018話 さとり達の平穏
秋も終わりを告げ冬がだんだんと迫ってくるのを感じさせる。
北方の冷たい風が山肌を撫で、山が身震いする。
最初は戸惑っていたこいしもこっちの生活に慣れ始め、順風満帆とまではいかないがそこそこ平穏に暮らせていた。
元々が人間であったからか人里での生活は全然平気であった。
神綺さんは、此方に引っ越してから家具や生活必需品を造ってくれた。また、そのあともこの家における家事全般を任せる事にもなり一緒に暮らす事に。
カナさんは、あの家に住んでおり時折神綺さんが様子を見に行くようだが問題ないと返答があった。
エリスは、神綺さんの手伝いをしており今となっては一般家庭位にこなせるようになったのだが…たまにドジすることもあるとか無いとか?
夢月は、基本的にこいしの付き合いを積極的にしており主に戦闘の練習の顧問を勤めている。
何故か妹繋がりで厳しく接するようでたまに泣いている事も見かけるも、私に気付くと笑顔を咲かす。
-無理していないといいんですが…。
幻月の方は相も変わらず私の側にいつもおり、他愛もない話に花を咲かせ私の暇も潰してくれる頼もしい?存在である。
ルーミアさんは住んでいる人里には近寄れない様で、闇の塊となってふわふわと山付近を飛んでいることが多い。
たまに私がご飯を持っていると何処かから飛んでくる。自由奔放な事で…。
まぁ、こうして家に篭って書物を読んでいる私が言えたことでは無いんですけどね。
この時代はまだ紙が高く本書はあまり流通していない。私が読んでいるこれは不比等さんから貰った物だ。
神綺さんから私の様子を見て『まるでパチュリーちゃんみたいに見えるわ』と一言。
余計なお世話です!確かに髪色とか引きこもりの様子を鑑見ると確かに似通っている感じがしますけど…って誰に代弁しているんですか!?もぅ!
「お姉ちゃんただいまー!」
ポフッ!
「っ!…とと。もぅ、こいしったら。仕方無いわね…」
そんなこんなでもう一人の自分と会話をしているとこいしが後ろから抱きついてくる。
どうやらさっきまでルーミアさんと模擬戦をやった後に夢月に挑んできたようだ。
「ねぇねぇ、こいしちゃん。私の妹はどうだったかなぁ?」
「えーとね?強かった!!私じゃ勝てなかったよ~。でもね?でもね?!ルーミアもコテンパンにしちゃったの!!手も足も出ずにだよ!凄いよね!?憧れちゃうなぁ~♪」
「そうかぁ~。でもさ?こいしちゃん。夢月も昔は彼処まで強くなかったんだよ。何度も戦っている内に強くなった感じなの。だから、いずれこいしちゃんもお姉ちゃんみたいに強くなれるよ」
「ホント!じゃあ次は幻月お姉ちゃん。ご指導の程、宜しくお願いします!!」
「全く、仕方ないなぁ~。でも、今日のところは終わりにしよ?私も少し忙しいからさ?準備ができたら声をかけるから」
「うん!約束だよっ!!」
こいしの無垢な笑顔に幻月はこいしの頭を撫でる。私も続いて本を読んでいた手を止め、こいしの頭を軽く撫でた。
今回も手痛くやられたのだろう。先のこいしの発言からして主にルーミアさんと夢月であることが窺える。
私の首元に回された手には傷が痛々しく入っている。
その傷も徐々に再生が行われている為か少しずつ目立たなくなっていっている。
「こほん。返事が遅れたけど、おかえりこいし」
こいしが戦う練習をしたいと言い出したのは茨木さんのところから帰ってきた翌日だった。どうやら私が戦っているのを見ていたらしい。
ただ、妖力の操作すらおぼつかない状態ではどうしようもない。
最初はお燐と私、幻月が順々に教えていたのだが途中で参戦したルーミアさんと夢月が何を思ったのか私が教えると言い出したのだ。
こいしも喜んでいたのでルーミアさん達二人に任せる事にしたのが既に数週間前。
今ではだいぶ戦闘に慣れてきたようで大きな怪我をしなくなってきた。
「着替えなら神綺さんに用意して貰いなさい。丁度、神綺さんが洗濯する時間な筈だから洗面所にいると思うわよ」
「うん!わかった~♪」
パタパタとした足音が奥の部屋に消えていく。
時待たずして猫状態のお燐が共にエリスの肩に乗りながら窓から入ってくる。
「エリス!?何故窓から入ってくる?!」
「あ!幻月様、申し訳ございません!この方が手っ取り早いとお燐が言うので」
「……お燐。エリスに自分の私情を真似させちゃ駄目じゃない」
『ゴメンよ。さとり。でも、それでも伝えたい事がお二人にはあってさ』
「何かな?その、伝えたい事って」
「そのですね?天狗が二人いらっしゃっています。
それも一人は楓さんです。もう一人の方は知らないお方で……」
はいはい。冗談はやめましょうね?お燐とエリス。
私は何もせずゆっくりと人生を謳歌しているんですよ。天狗が来るわけ無いじゃないですか。
外に楓ともう一人がいるだなんてあるわけ無いんですよ。
うん。あるわけない。
「いい加減、現実をみようよ……」
