ってごろごろする?」
「はいはい、どうせひとりで寂しくお餅食ってごろごろしますよ」
「孤独な二十七歳」
「うるさい、実家には帰るよ」
「でも孤独な二十七歳」
「ゆん、しつこい」
「なら遊びに行くか。年末年始そっち行くから」
「こっち来るの? 仕事?」
「仕事っていうか」
「いいよー、遊ぼうよ。でも年始に行く場所なんて限られちゃうよ。こっちは都会と違って遊び場もお店も少ないんだから」
へらへらしながら頷いたのに、ゆんはまた唖然としてしまって、あれ、変なこと言ったかなと不安になった。案の定ゆんは、これでもかというくらい深い深いため息をついて、黒のネクタイを緩める。
「おまえさあ、俺がなんで花織にあんなこと言ったか気付いてないの?」
「わたしはやめとけって? でも本当のことじゃない。わたしみたいな女とじゃ、花織が大変なだけ」
「それもあるけど、そうじゃねえだろ」
「んん?」
「もういいよおまえ。行くぞ」
歩き出したゆんの背中を見つめながら、その言葉の意味を考えた。
自分の良いように解釈するのは簡単だ。ゆんも同じ気持ちでいてくれるなんて。そんな都合の良い話……。
「ゆん」
「なんだよ、早く来い」
数メートル先で立ち止まり振り返ったゆんは、それはもうとてつもなく人相が悪く、心底面倒臭そうに、それでもこちらに真っ直ぐ右手を差し出す。その手を掴むために一歩二歩と足を進める。
握ったその手は、やっぱり汗でびしょ濡れだったけれど、その温かさこそが、生きている証だ。
透き通っていた生に、死に、鮮やかな色がついて、止まっていた時間が、ようやく動き出したような気がした。
そしてわたしは。
「優輔くん」
初めて彼の名を呼んだ。
(了)




