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東方 夢幻界郷  作者: 聖海龍・ラギアクルス
二章.新たな記録と歴史
24/34

021話 人間と妖怪の境界 上


「ねえ?なんだか外がいつもより騒がしくない?」


「…そうですね。なにかがおかしいですね…」


たまたま、私達は久しぶりの出掛けと言うことで人間の里に顔を出していた。


それも家族ってなりで私を含めてこいし、お燐、神綺さん、幻月、夢月、エリスの七人で出掛けていた所だ。


そんな時に何か里の中がいつもよりも騒がしいのに私達は気付いた。


さして大きいものではない。がそこそこ繁栄している里はいつも騒がしいもの。特にこの時間は人々が活発になっている時間だ。


だが、人の賑わいには違いがある。100年位住んでいると自ずとわかってくる。


この騒がしさはどちらかといったら来客。それも大勢の旅集団が来たときのものに似ている。


この時代の旅人は、面白い話を持ってきてくれる人のようなもので娯楽の少ない人々の数少ない楽しみの一つである。


だが、それにしては不穏な空気が少しピリピリしている。



招かれざる客って言うところですか。





隣にいたこいしもなんだか嫌な感じだと感じたようで青みがかった瞳がこちらを無言で見つめてくる。


お燐は…まあ、察しているのだろうが別に大して気にしてはいないようだ。私達が大袈裟なだけだろうか…。




まあ言ってしまえば、人間が何をしようが気にするようなことはないのだが…こちらに影響するものであれば手を打たないといけない。


…特にこいし達が危険に晒されるようなものであればすぐに対処しなければならない。気が進まないのですが、ちょっと先に様子を見てきましょう。


「ちょっとこの先の様子を見てくるわ」


「気をつけて言ってくるんだよ?」


「お姉ちゃん、行ってらっしゃい。あ、そうだ、なんか面白い事があったら寄ってさ、買ってきてよ~」


面白いこと…まあ、あったならそういうのに寄って、買って来るとしましょうか。


「わかったわ」


「さとり。だったら私も行くよ。きっと同じ気持ちだろうからね」


「姉さん。…いえ、止めても無駄でしょうし気をつけて」


「うん。幻月様。行ってらっしゃいませ~」


「私は念のためこの子達を見守るわね。気をつけて行ってらっしゃい」






神綺さんに皆を任せ私達二人は現在この里で起こっている事を解明するため危険なのを承知な上で身を乗り出すのだった…。








……昼下がりとは言えまだまだ暑い。


直射日光に当たるのは体に悪いし嫌いなのでこの季節のこの時間は好きになれない。


まあ草木が青々茂っているのは好きなのですけど…そうだ。いつか薔薇を育ててみようかしら。






そう思っていた所、幻月が足を止める。

幻月が見ている方向にはお目当てと思われる人達がいた。そりゃ旅人がいれば、里の人達も集まっているわけだし場所くらいは簡単にわかる。


私達二人は目立たないように近づいた。その後、幻月は私の周囲を警戒することになり、私はその集まりの中心の方に意識を向けた。


見た感じでは複数名…なにやらここの人達と話し込んでいるようだがどうにも表情が浮かれない。


普段であればもうちょっと楽しそうにするはずですけど…


一瞬、集団の隅にいた巫女装束の女性と目があった。


同時に、寒気がして身体中に鳥肌が立つ。人混みのの中でかき回されてしまっているがかなり濃い霊力が流れている。それが私の肌に照射されたのだ。


「っ?!」


「…さとり!?」


「大丈夫です。これくらいは。…それよりも、早く移動しましょう…ここにいては…危険です…」


「……わかった」


幻月は、私の様子を見るにすぐに行動に移した。

あの巫女達に気付かれないように気配を消して移動し始める。




いくら私が妖力を隠しているからといって、アレを当てられては気持ちの良いものではない。


私も幻月の後を追うように、軽く会釈し彼女の視界から逃れるように移動する。







どんな人たちなのかは知りませんが、あまり歓迎されてはいないようです。

服装からして妖怪退治や戦闘を専門に扱う人の集団なのは間違いないですが…だとすれば、この里に来ても無意味に近い。


ここの地域は東の方にある神社ひとつで事足りる程度でしかない。


そして十分離れているにも関わらず鼻をつくような匂いが彼らから漂ってくる。


「…ねえ、あれって…」


よく嗅いだことのある人か、私のように妖怪である者なら忘れようがない匂い。


「幻月の言いたいことはわかります。血の匂い…ですよね?」


「…そう、だよね」


私の中で警戒度が上がる。ここまで離れて漂ってくると言うことは相当浴びた証なのだ。そしてそのような人は躊躇がない。いわば、理性のリミッターが外れているのだ。


幻月にも感じたようで、あんな顔をする幻月は久しぶりにみた。…思えば月の民との死闘の際にも同じ顔をしていた気がする。

…即ち、それくらいに強い奴みたいなのだ。



幻月の後を追った私は幻月を引き留め、すぐ近くにいた酒屋のおじさんの袖を引っ張った。




「急にすいません。…えっと、あの旅の人達は一体誰でなんでしょう?」




私に気づき、同時に状況というか何かを察したのか、彼は私達の姿が彼らから隠すような立ち位置に移った。


「…ああ、さとり嬢ちゃんに幻月のお嬢ちゃんか。…ここでは色々と不味い。済まぬが場所を変えるぞ」




「そうですね」


「うん」 


そう言って、彼は自分の店の方に歩き出した。私達は黙ってそれについていく。




巫女達は、一瞬此方側が取った行動に目がついたらしく、一時的に探るような目線を感じた。

…ただ、私達は妖力が出てないに等しい為、何も問題はないはずである。




…だが、これ以上怪しまれないうちに早めに隠れなければいけなかった。


 


 


 


