第2話 遅めのプロローグ
「今日って雨降りそう?」
「自分で調べろ」
ーーこのやりとりを何回しただろうか。
朝学校に出かける前、私は母親に必ず「今日は雨が降りそうか」を聞く。
私は意地でも今日の天気を自分で調べないし、母親は意地でも私に教えない。
そうするお互いの理由はシンプルかつ共通していて、それは「面倒くさいから」だ。
とにかく、そんなやりとりを毎朝やっていたわけだが、まさかこれが最後になるなんて思ってもみなかった。
私が通っているのは東京にある私立高校で、家から電車を使って30分程度の場所にある。
今日も今日とて家を出てすぐの坂道をエッサホイサと登り、歩道を歩き、最寄駅までたどり着く。
都内の駅だから平日の朝はそこそこ混んでいて、人混みが大嫌いな私はいつも通りに人が少ない先頭車両の乗り場の方へ歩いていった。
とそこで、
「うげっ」
他の路線が遅延しているらしく、いつもよりホームがすごく混んでいることに気づく。
ホームの内側は人がごった返していてとても奥まで歩いて行けたものではない。
となれば外側から攻めるしかない。
私は黄色い線を超えたホームのギリギリのところを歩いて、奥まで歩くことにした。
と思えば今度は、私と同じようにその黄色い線の外側を歩く前のおっさんが邪魔で、中々前に進めない。
構内には、まもなく電車が到着することを知らせるアナウンスが鳴り響く。
このままでは奥までたどり着く前に電車が来てしまう。
「クソ、このジジイ黄色い線の内側ルールくらい守れよ……」と心の中で私が人のことを言えない悪態をついたそのときだった。
「おい! きたぞ! ◯◯系だ! ……ちょっとお前、どけ!」
そんな甲高い声の怒号が聞こえたかと思うと、私の体は宙を待っていた。
どうやら今甲高い声をあげた男が、私の体を思いっきり押したようだ。
「……えっと」
思考がうまくまとまらないまま、私はホームの外に飛んでいく。
飛ぶ私のスレスレまで電車が近づいたとき、ようやく状況を掴んだ周囲の悲鳴が聞こえてきた。
その悲鳴もだんだんと脳内でスローモーションになり、それが耳の中を引っ掻き回すような感じがして、ふと「痛い!」と思ったとき、私の体はラケットでスマッシュを打ったときのボールのように、思いっきり電車に跳ね飛ばされた。
悲鳴はもう聞こえてこなかった。
☆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー☆
「毎度こんちは。女神です」
そんな緊張感のかけらもない声が聞こえてきたのは、それからしばらく経ってからだった。
「えっと、こんにちは女神さん」
「はいどうも、こんにちは。女神じゃよ」
「あー……これはどういう状況ですか」
「あなた死んじゃったから、次に生まれ変わるならどんな風になりたいかだけ聞いとこうのお時間です」
そういうことらしい。
「私が死んじゃったのは本当ですか?」
多分あれでは助からないだろうと思いつつ、最後の望みで聞いておく。
「はい、本当です。ギリ原型がとどまっているかどうかくらいにはガッツリ死にました」
結構ガッツリ死んだらしい。
可哀想な私の表情を気に留めることなく、女神は続ける。
「まあ、あれですね。欲を出しすぎるとバチが当たるってことですね。知らんけど」
知らんのかよ。
欲とバチのバランスがあってないような気がするなぁ。
「で、生まれ変わるならなにになりたいですか」
「えっと……」
ここは重要ポイントだ。
ここでの選択に私の来世がかかっている。
ならば答えはひとつ。
「最強の戦闘力を持っている、めちゃくちゃ可愛い、不老不死の、えっと、あと可愛い魔法使いと友達に……あー、でもお金も欲しいし……」
「よ、欲がすごい! 舌の根も乾かぬうちに! ……まったく……わかりました。ではあなたを、最強の不老不死の超絶美少女に生まれ変わらせます」
「ぜひ、よろしくお願いします」
直後、すごい光にあたりが包まれて、私の視界は暗転した。
これが転生か……。
薄れゆく意識の中で、女神の声がした。
「あ、言い忘れてましたが私もついていきます」
……は?