新たな発見
暗がりの中を松明の灯りだけを頼りに進んでいたが、俺が何よりも早く見つけたいのは“壁”だ。
見えにくい事から来る周囲への不安と知らない場所での恐怖感で地上の様に素早く動き出す事は出来なかったが、そのせいだけとは言いにくい違和感を感じた。
(壁まで遠くないか?)
勿論、俺が落ちた場所がたまたま壁から遠かっただけかも知れない。
ビビッて動きが鈍くなっているのも事実だ。
手探りで鎌を振り回したり、手を伸ばしながら足元を見たりしたが、それでもやはり、壁面迄が遠い気がする。
俺が何故、壁面を探しているかと言うと、迷路なんかを思い出して貰えると分かるが構造物の左右どちらか一方を決めて、その壁面に触れて進めば、必ず外に出られるからだ。
短絡的かも知れないが、それだけで脱出できる可能性はかなり上がる。
壁面に触れる事が出来れば、後は足元と頭上にさえ気を付けていれば前方、後方などに歩きながら目を凝らしているだけで良い。
まぁ、単純に俺が何かに触れている方が安心出来るという事でもあるのだが。
地下の広さは松明の灯りと目が慣れて来る事で、どうにか把握する事が出来た。
「凄い・・・何だこれ・・・」
どうにか壁面に辿り着き左手を添えながら、辺りを見回して驚いた。
以前にテレビなどで見た事のある、貯水の為の地下神殿。
それよりも遥かに広い場所に見えた。
ただ、壁面だけでなく足元も高くて見えにくいが上部も鍾乳石で覆われており、此処も俺が寝ていた所と同じく長年に渡り、人の手が入る事も無く、放置され続けていたのだろう。
鍾乳石は地中に含まれる石灰などの成分が染み出し、長い年月を掛けて、硬化し、それらが積み重なって出来るとされている。
これだけの大きな空間は、間違いなく人の手が入った物だと思われるが、その壁面の向こう側、すなわち地中内部の石灰の養分などが僅かずつだが染み出し、この中、全体を覆う迄になったのだろう。
「何の為に作ったんだ・・・」
途轍もなく広く、地下にこれだけのスペースを建造した理由を考えながら、取り敢えず出口を探す為に歩き続けた。
「あれ?少し狭くなって来たか?」
歩き続けて10分ほどした頃、心なしか地下の天井が少し低くなり始め、横の広さも少しづつ狭まっているように見えた。
「段々と普通の通路というか、地下鉄の路線みたいな・・・」
松明と左手で触れた壁を頼りに歩き続けているとやはりというか、想像していた通りで間違いなかったようだ。
「地下鉄っぽいというより、地下鉄の駅か何かだよな」
地下の坑道の様な場所を真っ直ぐに進み続け、やがて人、一人分程度の高さの段差が在るエリアに出た。
恐らく、鍾乳石や苔らしい物で覆われているこの足元には線路が敷かれているのだろう。
その証拠と言っても良いのかは分からないが、長々と歩いて辿り着いた、この場所に、ようやくこの世界で初めてと言って良い人工物を見つけたからだ。
勿論、俺が寝かされていた場所にも在るには在ったが、そこに見慣れた物は存在しなかった。
だが、これは間違いなく此処が人間が使用していた物で間違いない。
そう確信した物それは・・・。
「これ数字・・・だよな?」
理由は皆目見当が付かないが、鍾乳石に覆われた壁の一部にプラスチックの素材で出来たプレートの様な物が突き出しており、僅かに読み取れる部分に“13”と書かれた数字だけが読み取れた。
手持ちの鎌で鍾乳石からプレートを剥ぎ取り、ついでにプレートの突き出していた壁を掘り出した。
しかし、壁は長い年月が経っていたせいか、素手で触れても何も読み取ることが出来ず、プレートからも何も読み取れなかった。
「・・・でも、人が居た事には間違い無いよな」
俺は、手にしたプレートを袋に入れ、更に他の痕跡が無いか調べてみる事にした。
地下鉄の駅舎の様に見えたこの場所は、どうやら何処かへ続く駅や線路という訳では無く、この駅舎らしき場所から、俺が落ちて来たあの広い場所へ何かを運び込むために作られたようだった。
その証拠に、地下鉄の線路らしき箇所は直ぐに行き止まりとなり、代わりに駅舎の様な場所に上がってみると、反対側に線路の様なスペースが在る訳では無く、鍾乳石に覆われた壁が在るだけだった。
「あの広い所と、この駅を繋いでる線路か・・・何かを運んでたのか?」
多少時間が掛かるとはいえ、人間が徒歩で行ける距離をわざわざ運ぶ物ってなんだ?