「……貴女に言われずとも!!」
幻月に言われたまともな言葉に反論して返す。
その言葉を受けた幻月は苦笑いで返す。
「おーい!何も応答が無いなら入るぞ~!」
そうこうしている内に楓君の声が聞こえる。
読んでいた本を閉じ、対来客用の羽織を着てサードアイを隠す。
心が見えなくなり一瞬だけ視界と聴音がぶれた。
幻月も溜め息混じりに来客用に神綺さんが造った服を着る。因みにその服は翼を見えなくする効果があるらしく魔力のない人間からして見れば普通の人間、妖怪からして見れば普通の妖怪の様になるらしい。
「…はぁ。…さとり。すまないが邪魔するぞ」
あのですね?楓君。人の家に勝手に入っちゃダメですよ。まだ許可なんて出してないんですから。
「ちょいちょい。楓!?許可なしに勝手に家の中に入るのは駄目なんじゃないのっ?!」
「幻月か。いや、そうだとしてもだ。どうせ、お前達は暇なんだろう?」
「…あ、いや~。その言葉を返されると…此方として何も言えなくなるじゃん…」
幻月は何かを返そうと準備していたようだが見事に打ち砕かれ何も返せず肯定してしまった。
まぁ、確かに暇ですけど。…それでも、いきなり来られるのは…なんというか…ドッキリを受けたかのように固まっちゃいますので…。
楓に続いてもう一人入ってくる。
ヒトに化ける為か色々とごまかしているが身のこなし方から烏天狗だとわかる。
「あ!犬耳のヒトだぁ~♪」
こいしが奥の部屋から顔を覗かせる。此方も来客対応時用の服を着ている。
「こいし、ちゃんと名前を覚えなさい。後、そういうことはあまりしないの」
楓君を見つけた瞬間、こいしが突進…抱きついて尻尾を撫で始める。
凄く羨ましいです……!!
…じゃなくて、そうじゃなくて…!
「あー…。その、いいよ。さとり。幻月も。気持ちいいし」
まんざら嫌そうでも無さそうに楓君が許可をする。
そのまましばらくもふもふを堪能していたこいしはちょっと待ってて~と言って屋根の上へと行ってしまった。
「…で、いきなり私の家へお邪魔してきた訳ですけど…どうしました?なにか急を要する用件でしょうか?」
と私が尋ねると、楓は苦笑いする。
「残念だが違う。だが、これはこれで急を要する件なんだ。少なくとも私の私情が絡んできてしまうが、お前達に迷惑をかけてしまうのを未然に防ぐことが出来るんだ」
……話が見えてきませんね。そもそも私達に迷惑をかけてしまうような楓君の私情とはなんでしょう?
「…え~と、楓様のご事情知りませんけど…なんでそんなに焦るのでしょう?」
「エリスか。…私の事は楓か君付けで構わないさ。さとりとその仲間達には許可しているんだ。気軽に読んでくれ。…こほん。話を逸らしてしまったが理由として私の同僚である射命丸が原因なんだ」
射命丸??
もしかしなくてもそれって文なのでは?
もしもそれが本当なら私の知っている幻想郷までずっと姿が変わらずに生きている存在って事になりますよね?
私達は時間が経っても種族が種族なので姿は変わりませんけど烏天狗や人間は違います。歳を取れば老いもしますし背丈や姿も変わります。
ま、まぁ、勘違いの早とちりとも言いますからね。
「射命丸?…それって烏天狗の中でも名家と名高くて、犬走家とは腐れ縁だという噂のアレですか?」
「そうだ。私としては非常に不服だが、案外付き合いは長く彼女とは最早切っても切ることが出来ない友と呼べる存在なんだ」
ふむ。分かりやすくすれば私と幻月のような関係でしょうね。
「そうなんですね。では、その彼女が今回の訪問の理由なのでしょうか?」
そう私が答えると首を左右ゆっくりと動かした。
「それなら、私としては楽だったんだがな…彼女の事は嫌でも知っている。もしも彼女なら恐らく普通に不法侵入して問答無用で取材を始めている所だぞ。それこそお前達の迷惑になるんじゃないか?」
「…た、確かに。想像に容易い事でしたね。…と言うことはその彼女は関係無いと?」
「いや、関係はある。…今更になってなんだが射命丸の姓名を教えよう。こうでもしないと次の話に進めないからな。…私の同僚にして腐れ縁の名前は紋だ。射命丸紋だ」
「…。え?…あや?…それってぶんって言う漢字を書いてあやって読みます?」
「ハハハ。惜しいな。あやはあやでも文って書く方は今からお前さん達を取材したいと言って聞かない娘だな」
そうなんですね?……ん?
「それって、もしかして…その射命丸さんのお子さんだったり?」
「そうだ。紋の娘だな。…にしてもだ、母に似て一度決めた事は曲げない強情な奴でな。手を焼くんだこれが。そして、今日こうして訪ねてきた理由が、初めての取材体験をする為だ」
楓君が隣に座っている天狗の方を見ながら苦笑する。
私はある疑問を持っていた。
…それこそ幻想郷の歴史にも乗っていない文さんの生まれの親が存在していると言う事である。
…もしかしたら私達が知らないだけで本当は親がいたとか?