おじさんに続いて店の酒屋の扉をくぐる。


店内は様々なお酒の匂いが混ざり合い絶妙な匂いを醸し出していた。


以前行った美宵ちゃんのお店に負けないくらいの繁盛ぶりである。


私にとってはあまり落ち着きませんが、こいしやルーミアさんが居たときにはいい匂いとか言ってましたね。

まあ悪くはないですけど、少し気分が悪くなります。


夢月やエリスの時はエリスが若干私と似たような反応をしていましたが、別に気になる程ではないとその事。




それはさておき、おじさんもとい店主が外の状況を確認してから静かに扉を閉める。

なにかやばいことをやってそうな感じですけど実際、人間からみればやばいことなんでしょうね。




「それで、彼らは一体どこの人たちで?」




「あいつらが言うには、都の陰陽師と武士って言う集団らしい。…なんでも、全国の妖怪を倒す為に旅をしているのだとか」




なるほど、都の妖怪退治御一行でしたか。それにしても変ですね。


ここ数百年の合間、襲ってきた妖怪を倒すと言うことはありましたけど、人間自身が進んで妖怪を倒していくなんて…


「都って……もしかしなくても、妖怪ならなんでも倒そうとする野蛮な連中かな?」




「幻月のお嬢ちゃんのいう通りさ。俺が聴いた感じだと、妖怪なら問答無用らしい。それだけじゃなく妖怪と共存している人間すら…場合によっては……」




出来ればきて欲しくなかった答えが店主の口からでる。


「殺す…ね?………余りにも過激すぎるよ…。別に妖怪にも善いのと悪いのがいるってのにさ。それを考えないで極端に悪いと述べて無差別に…。信じられないよ…」


幻月は嘆きの声をあげる。それもそうだ。妖怪だって生きている。それを倒すってことは殺すと同義である。

幻月がそう嘆いているのと同じ様に私だって人間に対して悲しみを覚えてしまうのだ。人であるのに関わらずだ。






私達を含めた『家族』は『元人間』である。だから人間達が現在起こしている行動も言ってしまえばよくわかる。よくわかりますけどそれでもあんまりです。




幻月も先程嘆いていましたが、妖怪にだって良い悪いはいるのです。

それさえ無視した挙句、同じ人間ですら、妖怪の肩をもつと分かるだけで攻撃するとは…。


ここまでくると相当狂ったヤバい集団じゃないですか。

幻月に聞いていた話と大分違いますが、攻撃的集団なのは概ねその通りですね。



しかし、かなり深刻な事態ですね。


確かに妖怪に対する態度として、間違ったものでは無いのですが…。


それも行き過ぎてしまえば大変なものである。




特にこの里は妖怪の山と共存しているようなものだ。


万が一彼らのせいでどちらかが滅ぶか…。


たとえ、滅ばなくとも今回のことが引き金になり、共存関係が崩れれば、私達だって生活の場を奪われるし、色々とこまることが多い。




折角、友好関係を築けて平穏に過ごせているのにどうしてそれを邪魔しようとするのでしょう…。


おそらく妖怪退治はただの実績作りで、実際は彼らが政治を握る為の手段に過ぎないのでしょう。


ちょうどこの時期は武士が政治を握ろうとしているような時代でしたし可能性としてはあり得る。


…だとすればかなり身勝手なものだ。



幻月は『いずれ来るかもとは思っていたけどね…はあ』


と溜め息を吐いた。


…幻月の顔がもしもの時には本気をだして相手を消し飛ばす気満々の顔をする。


私だってその気ではあります。

こいしたちの身が危険に晒されるなら殺す事だって躊躇いませんし。





「まあ…あまり気にするな。俺達が話を通して、出来る限り追い払うことにするさ」




私達が顔を伏せて考えているのを悲しんでいると思ったのか、店主が安心させる言葉をかけてくる。


人間が悪い人ばかりでないのはわかる。少なくともこの里の人達は妖怪だからと言って差別はしない。




「……ありがとうございます。ですが、山の方がどう動くか……。その時、万が一には、備えていてください」




そう、彼らがここにきている時点で既に天狗は情報を掴んでいる。天狗の情報網は人間の情報網を凌駕した精度と速さを持っているわけです。


このことを知らないなんて言わせない。…だとしたら既に対策を立てているはずである。




とにかく、今回のことはあまり深く関わらない方が良いでしょう。


できる範囲で彼らを支援するのが今の私達に出来る唯一の事ですし…




力があればなあと思うことは多々ある。その度にそのような力が欲しくなってしまう自らを嫌悪してしまう。


誰かを守ったりすることができる力…聞こえはいいかもしれないがそれは結局力であり誰かを傷つけるものに変わりはない。


幻月も度々、私に言うことがあるが…

『力を持つことって嬉しいものじゃないんだ。時には仲間も傷をつけてしまうことだってあるかもしれない。その可能性も考えて力を使わないといけないのが私的に辛いんだよね』


…とのこと。


…誰かを守る為に誰かを傷つける。

その行いは間違ってはいないのかもしれませんが、私は好きではない。

いえ、力自体を否定するつもりはありません。その力に見合っただけの器の持ち主であれば、その力を正しく使えるわけですし、なんら問題もありません。


……まあ、たまにやりすぎることはありますけど。


問題は、正しく使いこなせないと過ぎた力は守るべきものすら壊してしまいかねない。簡単に力など手に入れてしまってはそれこそ彼らと同じになってしまう。


そう、幻月は言いたいのです。


だから私は出来ないことを無理にはしない。




よく、お燐やこいしからは、変わってるねとか言われますけど…幻月の言うことは正しいです。





情報料としてお酒を購入し店を後にした。


あまりのんびりしてられないので、すぐに家に向かう。多分大丈夫だとは思うがやはりあの話を聞いた後では心配だ。


最優先は、こいし達の身の安全。




家に向かうまでの間に何回か目立つ人達とすれ違った。

ここら辺では見られないような立派な服。

左側に備え付けられた刀…


なるべく目を合わせないように、小走りで通過する。態度が不自然かもしれないが違和感が出るほどでもないだろう。


せいぜい怖がられているとでも思っているはずだ。


目立たない様に、でも素早く神綺さんが用意してくれていた臨時の家に入る。






「あ、おかえりーお姉ちゃん!」


「お帰りなさい。姉さん。その、気付いているとは思いますが、大丈夫ですか?」



コートを脱いで部屋に行くとあの家と変わらない所でこいしが横になっていた。


ここへ来てから魔導書を読んでいたのか、こいしの横には少し積み重ねられた魔導書が置かれていた。


夢月はこいしの世話をしながら幻月の側に近寄った。




「…ただいま、ちょっと大事な話があるからお燐達を連れてきてくれる?」




「え?…お燐なら、さっき急用で出かけちゃったんだけど?」




な…なんですと…!