その場で立ち尽くし、プレートを再度取り出して眺めてみていたが、取り立てて何かが浮かぶわけも無く・・・。
「そりゃ、寝てたんだから分かる訳ないか・・・」
と、自分を納得させ、もう一度、駅舎らしき場所を調べてみる事にした。
「ん?なんだ此処?」
落ち着いて調べ直して見てみると、鍾乳石で作られた壁が空間を遮っている場所を見つけた。
「これ、壊せるよな・・・もしかして、此処から地上に出れるか?」
空間を塞いでいた鍾乳石をどうにか破壊すると、まるでゲームの隠し通路の様に道が現れた。
「やるねぇ俺」
そこには、人が一人通れるくらいの細く長い通路が続いている様に見えたが、松明で奥を照らしながら覗き込んでみると、最奥の所が階段状になっている様に見えた。
「これは、行って見るしかないよな」
松明を頼りに、階段を目指して進む。
思いの外、すんなりと最奥に到着した。やはり細い通路の入口から見えた物は階段で間違いなかった。
「・・・これで地上に出られるか・・・にしても長そうだな。この階段」
松明で照らすも先が見えない様子に少しげんなりしたが、
「行くしかないよな・・・他に道も無いし・・・」
不満は在ったが、それ以外に出来る事も無いと考え階段を登り始めた。
緩やかでは在ったが長く続く階段での気を紛らわせようと、この場所について考え始めていた。
これだけ広い場所に何が在ったのか?
一体何を運ぶために、わざわざ線路的な物まで用意したのか?
そして、此処には(俺にとっての)敵は居ないのか?
これだけの広さなら何かが住み着いていてもおかしくない筈・・・。
もしかして、俺が遭遇してないだけで何者かの縄張りなのか?
様々な事が頭を駆け巡っている中、不意に目線の先の方で、景色が僅かに変わっている様に見えた。
「何だ?何かあるのか?」
急いで駆け上がってみると、階段のすぐ脇に、一か所だけ曲がれる通路が在った。
「・・・行って見るか」
階段は上方に向かって続いていたが、階段を上り続けるのにも嫌気が差していたのも在り、試しに脇の通路を進んでみる事にした。
「ヤバイ気配が在れば戻れば良い・・・」
自分に逃げ道が在ると言い聞かせながら、多少の恐怖感は在ったが、興味と好奇心には勝てず、進み続けてみた。
真っ直ぐ進み続けていると、何やら光らしきものが差し込んでいる場所が奥の方に在る様に見えた。
逸る気持ちを抑え慎重に進み続けると・・・。
「何だよ、これ?・・・」
そこには六畳一間ほどのスペースが広がり、高い天井から一筋の光が差し込んでいた。
何より驚かされたのが、その光の真下に在った、冷蔵庫位の大きさのガラスケースだ。
その中には・・・カニが居た。
いや、正確には何かからカニが生えていた・・・。
「これ生きてる・・・よな?」
どうやら、このガラスケースの中は培養液の様な液体で満たされている様で、その中にはよく分からない、硬いのか柔らかいのかも判別できない大き目のペットボトル位の物が真ん中に浮かんでおり、その至る所から正しく生えている様に生きたカニが連なっていた。
「動いてるよ。こいつら・・・」
そのカニは、俺が川で捕まえて喰ったカニと同じ種類だと直ぐに分かった。
もしかすると、あのカニもこうして生まれてきたのかも知れない。
だが、どうやってあんな所に?
疑問を解消しようとガラスケースの中をよく見ると、鍾乳石で覆われて見にくいが下の部分に穴らしきものが開いており、そこが何処かへ繋がっている様だった。
「なるほど、この穴からカニは出て行っているのか・・・どこに?」
自分への新しい疑問に繋がりはしたが、この小さな部屋らしき場所を出来るだけ調べるも、他に目ぼしい物は何も見つからなかった。
通路自体も、この小さな部屋で行き止まりになっている様で、仕方なくこれ以上、此処に居てもどうしようもないと考え来た道を引き返した。
階段を目指して歩きながら、あのカニの生えていたガラスケーズと地上の川で捕まえたカニの事を思い出していた。
俺が、子供の頃に川で捕まえた沢蟹も小さなプラスチック製の虫篭からいつの間にか逃げ出していた事が在った。
恐らく、ここのカニも見えない箇所から、何処かに繋がっているパイプ?の様な物から逃げ出して地上に這い出して来ていたのではないだろうか?
あくまで想定だが、ここのカニが川で捕まえた物と同一の生き物なら、見た目も捕まえて食べて見た感じも俺が知っているカニで間違いは無い様に思う。
それらを養殖する方法として培養を選んだとしたら、そうせざるを得ない何かが世界に起きた事になる。
やはり、俺が眠らされている間に文明は滅んだのだろうか・・・。
だとしたら、あの培養液や、カニが生えている素になっている様に見えたアノ物体は一体何だ?
生物を培養出来るような化学技術を俺は何のニュースでも見た記憶は無い。
俺が眠っている間に、それだけの進歩が在ったとしたら?
それだけ進歩した化学が、どうして滅んだんだ?
疑問は益々増えて行ったが、そんな事を考えている間に、階段を登り切ったようで、目の前に人ひとりが通れるサイズの鉄らしき扉が出て来た。
「此処から地上に出られるのか・・・」
扉に手を掛けながら、不安が頭をよぎる。
あのカニが生えていたガラスケース。
やたらと広い地下のスペース。
そして13と書かれたプレート。
もう一度、下に戻って確認し直そうかと考えた、その時!
「ガァアァァッ!!」
地下から辺りが震えるほどの叫び声が俺の耳に届いた。
「・・・確かめる必要ないよな・・・」
叫び声を聞いて震え出した手を、どうにか抑えながら扉の取っ手を握り、俺は出来るだけ、音が地下へ響かない様に目の前の鉄の扉を開いた。
少し間が空きましたが続けて参ります。
読んで頂けたのなら幸いです。