それとも、私達が色々と先の未来を知っているからに現在進行形で徐々に改竄されていっているせいなのか…。
……先の事を考えても今はもうどうしようもない。
なるようになるだけだ。
「どうも!清く正しい射命丸です!」
見た目は十代前半。短髪の黒髪、赤い帽子みたいなやつがちょこんと乗っている。見た目的にまだ幼く比較的小柄な楓君よりも少しだけ小さい。だが天狗としての風格は既に出ている。それだけ実力を持っているのだろう。
「ねぇ?あや?ちゃん…でいいんだよね?」
「はい。そうですけど?」
「その『清く正しい射命丸です』ってヤツはやっぱりお母さんの受け売り??」
「良く判りましたね!!その通りです!!私のお母さんは実に素晴らしい新聞を作るプロでして。万に一つ、烏天狗新聞勝負で負けたことが一切無いんです。ホント自慢のお母さんなんですよ!」
と熱弁する紋さんの子供の文。
…だとしても、全然清く正しくなさそうなのがきた。いやさ、わかっていましたよ。
なんとなく見覚えがあったんですからね。
それにしても…記憶にある文と違ってかなり小さいですね。子供だというのも納得ですし楓君が拒否できない理由もなんとなく察しました。
座りかたや位置、身のこなしからみてもまだまだ下の身分に入るんでしょう。
いくらお母さんが凄くても身分は平等らしいですね。
「…え~と?…こほん。取り敢えず妖怪をしております。古明地さとりです」
「紹介がまだだったね。私は幻月。まぁ、平和好きな悪魔と覚えてくれたら嬉しいよ」
紹介が終わったところでお燐がお茶を運んできてくれた。
正直に言えば、この人に正体がバレるのは厄介だ。
「それで、射命丸さんは何用でこちらに?私なんてそこらへんにいる虫とか対して変わらない気がするのですが…?」
「いやいや?!其処まで卑下しなくてもいいですよ!?」
「さとり~?楓の話を覚えてないの~??何て言っていたっけ~?」
幻月の話で思い出す。
確か…お母さんと同じ道を行くために今日は取材体験を…あ!
「……そう言うことですか。…はぁ」
と私は溜め息をつく。
「……その、ホントにすまない。噂になっているあんたを題材に取材をしてこいと紋が文に言うものだから、どうにも断り切れなくてな…」
それに反応した楓君はその溜め息に突っ込みを入れて文とすまなそうに謝ってくる楓君。
別に楓君が悪いって訳では無いんですけど…
「あ、えと、いいですよ。もうそのことは。過ぎたことですし、そんなことよりも私って噂になる程なんですか?」
「えぇ。私のお母さんも貴方の事を取材したかったらしいですけど、苦渋の決断で私に譲ってくれたらしいんです」
「え~と?」
「あややや。すみません。…噂の話ですが、鬼の四天王である萃香さんと勇義さんと戦って引き分けまで持ち込む上に、更には鬼の四天王である華扇さんとも仲が良い関係性を持ってる名の知れない妖怪なんですよ!その上に、人里にも自ら生活していた時期もあったりとですね……!!」
話のスイッチが入ってしまったのか途端に私の事で熱弁し始める文。
流石に話が長くなると思い私は話の遮るように文に質問をする。
「……だからわざわざここまできたんですか?」
此処は、妖怪も半分人間も半分づつ暮らしている里である。
ただ人間から妖怪だと悟られる訳にはいかずこうして人間のフリをして暮らしている訳で。
そんな所へ私に取材を申し込む為だけにこの人里へわざわざくるなんて…大胆ですね。
「…そ、それでも!お願いします!!」
声が少し上ずっているのと手が小刻みに震えているのをみる限りだいぶ緊張しているのがわかる。
先の説明を鑑みるに、取材に慣れていないのが窺える。もしくはただの上がり症なだけなのか…。
「う~ん。…まぁ、断る理由は無いですけど…お燐はどう思う?」
「いや?!其処はあたいじゃなく幻月ですよね!?あたいに話を振られたところで話の話題はあたいじゃなくてさとりですって!…ホントはわかっていますよね!?」
まぁ、そうですよね。普通はそうですよね。私と見せかけておいて、お燐の取材に切り替えるなんて普通は出来ませんよね。
最低限、出来そうなのは幻月位でしょうが、彼女なら平然と断ってしまいそうなので候補には入れませんでした。
ですけど、射命丸さんもなんだか緊張していますし…初取材にきたと言うこともあって大分回りも緊張気味である。だが、ここで断ってしまうと私への印象が悪くなるし彼女だって悲しむ。…だが、ある程度は信頼関係がないと、『はい。良いですよ』と言う二つ返事なんて出せない。
正直に言えば、私は幻月と同じく取材をするのもされるのも嫌。
その境を、行ったり来たりする事が続き、次第に重い空気が流れ始める。
「なになに~!?取材ってぇ~?」
ふと、窓の外から声が聞こえる。振り向いてみると宙ぶらりんとなったこいしが何か持ってきていた。
「あやや、妹さんですか!?」
「そうだよ~♪私はね~?こいしって言うの~っ!」
そのまま部屋へと意気揚々と飛び込んでくるこいし。右手には大きな鮎が数匹、紐に巻かれてもがいていた。
まさか、あの短時間で鮎を捕まえてくるとは…
「す、凄いね~っ!?こいしちゃん!素直に尊敬しちゃうよ…!」
「えっへへぇ~♪もっと誉めて誉めて~♪幻月お姉ちゃん♪」
こいしは幻月の純粋なべた褒めに笑顔になり頭を撫でられにくる。すかさず幻月は頭を撫で始める。
撫でられている途中、私の方を向いて右手に持っている鮎が巻かれた紐をこちらに差し出した。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!!はい、これ!」
そう叫びながらこいしは手に持つ鮎を渡してきた。
えっと、それは二人に渡すために取ってきたのでは無いんですか…?
