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すきとおるし6


 お盆直後の墓地は、どこも色鮮やかな花が供えられる。


 花織が眠るお墓も同じで、グラジオラスや小菊が供えられていた。その隙間に、来る途中で買った百合を差し込み、線香をあげる。墓石に手を合わせたけれど、かける言葉は見つからない。去年も一昨年もそうだった。今年もまた同じか、とがっかりした。



「イチ」


 ゆんの声で、閉じていた目を開ける。


「この一年、元気でやってたか?」


 唐突な質問だった。


「ご覧の通り元気だよ。毎日元気に働いてた」


「そのわりには血色悪いけど」


「一日中室内にいるから」


「それにちょっと痩せたろ」


「それは嬉しい」


「いや、健康的な痩せ方には見えないけど」


「そうかな」


「そうだって」


 ふうっと息を吐いて会話を止め、戒名碑に目を向ける。そこに刻まれているのは、未だに慣れない花織の本名。


 次郎。最初に生まれた初美さんが「初」の字を、二番目に生まれた花織が「次」の字をつけられたらしい。

 花織は二十五年間、この名前を名乗り、この名前を書き、この名前で呼ばれてきた。


 わたしだってそうだ。四人にはイチと呼ばれてきたけれど、職場の人からは一宮さん、友人からは縁と呼ばれている。ゆんもきんぎょも、スーちゃんだって同じだろう。

 所詮わたしたちが呼び合っているのはハンドルネーム。自分で付けた架空の名前でしかない。



「さっき花織んちで、おまえが少し席を外したとき」


 また唐突に切り出された。


「初美さんに言われた」


「なんて?」


「次郎から、縁ちゃんは明るくてよく笑って色んなことを知ってるし、今まで知り合った中で一番愉快な子って聞いてたのに、毎年会う度元気を失くしてるみたい。普段はどんな感じなの、って」


 驚いた。わたしが、止まらない汗を何とかしようとほんの少しだけ席を外した間に、そんな会話をしていたことも、花織が初美さんにそんなことを話していたことも。


「俺、答えらんなかったよ。だって俺の中でイチのイメージは、花織が言う通りのやつだったけど、最近のイチはくすりとも笑わないつまんねぇ女だからさ」


「そうかもね。わたしはつまんねぇ女」


「そうじゃねぇだろ。おいイチ、いい加減答えろ。おまえずっと変だぞ、花織が死んでから」


 立ち上がったゆんを目で追って見上げ、もう一度「そうかもね」と返した。


「答えになってねぇぞ」


「ねえ、ゆん。人が死ぬ瞬間って見たことある?」


 これもまた、答えになっていない。ゆんは苛立った表情でわたしを見下ろしながら「ない」と答えた。



「おまえはあるのか?」


「あるよ。目の前で祖父が死んだ」


「そっか……」


 三年前のことだった。健康だけが取り柄だった祖父が初めて健康診断に引っ掛かり、再検査をすることになった。再検査では原因が見つからず、病院を転々とし、検査に検査を重ね、ようやくついた病名は、胃癌。進行がとても速く、病名が分かったときにはすでにあちこちに転移していて、余命はほとんど残っていなかった。


 抗がん剤や放射線治療で散々苦しみながら、できるだけ余命を伸ばしたけれど、手遅れなことに変わりはなく。近所の小さな病院で痛み止めの薬をもらいながら、最期の時を自宅で過ごすことになった。


 夏も終わりに近付いたある日、病院で薬をもらって帰ると、祖父の様子がおかしかった。苦しそうに呼吸をし、目も虚ろ。慌てて病院に電話をし、先生が来るのを待った。


 その間、祖父の浅く短い呼吸が次第に減っていった。十秒に一回、二十秒に一回、三十秒に一回……。かはかはと苦しそうな呼吸の間隔はどんどん長くなり、そして静かに、止まった。止まっていた、と言ったほうが正しいかもしれない。いつの間にか、祖父は呼吸をやめていたのだ。



 衝撃的な光景だった。目の前で人が死んだ。

 祖父はもう動かないし、喋らないし、呼吸もしない。そう思うと涙が溢れて、うわーんと大声を出して泣いた。その時見た光景は、三年が経とうとしている今でも瞼の裏に焼き付いて、昨日のことのように思い出せるのに。それなのに。



「不謹慎なことを言うとね、ゆん。花織が死んでも何も感じないの。二年前からずっとそう。友だちが死んだっていうのに涙も出ない」


「そりゃあ、じいさんと友だちじゃ違うだろうよ」


 ゆんはそう言いながら、わたしの頭にぽんと手を置いた。


「でも人が死んだことに、かわりはない」


「……まさかおまえ、それをずっと気にして……」


 視線を反らすと、次に聞こえてきたのはため息だった。


「仕方ないことだろ。事故だった。飛び出してきた猫を避けようとしたなんて、優しい花織らしいじゃねぇか」


「仕方ないって、最初から思えた?」


 聞くとゆんはわたしの頭に置いた手を退け、少し考えてから「いや」と呟く。


「正直意味が分からなかった。ついこの間まで普通に喋ってたやつが死んだなんて。今まで家族も親戚も友だちも、俺の周りで死んだやつは一人もいなかった」


「でも受け入れた?」


「実際遺影を見て墓参りして、花織が合流しないチャットルームの画面を見たらな」


「そう……」


「おまえはまだ、受け入れていないんだな」


 この質問に、わたしは答えられなかった。花織は死んだと、頭では理解している。でも、その実感はない。だから返答は、イエスでありノーでもある。


 恐らくその原因は、わたしたちがインターネット上で出会い、そこでの関わりしかなかったからだ。本名も顔も知らない。ハンドルネームで呼び合い、それがわたしたちの全てだったから「花織」と「次郎」が一致しない。「ゆん」と「優輔」もそうだ。それが大きな違和感を生む。


 どれだけ毎日話して笑い合っていても、現実の姿を知らなければ、その繋がりは果てしなく薄いのだ。




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