覚悟のススメ
サイクロプスから逃げ出した俺は無我夢中で走り続けた。
走る方角は、あの人工的な物が在るかも知れない場所。
兎に角、奴に追い付かれない様に必死だった。
奴が追いかけて来る気配は、木々や枝が折れる音で直ぐに分かった。
走りながら、奴の音が近づいている気がして、一瞬の間、振り向くと奴は恐ろしい事に二足歩行では無く四足で木々を踏み倒しながら向かって来ていた。
「嘘だろ!」
俺は、それこそ死ぬ気で走りながら考え続けた。
(どうすれば良い?どうすれば・・・まずあいつは大きい、そうだ!出来るだけ木が密集している所へ!)
目指す場所からは、方向がずれるが少しでも木が多く生えている場所を目指し森の中をひた走った。
「フウッフウッ・・・」
奴の荒い息遣いが森の中で木々が倒される音の中に混じって響き渡る。
どうにか、距離を僅かだが稼ぐ事が出来た。
でも、このままじゃいずれ追い付かれる。一体どうすれば・・・。
(考えろ!考えろよ俺!)
思考を止める事無く走り続ける。
奴の体力が切れるのを期待していたが、どう見ても奴よりも俺の方が力尽きてしまうのが早いと分かって来た。
奴は木々を倒せば倒すほど、興奮の度合いが増している様で、荒い息遣いだけじゃなく、時折咆哮の様な物まで上げている。
(このまま俺は奴に殺されるのか?・・・待てよ・・・)
もう殺されると諦めかけたその時、僅かに自分の身体に起こっている変化を思い出した。
(傷や怪我は治るはずだよな・・・重症でも再生したのが本当なら・・・逃げ回って殺されるくらいなら、一矢報いてやる!)
たとえ重体になる様な怪我を負っても再生するかもしれない。でも脳や心臓などの致命的な部分まで本当に再生するかは分からない。
ただ、このまま逃げていてもいずれ追い付かれて奴に殺される。
なら、いっその事、奴に攻撃を仕掛けてやられた方が、幾らかは納得が出来る。
そう決めた途端、気持ちの中の焦りや恐怖がスッと消えて行った。
「俺、やっぱり変化してるわ」
且つての自分なら絶対にしなかった決断と妙に落ち着いた心の動きに思わず、苦笑いと共にそう呟いた。
俺は走るのを止め、息を整えながらサイクロプスが走ってくる方向へと向き直った。
すると奴も何かを警戒したのか、向かってくる速度を落とし一歩ずつ、巨体を揺らしながら木々を掻き分け俺の方に真っ直ぐ向かって来た。
決して奴が警戒を解いていないのが分かる。
息遣いは荒く、身体の色は黒く変色したまま、巨大な一つ目は赤く血走っている。
奴が真っ直ぐこちらに歩いてくるのを見定め、俺は弓矢を構えた。
「チャンスは一度だけ・・・集中しろ・・・」
この矢で狙うのは俺を睨みつける奴の目だ。
そこ以外に当たっても恐らく大した影響は奴には無い。
二度三度と同じ事をしようとしても奴は、それを許さないだろう。
自分よりも小さな相手に対する余裕なのか、奴は堂々と真正面から歩いてくる。
恐らく、此処ら一帯は奴の縄張りで、奴も攻撃らしい攻撃を受けた事も無いのだろう。
自分に歯向かう相手というより観念した獲物位に見えているのかも知れない。
「なめるなよ・・・」
俺は静かに息を吐くと
(弓を垂直に矢を水平に。肩を落として、弓が身体から離れないよう・・・)
間近に迫ってくるサイクロプスに対し、そう念じながら、奴の目に狙いを定め矢を放った。
「グオアアッ!!」
矢は真っ直ぐ奴の目を突き刺し、それと同時に奴は凄まじい叫びを上げ暴れ始めた。
「やっ・・・えっ?・・・」
集中が途切れて奴の腕が向かって来ているのが見えていなかったのか、気が付くとサイクロプスの腕がすぐ目の前に迫っていた。見事に命中したのを喜ぶ前に、狂乱したサイクロプスの腕が俺の身体を救い上げ天高く放り投げられた。
凄まじい衝撃が俺の体中に走り、周りに生えていた木々を楽に見下ろせる高さまで飛ばされ
「嘘だろ・・・」
空中で一言呟いたと思ったら、更に激しい落下の衝撃が俺の身体を貫いた。
・・・どれ位経ったのか、気が付くと俺の身体は、どうやら木の枝に引っ掛かり地面に叩きつけられずに済んだらしい。
(身体中が痛い・・・)
目の届く範囲では既に身体の傷は癒えていたようだったが、痛みはあちこちに残っていた。
痛みを堪えながら、木の下を見下ろすと、既にサイクロプスは居なくなっており、どうにかやり過ごす事が出来た様だった。
「そうか・・・傷は治っても痛みは残るのか・・・」
身体の新しい変化を発見できた事とサイクロプスから離れる事が出来た事に、俺は木の上で少し安堵した。
そのまま動けずに目を瞑り、次に目を開けると、辺りが朝日に包まれている様だった。
どうやら俺は、木の枝に身体を預けたまま眠ってしまったようだ。
しっかりと眠ったからか、身体の痛みも無くなり、木の上で寝たおかげか、何者にも襲われる事も無かった様だった。
周囲の安全を確認し、木の下に降りてみて、始めて気が付いた。
「この木って松の木だよな?」
余りに太い枝だったせいか、自分の生きて来た間に見た松の木のイメージとかけ離れていた大きさだったせいか、全く気が付いていなかった。