「ほら、お姉ちゃん困惑しているじゃん。こいしちゃんはお姉ちゃんになにをさせたくて魚を取ってきたのかな?」
「ん~とね?二人にも食べて貰いたくて思わず取ってきちゃったの~♪」
こいしは幻月に頭を撫でられながら嬉しそうに持ってきた理由を話す。
「…まさか、この鮎を使って料理をよろしくって事です??」
「うん!そうだよ♪」
まさかの料理よろしくって事でしたか。
成る程ですね。
和気藹々と話す三人をみてなにを思ったのか二人は席を立ち始める。
「あ、お二人さん。まだ帰らないでください?!ちょっと時間がかかりますけど、ご飯くらいは食べて帰っても遅くは無い筈ですから」
「そうだよ~…帰るならお姉ちゃんのご飯を食べてから行こ~よ~」
帰ろうとした二人を私とこいしが引き止める。
心が読めずともなんとなく考えていることはわかるものだ。
特にこいしの表情が豊かで無邪気だから分かりやすい。ただその反面あの子は傷つきやすい。それでも私よりはマシである。
「お燐。ちょっと手伝って」
「はいはい」
「仕方無いなぁ…私も手伝ってやるとしますか…。エリス、お願い。それと神綺さんはあの二人の相手をお願い出来る?」
「承知しました~幻月様♪」
「フフッ♪判ったわ。じゃあ、お邪魔するわね?」
「もぅ~。お姉ちゃんったら固く考え過ぎ……」
「いえいえ、無理に押し掛けちゃったのはこっちですしいきなり取材協力を申し込んでもああなるのが普通ですよ……」
「その気持ちは判るわ。でもね?文ちゃん?私だったらこうも考えるわね。初対面で初取材。なのに断ったりでもしたら印象が……」
居間からこいしたちの話し声が聞こえる。
こいしが変なことを言わないかどうか心配だけど、其処は神綺さんに任せれば大丈夫でしょう。
取り敢えず、私はこっちに集中しなれけば……
幻月達の助けあるとはいえ、油断したらある意味失敗してしまいますよね。
…ここら辺の川は綺麗な方だから臭みもないしこのまま刺身にでもしてみましょうか。…でも、数がちょっと多いですし…何匹かは甘露煮にしても美味しくいけますね。…うん。
『一つくらい食べても……』
「はぁ。お燐~??鮎。…摘み食いしちゃダメですよ」
火を起こしているお燐に注意をする。一度だけ手元がぶれたのを見逃すほど私の視力は劣っていない。
「し、してないよ~」
「……。エリス。宜しくお願いします」
「ほ~い。わかりました~。さぁて、お燐さん。一緒にやりましょう~♪」
「………。わかりましたよぉ…」
お燐は観念したようで真面目に取り組み始めた。
全く。騙されませんよ?鮎の尻尾が見えたんですから
暫くしてから完成した料理を持って居間へと行く。
「それでね?……あ、料理が出来たの?」
「出来たよ~こいしちゃん。にしても、私達が料理に作りに行く前と作った後では大分仲良しになったみたいだね?」
幻月のコミュニケーション力が高い話術で自然に話に流れを作り始める。
「えぇ、そうよ。最初は貴方達の事で論議していたのだけど其処から話が盛り上がっちゃって…自分の好きな人の話から、自分が尊敬する人の話。…それから…いえ。挙げたらきりがないわね。ここら辺で話は終わりにしましょう」
神綺さんが誇らしそうな目で語ってくれる。
私達が料理をしている間にだいぶ仲良くなったのが窺える話のようでした。
ここまでに純粋にヒトと仲良く出来るのは凄い。
本当、こいしにとって私から受け継いだこの能力は邪魔なモノでしか無いのね。
「おぉ~!美味しそうな料理ですね~!!」
「お姉ちゃんの料理は見た目が綺麗だし美味しいんだよ~♪」
あの……こいし。射命丸さんの背中におぶさるのはやめてあげなさい。どうみても困っていますから。
ん?どうして射命丸さんは顔が赤いのでしょうか?
その疑問をうっかり小声にて出していたのか側にいたエリスが同じく小声で答えた。
「…さとりさん、恐らくですけどこいしちゃんのあの笑顔に胸が高鳴ったからなんじゃないの?…貴女がお姉さんなら少しはわかりますよね?その気持ちも」
……。
そうですね。そう考えることにしましょう。
少なくとも今は。
冷めない内に食べないとですね。
「…あー。と、すまない。折角作ってくれたのには申し訳ないのだが、私は一旦帰る事にするよ」
楓君がすまなそうに立ち上がる。
どうしたのでしょうか。まさか、門限とかありました?
「楓君?どうしたのかしら?折角さとりちゃんが作ってくれたご飯なのよ?食べないと失礼になるわよ?」
ほら、神綺さんもそう言っていってますし、遠慮せずに食べて下さいよ。
「神綺、確かにわざわざ作ってくれたのにはありがたい。ただ、このままご飯を食べても喉を通らないのだ。…お前たちには以前話したが、嫁さんが出来たんだ。その嫁さんが子供をだな。でもいつ産まれるかわからないんだ。…だから、気が気じゃなくてな…」
と楓君が説明をする。
「なるほど。お幸せに」
そう言えば、結婚していたのでしたね。へえへえ、別に良いですよ。私から言えるわけでも無いですし。
楓君を見送ってから食卓に戻る。
すると、何やら射命丸さんとこいしが抱き合って震えているようですけど、何かあったんでしょうか?