最悪なタイミングで出かけちゃいましたかっ?!あの子は!

……いえ、別にそれ自体が悪いと言うわけじゃなくて悪いのは今の外の状況であって決してお燐じゃないですし、外に出るなと言明したわけでもない私にもありますけど…でも、なんでこのタイミング!?

運悪すぎるんじゃないんですかね…。


「幻月ちゃん。事情は大体わかっているわ。エリスちゃんにも話しておくから心配しないで」


「うん。ありがと」



隣では神綺さんが幻月達と会話している。

どうやら事は済みそうであった。



ただ、私の場合はそうではありませんが…。



「こいし、今から言うことをちゃんと聞いて」




「……何かあったの?」


いつになく真剣な空気を察したのかこいしの表情が厳しくなる。






「…詳しくは省くけど、今ね、妖怪を無差別に退治しようとしている野蛮な集団が来てるの。私はこれからお燐を探しに行くんだけど、貴女は家から出ないで」




…今は時間が惜しい。一応お燐も妖力を抑えることは出来るのだが、まだ不安定で実力者が相手ではすぐに妖怪だと看破されてしまう。


……事態は一刻を争う状態だ。




「えと、私も探しに行くよ?」




「…気持ちは嬉しいけどダメよ、貴方は家にいて。私は幻月と神綺さんとでお燐を見つけてくるだけだから」




本当はこいしも連れて行ってあげたいのだが、この子はまだ妖力を隠すことができない。

もし、気づかれれば一巻の終わりであるのはいうまでもない。こいしに何かあってからでは遅いのだ。






今までは隠さなくても良い状況が続いていたから問題は無かったのだが、今回は状況が違う。


私の性質を受け継いでいるので、外に流れている妖力が少ないのがせめてもの救いでしょう。




「…う、うん。……わかった」




不満そうにしていたものの渋々納得してくれたみたいだ。





「万が一、日没までに私が戻らなかったらその時は…妖怪の山に行きなさい。もし何か言われたら私の名前を出して楓さんか、射命丸文のお母さんの紋さんを呼びなさい」




「わかった。気をつけてね?お姉ちゃん」


「ええ。貴女もね?こいし。………では、行きましょう。幻月、神綺さん」


「うん!」


「えぇ。エリスちゃん。夢月ちゃん。後は任せたわよ。何かあったならこいしちゃんをつれて逃げなさい。良いわね?」


「はい。了解しました。神綺さん」


「うんうん。気をつけて行ってらっしゃい!幻月様に神綺さん!さとりさんも!!」


夢月とエリスは此方に声をかけた後、支度を済ませる。


何かあってもよいようにだ。


一方で私達は、一度脱いだコートを再び着直し、すぐそばに置いてあった荷物を腰に巻きつけ私達三人は再び家を飛び出したのだった。
















お燐は結構簡単に見つかった。里の様子がおかしいのは知っていたのか、お燐も表立って行動はせず路地をこっそりと歩いていた。


近づいてくる私を見つけたのか、お燐の足が止まる。


「ん、あれ?さとり…に神綺さんに幻月?」


 


複数の猫を肩に乗せて、なにやら話し込んでいるお燐の手を優しく掴む。


「……お燐、すぐに家に帰るわよ」


 


「…へ?ちょ、どうしたんですか。ま、確かに陰陽師が来てるのは知ってますけど…」



急な事態に対応できていないようだ。その気持ちがわからなくもないがどうしても時間が惜しい。


 


「お燐ちゃん。実はそのことについてよ。…彼らの思想は危険よ。もし、それが見つかったらその場で退治されちゃうから」


 


端的に状況を説明する神綺さん。

お燐自身も妖力の隠蔽が不安定なのは自覚しているのか、神綺さんの言葉で心底驚いているようだ。


 


「はへぇ!?そそ、そんな奴らだったんですかあ?」


 


「…知らなかったんだ?」


 


幻月がすっとんきょうな声を発する。

幻月もお燐が外に出ているのだから、知ってるとばかり思っていたらしい。


 


「いやいや、知りませんよ。…あたいが来た時には、みんな自由に里をウロウロしてましたから…もしかして観光でもしてるのかなあって思いましたから」


 


「…もしかして、その観光している人達って、最低二人組で動いていなかったかしら?」


 

私はあの時見た光景をままに伝える。

すると言われてみれば確かにと首をかしげた。


猫耳がぴこぴこと可愛らしく動く。


一瞬触って見たい気持ちに見舞われるが、いまはそんなことしてる場合ではないので放置。


「…お燐ちゃん。落ち着いて聞いて。…多分、それは里の中にいる妖怪を探しているのよ…」


 


「…へぇ~。なるほどですね。…それで効率よく探し出し、その場で退治しやすいように、二人一組で…」




ですので、こうしている瞬間すら危険なんですよ。

もうわかってくれたなら移動しましょ。


どうやら用事も済んでいるようですしね…


お燐がジャンプしその場で猫の姿になった。


同時にお燐の肩に乗っていた猫が私の頭にとびうつる。


あの…髪の毛わしゃわしゃされると困るのですけど…


神綺さんはその光景を見て微笑んでいた。


困惑していると服の中にお燐が飛び込んできた。反動で私の体は後ろに仰け反る。


「きゃっ!?」


慌てて足踏みをし倒れこむのを防ぐ。




「……もう、危ないじゃない」




にゃーと気の抜けた返事が聞こえてくる。


「お燐は、相変わらずだねえ…」


幻月は苦笑しながら此方を見据える。






気づかれないかどうかビクビクでしたが、なんとか家の前までは無事にこれた。


こいしが窓からこっちを見ている。


エリスや夢月も同じく此方を見てホットしていた。


安心させるように少しだけ微笑む。

幻月はそれに対して、ウインクを返す。


 


「おい、ちょっといいかな、其処のお三方」


 


後ろからかけられた声によって、その微笑みは一瞬にして凍ってしまった。


(まさか…このタイミングで?)




