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新世界漂流記  作者: さとうマドカ
7/10

発見

目的が決まり、少し気持ちに張りの様な物が出て来た。

ただ、この世界をむやみやたらに歩き回るのでは無く、目的を持って行動する事が、こんなに気持ちを落ち着かせてくれるとは思わなかった。


落ち着いた状況で、自分自身の疑問も幾つか浮かんではいたが、目的として“図書館”を探す為に今必要な事を整理し直す事にした。

・食料の確保とそれに伴う武器の強化

・現在地の把握と場所の確認

この二つが最低限の事だと考えた。


苔人間と対峙した際に弓矢では何の影響も与えられなかった事を考えると、もう一つ大きく直接的な武器と思える道具が必須になる可能性が高い。

今持っている鎌っぽい物では無く、もう少し大きな鉈や斧。若しくは刀何かの戦う事が出来て尚且つ身を守れる物。

人類が発明した偉大な火の次は“鉄”によって加工された道具を探す事が重要になって来る。

鉄鉱石などを見つけ出し、加工し製鉄作業を行い精錬するのが理想だが、生憎一人で出来る物とも思えない。

また製鉄加工する為の炉を、たった一人で何者にも襲われずに出来るとは到底考えにくい。


どうにかして、人間が居たであろう場所を見つけ出し、林業などで使われていた物を見つけるか、若しくは漁業などで使われていた銛を槍として使う事が出来れば、化け物どもへの対処方として幾分マシな事が出来る気がする。


そう云った物を探し出す為にも、現在地の把握は重要になる気がする。

現在地が分かれば、図書館を見つけ出すのにも役立つはずだ。


・・・と、ここまで考えをまとめ、先立つ物として必要な食料集めをする事に意識を切り替えた。

目の前の川でカニを集め火に掛け、保存食として持ち歩くのも良いが、川と言えばやはり魚を捕らえるのが一番いい気がする。

何より今、食べたい物として真っ先に頭に浮かんでしまっている。


魚を捕まえる。

そう決意した俺は、川沿いを徐々に下流へと歩きながら、魚影を探して進む事にした。

下流に行けば海が在る。海には豊富な食材が存在する。あわよくば人間が暮らしていた痕跡が見つかるかも知れない。そうすれば、現在地の把握と武器に成る物の両方を得られるかも知れない。

全て仮定の話だが、上手く行けば全ての事柄が同時に進行する。


逸る気持ちを抑え、川面と周囲に警戒しながら、自分自身の思い付きに、思わず顔が緩んだ。


「やるなぁ俺」


この世界で目覚めてから、自分の中の変化に何度も驚かされたが、一番の変化は、この思考その物かも知れない。

いつも、必要以上に焦り、仕事でもテンパってしまい、更に悪い結果を自分で招き、更に焦り・・・。

負のスパイラルとでもいう状態が眠りに就く前の俺の日常だった。

だが、目覚めてからの俺は、落ち着いて物事を考え、冷静に判断し、思考を切り替える事が出来る。

俺を叱責する奴も、マウントを取ろうとする奴も居ないせいかも知れないが、自分の考えで行動を決めるのがこんなにも心地が良いとは思わなかった。


「早くやってればなぁ」


後悔先に立たずとは、よく言ったものだ。

気を取り直し、先へ進もうとした時に、ふと何か違和感のような物を感じた。

又、苔人間の様な奴が居るのかと川に背を向け周囲を見渡したが、川岸から見る限り、樹海の方には何かが居る様子も無い。

気のせいかと思い、もう一度川の方に向き直したその時、対岸で何かが動いたのが見えた。


川幅は、推定だが5,6m程。にも拘わらず対岸を意識しなかったなんて。間抜けか俺は。

最初に川に辿り着いた時に、川向うも森が広がっているだけだろうと、特に警戒はしていなかった。

だが、よく考えると、当然水の在る場所には生き物の気配や姿が在ってもおかしくは無いというのに、この川に着いてから見た生き物は、俺が食べた沢蟹だけだ。


生き物にとって最重要とも言える水のある場所に、何故他の生き物が集まって来ないのか?

