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#06 布団をめくれば修羅場


「パパー、起きてる?」


 コンコンコン!! と激しくドアを叩く音で意識が覚醒する。重いまぶたをあけて、カーテンの隙間から差し込む光をたよりに辺りを見回す。モダンなデザインの掛け時計に目をやると、午前六時を示していた。


(目覚め最悪だな)


 寝違えてしまったのか肩と首が痛む。

 鉛が巻き付いたみたいに腰が重たい。

 年のせいだろうか。

 

「朝ごはんできたよー!」


 夏美の声がドア越しに伝わってくる。そういえば昨日あいつらを預かることにしたんだっけか。夢であってほしいと思いつつ頬をつねる。……痛い。どうやら現実(マジ)のようだ。悪夢はまだ続くらしい。


「起きてってばー!」


 私は布団をかぶり嵐が過ぎるのを待つことにした。ああ頼むから早くどっか行ってくれ。


「起きなさーい!」

 

 ──数分後。ノック音が止み、諦めてくれたのかと安堵する。そう思ったのも束の間、エプロン姿の小さな侵略者が私の不可侵領土に侵攻を始めた。


 鍵をかけていたはずの扉は一秒と経たずに開け放たれ、侵略者の上陸をたやすく許してしまう。布団をめくり、私の顔を確認すると夏美はにんまり微笑んだ。


「ふふっ、相変わらず朝弱いんだねぇ?」

「……もう少し寝かせてくれ。徹夜だったんだよ」


 徹夜というのはもちろん嘘。昨晩は22時前には眠りについていた。そっかー徹夜だったら仕方ないよねー、と睡眠続行の許可が出るのを期待してみたが、この自己中娘に他人を労わる心などあるはずもなく……。


「朝ごはんは、みんなで食べるの。一緒に食べなきゃだめなの。これは決まり。パパに拒否権はありません!」


 こういう自分勝手なところは母親譲りだよな。

 その点、私もかなりマイペースなほうではあるけども。


「ところで、春乃ちゃんどこにいるか知らない?」

「知らん」

「でも、パパと仲良しみたいだからさ」

「べつに仲良くない」

「本当に知らないの?」

「これっぽっちも」

「……その布団の中に隠れたりしてないよね?」

「馬鹿言うなよ」


(ん?)


 そこでようやく違和感に気づいた。ちょうど腰のあたりを何か温かいものが圧迫し、ぎゅっと締め上げている。恐る恐る布団を持ち上げてみると──そこにいたのは春乃だった。なんでここにいるんだ?


「……むにゃ……」


 ワンピースタイプのネグリジェを白い柔肌にまとわせた彼女は、私の腰に手を回しながら、スースーと穏やかに寝息を立てている。無垢な寝顔はまるで子猫のようだ。


 なぜ今まで気づかなかったのか。まったく自分でも不思議だった。この私が、自室のみならず寝床への侵入まで許してしまうとは。昨晩はよほど熟睡していたんだろうか。


「さっき徹夜って言ってたよね?」

「あ、ああ」


 顔を紅潮させた夏美が言いよどみながら、


「……まさか、そ、そういうこと?」

「どういうことだよ?」

「お母さん役」

「は?」

「春乃ちゃんが、パパの新しい奥さんってこと?」

「話が飛躍しすぎて理解不能なんだが」

「じゃあ、パパはこれをどう説明するのかな?」


 夏美の目が怖い。笑みを崩さない口元も不気味だ。

 このままじゃ一体何をされるか分かったもんじゃない。とりあえず春乃を叩き起こして彼女の口から誤解を解くことにしよう。肩を激しく揺すり何度も「春乃!」と名前を呼ぶ。頼むから起きてくれ。


「ん~、おはぁ〜?」


 春乃が目を覚ました。

 これで事態は収束する。

 私にやましいことはないのだ。

 あとは春乃が事情を説明すれば全て──。


「……昨晩は激しかったっすねぇ……むにゃ……」

「おい待て二度寝するな!」


 まぶたを擦りながら意味深な台詞を言い残して、春乃は再び眠りについた。このフーテン娘め。しかし『激しかった』とは一体何のことだ。一瞬、嫌な想像が脳裏をよぎったがきっと気のせいだ。コイツに手を出した覚えはない。


 ──もしかして『アレ』のことか?