それを宥める神綺さんとエリスもいて色々とシュールだった。
ですけど、抱き合ってまで…其処まで寒くは無いはずですが…
「…お姉ちゃんの負のオーラが…怖い」
あらら…知らない合間に怖がらせてしまっていましたか…。
すぐに気を落ち着かせる。
これで大丈夫な筈ですけど……
「ホントにもぅ。嫉妬する気持ちは判るけど、それでもさ?少しは自重しようよ…」
「…ホントにそうですよ!さとりさん!…気持ちは…わからなくもないですけどぉ…。仮にでも貴方は女の子なんですから…楓君が結婚した事だけに嫉妬されても困りますよ…」
「せ、正論ですね。…すみません。今後気を付けます。そんな事よりも……ご飯。食べましょうか?」
皆に謝った後に落ち着いた二人となだめていた二人、呆れる一人と一匹はそそくさに動いた。
まぁ、言ってしまえば食事の時ほど打ち解けやすい空間はない。
最初は会話が弾まなかった射命丸さんでしたが、だんだんと表情が自然になってきた。
彼女は根はいいのだろう。私はなんだか偏った知識でしか知らないヒトですのでなんとも言えないのですが…こいしがあそこまで懐いているのだ。多分、大丈夫。
「…文さん。…さっきの取材の件なんですけど…」
と私は射命丸さんに話を切り出した。
「…っ!……で、返答は…??」
「……はい。良いですよ。まぁ、それでも何でもとはいきませんが。…私の許容する範囲の…ある程度の質問までなら答えてあげます」
食事も終わり、食器を片付けている合間に一通りの事は決めた。
「本当ですか!??……ありがとうございます!」
返事も貰えずに断られるのではないかと思っていたのでしょう。なんとも言えない表情がパッと明るくなった。
「後、敬語とか要らないわよ。これから質問する相手に対して自然なモノにならないでしょうから」
「そうですか。…なら、お言葉に甘えまして……」
「……えーと、まずは気にはなっていたんですが…貴方達の此処までに至る経緯について出来る範囲で構わないので教えて下さい」
「…そうね。まずは私と幻月から始まるわね。最初の出会いは暗い建物の中からで、其処からまだ人になれないお燐と出会ったわね」
「それで、右も左もわからないなかで妖力を貯める方法を試行錯誤して暮らしていく内に気がついたら仲間が増え、いろいろな出会いがあって今に至る感じかな」
幻月と私はその質問に多少省きながら丁寧に教える。
「成る程。だから、こんなに信頼関係が築かれていたのですね。……では、次ですね。…え~、あの白狼天狗との縁はどういった経緯で?」
「そうだね。…最初は月見酒をしている所に余所者だと警戒されていた所から始まったんだ」
「…まぁ、其処から何故か鬼である萃香さんと戦うことになりまして…」
「戦っている最中に華扇さんが乱入して戦いを止めたんだよ。そうして次の時に萃香さんはさとりと戦って引き分けに持ち込んだ訳だね」
次の質問には別に隠すことではなかったので少し省いて教えることにした。
「フムフム。成る程。さとりたちはそんな経緯で私達天狗達と鬼とも関係を取り持った…と。…では、次になるわけですが-」
文の質問はあと少し続いた。
それから、文が私の家に泊まる流れになるまでそう時間はかからなかったのだった。
「……そう言えば、文は取材とかが初めて……で良いんですよね?」
「はい。母さんに言われてではありますが、今回が初めてですね」
なるほど、だから普通は声がかけづらいであろう私を取材しに来たのですか。
文さんのお母さんである紋さんもこういう手段を用いて有名になったんでしょうね。
…分かりやすくするなら、声がかけづらく里でも妖怪の山でも噂になっている人物を取材出来れば、いち早くその実力を他の烏天狗達に認めさせる事が出来ると…
ふむ…余程、文の事を溺愛しているようですね。そのお母さんである紋さんは。
選択としては間違ってはいないだろう。
ただ、私達の存在が変に噂されてしまっているのは事実ですし…。
今度から気をつけて行動しないといけませんね。今更遅い気もしますが……特に幻月の行動は予測不能なので予め何度も言っておくことにしましょう。
…これからが大変になってしまうのでね。
「文ちゃん!布団の支度が出来たよ!」
「もう…何があってそんなに仲良くなったのでしょうかね…」
「ん?…ありゃ?よくみれば布団が二つしか敷かれてないじゃん??私はいつものところのさとり達とは別の部屋で寝るし…エリスは言っても聞かないから一緒に寝る予定だから…。神綺さんは、キッチンに近い部屋で寝るから…さとりのは?」
と露骨な心配をしてくる幻月。
「え?お姉ちゃんのは、そこ…隣の布団だけど??」
「…あら?…だとしたら、こいし。貴方の分が…」
「大丈夫だよ。だってお姉ちゃんと文ちゃんの布団の間で寝るんだし~♪」
それを聞いた途端に射命丸さんの顔が赤くなる。
ど、どうしたのでしょうか?そう言えば先程、『お風呂に入ったらどうです?』って言った時もこいしが体洗うね?とか言って一緒に入ってましたっけ。
直接はみてはいませんけど、結構楽しんでいたみたいですね。…私ではなくてこいしがですが。
