表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

すきとおるし7


「受け入れたって言っても、やっぱり意味は分かってねぇよ。同い年だったし男同士だったし、ふたりで色々話もしたし」


「ゆんと花織だけで、どんな話をしてたの?」


「仕事とか恋愛とか色々。おまえらだって女子だけで話してたろ」


「そうだったね……」


「大まかに言えば、おまえらの女子トークと変わんねぇよ。仕事や恋愛で悩む二十代の赤裸々雑談」


「へえ、ゆんと花織が。楽しそう」


「いや、楽しくねえ。花織が主にしていたのは、ネガティブ恋愛話だ」



 ゆんはもう一度ため息をついて、わたしの隣にしゃがむ。ふたりで並んで墓石を見上げると、やけに冷たい風が吹いて、後頭部で結んだ髪がさらさらと揺れた。

 それを合図に、ゆんが言う。



「花織は、おまえが好きだった」


 知り合ってから一番、穏やかな声だった。


「……知ってる」


 答えたわたしの声も、ここ数年で一番穏やかだった。


「……知ってた?」


「花織が死ぬ数日前、ボイチャ中に」


「おまえの返事は?」


「してない。ただ返事を、先延ばしにした」


「そっか……」


「でも返事をしないまま花織は死んで、そのあと線香をあげに行ったとき、初美さんに封筒を渡された」


「封筒?」


「中には花織からの手紙が入っていた。花織の部屋の机に置いてあったんだって。花織ったら、住所も本名も知らないわたしに手紙を送ろうとしてた」


「花織らしいっちゃあ花織らしいな」


 手紙の内容は、ラブレターと言ってもおかしくないようなものだった。

 わたしのどこを好きになったとか、付き合ったらこんな特典があるよってアピールだとか、デートで行きたい場所だとか……。ラブレターというよりも企画書のようだったけれど。真面目で優しい花織らしいと思った。



「手紙を読んで、花織との未来を想像した。優しい花織はきっと、記念日やイベントを忘れない良い恋人になっただろうし、良い旦那さんにもなったと思う」


「だろうな」


「でも、いくら想像しても無駄。花織は死んだ」


「もし生きてたら?」


「え?」


「花織がもし死んでいなかったら、おまえはあいつと付き合ったか?」


 もし死んでいなかったら、なんて。いくら話したところで意味はない。花織は死んでしまったのだから。


 でもこの質問の答えは「ノー」だ。


「好きな人がいた。だから、最初から断るつもりだったし、ちゃんと断るべきだった」


 ゆんはふうっと息を吐いて「その相手とはどうなんだ?」と問う。

 わたしは首を横に振る。


「なにも。何にもない」


「何にもないってことないだろ」


「本当に何にもない。会ってもいないし、話してもない」


「そいつとの未来は、想像しなかったのか?」


「しなかった。しようとも思わなかった。ただ、自分を繕わずに素で話すことができるから、楽しいし落ち着くってだけ」


「もしかして、そいつと付き合ったら花織に悪いとか思ってる?」


「分からない」


「自分に好意を持ってるやつを振って他のやつと付き合うのは悪いことじゃない。みんなやってる。俺だって何回振って振られたか」


「ゆん、本当に、分からないの」



 花織のことは人として好きだった。でも、恋人や夫婦にはなれない相手だったと思う。


 ゆんの言っていることは分かる。振って振られたなんてよくある話だ。花織には悪いけれど、大して悪いことだとも思っていない。

 それなのに、わたしの時間は二年前から止まったまま。わたしの身体は二十七歳になったというのに、心は二十五歳のあの日のままだ。


 実感のない、感情のない死が、これほどまでに大きいものだとは。

 死というものが、これほどまでに透き通ったものだとは……。



「後悔してるか?」


「え?」


「花織に返事しなかったこと」


 返答に困り黙ったままでいると、ゆんは「俺は」と続けた。


「俺はこの二年、ずっと後悔してた。あんなこと言わなきゃよかったって」


「花織に何言ったの」


「イチはやめとけって」


「わたし?」


「そう、おまえ。イチが好きになったどうしようって相談されたとき、あいつはすぐ揚げ足とるし口は悪いし我が強いから、恋人にも嫁にも向いていない。そんなやつとの遠距離恋愛なんて尚更無理だ、やめておけって」


 ひどい言われ様だった。でも全部当たっていた。わたしはゆんが言う通りの女だ。付き合ったとしても、花織を傷付けて終わっただろう。


「花織は、イチと仲が良いゆんが言うならやめたほうがいいなって言った。花織が死ぬ一ヶ月前の話だ」


「そう……」


「初美さんから花織が死んだって聞いたとき、ああやっちまったって思った。花織が告白しないで死んだのは俺のせいだって。もしイチがオーケーしていたら、ふたりの未来を奪ったのは俺だ」


 言いながら俯き、深い後悔を奥歯で噛みしめているようなゆんの背中を、ぽんぽんたたいた。あやすように。なだめるように。


「わたしは告白された。ゆんはもう後悔しなくていい」


 後悔するべきはわたし。告白の返事をせずに終わり、二年経って花織が眠るお墓の前で、彼の友人に返事をした、わたしだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