ああもう…最悪です。




振り返ると見た所武士と言った身なりの青年が後ろに立っていた。



一見世あたりは良さそうな風格だが、その目に宿る感情は狂気に満ちていた。

まるで…生き物を生き物と見ないような…常識が欠如したようなそんな目です。きっと心の中はすごいことになってるのでしょうね。


読みたくないので読まないですが…


その目が、私の服から顔を出すお燐に向けられる。


品定めでもしているかのようだ。まあ獲物といえば獲物なのでしょうけどね。


そうしているうちに別の男もやってきた。

こっちは陰陽道をやっているものなのか別の意味で浮いている格好をしている。


手に握られているのはおそらく非殺傷型のお札。なるほど、生け捕りにして仲間の居場所を吐かせると言った狙いをお持ちのようで…




「……何か御用でしょうか?」


神綺さんは二人に今の状況を悟られないような返事を返した。


あらかたの観察が終わりそろそろ状況を打破しないといけなくなる。



片足を半歩だけ後ろに下げ問いかける。陰陽師の方が彼に耳打ちをし、ようやく男は反応した。


そして一層笑みを深くしてきた。




「その娘が抱えている猫に用がある。…実は妖力を放っているようなんだ。急だが、見させてもらうぞ」




そう言いながら、私に向かって手を伸ばしてくる。


どうやら私達が普通の女の子だと思って油断しているようだ。


まあ、側から見れば妖怪猫をかくまっている女の子としか見えないだろうし…その認識が間違っているわけではない。





伸ばされた手から逃れるようにバックステップを踏み距離を取った。


誤算だったのは私達も同じ妖怪だということでしょうね。


「…よっと!!」


幻月は左にサイドステップして、隠していた白い翼を広げる。


「もう、仕方無いわね!」


神綺さんも私から見て右にずれた後に隠していた左右非対称の色を持つ巨大な翼が垣間見えた。



「な!?貴様等っ!!!」




もう、こうなってしまってはどうしようもない。私達は隠していた妖力を解放し屋根に飛び上がった。




くそ!こんな時にバレるなんて…




「妖怪だ、追え!」


「…簡単に追わせると思うかしら?」


天狗の里がある方とは反対の方向に向かって屋根伝いを全力で駆け抜けていく。


「ちぃ。こんな奴、さっさと片をつけてやる!他のやつも呼べ!さっき逃げた奴らをぶっ殺すぞ!!」


神綺さんはその場に残り、これからくる武士達の相手をしていた。


「フフフ!そう簡単に倒せると思わない方が良いわよ!?今の私は、手加減なんて出来ないから…油断すると…死んじゃうわよ?」


騒ぎを聞きつけた陰陽師や武士といった集団がどんどん集まってきたようです。

…って、弾幕撃ってこないでください!危ないじゃないですか!後屋根が壊れてますから!


神綺さんが押さえてくれているとはいえそれでも数は多すぎるくらい。


色も大きさも様々な弾幕が私達の後ろの空を切って行く。


やはり偏差射撃は、まだこの時代では概念がないのでしょうね。


 


一部の人は空からも追跡を行ってくる。後ろの方で強めの霊力が出現し、人間のものではない殺気を向けられた私はとっさに飛び退く。


(鳥型の式神まで出してきたよ!)




なるほど、徹底的に追いかけるつもりですね。




振り返れば鷹ほどの大きさの鳥獣がこちらに向かって攻撃を仕掛けていた。


「さとり、任せて!…『マスタースパーク』!!」


幻月は、飛びながら後ろを向き、両手を前方へと出す。その後、極太のレーザー弾幕を放った。そのレーザーの照準は、此方を狙い飛行している式神の奴ら達。




放たれたレーザー弾幕は飛んでいる陰陽師や鳥獣を狙い穿つ。それは全てを焼き払い灰塵へと帰していく。空には火の手が上がった。




周囲に被害が出たが、それ以上に注意が引けた。




右に左に不規則な運動をしながら、私達は森林地帯に飛び込む。


幻月の撃ち穿ったレーザー弾幕があったのに未だに飛び続ける鳥方の式神は、木々の合間をすり抜けることが困難なのか追跡を諦めたようです。


追いかけてくるのは人のみ、これでもだいぶ楽にはなりましたかね…


 


「こいし…ごめんなさい」


「…お願い。無事に逃げて頂戴」





聞こえないのは承知で謝る。


 


(うう、すいませんあたいがへましたばかりに)


 


「お燐は悪くないわ」


「そうだよ。運悪く見つかっただけなんだから」


そう、今回の件は全く悪くない。本当に運がなかったとしか言いようがない。


取り敢えず、今は彼らの追跡を振り切って生き延びることが先決です。


今の騒ぎは天狗側にも伝わっているはずですから、そのうち山全体が動くでしょう。

なんとかしてそれまで生きていられるかですけど……

いえ、幻月の事ですから倒される筈もありませんか…。

私は、私だって……!!



「私は、まだ…退治されるわけにはいかないのよ!!」


















窓から外を見ていた私はお姉ちゃんが変な風格の男に話しかけられ、そのまま追いかけられるのを黙って見てるしかなかった。


…いや、動けなかったのかな。


もうちょっとで家に入れるって時だったのに……


思わず魔導書を持ってお姉ちゃんを助けようと思ったけど、一瞬だけ目があったお姉ちゃんは来るなとこっちに訴えていた。

それに、幻月さんの妹の夢月さんは何があっても動いちゃ駄目だって。

あれに太刀打ちなんて貴女には出来っこないなんていわれちゃった。

 


うん。分かっているよ。この場で飛び出していっても状況が不利なのには変わりないって。そうだよ。わかってはいるんだけど…それとこれとは別じゃないの?


 


 


とりあえず、あれじゃあお姉ちゃんは帰ってこれそうにない。


それにもしかしたらここも危ないかもしれない。


私はすぐに持てるだけの魔導書を抱えて裏口から家の外に出た。



私の近くにいた二人もすぐに私の後を追うようについてきた。



外では人々の怒号や、爆発音が聞こえ、その度に人間たちが私とは反対の方向に向かって走って行く。


人避けの魔術を遂行しながらだから、ほとんど私には気づかない。


 


お姉ちゃん達も派手に逃げ回ってるなあ…多分、里にいる妖怪や私を逃がすためにわざと派手に逃げ回ってるんだろう。


 


確か天狗の里の方に行けばいいんだよね。四方八方山だからわからなくなっちゃいそうだよまったく…


 


方角を思い出してみればお姉ちゃんが逃げて言ったのは天狗の里の反対側…


 


このまま私だけ逃げてもいいのかな…?