ただ、射命丸さんの体を洗いに行っただけなのにどうしてあそこまで楽しめたのでしょうね?後でお燐の記憶でもみて何があったのか確認しておきましょう。
サードアイがバレないかどうか私はヒヤヒヤでしたけど。
「さとり~。私達はそろそろ寝るよ~。また明日ね~」
「えぇ。幻月。お休みなさい」
「お休み~さとりさん。こいしちゃん達の事任せましたよ~」
幻月とエリスは私達の部屋の隣へと行った。
……のにも関わらずその隣の部屋からエリスと幻月がイチャイチャする声が聞こえてくる。
大方エリスがアプローチして幻月がそれに抵抗している感じだろう。
何処でもやるんだな。あの二人は。私はそう思った。
「さとりちゃん。そろそろ寝るの?」
「神綺さん。はい。そろそろ寝ないと明日に支障が出ますので」
「そうなの?えぇ、判ったわ。…では、お休みなさい。さとりちゃん。良い夢を」
神綺さんは私の姿を見届けると、スッと奥の部屋へと溶ける様に消えていった。
「………ふぅ。こいしに取って初めての友達ですし、ここは私が受け持たないといけませんね。それに折角のお泊まりなんです。多少の我が儘位は許してやらないとですね」
私は一人、誰にも聞かれない所で呟いた。
この泊まりも射命丸さんは其処まで嫌がっている訳では無さそうですしね。
はぁ。と私はもう一回息を吐く。
お踵を返しこいし達が居る部屋へと戻る。
其処へ射命丸さんがなにかを話したそうにして待っていた。
「あの、此処までのしてくれてありがとうごさいます!」
「気にしなくても良いですよ。ほとんどが私達のお節介みたいなモノですから」
「わかりました。貴方に甘えさせて貰います」
「…さてと、そろそろ夜遅いですし一緒に寝るとしましょうか?…こいしも待っているでしょうから」
私はそう言うと射命丸さんを連れて布団へと戻る。
想像通りこいしが寝ずに射命丸さんと私を待っていた。
苦笑いで私は射命丸さんと共に布団に潜る。
布団に入った二人は最初こそガサガサと落ち着かなかったが、直ぐに二つの寝息が聞こえてきた。
暫くそこら辺に転がっていた私も自然と意識を手放していた。
「ふぁあああ……。…さとりぃ、付き合って欲しいと言われたから散歩しているけど…。珍しいね?」
「……私の方こそ貴方の眠たそうな顔を見るのは久しぶり過ぎるわ。どうしたのかしら?」
「いや~ね?本当ならもう少し寝ていたかったのだけど…。エリスの寝相が悪すぎるのか、夢遊病なのかわからないけど、眠りながら私を呼んで私を捕まえようとするんだもん。…眠れる筈ないじゃん。そんな状況でさ?」
朝早くなので頭の回転は悪いものの、エリスが持つ幻月へと狂愛はあの幻月を引かせる程。
そんなエリスが暴走して好きな人を捕まえようとするのなら、安心して眠れないのも頷ける。
「確かにですね。…エリスならやりかねませんしね。…話を戻しましょうか。私は、お客さんが居る事に慣れてないので…こうやって山の中を歩いているんです」
皆は大したことないと言いますが、私にとっては来客事態がとても落ち着かないことなのだ。
流石に落ち着かない様子の私を射命丸さんがみて心配されたり気を使わせてしまったりだとかは向こうからすれば迷惑な事に違いないので、それが落ち着くまではこうして山の中を歩いている訳なのだ。
う~ん。それにしても、まさか鴉天狗とも接点がもててしまうとは…人生何があるかわかったもんじゃないですね…。
まぁ、大体は私が引き起こしたことが原因なんですけどね。
それこそ、メタい話になりますが原作の東方において鴉天狗達如く妖怪の山陣営と地霊殿組が知り合いなんてモノは無いですから。
原作における異変解決の際の鴉天狗達の話を鑑見るに誰もが地霊殿組とは全員初めましての関係である。
ここからどのようにして幻想郷へと話が繋がるのか、既に予想がつかなくなってきている。
…まぁ問題が起こったらその度に考えれば良いだけなので気にしてはいられませんね。
…おっと今は現状落ち着くのが最優先だ。
………。
……………………。
昨日のことをボヤボヤと思いだしながら暫くは幻月とあてもなく一緒に歩いている訳なのですが、ふと我にかえるとここは何処だ?みたいな事が良くある訳です。
こんなとき幻月がきちんと道をわかっていれば良いのですけどね。
…万能な相棒だと皆さん期待しているでしょうけど、残念ながら幻月は最悪過ぎる程の方向音痴です。それも下手すると来た道すらも忘れる位の。
道に迷ったと気付く…そういうときは大抵私か幻月がなにか気になるものを見つけたとき位でして今回もそんな感じでした。
ふと、草木の中に石の塊らしいものを見つけた。
それ自体は珍しいものでも無いのだが、なんとなく気になった私は幻月に声を掛けてそれに一緒に近付いてみる。
近付いてみるとわかったのだがどうやらこれはお地蔵さんみたいだ。
ここにおかれてからだいぶ経っているのか苔や草で覆われ台座は埋まって傾いていた。
こういうのをみていると綺麗にしたくなってしまう。
苔や草を払い落とす。地蔵本体がしっかりと見えるようになる。
