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悪意の坩堝

 ────1────


 どれだけ時間が経ったのだろうか。

 目を覚ますと辺り一面は森林に囲まれていた。


「ふぁぁ…………なぁ、御者のおじさん。 後どのくらいでシャロ村に着きそう?」


「この参道を抜けたらすぐでさぁ。 もう少しお待ちを」


 馬車の窓から顔を出し空を見上げると、夕日が世界を彩り始める頃合いだった。

 確か出立したのが昼頃だったから、まだ半日かそこらか。

 思いの外王都とそこまで離れていないようだ。

 

「ところで旦那、どうしてあんな田舎に行くんです? なんもありゃしませんぜ、シャル村には。 退屈だと思いますがねぇ」


「だからこそだよ。 俺にとって何も無い事の方が重要なんだ」


「はぁ、さいですか……ととっ!」


「うおっ!」


 急にガタガタと馬車が揺れた。

 今の感じからして土砂にでも乗り上げたのかもしれない。


「あちゃあ、こりゃいかん。 旦那、すんません。 ここからは馬車ではちいっと……」


 馬車から降りてみると、前方の道は砂利で敷き詰められ、すぐ隣は崖。

 これでは馬車で行けそうにない。


「仕方ないな。 じゃあここまでで良いよ。 はい、お金」


「へへ、ありがとうございます。 またのご利用お待ちして……って、こりゃ多すぎですぜ旦那。 途中までしかお送りしてないのに、こんなに貰えませんって」


「地図代だよ。 御者なら地図ぐらい持ってるでしょ? それで譲ってくれない?」


「なるほど! そのくらいお安いご用でさ! ちょいとお待ちを!」


 御者は満面の笑みを浮かべると馬車への乗り込み、椅子の下をまさぐり始めた。

 その音を耳に入れながら、俺は背後に意識を向ける。

 

 ……この陰鬱で妙な気配がただの動物の気配なら良いんだがな。




 ────2────



「ふぅ……後はここを下るだけか」


 やはり歩きとなると山登りはなかなかキツい。

 砂利に足を取られないよう気を付けなきゃならないのも、疲れの一因になっているのだろう。

 太ももがパンパンだ。


「よし、あと少しだ。 頑張ろう」


 少し息を整えた俺は気合いを入れ直して、また歩き出す。

 眼下に広がる集落を目指して。

 だがそこで邪魔が入った。


「よう兄ちゃん、昨日ぶりだな。 こんなとこでなにしてんだ?」


「あんたらは……」


「ひひっ、ここで会ったのも何かの縁ってなぁ。 ちょっと付き合ってくれよ、色男さんよぉ」


 チッ、尾行していたのはやっぱりこいつらだったか。

 

「何か用か? こっちは疲れてるから早く休みたいんだ。 悪いんだけどそこを通してくれ」


「おいおい、寝ぼけてんのかよ兄ちゃん。 これの意味がわかんねえとは言わねえよなぁ?」


 トカゲ面男がダガーの切っ先をこちらに向けてきた。

 わかりきっていた事だが、殺すつもりなのだろう。


「はぁ……やるしかないか」


「てめえ正気か? こっちは三人、そっちは一人。 勝てるつもりかよ」


「やってみなきゃわかんないだろ」


「ああ、そうかよ! やるぞてめえら! こいつを殺しちまえ!」


 トカゲ面の号令を皮切りに、部下二人が突撃してきた。

 こいつらの動きや武器からしてCランク程度か。

 これなら今の俺でもなんとか凌ぎきれる筈。

 やるしかない。


「ふん!」


 大男の武器はバトルアックス、戦斧のようだ。

 あの極太の刃渡りに当たれば即死は間違いない。

 だが重量ゆえか足と速度は存外遅いな。

 あれなら当たる心配はないだろう。

 軽々と避けきれる。


「おっと」


「うろちょろするな、この野郎!」


 問題なのは細身の男が持っているロングソードだ。

 あいつにモタモタしていると大男に隙を突かれかねん。

 早めに細身の男を始末しなければ。


「死ねえ!」


 バトルアックスの凪払いを避けた隙を狙ったつもりなのだろうが甘い。

 その程度の攻撃……!


「とっくに予想済みだ! イグベルト流が八の型!」


「っ!?」


 敵の攻撃を柄の底で弾き。


「──向かい風!」


「ぎゃあああ!」


 怯んだ所で斬り抜ける剣術により、男は血飛沫を撒き散らしながら地に伏した。

 

「な、なんだと! こいつ、攻撃用のスキルは持ってないんじゃ……!」


「ああ、そうさ! あんたらも知っての通り、俺は攻撃スキルなんざ持ってない! これは────!」

 

 大男が必死に斧を振り降ろすが今一歩遅い。

 

「ただの自己流剣術だ!」

 

「がっ……」


 今までの戦闘経験で培った反射神経により繰り出した刺突が、男の心臓を貫通。

 瞬く間に息の根を止めるに至る。


「様々な剣術を自分向けに改良した、な」


 引き抜き抜いた刀身にびっしりと付着している血液。

 それを払いながら、死体に手向けの言葉を呟いていた最中の事。


「ひゃはははは! こいつは傑作だぜ! なぁ、おい! くひひひひひ!」


 下卑た笑い声が山間に木霊した。

 

「流石はAランク様だよなぁ! こんだけ相手にしてる癖に、スキルを使う時間すら取れせねぇ! スキルなんざ無くても一瞬で片をつけやがる! 俺らみてぇな半端もんは足元にも及ばねぇってかぁ!?」


 なんなんだこいつ。

 殺した奴が言うのもおかしな話だが、仲間が殺されたんだぞ。

 なんとも思わないのか?