 そういえば以前、自分の寝相が悪いと誰か(おそらく元恋人だろう)に指摘されたことを思い出す。春乃もそれを言いたかったのでは? 『激しかった』のは私の『寝相』なのでは?


「これでもう言い逃れできないねぇ?」


 拳をプルプル震わせる夏美。お怒りのようである。まあ、第三者が春乃の発言を額面通りに受け取れば、昨晩私と春乃がハレンチ行為(激しい)に及んでいたと勘違いするのも仕方ないだろう。現に夏美はそう誤解しているようだしな。


「夏美、いいかよく聞け? 激しかったというのは私の──」

「そんなのいちいち説明しなくていいよ! パパのエッチ! スケベ! ヘンタイ! ケダモノ! ムッツリ! ピーマン! タマネギー!」


 寝相のことを言っているんだ──という重要発言は早とちりなマセガキによって遮られてしまう。そいつは林檎みたいに赤いほっぺを膨らませて私を睨みつけた。背丈が短ければ気も短いらしい。もはや何を言っても聞いちゃくれないだろう。


(ピーマン……タマネギ……?)


 ところで最後の二つはどういう意味の罵倒なんだ?


    ▽▼


「もうこんな時間か!」


 ピンポーン。玄関のチャイムが鳴った。ふと時計を見ると、時刻は午前七時三十分を指していた。シンジは食べかけのトーストと目玉焼きをそのままに席を立つ。急いで出勤の支度に取り組む。そんな私を口惜しそうな目で眺める三人。何か行動を起こすのかと警戒していたが、結局彼女たちは何もしてこなかった。

  

「巻きでお願いしますよー!」


 担当マネージャーの藤村香織ふじむらかおりがインターホンで呼びかける。焦っているのが切迫した口調から伝わってくる。このままでは今朝の収録に遅れかねないのだ。


「……起きてますよね?」


 どうして、香織が秋山宅を訪れているのかというと、送迎のためだった。仮にも有名俳優である私が、公共交通機関を利用して通勤すると周囲の混乱を招くことになる。だからこうしてマネージャーがわざわざ自宅まで出向いて送迎してくれるのだ。


 ──不覚だ。


 今朝は、例の誤解の件もあり支度が遅れた。

 まさかこんなに時間が経っていたとは。

 あいつらといるとロクなことがないな……。


 身支度を済ませて玄関へ向かう。革靴を履き、玄関のドアハンドルに手をかけようと手を伸ばす。そのときだった。


「入りますよー?」


(なっ……!!)


 ガチャ。香織がドアを解錠して中に入ってきた。

 虚をつかれた私は態勢を崩す。そして尻もちをついた。


「あ痛っ……」


 そういえば、万が一寝坊して遅刻しそうになったときの最終手段として香織には自宅の合鍵を持たせていたんだった。

 

「なにしてるんです?」

「お、脅かすなよ……」

「だって秋山さん遅いから」

「それは……悪かった。すまん」


 するといきなり香織が怪訝な眼差しを向けてきた。


「……おかしい」

「私のこの滑稽な姿が?」

「さっきの言葉です、『悪かった。すまん』って」

「……? 普通じゃないか?」

「だって秋山さん、人に謝ったりしませんよね」

「そんなことはない。……ないと思うが」

「解釈不一致なんですよね。私の知ってる秋山さんはモラハラエゴイスト野郎なので」

「本人を前にしてそれを言うか」

「何かあったんですか? 頭打ったとか……」

「さあ? ただ少なくとも、尻は打ったな。きみのせいで」

「いつも通りで安心しました。──急ぎましょう」 


 私に手を差し伸べた香織は、視線をある方向に滑らせた。そこにあったのは三足の靴。あいつらの物だ。香織は私の離婚歴について把握しているが、その歴代嫁たちに子供がいることまでは知らない。


「……誰か、いるんですか?」

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