心の中ではさっきの男や妖怪退治の人達に恐怖している。だって命を狙ってくる相手だもん。


でも、そんなことで逃げててもしお姉ちゃんに何かあったら…


 


ピタリと足が止まる。




それをみた夢月さんは私に向かって話しかける。


「どうしたの?…早く…」




とっくに里は出て今は森の中。このまま斜面を登っていけば私は安全なところなのかもしれない。けど、そこにお姉ちゃんやお燐は?神綺さんと幻月さんも…一体どうなるの?


 


 


「……戻らなきゃ」


「へ?ちょ!?こいしちゃん!??」 


側にいたエリスさんが叫ぶ。


楓って妖怪に助けを求めるのもありなのかもしれないけど…聞いた限りじゃ彼もまた天狗。


天狗は組織の中でしか動くことはできないから私情で動いてくれるわけがない。




頼れないから何もできないんじゃない……やらなきゃ…




「ごめんねお姉ちゃん。…約束、守れないや……」




きっとお姉ちゃんは、私が危険に晒されるのを嫌がるだろうね。


でも、それと同じように私もお姉ちゃんを失うのは嫌なんだよ。



「あぁ。もう、これだから、こいしちゃんは~…」


「…追いかけるわよ。何があったんじゃ、さとりや幻月姉さんに申し訳立たないもの」



夢月とエリスは、身を翻して逆へと走るこいしを追いかけるのであった。













閑話休題


 


ひぐらしの声が森中を染めていく。


日は既にあたりを照らすこともなく、宵闇が足音を響かせる時間帯になった。


「…もう、私を本気にさせないでほしいんだけどね…」


そんな森の中に闇の球体がふよふよと漂っていた。


宵闇は何をするわけでもなくただふわふわと浮いては地面にあたり、時に木に引っかかったり止まったりと規則性も何にもない不思議な動きをしていた。




「……そう、なんだね~?君達は、私を…うん。…分かったわよ。久々に本気を出して遊んで上げるわね?」




独り言なのか誰かに向けて言ったのか…おとなしい女性の声が闇の中に響く。

途端、女性の右手に赤黒い大剣のようなものが現出する。



直後、後方から迫る光で闇は掻き消された。











「もう直ぐ日が落ちますね」


「…そうだね。呑気に言っている場合じゃないけどさ」 


…追跡がやんでくれるといいんですけど…


 


(周辺に気配は無いから今のところは大丈夫だね。それより早くこいしと合流しないと…)


 


お燐がそう言うも、こいしには妖怪の里の方に行って。と言ってあるから、合流しようと思えば合流できるんですけど…


今の私では少し無理そうですし。


右の肘を一瞥し、ため息をつく。


そこには服の上から腕を貫くように一本の針が刺さっていた。


おそらく人里を逃げ回ったときに食らったのでしょう。


「…だから、言ったじゃん。私に任せてって」


「…貴女に全部任せるなんて…出来ませんよ」


「…さとりの意地っ張り」


「えぇ。私は意地っ張りですよ…」


「……ふん」


幻月が心配するのもそう。私には腕を貫くような針があったのだ。


何故か深々と刺さっている割に痛みは感じないし血も出ていない。


でも、体が傷と感知していないのか再生すら始まらない。


不自然だとは思うが、これはもともとそう言った武器なのだ。




追尾用の特殊な術式が組み込まれていて術者に常に位置を教え続けさらけ出させる。


他の妖怪ごと一網打尽にする為のものでしょう。


「ほんと、無茶するんだから…どうすんのさ…これから」


「…………」


お燐いわく無理に抜こうとすると呪詛が作動してとんでもないことになるのだとか。


まったく…とんでもないものを持ってきましたね。


まあいざとなれば腕を切り落とせば良いのですけどそれをするにはまだ早いですし疲れますし…




「……さとり、なんかあいつら討伐しにきてるよ」




人型に戻ったお燐が斜面の下を見てそう呟く。ここら辺は起伏が激しく崖と変わらないような斜面が続いている。


「はぁ?!…時間もないってのに…」


そのため下に向かっての視界はかなり良い。


お燐が見つけた人達はすぐに見つかった。


やけに近い。見落としてしまっていましたか。


ただしここら辺は真っ直ぐ歩いて登るのは少し難しい。必然的に遠回りをしないといけないのだ。


まあ、それでも来てることに変わりはないんですけどね。


たとえ逃げてもすぐに追いつかれそうですしいたちごっこなだけ…


 


「…お燐、先に天狗の里まで行きなさい。貴方だけなら早いわ」




「ちょっと待って、さとりと幻月はどうするの?」


 


「私は…彼らの注意を出来るだけ引いて被害を抑えます」


「…わかっていると思うけど私は他の妖怪達よりも妖気が濃い。静めるにしても相当時間がかかっちゃうからお燐とは逃げられないかな。私もさとりと同じく時間稼ぎ位…いや、叶うなら殲滅するよ」


もし、私達がここで逃げ回って奴らをいろんなところに誘導してしまえば確実に被害が増える。


生き残る確率が高くなるとは言え、そんなことはしたくない。


 


「さとり達二人だけで大丈夫なのかい?あたいも戦うよ?」


 


「ダメよ。貴方はこいしと合流して私のところに連れてきなさい。…もしも、それが困難なら出来るだけ安全なところへ行きなさい」


 


「でも……」






それでも食い下がってくるのか、頑なに一緒にいようとする。



「お燐、気持ちは嬉しいのよ。でもそれ以前に私のそばに居たらいたずらに危険が増すだけなの。わかってちょうだい……」


 


「私達なら大丈夫だよ。ほら、最恐の私がいるんだからさ。ね?だから、こいし達の方を頼むよ~」


 

幻月からのフォローが飛ぶ。


「……わかりました」


これ以上やっても私が折れないと幻月の言葉で分かったのか、渋々従ってくれた。


直ぐにお燐は森の中に向かって行った。




「あ、そうだ。…幻月、これをお燐に渡しなさい」


すでに遠くに行きかけたお燐に、幻月は私から受け取った物を放り投げた。


「…?わかった。……お燐!これを受け取って!」



「これは?……あ、あの時の?」




使い方は覚えているようですね。…なら大丈夫。




「…もしも、いざという時にだけ、使いなさい」


あれは使える回数は限られている。


それはお燐も知っているし、私もこれは切り札として取っておいてほしい。


 


「さとり、ありがとう……」


 


「…お礼は全てが終わってからにしなさい」




私は走っていくお燐を見届け、人里から出てくる御一行に視線を向ける。


この位置ならよくわかる。さて、どのようにして時間稼ぎをしましょうか。


下手に出ても怨みを買うだけですしだからと言って手を抜いたらやられちゃいますし…それにしても数が少ないですね。




向こうだってここが鬼や天狗やらがたくさんいるところってわかってるはずだからあんな少人数で来るとは思えません。別働隊がいるのでしょうか?


