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#05 どうして三人揃ってんだよ


(どうして三人揃ってんだよ……)


 ただの偶然と片付けるにあまりに不自然すぎる状況。

 何者かが仕組んだとしか思えなかった。


 そうでなければ納得しない。

 こんな偶然あってたまるか!


 彼女たちに以前の家庭の話を持ち出すことはなかった。互いの存在は知らないずなのだ。それにも関わらず3人は、まるで示し合わせたようにここに集結した。


 三人の中の誰かが探偵でも雇って私の素性を調べるうちに、自分と似た境遇にある他二人の存在を知ったのかもしれない。それから何らかの手段で連絡を取り、ここに呼び寄せたという筋書きだ。……いや、我ながら馬鹿げた妄想だな。そんなことをして何の意味があるというのだ。


「「……」」

「……もぐもぐ……」


 冬花を除いた二人は、ダイニングテーブルの上に置かれた菓子と紅茶には目もくれず、怪訝そうな顔をこちらに向けていた。私は、緊張で高鳴る胸の鼓動を落ち着かせるためにホットコーヒーを飲んだ。いつにも増して苦みが強いのはきっと気のせい。


 コップから口を離すと夏美が仕掛けてきた。


「なんでそんな大事なこと……ずっと黙ってたの?」


 嘘をついても仕方ない。

 正直に言ってしまおう。

 

「お前らに話す必要はないと判断したからだ」

「うーっわ、ひっどーい」


 夏美がアヒルみたいに口を尖らせる。

 冬花が挙手し、発言権が彼女に移る。


「ん」


 なるほど……わからん。

 冬花が何を言いたいのかさっぱり理解できない。

 とはいえ、眉間にしわを寄せているので、どうやら不機嫌だということは見て取れた。冬花は喋らない代わりに自分の感情を態度で示す。そこに注意を向ければ意思疎通はさほど難しいことではない。


「悪かったな」


 とりあえず謝っておくか。


(さてと……)


 春乃を一瞥する。冬花と夏美がこの家を訪れた目的は判明しているが、春乃にいたっては未だ分からぬまま。まさかとは思うが……。


「春乃。うちに来た理由を聞かせてくれ」

「当ててみて?」

「まさか、ここに住む気じゃないだろうな?」

「わお、正解。さては、ハルの思考を盗聴したっすね?」


 なんてこった。

 嫌な予感ほどよく的中する。


「──ねぇ、春乃ちゃん」


 夏美が春乃に声をかけた。

 なにかを企む得意げな笑みが恐ろしい。


「実は私も、この家でお世話になろうと思ってたんだ」

「おおっ、奇遇っすね!」

「そう、それでね、さっきパパにお願いしたの」

「それでそれで?」


 地面に膝をつけ、神に恵みを求めるように両手を合わせると、芝居がかった語り口調で夏美は言った。


「私ね、こうやって必死に頼み込んだの。そしたら、パパがね『お前の部屋なんかねぇよ! 手切れ金を持ってとっとと失せやがれ!』って私を睨みつけたの。ううっ、あれは怖かったな〜。それで私ね、涙を浮かべながら質問したの。『私のことどう思ってるの?』ってね。パパ、なんて答えたと思う?」


 目元にわざとらしい涙を浮かべて、


「『お前のことなんか好きでもなんでもない』ってさ……」


 誇張だ! 言いがかりだ! 偏向報道だ! でもあながち間違いでもないので全面的に否定できない。もちろんこれを肯定するわけにもいかなかった。


「大事な娘とも言ったぞ。事実を捻じ曲げるな」

「……オジサン、見損なったっすよ」

「そんな軽蔑した目で私を見るな!」


 こいつらといると調子が狂う。

 これだから家に置いておくのは嫌なんだ。


「ん……」


 私の着るニットセーターの袖を人知れずに掴むと、冬花が目配せしてきた。居心地が悪そうに唇を結んでいる。


(お前は気まずいだろうな)


 この家での長期滞在が許されているのは冬花一人だけだ。自分だけ特別扱いされていることに後ろめたさを感じているのかもしれない。


 断じて依怙贔屓えこひいきしているわけではない。先着一名の枠に冬花が収まったから家に置くことにした。ただそれだけだ。順番が違えば、夏美か春乃のどちらかを引き取っていただろう。


 それを二人に説明して、納得してくれるのだろうか。

 いいや無理だろうなと結論。

 二人とも、母親に似て自分勝手なのだ。


 とっくに秘密も打ち明けてしまった。無理やり追い返せばその腹いせにマスコミに垂れ込むかもしれない。そして私の俳優人生は終幕を迎える。最悪の事態だ。絶対に避けねばならない。


 不本意だが、こう答えるしかなさそうだ。

 