その本体を見た幻月は、うわぁ…これは…と絶句する。それもそうだ。その地蔵は落書きまみれで酷いのなんの…長年放置され続けたのでしょう。
幻月はこのままの状態のお地蔵さんは色々と酷すぎてみていられないと言い私よりも先に墨を落とし始めた。
案外幻月って綺麗好きなんでしょうね。隅々まで…360度回して見ています。
幻月はボソッと落ちなかったらどうしようかな…って思ったけど良かった~と呟く。
どうやら幸いにも墨自体は簡単に落ちてくれた。
「あのー…」
「今、作業中なので後にしてくださいね」
「…ごめん。ちょっと手が離せないの。もう少し待ってね~」
「えっ…と。…はい」
地蔵の裏手から少女が出てきて話しかけてきたが、今は二人とも構っている余裕はない。
幻月は此方の意思を汲み取ったのか一旦、地蔵を持ち上げて下の台座を露わにしてくれる。
破損している箇所は無いが、長年ほったらかしにされて埋まりこんでしまっている。
埋まりかけていた台座を元に戻した後に幻月が持っていた地蔵本体を乗せる。
幻月は、ふぅ~。と息を吐く。
満足した感情と安堵した感情が合わさった声のようだ。
ただ、まだ地蔵の周りは草や汚れが目立っている。
なら最後まで綺麗にしましょうか。
私は、続けて地蔵の周りを綺麗にするべく作業を開始した。
…ま、その後で飲み物とかをお供えしましょうか。
幻月は、私の作業を見守る形で少し離れた所にある切り株に座った。
「……さて、先程声をかけてきたのに無愛想に話を切ってすみません。どちら様でしょうか?」
先程から作業する私の後ろに立つ少女へ目線を向ける。
少女と言うと語弊があるかもしれませんね。失礼な事ではありますが、見た目は少女…中身は……なんでしょう?この気は…
妖怪とも言えませんし…神力や霊力とも違う。
「…私は先程貴方達が綺麗にして頂いた地蔵です」
「ああ、お地蔵さんでしたか。これはこれは初めまして」
お地蔵さんにも魂みたいなものが宿るんですね。…あ、でもこの姿は付喪神みたいなものではなく、お地蔵さん自体に込められた意思の塊というかなんというか…一個体の魂という訳では無いみたいですね。
「ねぇ、いくらなんでもリアクションが薄い気がするよ?」
「…そうでしょうか?私はいつもよりは驚いていますが」
「いや、目に見えてわからないよ…そう言われてもさ」
「…貴方達の世界にいかないでもらえますか?今は私が話しているんです。言葉を挟まないでくれます?」
幻月は、私のリアクションの薄さを指摘してきた。いや、これでも動揺してますよ?ただ、表に感情が出にくいだけで。
と幻月の会話の途中で地蔵の少女が注意をしてきた。
…まるで、東方プロジェクトに何処かの人物の様に。
「こほん。…貴女達、言うまでも無いですが色々としてくれてありがとうございます。本当に感謝しています」
「お礼をされるようなことはしてないつもりですけど…」
「そうだね。たまたまそこにあってみていられないと思ったからしただけだよ」
「謙遜しなくてもいいんです。貴方達の行為は立派な事ですよ。…ただ、普段から周りのことを考えてさえいれば―」
あ、これ長くなりますね。
少し疲れたのでその場に腰を下ろして休憩。あまり長い話は好きでは無いのですけど……地蔵さんは幻月に手を降り此方に座るようにように促した。
仕方ないと言わないばかりに一つ開けて私の隣に座った。
「…そもそもというのもの、貴女達二人で行動するのは非常によろしく無いのです。まずは貴方。少しは仲間を信用することを覚えたらどうです?…貴方の行動を見るにどうにも辻褄が合いません。…貴方は隣の方に明らかに依存している。…なのに、他人を信用してない。明らかに矛盾しています。それを貴方はわかっている。ならもう少し他人に対して思いやりを持ってください。また、貴方にはもう一つあります。…他人に対する配慮を考えて下さい。心配している人物等に対しての発言が冷たすぎるんです。…ただそれだけで関係が悪くなる事もあるのですよ。…そして、貴方。貴方はもう少し自重することを覚えたらどうです?さっきから見るにかなり自由気ままに行動する様子。確かに自由は大切です。それを体現している事が貴方の強みでしょう。ですけど、それを自重しないでいると周りの方に静かながら迷惑をかけているんです。例えば気に入らない事だけで攻撃的になったり、従わない相手を無理矢理にでも力ずくで従わせたりと…あるんじゃないんですか?…そのままではいずれ最悪な方向にまで堕ちるかもしれないんですよ?…だから-」
私の願いも虚しく私と幻月の間に腰を下ろした地蔵さんに数分程説教に近いものを聴かされる事になった。
また幻月も同じく地蔵さんの説教を共に聴く事になるのだった。
「…えっと、話は変わってしまいますけど…。どうしてここにお地蔵様が立っているんです?」
話の切れ目を使って直ぐ話題を転換させる。正直放っておいたら話し続けてしまいそうだ。
「……そうですね。…だいぶ昔にはなってしまいますけど、ここは元々は道だったんです」
そうなんですね。ここに道があったんですか。