神綺さんなら一人で何千人何百万人相手をしても余裕の一言らしいから大丈夫だとはいえ時間の問題ではありますかね…。


どちらにせよ倒さないといけませんし…いきますか。


「幻月、わかっているわよね?」


手加減できるほど私は強くはない。一気に行かせてもらいます。


「大丈夫、大丈夫。あんなやつらに手加減なんてしないから。…私達は、負けない!!」


と意気込んだ矢先、丁度彼らの頭上に私達の影がよぎった。









「うーん…見つからないなあ…」


私の独り言は一段と大きくなったひぐらしのざわめきによってかき消される。




「確かにこっちの方に行った気がしたんだけど…方向間違えたかなあ…」




お姉ちゃんが逃げた方向と時々見かける陰陽師っぽい人たちの位置からなんとなく目星はつけたんだけど…。


空振りが続いてしまうとなんだか…ねえ。落ち込んじゃうなあ…


そう思っていたら前方から誰かが歩いてきてる。音からして複数人。


すぐに近くの茂みに飛び込み遠くへ逃げる。


もし見つかったらやばいや。


ある程度魔術でどうにか誤魔化してるけど近づかれると流石にどうしようもないし…




お、うまくやり過ごせたみたい。良かったあバレなくて…




茂みから頭を出し周りを確認。




こんな感じに隠れたり逃げたりを繰り返しながら探すこともう三時間。日はとっくに消えて見上げれば綺麗な星空が展開されてる。この夜空の下にお姉ちゃんもいるのかな。


「こいし」


「夢月さん…」


「はぁ。全く。仕方無いわ。私達も手伝うから、早めに済ませなさい」


「うん!!」


夢月さんはなんだかんだ良い人だ。




夢月さんと話し込み、現実逃避をしていたら遠くで爆発音と吹き飛ばされる音が聞こえる。同時に殺気や妖気が辺りに振りまかれた。


誰かが戦っている……もしかしてお姉ちゃん!?


だとしたら大変大変!


戦いが起こってる方向に向かって駆け出す。途中で肉片に変わった人と妖怪を踏みつけちゃった気がする。


まあ死人に口無し。残念だけど…


途中、夢月さんがこの気配は、恐らく姉さんじゃない。少なくともこいし。貴方のお姉さんじゃないかもしれないわよ?


と訊かれる。


それを私は


大丈夫。どっちにしろ見に行こうと思ってたから。

と返した。


それをみた夢月さんはため息を吐いた。


エリスさんは苦笑をしつつ引き続いて私についてきてくれる。




目的のモノに近づいていくにつれて、妖力の波長が明らかになってくる。


これは…あれ~?お姉ちゃんじゃないけど、知り合いの波長……


 


急に視界が開けた。


と言うか、周りの木々がなぎ倒されていてそこの場所だけ空間ができていたとしか言えない状態だった。


 


そんな荒地の真ん中に動く人影が4つ…陰陽師三人に追い詰められているみたいだ。どうしよう…


 


って…あ!?ん?なんか見覚えある…って、あああっ!?ルーミアさん?!!


 


あれ、ルーミアさんじゃん!どうして気づかなかったのよ!私!


あれ完全に追い詰められてるし…助けなきゃ!


 


持っていた魔導書から複数人を同時に攻撃する術式のページをめくる。



無詠唱で魔力を流せばいいと言う何気にすごい術式を組んじゃうお姉ちゃんに感謝して術を発動。




ページに書かれた魔法陣から淡い緑の光が飛び出て、狙っていた三人に向かって飛んでいった。




攻撃に気づいたのか三人がその場から飛び退く。


おっと、躱そうだなんてそう簡単にはいかせないよ。




魔法陣にあまり量がない魔力を流し誘導性能を上げる。




方向を変えて飛んで来る弾幕に驚いたのか一人動作が遅れる。


まあ仕方ないね。複数人を同時に追尾できる技なんて魔術でしか存在しないんだから。




三人のうち一人が弾幕の直撃を受けた。最初に反応が遅れた人だ。


弾き飛ばされた体は地面に叩きつけられ動かなくなる。気絶してくれたみたいだね。


続いてもう一人は…あ、迎撃された。


もう一人も命中直前にお札を撃ち込み迎撃される。




初めて実戦で使ったけどうまく使えたのかな…


迎撃されちゃってるからダメか。




「くそっ!新手か!」




一人が私のいる方向に向かって叫ぶ。勘が鋭いのかな…あれだけで位置を特定するなんて…


まあここに隠れていても戦闘には不向きだし…




「こんばんわ。複数人で一人を集中攻撃するなんてね」


と私が姿を表すと同時に付き添っていた二人も顔を出す。


まあそう言いながらも、不意打ちを食らわせている私はなんなんだろうね。


そんなことを考えているとお札と弾幕が一斉にこっちに飛んできた。


容赦なさすぎでしょ!






慌てて魔術結界を生み出し攻撃から身を守る…必要はなく。



「…はぁ。…『ドリームミビュラ』!!」


夢月さんが使った結界のようなもので攻撃を防ぐもそのせいで視界が奪われた。


やば、次の攻撃どっちから来る?完全に見失っちゃた…。


それにいつまでも様子を探っているわけにはいかない。その場から移動しルーミアさんの側に駆け寄る。


その姿をみた夢月さんは、何しているの!?下がりなさい!と叫んだ。


だって、ルーミアさんが…お札が身体中に貼られ妖力が断絶されてしまっていたのだった。その状態で攻撃を受けていたの…?