目の前の松を中心に辺りを落ち着いて見回すと、そこかしこに松の木が生えており、勝手な判断かもしれないが、此処はやはり日本の何処かだと思えた。
松の木をしばらく眺めていると、不意に良い事を思い出す事が出来た。
「松って油とか取れるんだよな・・・確か」
松の木は、古くから日本の城に多く植えられている理由として、食料にする事が出来、その栄養価が高く、また殺菌効果を持つ樹皮と松の葉は飢饉の際や戦の非常食として考えられ、且つ、松から出る樹液は松脂と呼ばれ、木炭などと加工する事で松明や硬化剤としても使用されていた。
「こんなに生えてるのに気づかないのか俺は」
周囲の木の種類が変わって来た事に、何となくだが樹海の終わりを感じつつ、松の木を丹念に調べる事にした。
樹液の中でも、より乾燥し塊となっている物を選び、松の木から採取すると、それなりの量になった。
集めた樹液の塊を砕き、出来るだけ細かくすると、木炭を取り出し、同じように粉状になるまで砕いた。
松の樹液と木炭を粉にし、枯れ木を集めると、弓の弦を利用し焚火を起こした。
森の中で火を焚くと煙で何者かが寄って来るかもと思ったが、やはり昼間という事と恐らくは、まだあのサイクロプスの縄張りだからだろう、何者も近付いて来る事も無かった。
焚火で十分な火力を確認した後、木の根近くの土を掘り返し、粘土質の土を捏ね繰り返した。
簡素では在るが、簡単な器を粘土で作り上げ、焚火の近くで乾かすと、縄文土器とまでは言わないが、どうにか、火に耐えれる物が出来た。
勿論、作り上げるまでに、それなりの時間を要したが、周辺に何かが現れる事も無く、一応、器を火に掛けている間は松の木の上に登り安全を確保しながら過ごしていた。
器が出来た事で早速、樹液の粉と木炭の粉を器の中に入れ、焚火の上で、熱が上がる様に設置した。
粉同士が熱に溶けて混ざり始め、落ちていた枯れ木を混ぜ合わせる為の掻き棒として使い、熱が冷めた所で、川岸から拾ってきた石の上で出来るだけ丁寧に捏ね上げた。
「はぁ~・・・やっと出来た」
丸く捏ねた黒い塊は指先で軽く弾くと、とても固く、また多少柔らかさが残る状態で枯れ木に塗り上げた物はしっかりと松明へと変貌してくれた。
試しに付けた火はとても明るく、消した後も種火を付ける事で簡単に燃え上がった。
黒い塊を出来るだけ多く作り、肩から下げていた袋に詰め、剥ぎ取った待つの皮を川から汲み上げた水に晒し、出来るだけ苦みを取り除きつつ、松の葉と松の実を集め、食料として確保した。
「さてと、行きますか」
ある程度の食料になる物と、おまけに想定していなかった松明を手に入れ、安心感が増した状態で川岸の木の上から見つけた人工物らしき場所を目指して、俺は歩き出した。
「しかし、あの時、よく逃げずに弓矢を当てれたよな・・・」
自画自賛という奴で、サイクロプスの目を見事に撃ち抜いた自分の腕前を思い出し、浮かれた気分で歩いていた。
「覚悟が在れば、何だって出来るんだよな」
仕事していた頃でも、その覚悟が在ればよかったのか?
いや、でもあの頃と今では全然違う。
目覚めてから俺は、強くなったんだ。
頭を使って、あんなデカイ奴にも立ち向かったんだ。
(やれば出来るってこういう事だったのか・・・)
何だか途轍もない偉業でも達成したかの様な気持ちになり、浮かれていたというよりも、浮かれ切ってしまっていたという方が正しいだろう。
その直後、俺は又しても自分の間抜けさにほとほと呆れる事になった。
足元を見もせずに用心する事も無く呑気に歩いていたせいで、地面の異変に全く気付くことも無く
(アッ!ヤバイッ!)
と思った時には既に遅く、何処をどう踏み抜いたのか、足元に違和感を感じた瞬間に地面に一気に大きな穴が開き、体勢を崩したまま地面に急に開いた穴の中に落ちて行った。
“魔は天界に潜む”
全てが上手く行っている時にこそ油断していると足元を掬われる。だからこそ順調な時こそ気を付けていなければならない。という仏教の教えだ。
この言葉が頭に沸き上がった時には、既に遅く、恐らく気を失っていたであろう、痛みに包まれた身体を無理やり起こし、どうにか立ち上がり辺りを見回した。
頭の遥か上の方に僅かな光が差し込み、俺の周りは漆黒と言っていい程の暗闇に包まれていた・・・。
「また気を失ったのかよ・・・で、また地下に戻されたと・・・学習しろよ俺」
自分にほとほと嫌気が差したが、そうも言ってられない状況だと思い直し、先ずは周辺の様子を確認する事にした。
「早速、松明が必要ですか・・・まぁ、学習出来てるのか」
あの高さから落ちても死んでないし、手元に灯りの素もある。
そう考え、まぁ進むしかないかと暗がりの中で松脂と木炭で作った松明に灯りを灯した。
「山から降りて、樹海の次は洞窟か・・・先が見えないなぁ・・・」
愚痴りながら、松明を左手に持ち、手製の鎌を右手に構え、取り敢えず暗い地下の中を出口を求めて歩き出した・・・。
書き進めております。
よろしくお願いします。