あの猿ネズミや人面カラスは僅かな水場を争いながら確保しようとしていたというのに。

それは、水を得る事よりも危険な相手が居るからだ。


木の陰で、はっきりと見えた訳では無いが、恐らくかなり大きな生き物だと推測出来る。

何故なら、動いた木の枝は俺の目線よりも、かなり上で揺れていたからだ。

そして、枝葉の揺れは、対岸の森の奥へと続いている様に見える。


相手が一体何者なのか、どういう生き物なのか全く見当はつかないが、他の生き物を圧倒出来る強さか何かを持っている事は確かだ。

そうでなければ、この川岸に他の生き物の痕跡を見つけていた筈だ。


かなり危険な状況かもしれないが、相手が森の奥に移動した訳が在るはず。

どんな相手かは分からないが恐らく俺を見る為だけに、この川岸に寄って来た可能性が高い。

俺を危険な相手か、それとも問題にするほどの者ではないと見たのか。食料として価値が無いと判断したのか。

いずれにせよ、相手に視認が出来ているにも拘らず、こちらが相手を見る事さえ出来て無いというのは非常に不味い。


そこで俺は、相手を見る事が出来、尚且つ、相手に見つからない場所を探す事にした。

あくまで相手に俺が気付いた事がバレない様に。


下流を目指しつつ、周囲に警戒を張り、更に俺にとって有利な地形を探す。

此処に来て、いきなり全ての難易度が上がった。

だが、この予測不能な状況が一段と俺自身を鼓舞させて来る。

かつての俺なら、直ぐに逃げ惑い、森で苔人間や他の獣に襲われるか、得体の知れない奴に喰われるか、殺されるかしていただろう。


今は違う。

冷静に色んな物が目に入り、それが情報として脳内で処理されているのが分かる。


「脳内麻薬か・・・アドレナリンだな」


人は興奮すると、一時的に脳内に麻薬物質に近い物が出されるという。

スポーツ選手や格闘技の選手なんかは、この脳内麻薬をコントロールし肉体の痛みや疲労迄、麻痺させる事が出来るらしい。又、芸人や俳優なんかは、喝采や大きな注目浴びる事で分泌される、この脳内麻薬の中毒になるらしく、それ故に一度やったら辞められない様になってしまうんだそうだ。


「・・・確かに、辞められないかもしれないな」


いつ襲われるか、相手がどんな奴かも分からないのに、この状況が続く事を願っている自分に俺自身驚いた。


周囲を警戒しながら移動し続け、対岸に動きの無いまま約一時間(体感でだが)ほどが過ぎた頃。

川岸に大きく川に向かってせり出した岩と、その横に背の高い木が生えているのが見えた。

森から離れているせいか、その二つがやけに目立って見え、まるで誰かが目印とする為に植えたようにさえ見えた。


「あの木なら、行けるかもしれないな」


対岸に目を向ける事無く、歩く速度を速めず、川の中に視線を向けながら、俺は出来るだけ丁寧に目印とした木に向かった。


近くまで来てみると岩を足場にすれば、木の上の方まで登る事が出来そうだ。


「俺、木登り何度目だよ」


少しおかしくも在ったが、そんな事を考えている暇は無いと切り替え、対岸から見えぬように岩に足を掛け、木に登り始めた。


木の上の方まで来ると、人ひとりが安定して座って居られる枝が在り、そこから対岸を見張る事にした。

高さは約10mいくか行かないかくらいで、恐らく登って来る生き物は他に居ないと考えられる。

もし、対岸の奴が猫科に類する様な生き物なら話は別だが・・・。


しばらく対岸に目を向けていたが、動きが無く、そういえばこの川の先が見えるかもと目線を下流へと向けた。

そこで見えた物に俺は更に興奮を覚えた。


「あれ・・・建物・・・だよな」


下流の先に海が広がっていれば有難いと僅かに期待したが、それよりも長く続く川の両側に広がる森の中に不自然に森上がっている場所を見つけ、期待以上の物が在った事が嬉しかった。


喜びも束の間、対岸に何かが動く気配を感じた。

対岸に目をやると、森の中から想像外の奴が出て来た。


「何だよアレ・・・デカすぎるだろ」


思わずそう口走ってしまう程の巨大な奴が、木々を掻き分ける様にして、姿を現した。


「あれ・・・カバか?」


まるでカバのような巨躯の生き物が二足歩行で歩いている。

前足と呼んで良いのか、手とも思われる部分を器用に使い、周辺の木を無駄に折る事無く、何かを探している様に見える。

肌質は、ぬめりが在るのか、周囲の木や枝に傷ついている様子は無い。

肌の色は鼠色に近く、その巨体で歩いても物音を立てずに歩ける足は、妙に柔らかそうで、恐らくあの部分で自身の歩行音や振動を消しているのだと思う。

目と思われる物は、木の上からは在る様には見えないが、恐らく聴覚か嗅覚を頼りにしているようだ。

森の中から出てきたと思ったら、また直ぐに森の中に頭だけを突っ込み何かを探している様子のまま、また川岸迄出て来る。


カバというのは地上を時速30km程で走り、成体ともなれば、その体長は発見された中でも最大の個体は5mを超えるとも言われている。ワニやライオンと言えども単体でカバに勝つ事は出来ず、カバの群れに襲われて殺されるワニが居る程だ。