いたるところに傷ができてる。まさかここまでするなんて…


 


 


「こいし!どうして来たの!?早く、逃げるのよっ!」


普段聞いたことがない口調のルーミアさんが此方に向かって叫んだ。


「やだ!ルーミアさんを見殺しになんて出来ないもん!!」


 


本当は怖い。いざ相手と向かい合ったいまだからこそわかる。


相手が本気で殺しにくる恐怖……魔導書を持つ手が震える。


 


でもここで逃げたら私は…一生後悔する気がする。


 


 


 


「っち…獲物がこうも沢山湧いてきてはたまったものじゃないな……」


 


「獲物って…。私達は動物か何かなんですかね?」


夢月はその言葉に若干イラついた返事を返す。

まるでこっちをただの狩りの対象のように見ている言い方に私だって少しイラっときた。


退治じゃなくて、狩りなの?


 


「なぜだ?獲物は狩られる為にいるのだろう。さっさと退治されて消えてくれ!」


 


うわ?!最低すぎる!…うぶ。

ごめん、この人…生理的に無理。これ心読んだら絶対気持ち悪くなるやつでしょ。しかも、目線いやらしいんですけど!?




イラついた私は広範囲攻撃の術を起動する。


発射までに時間がかかるけどこの距離なら…




「名前はないけど…発射!」




途中、エリスさんがなにかを言っていた気もするけど今は気にしない。



増幅された魔力の奔流が魔法陣から溢れ出し陰陽師に迫っていく。


もう一人は空中にいるのでそっちには妖力で作った弾幕を展開し牽制。


距離があったためか全く当たらないけど…


ただし、撃ち続けてもいたずらに力を消費するだけなのでほどほどで止める。


 


魔力砲(仮称)を打ち込んだ方は片膝をついて息を整えている。まさかあれを結界だけで守りきったなんて…


 


「…ふむ。見たことない力だな。貴様、何者だ?」


 


「うーん…?名乗ったほうがいいのかなあ?」




「名乗る気がないなら別にいい」




…そう、冷めてるんだね。






このまま遠距離戦をしててもこっちが不利なのには変わりない。


特に私はルーミアさんのそばから離れることは出来ない。




どうしよう…この距離で撃てる魔法なんて限られてるし妖力じゃあまり牽制になりそうにない距離だし…






まあ、まずは突っ込んでくる一人目を…夢月さんが殺る。




「…遅すぎですよ?」




「…っ。…がはっ!?」




突然として目の前に出てきた夢月さん。その行動に対応しようにも、それよりも先に夢月さんの右手に込められた魔力の手刀が一人を襲い、そのままお腹の少し下へとめり込む。そして、一瞬で意識を刈り取ったようだ。


…むやみに突っ込んでくるからそうなるんだよ…。



 


「流石、夢月だね…?」


 


ルーミアさんが、お札を自力で剥がしながら呟いた。


うーん…初めての実戦でよくわからないし、殆どが夢月さんがやっちゃっているし…。




「はっ、少しはやるようだな」




「…さて、どうするの?ここまで見て実力差はわかったでしょう?…死にたくないなら今からでも逃げなさい。…別に追わないから…ただ、次は無いわよ?」


なるべく戦うのは好きじゃないし、夢月さんだってそんなに戦う人ではない気がする。


それになんだかこの人だけ凄い雰囲気が違う。なんて言うんだろう…なんか浮いたような…術者ってみんなあんな感じなのかなあ。




「……黙れ雑種が!人間にすらなれない半妖共がっ!!」




半妖だってバレた。やっぱり只者じゃないじゃん。って言うか今なんて言った?


ねえ半妖のどこがいけないの?いってることがなに一つ理解できないんだけど…

え?もしかして夢月さんも私と同じ半妖??それはしらなかった。



…私が少しだけムカっとしてると、唐突に視界から彼が消えた。


右にステップを踏み体を横に逃す。


夢月は、舌打ちをして私のもとへも寄ろうとする。


しかし、それよりも早く蹴りが私の真横を通過していった。




通過を確認してから体を回し一気に横殴り…。


当たったけど固いものに弾かれたような痛みが来る。


結界でガードされたみたい。




だが、私が一旦距離を置く前に向こうがさらに蹴りとお札で襲って来た。


回避に専念しようとして懐まで攻め込まれる。



「こいしっ!??」


「こいしちゃんっ?!!」




二人の叫び声が響き渡る。


この人、強いんだもん!!


なにこの人、術者じゃないの!?格闘家だった?!


そんな私の疑問を無視するかのように、刀のような効果があるお札を四枚展開し斬りかかってきた。




必死に防御陣発動させて攻撃を防ぐ。


1発1発が重く、防御陣に蜘蛛の巣状のヒビが走る。


「こいし!……くっ!邪魔よっ!!『アルターブレード』!!」


「こいしちゃん!邪魔しないでください!『シューティングスター』!!」


夢月さんもエリスさんも助けに来ようとするけどあの術士のお札が二人を襲い、私を助けようにも助けられないようだ。


このままじゃいずれ突破される…えっと…接近戦は…あった!




残っていた魔力のほとんどを流し魔方陣を起動。


その瞬間、私の手のひらにずっしりとした重みが加わる。一目見やると一切の装飾がない短刀が二本、しっかりと鞘に収まっていた。




そのまま魔導書を少し離れたとこに放り投げる。


ちょっと乱雑すぎるけど今は気にしてる余裕はない。


片方の手に握られたそれの内一つを魔導書を持っていた手に移す。


それとほぼ同時に、防御陣がガラスの割れたような音を立てて弾ける。


 


「さっさと失せろ!妖怪風情がっ!!!」


 


私に向かってくる攻撃を、鞘に収めたままの刀で防ぐ。


 


鞘が霊力の直撃を受け消失するが中に収まっていた刃は、鈍い光を反射しながらしっかりとお札を受け止めていた。


 


「いやー…危ない危ない」


 


でも長期戦は無理だね。そろそろ疲れて来た。さっさと終わらせて避難しないと…そろそろ応援が来ちゃいそうだし…


 


 


「…それ!それっ!!それえっ!!!」


 


相手が動揺した瞬間を利用して一気に攻撃に転じる。やっぱ、弾幕を撃つより私はこっちの方がいいなあ。


くるくると舞を踊るように連続で相手に斬り込む。


 


 