「でもよぉ、いくらAランク様でもこれはどおだぁ? おらあっ!」


「ッ!」


 ダガーでも投げてきたと思い、つい剣で斬ってしまったが後の祭り。   


「なんだ? 紫色の煙……? ……しまった! 毒煙玉か!」


 気付いた時には既に遅かった。

 至近距離で浴びた毒煙は呼吸と共に体内へと侵入し、肉体を毒素で満たし始めたのである。

 

「ぐっ……くそ……」


 どうやら毒が全身に回り始めたらしい。

 身体が痺れ、膝を着いて倒れないように耐えるのがやっと。 

 まともに力も入らないせいで、剣が手元から離れて崖へと落ちていってしまった。

 ただ、幸いなのはこれが致死性の毒ではないという事だ。

 速効性の毒ならもう死んでいるところだろう。

 ああ、ホントに幸いだ。

 たとえこの糞野郎がナイフを片手に、こっちへ向かってきていたとしても。


「くひひ! 今どういう気分だ、ソーマァ。 俺みてぇな歯牙にもかけてなかった雑魚に膝を着かされた気分はよぉ!」


「はっ……自分が弱くなったと実感してるよ。 あんたみたいな卑怯な手しか使えない、正真正銘の雑魚でビビり野郎に良いようにされてるんだからな……つっ!」


 バカにされたのが余程頭に来たのか、男が顎に蹴りを入れてきた。

 そのせいで俺は仰向けになり、馬乗りを許してしまう。

 

「よくこの状況で強がれるもんだなぁ、イカれてんのかてめぇ」


「イカれてる……か。 はは、かもしれないな。 んじゃあイカれてるついでに一つ教えてくれよ、トカゲ野郎」


「ああ? なんでてめぇなんぞの質問に、この俺様が答えなきゃ……」


「……あんた、誰に雇われた。 誰に雇われて、俺を殺そうとしてる」


「ッ!?」


 男の目が泳いでいる。

 当たりか。


「な、なんでてめぇがそれを……!」


「なに、そう難しい問題じゃない。 簡単なパズルだよ」  


「なんだと?」


「お前も同じだろうが冒険者ってのは自分が第一、自己保守の強い奴らばかりだ。 なのにこんな手の込んだ殺しをわざわざするか? いや、しない。 する筈がない。 冒険者は自分の益になる事しかしない奴らだからな。 あり得ないんだよ、それは。 なら何故あんたが俺を殺そうとするのか。 それが考えられる可能性は一つしかない。 …………あんた、あいつの差し金なんだろ。 あの金髪野郎の…………違うか?」


「…………」


 だんまりか。  

 て事はこれも正解だな。

 さて、黒幕も判明した事だし、そろそろ────


「へっ、それを知ったところでどうなるってるんだ? てめぇはここで死……」


 今だ!


「ふんっ!」


「ぶっ!」


 俺は一瞬視線を逸らした隙を見逃さず、男の顔面に一撃見舞う。  

 毒のせいで身体が鈍いからそこまでのダメージはない筈だが、不意打ちが上手く効いたようだ。

 男は僅かな間パニックに陥っている。

 今なら蹴りでこいつを引き剥がす事が可能だろう。

 と、俺は間髪入れず、蹴りを男の腹部に見舞いなんとか引き剥がす。  

 ここからが大事だ。

 まず、奴が体勢を整える前に立ち上がり、ナイフを持っていた右手を掴んで引き寄せる。


「こ、この野郎……なんでまだ動ける……!」


「鍛え方が違うんだ、よ!」


 そして前のめりの体勢になった瞬間、男の太ももにナイフを────!


「がっ!」


 更にそのナイフを抜き、腹にグサリ。

 男はフラフラと後退しながら、深々と突き刺さったナイフを震える両手で引き抜こうとしている。

 だが男の真後ろは崖。

 これで終わらせる。


「ふざけやがって……俺がこんな……! こんな野郎に! ……な、なにする気だてめぇ。 やめろ……こっちへ来るな! やめ……!」


 最後の力を振り絞り、俺は最後の一撃を放つ。


「ぐあああああああっ!」


 渾身の蹴りを食らった男は崖からまっ逆さま。

 深い森へと飲み込まれていった。


「は……はは…………ざまぁみろ。 んな依頼受けるからこうなるんだ。 あの世で後悔するんだな、バカ野郎が。 ……よし、これでやっと村に行け…………」


 暫く奴の落ちた先を眺めていた俺は、手遅れになる前に村に辿り着こうと一歩踏み出した。

 だが、そこで身体が限界を向かえたようだ。


「……ッ」


 毒が完全に回ったのだろう。

 身体から力という力全てが抜け落ちた俺は、吸い込まれるよう地面に倒れ込んでしまったのである。


「くそ……こん……な所で、俺は……俺は……」


 こんな所で死んでたまるか。

 俺はここで死ぬわけにはいかないんだと抗い踠くが、努力虚しく目蓋はゆっくりと下がっていき、やがて完璧に閉じた。

 そうして次にやってきたのは抗いようの無い微睡み。

 その耐えがたき誘惑に逆らえなかった俺は、意識までをも徐々に手放していく。

 とある少女を思い浮かべながら。


「ごめん、ロナ。 兄ちゃん結局、お前の元に帰れ……」


 最後の瞬間、脳裏に浮かんだのは、妹のロナ。

 小さなポニーテールが似合う、第二の故郷ティオ村に置いてきた最愛の妹の姿だった。




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