「泊まりたいなら好きにすればいい。ただし、同居していることは誰にも知られるなよ? もしマスコミに嗅ぎつけられでもしたら……」


 そんな心配をよそに「やったー」と舞い上がる三人。

 そこまで喜ぶことなんだろうか。甚だ疑問である。


「オジサーン!」

「おいやめろ」


 両手を大きく広げて春乃が抱き着いてきた。女の子特有の甘いにおいが鼻の奥をくすぐる。相変わらずスキンシップが激しい。


「春乃ちゃん! ちょっと近すぎだよー!」

「んー……」


 天井を見上げながらため息をつく。血のつながらない四人での生活はきっと長く続かない。持って一ヵ月というところだろう。ロクでもない自分に愛想を尽かしていつかこの家を離れる。かつてこの家を去った元妻たちのように。


     ▽▼


「外の空気を吸ってくる」


 そう言い残してベランダに出た。夏美と春乃が家で厄介になることを、これから二人の親に連絡しなければならない。両者とも私の家で世話になる旨を伝えて家を出たと思うが念のためだ。一応の礼儀として、娘たちが無事に到着したことぐらい知らせておくべきだろう。


「ん?」


 ズボンのポケットに入れておいたはずのスマホが無い。自室かリビングに置き忘れたのだろうか。記憶を辿るもどこに置いたのか見当がつかない。年のせいで忘れっぽくなっているのか。老いというのは恐ろしい。


 スマホを求めて家の中に戻る。とりあえずリビングにはなかった。螺旋階段を上り自室へと向かう。すると部屋の前には見慣れた人影があった。薄暗い廊下に立つその人物は──望月春乃だった。


「探し物はコレっすか?」


 春乃の手には私のスマホが握られていた。

 落ちていたのを拾ってくれたのだろう。


「ああ、そうだ。返してくれ」

「……ちょっと待つっすよ」


 私が近寄ると春乃は後退りした。

 からかっているつもりなのか。

 いまいち考えが読めない。

 

「お母さんに連絡しないって、約束するっす。約束してくれたら、大人しくスマホを返すっすよ。もし断るなら……」

「断るなら? どうするつもりだ?」


 同居の件をマスコミに暴露するか?


「これに保存されてる、エ、エッチな画像とか、なんか重要そうな情報とかを全部ばら撒くっすよ!」


 想定を遥かに下回る脅しに苦笑する。


「やれるものならやってみろ」


 春乃の言動から察するに、どうやら落ちていたスマホをたまたま拾ったわけではないようだ。盗んだと考えるのが妥当なところだろう。


(隙を見せたつもりはないが、一体いつ?)


 犯行が可能なタイミングはあの瞬間以外にない。

 春乃に抱擁されたときだ。私に抱きついて腰に手を回したとき、ズボンのポケットからスマホを引き抜いた。それ以外に考えられない。


「なぜこんな真似をする?」

「それを聞いちゃうっすか」


 心の内を見透かされまいと春乃が目を伏せる。

 話す気はないようだ。なら仕方あるまい。

 

「……気が向いたら返せよ」


 こんな茶番に付き合ってられるか。スマホを取り返すのは諦めると、階段を降りて、リビングにきた。部屋の隅にある固定電話に手をかける。スマホがなくとも連絡のしようはいくらでもある。


 まず、日高家に電話をかけることにした。


 ──応答しないぞ?


 電話が繋がらない。

 故障を疑ったが、その懸念はすぐに晴れた。


 ──なぜ電話線が抜かれている?

 

 電話線が抜かれていたのである。

 どおりで繋がらないわけだ……。

 元にも戻そうとした瞬間、背後から声がかかる。


「お願い。ママには秘密にしといて?」


 人差し指を口に当てる夏美の姿は小悪魔のようだった。いつものように歯を見せて無邪気に微笑んでいるが、その表情には(かげ)りが見えた。なんだか夏美らしくない。


「お前が……」


 電話線を抜いたのか夏美。


「んー? なーに?」

「……いや、なんでもない」


 喉元まで出かかった疑問を私は吞み込んだ。

 追及したところで答えやしないだろう。


 スマホを奪った理由。

 電話線を抜いた動機。


 ──私のもとを訪ねた()()()()()


 彼女たちはそれを一切明かさない。

 ……だからなんだというんだ?

 どうだっていいだろ、そんなこと。

 三人のことを深く知る必要はない。

 どうせ近いうちに居なくなるのだから。

 知ったところで意味なんかないのだから。


(寝るか)


 先のことを考えると頭が重くなってしまう。

 そういうときは思考を手放すに限る。

 思考の停止。就寝。それは気持ちがいい。

 ストレスから解き放たれる瞬間だからだ。

 このまま目をつぶって死ねたらどんなに楽か。

 明日が、憂鬱だ。

好評でしたら、完結させたいと思います。


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