…そう、言われればちょうど目の前を横切る様に獣道みたいなものがあるのに気付く。
冬の到来を前に草木が減っているのにも関わらずこのような状態。…今は獣道ですら怪しいのですけど…
「まぁ、私自身も其処まで目立った所に立っていた訳では無いので忘れ去られてしまうのも無理は無かったんですけど……。それでも…せめてヒトに少なからず覚えて貰える存在になれたら…。とそう思っていました…」
なんだか言葉がよどんで来ている。愚痴にしてはなにか悔しいというか…憧れていることが叶わないのを軽く嘆いているような雰囲気が出てきている。
「そうですか…。私は他人に同情はしたくない性格なので御愁傷様としか言えませんね。もしも同情を求めたいのなら此方の方が適任ですよ」
「…ちょっ。勝手に指名しないでよ。確かに私は貴方と違って相手に同情はするよ?…でもね?取り返しのつかないモノや既に過ぎ去ってしまったこと、どうにもなら無い事とかに対して相手に同情するだとか…。それは逆に相手に対して凄く失礼な行為なんだよ。…だから私も御愁傷様としか言えない。…かな?」
「…所でさ…。お地蔵さんは今目指しているモノってある?…夢って言い換えても良いけどさ」
「…貴方ってヒトは…少しばかり相手に対して敬意を持って接したらどうです?…はぁ。その話はまた次の機会にしましょうか。…ふむ。夢…ですか。…そうですね。……私は、閻魔になること…ですかね」
「閻魔…ですか」
地獄の裁判長とはよく言ったものです。
確か閻魔というと十人で裁判をやりくりしていた筈です。
因みにですがこの裁判の事を十王裁判と呼びまして、名前の通りに十人の閻魔がいるんです。
それになりたいって言っても出来るのだろうか?…確か人手が足りなくなったとかで途中採用みたいな感じで何人か閻魔にしたんだっけ…。
そうそう、付け加えるのを忘れていましたがこの世界の閻魔はシフト制らしく片方が閻魔をやる場合はもう片方は休みという仕組みらしいです。
話はそれましたが、四季映姫などはそのときに閻魔になっていますから…
…ん?
「ところで、聞き忘れていましたがあなたのお名前って…」
「……そうですね。前は名もなき地蔵でしたけど…今は四季映姫と名乗っています」
やっぱりだったか…
「…へ。そ、そうなんだ…。もしかしなくても、人の善悪とか…気にします??」
「まぁ…地蔵ですから。地獄で裁判を受けるときになってからではもう何も出来ないですから。…せめて生きているうちに行動を改めてもらったりして欲しいっていうのは本音です。一度道を踏み外してしまえば戻るのは大変な事ですし」
ほんと…根は悪いわけでは無いのだろう。ただ説教が長いだけで…
「まだ、貴方達の名前を聞いていませんでしたね」
思い出したかのように映姫様が聞いてきた。
どうしましょうか。
「そうだったね。私は幻月。こんなでも悪魔なんだ」
…別に地蔵様なら隠す必要もないし隠したら隠したで面倒な事になるでしょう。
と私に自問自答していたら、幻月は既に自己紹介を済ませてしまっていた。
「…幻月の話し方にはもう異義を唱えません。理由もなんとなくわかりましたので」
「うん。…アハハ。ごめんなさい」
「謝る必要はありません。謝るならこれからの行動をどうにかしてからにしてください。…それが貴方が今から行える善行です」
「…はい。善処します」
「…宜しい。では、もう一人。そろそろよいですか?」
「…そうですね。わかりました。…改めまして、私は古明地さとり。ちょっと色々あってさとり妖怪をしています」
「成る程…さとりさん…ですか。その眼を隠していたのは心を読まないようにするためだったのですね?」
あらら、この眼の存在がバレていましたか。
私は溜め息一つついて、私の眼の事も話す。
「…お恥ずかしながら、人の心を読むのが怖い出来損ないであります」
わざとらしく遜った言い方になる。
「人には好き嫌いがあります。貴方のその行いが一途に悪いとは言いません。ですが、隠し事をするのは良くありません。遅かれ速かれ、隠し事などバレるものです。…少なからず貴方にはその経験はあるのでしょう?別の形だとはいえ、仲間に隠してまでその身を犠牲にした。…そのせいで余計に関係に歪が生じる事もあるのです。だから、早めに周りに言っておきなさい」
「……心に留めときます」
「是非そうしてください」
そう言い四季映姫様は立ち上がる。
私も立ち上がろうと腰を上げた。
「…あれ?さとりじゃん」
「幻月の事を忘れているよ…穣子」
ふと、頭上から声が聞こえた。
釣られて顔を上げてみると重そうな荷物を抱えた秋姉妹がふわふわと浮いていた。
同時に一陣の風が枯葉を舞い上げた。殆んど同時に先程まで立ち上がっていただろうその者の気配は消えてしまう。
人見知りってわけでも無さそうなので……まぁ、ヒトにはヒトの考えがあるんでしょうね。
「あ、秋さんに秋ちゃん」
「わけわからなくなるから、下の名前だけで良いよ」
幻月は溜め息を吐いて立ち上がる。
私もそうですかと返事をして続いて立ち上がった。
程よく休憩できた体はなんだか軽い気がしたのだった。