「こいし、一体いつそんな刀裁きを…?」




ルーミアさんが驚いてこっちを見てる。


うん、これはお姉ちゃんから受け継いだ知識にあったのをパクってるだけ、実際にやってみるのは初めてなんだけどね…




「小癪なああああ!」




「わわっ!怒らないでってば」


と刹那、エリスさんが叫ぶ。


「こいしちゃん!!相手のその刀は…まともに受けちゃ…!!」


すぐ近くで怒られるのは嫌なんだけど…あと怒鳴られると耳が痛いからさ。


エリスさんの声が聞こえてくる。でも、たかが刀。


殺傷力があるだけのモノだから食らわないように出来れば大丈夫だって…。


そんなことを考えながらもしっかりと狙うところは狙っていく。

でも、確実に避けたり結界を張ったりして防がれる。


 


瞬時に逆手に持ち替えた刀で一気に相手に斬り込む。さっきまでの連続攻撃とは違い、今度は結界ごと術者を後ろに弾き飛ばした。


 


大したダメージではないけど大きくバランスを崩したはずだ。直ぐにとどめを刺そうと足に力を入れて詰め寄る。


 


「…ちぇいすと!」


 

「こいし!!馬鹿!止めなさい!!!」

 


私の攻撃が当たる瞬間、術者が視界から消えた。


同時に夢月さんの声が響いた。


なにが起こったのかわからない私の体に激しい衝撃と痛みが来る。


蹴られたと理解するより先に今度は別の痛みが身体を裂く。


必死に体制を整えようとしてみるが思うようにうまくいかず地面に放り出される。


 


「いったあ…!」


 


 


痛さで体が動かない。内臓が破裂したかと思うほどの痛みだから仕方ない。


ただ相手の方が戦い慣れてるというか容赦がないというか…視界が正常に戻った時には目の前に術者がいて術式を展開していた。


 


慌てて逃げようとするけど、下半身に力が入らない。


「なんで…。あ…れぇ…っ?!」


 


お腹の方を見ると服が横一直線に深く切り裂かれていた。でも外傷はない。


もう一度術者を見ると懐から僅かに刀の柄の部分が覗いていて…僅かに妖気を孕んでいる。


妖刀…これもしかして妖力そのものを断ち切られた?


 


まって、まってよっ!まだこんなところで死にたくないから…誰か…お姉ちゃん!…夢月お姉ちゃん!、エリスお姉ちゃん!!幻月お姉ちゃん!!!


 


「……こいし、逃げてっ!早く!!!」


ルーミアさんが叫ぶけどこの状態じゃどうあがいてもどうしようもない。ルーミアさんはまだ動けるまで回復はしていない。


「こいし!!もう!!!間に合って!!」


悔しくて涙が出る。



夢月さんとエリスさんも此方に向かって走ってくる。


でも、それよりも先に…






「こいし!」


「こいしちゃん!!」



突然、私を呼ぶ声が聞こえる。声のする方に視線を向けると猛スピードで飛んで来るお姉ちゃん達が目に映ったのだった。












「……はあ…はあ…流石に無理をしすぎました」


「でも、一掃できたし…良いんじゃ?」


「はぁ、そうですね」


息を整えながら周りの惨状を見渡した。


斜面を駆け下り、真上から絨毯爆撃のように弾幕を降り注がせた結果…あたりは半分焦土になっていた。

幻月は追撃させないように極太のレーザー弾幕で辺り一体を焦土にしてそこにいた人達を消し炭にしていた。



一方で私の方の陰陽師の人たちはそこまで強くなく、私の攻撃を受けて完全に伸びていた。

…とは言えど、私自身も無傷でとはいかなかった。


霊力のこもった矢を大量に撃たれいくつかが直撃している。左腕の骨を砕かれたのが一番大きい傷でしょうか。


まあ、一時間もすれば治るのであまり気にはならないのですが……すごく痛いです。


ただその時の攻撃で、追尾用の針が抜けてくれたと言うことが嬉しい誤算ではありますけど……


意識が戻った後に襲って来られるのも嫌なので、全員を縛って軽く封印しておく。




………これで良しっと…




さて、お燐達と合流しなければいけません。


向こうはうまく合流できてるでしょうか。




天狗の里の方に向かって私は地面を蹴飛ばした。


何か嫌な予感が私にまとわりついているようで自然と気が焦る。


どうしてこんな気になるのでしょう。









そんなことを思いながら飛んでいると魔力の放出を感知した。これは…こいしの魔力。




まさか戦闘に!?


「早く行こう!私だって嫌な予感がするから!」


「…えぇ!」




魔力が放たれているところに向かって、全速力で移動する。腕の回復に回す力も移動に費やす。それほどまでに時間が惜しい。


幻月が先導して先に突っ走った。




「……こいし!」


「……こいしちゃん!!」


「っ!お姉ちゃん達!?」


 


ルーミアさんとこいしが倒れてるのが見えた時、一瞬視界が揺らぎそうになった。


それでも冷静を保ち、こいしを今まさに襲おうとしている輩に飛び蹴りを食らわせる。


追加で幻月が吹っ飛ばされている奴に向けて片手で押し込みそのまま右足で蹴り飛ばした。


ガツンと硬いものを蹴飛ばしたような音がする。どうやら結界で防がれたようだ。幻月の方も同じ様だが少しは手応えがあったようだ。


…まあ、どちらにせよ攻撃妨害が出来たからよしとしましょう。






「っち…次から次へと!」




相当イラついてるのか怒りながらもなにやら印を組み始めた。


あんな怒っててよく高度な印が組めますね。




「こいし!すぐにルーミアさんを連れて逃げなさい!」




二人の姿を視界に入れながらも男が動けばすぐに対処できるように構える。




「ごめん…下半身がやられて…」




「ごめんなさい。私の方も動けないわ」




状況は最悪ですね。二人共、動けないとなるとここで彼を倒さないといけないわけか…。いえ、まだ動ける人が二人いました。


「夢月さんにエリスさん。お願いします。二人を安全な所へ…!」


「了解!」


「解りました!」


二人を巻き込まないようにと、二人は体力のあるかぎり遠くへと引きずるように持って行った。






考えれば考えるほど、難易度が跳ね上がる。


仕方ありません。本気で行きますか。


「…幻月」


「…判ってる。……貴方、今更、謝っても許さないからねっ!!」




二人は対峙する。こいし達を傷つけた者に。


そして、彼女等を守る戦いが切って落とされるのであった…。

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