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#07 いつか話してくださいね


「秋山さんってロリコンなんですか?」

「……ひどい言いがかりだな」


 ロケ現場へ向かう車の後部座席でうたた寝していると香織が尋ねてきた。

 おそらく、今朝のあの一件に対して疑念を抱いているのだろう。

 ──玄関にあった三足の靴のこと。香織に連れ子のことを打ち明けてしまうのは気が引けて、私はとっさに『親戚の子が泊まりに来ている』と誤魔化した。我ながら出来の悪い嘘だと今になって思う。それが嘘だと見抜くのも容易かっただろう。付き合いの長い彼女なら尚更だ。

 

 追及されるかと思ってその時は身構えた。

 しかし彼女は何も訊いてこなかった。

 私は胸を撫でおろした。助かったと思った。

 ……どうやら気のせいだったようだ。


「冗談です。そんなわけないですもんね?」

「当たり前だろ、失礼な奴だな……」

「すみません。つい気になったもので」


 まったく油断ならない奴だ……。

 今朝の件には直接触れず、遠回しに探りを入れている。

 こちらが感情的になれば相手に不信感を与えかねない。

 さらっと適当に躱しつつ、話題を転換しよう。


「13時からのCM撮影の件だが──」

「私って、信用無いですかね?」


 唐突に発せられた彼女の一言が私の鼓膜を震わせる。

 淡々とした口調でありつつも感情のこもった声音。

 虚をつかれた私は言葉を失ってしまう。

 

「マネージャーの分際で差し出がましいのは自覚してます。それでも、微力ながらでも力になれることはあると思うんです」 

「……」

「何か隠してますよね。分かりますよ、そのくらい」

「……隠してたらなんだ? 私が話すまで問い詰める気か?」

「……いいえ、話してくれるまで待ちます」

「きみはそれでいいのか」

「信用してるので、秋山さんのことは」

「意外だな。信用されていたなんて」

「まあ、尊敬はしてませんけどねー」

「……だろうな」


 秋山さん、と香織は私の名前を呼んだ。


「待ってますからね」


 彼女になら打ち明けてもいいかと思った。

 でも、やめにした。言ってしまえば、気が楽になるのに。

 彼女ならきっと受け止めてくれるだろう。怒れるかもしれない。罵倒されるかもしれない。殴られるかもしれない。だけど結局最後には、『仕方ない人ですね』なんて苦笑混じりに呆れて、翌日には何事もなかったかのようにそばにいてくれる。そういう女だと私は知っている。超がつくほどのお人好しなのだ。

 

 だから──。

 

     ***


「ただいま! ご飯できてるよ!」

 

 撮影を終えて帰宅した私をエプロン姿の夏美が出迎えた。

 秋山家の食卓に並べられたのは、白ごはん、シャケの塩焼き、筑前煮、わかめの味噌汁の計四種。ダイニングにただよう焼けた魚の匂いと白みその甘い香りが食欲を刺激する。


 私が帰ってくるまで食事に手をつけないよう我慢していたのか、春乃は、晩飯を前にゴクリとつばを飲み込み、『待て』と指示された犬のようになっていた。


「ううっ、早く食べないと冷めちゃうっすよ?」


 春乃が物欲しそうな目を夏美に向け、「みんなが席に着いてからね」と制される。そんな二人を横目に苦笑し着席する。


 なんだ?


 隣から、むしゃむしゃと咀嚼音のようなものが聞こえてきた。


「……ぱくぱく……」


 左隣を見ると、いただきますの一言も無しに冬花が食事をはじめていた。

 よほどお腹が空いていたらしい。

 そして食べるスピードが異常に早い。

 目にも留まらぬ速さで口に吸い込まれていく。

 

「じゃ、じゃあ、私たちも食べよっか?」


     ***


 食事を済ませると、私はすぐに席を立った。汚れた食器を台所へ運ぶ。夏美の横を通り過ぎるとき、ついでに料理の感想をこぼす。


「ご飯はもう少し固めに炊いてくれ。あと、味噌汁の味が濃すぎる。高血圧にして殺す気か?」

「あー、はいはい。お粗末様でしたー」


 嫌味混じりの感想を夏美はサラっと軽く受け流す。

 続いて春乃と冬花も料理の感想を述べはじめた。


「味の濃さは、人生の濃さっすよ! だから、このお味噌汁はハル的にポイント高いっす! イッツソーヤミー!」


 食レポの内容が曖昧すぎる。

 冬花にいたってはやはり「ん!」としか口にしない。

 親指を立てるのでどうやらお気に召したようだが……。

  


「……オンラインで仕事の打ち合わせがある。入ってくるなよ」


 そう言い残して私は二階の自室に向かう。

 仕事の打ち合わせがあるというのはもちろん嘘だ。


 自室からベランダに出てガーデンチェアに腰かける。

 空は曇天。星は見えない。春季とはいえやはり夜は冷える。


 ため息をつく。鬱屈とした気分ごと吐き出すつもりで。


 この生活はいつまで続くのだろうか。

 自分はどう振る舞うべきなのだろうか。


 そんなことを考えていると──扉の開閉音がした。


「誰だ?」 

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