アフリカで暮らす原住民は、ライオンやヒョウよりも遥かに恐ろしい生き物としてカバを上げるともされいる。その原因は縄張りに入って来た者は人間だろうが獰猛な肉食獣だろうが躊躇なく襲い殺すから・・・。


「あいつが探してるのって・・・俺だよな」


鼻先と思われる場所を前に突き出し、何かを嗅ぎ取ろうとしている姿で容易に想像は付いた。

あの特殊な皮膚のおかげで物音を立てずに対岸から俺の動向を探っていたのだろう。

それが、急に居なくなった事で、不審に思ったのかこうして姿を見せる事になった訳だが・・・。


「見えた所で、あんな奴に勝てる生き物なんて、早々いないだろう」


と、思ったが奴からすれば、嗅ぎなれない匂いに警戒心を持ったのかもしれない。

だとすると、最低限だが自分と相手を見極めようとする位の知性は在ると思った方が良い。


「相手を見極めたいのは、俺も同じだ」


とりあえず観察できる間は、した方が良いかと考え見ていたが、そこで思い付いたのが


「もしかして・・・こいつが、この樹海で一番強い生き物なのか?」


だとすると、こいつの反応次第で手持ちの道具の限界が分かるかも知れない。

苔人間には弓矢は効いていなかった様だが、もしこいつに多少でもダメージを与える事が出来るなら無理に武器を探さなくても良いかもしれない。


「試す価値は在るか・・・」


幸いこの木は、あのカバの様な奴より風下に在り、おまけに対岸。

川幅を考えても奴が、そう簡単に俺を見つけれるとは思えない。

おまけに奴が見た目通りカバに似た生き物なら仮に追い駆けられたとしても、陸上をそれほど長くは走れない筈。それに幾らカバが早いと言っても、それは四足歩行だからだ。

視覚は無く、嗅覚を頼りに生きているなら、この条件で危険が俺に迫って来るとは考えにくい。

万が一追い駆けられても、あの建物らしき場所を目指して走れば良い。

その間に奴もあきらめるだろう。


・・・と、この時までは楽に考えていた。


あの特殊な皮膚で弾かれる可能性は在るが、この手持ちの弓矢で射って見る価値は在る。

狙うなら、相手の目か口腔内だが・・・。

目らしき物も口らしき場所も見当たらない。


(草食動物なのか?水だけで生きている奴なのか?)


ふとそんな風にも考えたが、なら尚の事、試すには都合が良いかも知れない。

そう思って、奴の頭部と思える場所に狙いを絞って矢を放った。

矢は真っ直ぐ相手の後頭部に見事に命中した!


(ヨシッ!)


と喜んだ直後、それは恐怖へと変わった。


「グォオォー!!」


奴は、まるで地鳴りの様な雄叫びを上げた。

その声は樹海中に響き渡った様に聞こえ、矢を放ったこちらへと振り向いた。

奴の口は、正しくカバの様に巨大に開き、見えなかったはずの巨大な目が一つ奴の顔の真ん中で大きく見開いていた。


「サイクロプス・・・」


その姿はまるでギリシャ神話に出て来るサイクロプスを彷彿させた。

奴の口や目は、只たるんだ皮膚で覆い隠されていただけで、草食獣だなんてとんでもなかった。

その証拠に開いた口の中で牙が無数に生えているのが見える。

どうするべきか、このままこの木の上で身を潜めているか、それとも全力で走って逃げるか・・・。


奴を見ながら俺が考えている僅かの間に、奴は違う変化を見せ始めた。

巨大な身体が見る見る黒く変色していった。


(嘘だろ・・・ヤバイ!)


全身が黒に変色しきった奴の頭部から俺が放った矢が抜け落ちた。

矢が抜けると奴は真っ直ぐ、こっちを睨みつけ


「グォォオオォッ!」


と唸り声を上げた。

俺は、その声の響きが終わる前に木を滑り降りると、一目散に走りだした。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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