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新世界漂流記  作者: さとうマドカ
5/10

樹海の中

俺は巨木を離れ、樹海の中を奥へと進み始めた。

最初の内は、山から降り切った達成感も在って良かったが、そもそも何を先ずは目指すべきか決めていない自分の間抜け具合に苦笑いした。


「とりあえず樹海が途切れるところか?」


山から見た景色は、かなり遠くまで樹海が広がっている様に見えたが、歩いてみると意外と所々に開けた場所が在り、またとても少ないが時折倒木の間に僅かに水が流れているのを目にした。

その都度、水分補給を行うようにしていたおかげか、一日目にして随分と遠くまで歩いて来れた気がしていた。

そもそも、樹海とは、どんなところを言うのか。

読んで字の如し、樹の海だ。

同じ様な種類の木々が生え広がり、その内部の景色は劇的に変化することは無く、木々は一定の間隔で存在し、成育した木々の葉で光が地表まで届きにくく目印となる物が存在しない状態が何処までも続く状態を指す。と言った所だ。


有名な富士の樹海では、方位磁石なども役に立たない為、一度樹海の奥深くに入り込むと出て来る事は出来ないとまで言われていた。


だが、俺の現状からすれば、別段どこか帰る場所が在る訳でもなく、むしろ此処がどうして樹海の様になっているかを知る事の方が重要で、此処が日本の何処かを知る手掛かりを得れる迄は、この樹海全体で暮らしていてもさして問題ではない。


問題が在るとするなら、この樹海に入り込んでから、何処からか見られている気がする事だけだ。


一応、何者かに襲われる危険を考え、手にしていた弓を背中に、矢を矢筒に納め、腰に差していた鎌を両手で握りしめた。


切れ味が良いとはいえ、そもそもが鉤爪と骨を樹液と皮で繋ぎ合わせただけの代物。

もし、何かが襲ってきたとして、そいつが地下で最初に見たような巨大な相手なら簡単にやられるだろう。


「もう少し使えそうな物が必要かもな」


便利な道具として、使い勝手は良いのだが、如何せん戦う事を目的として無い為に一抹の不安が在った。


「今更だよなぁ。こういう所なんだよ。俺の悪い所は」


自嘲気味に愚痴を吐いた後


「とはいえ、そんな風に考えるのも今更だよな」


と、気持ちを切り替え樹海を進む事にした。


森や山の中で方向を見定める方法として、樹の年輪を見て方角を知るというものが在る。

思い出した俺は、取り敢えず目の前に在った、少し大きな木を切り倒してみようと鎌を振り上げ、一度切り付けてみたが、その手ごたえに早々に諦めた。


「そんな仕様じゃないよな」


鎌を片手に一人で同じ場所をぐるぐる回り続けるのは、避けたかった俺は、歩きながら目に付いた木に鎌で切り込みを入れ、それを目印に進み直す事にした。


「やってみて駄目ならやり直す。誰も見てないし、仕事でもないしな」


誰も居ない樹海の中で不安を掻き消す様に自分を励ます為に、そう呟いた。


樹海を歩き続け、恐らく夕刻に差し掛かった頃。

今の所、来た道を再び歩き直すような事はせずに済んでいたが、感じる目線というか、気配の様な物は、はっきりとして来ていた。


(・・・何かが確実に俺の側にいる)


声を出さず、警戒を強めながら、日が落ちる前に、この近くに寝泊まりできる場所を作ることにした。

念の為、簡易且つ、周囲の様子を見て取れる様な場所にする為、樹の上に作ろうと考え、辺りの木を物色し始めた。その時だった。違和感の正体が分かったのは。


俺が歩いて来た方向に、やたら蔓というか苔まみれの細い木が多く生えている事に気付いた。

いや、細い木というかまるで若く細い少年が手を広げている様な、そんな風に見えた。


俺が不思議に思い見つめ続ていると、特に何もそれ以上の変化は無かったが、作業を始めようと背を向けると確実に動いている気がして、振り向くとやはり、ついさっきまで見ていた時よりも細い少年の様な緑の木は数が増えている様に見えた。


(あの木、まさか生きているのか?俺の様子が分かるのか?)


想像してみて欲しい。

木々の合間に、緑の苔や蔓に一分の隙も無いほど覆われた中学生くらいの大きさの少年が両手を自分に広げている姿を。

それも木々の隙間から確認出来るだけでも五、六体は見える。その更に奥にもいくつか影が見える。


(ヤバイ!またヤバイ状況かよ!)


最初に気付いたときに三体ほどだったのが、目を背けた僅かな間に倍に増えている。

一番近い奴と俺との距離は今の所、10~15m程度。


(何だあいつら?)


俺が見ている間は微動だにせず、背を向けると確実に数が増え、その距離をほんの少しづつ詰めてきている様にも見える。

苔人間共を見据えながら、後ずさりする様に、距離を取った。

すると奴らは、そのまま微動だにせず距離を取られるがままにしている様だった。


俺の視界から、苔人間の姿が見えなくなった直後、俺は前を向き直し全力で樹海の中を駆け抜けた。


息も絶え絶えになりながら走り続け、もうこれ以上は走れないと足が止まりかけた所で、目の前に大きな岩が在った。


下から見上げるとビルの三階相当とも思える大岩で、所々、小さな木が生えており、欠けた箇所と、小さな木を足場にどうにか登れそうだった。


「この岩なら安全かもしれない」


そう考えた俺は、岩の上で一晩過ごすかも知れないと思い、落ちていた枯れ木を拾い集め、背中に背負うと、目の前の岩を登り始めた。


いざ登り始めてみると、下から見上げていた時よりも、スムーズに頂上まで登り切る事が出来た。

登り切って、岩の全貌が理解出来た。

登り切ってみると、思っていたほどの大きさは無く、大体一戸建ての住宅位と言うのか、そこまでの高さでも無く、ただ天辺付近は比較的平らで、これなら一晩くらいは安心して過ごす事が出来そうだと思った。


岩の上で、一息つき、持参した肉を僅かに口にした後、あの苔人間がどうしているかが気になり岩から頭を少しだけ出して下を覗き込んでみた。


・・・奴らが居た。

数は上からざっと数えた所、二十体ほどが岩の周辺に苔人間は立っている。

この状況は、マズイと思ったが、どうやら奴らは、この岩を登ろうとしている訳では無い様で、とてもゆっくりしたその動きは、岩の周囲を見て回っているだけの様だった。

なら、逆にこちらが相手を観察出来る機会と捉え、しっかりとバレない様に岩の上から奴らを見てみる事にした。


どうも、奴らはそれほど感知できる能力が在る訳では無く、互いにぶつかる事もしばしば在った。

動きもやはり、遅くまるでナマケモノの様に、ゆったりとした動きで岩の周りを調べている風に見える。

恐らく、人間の両手に見える部分に何かしらの触覚か相手を検知する機能が付いている様で、手先を前に突き出しながら辺りを探って動いている。

あんなにぶそうな奴らが、どうして急に増えたり、俺を追ってくる事が出来たのか最初は、分からなかったが、一時間ほど眺めていて、ようやく理解出来た。


奴らは、正しく苔人間で、苔の生えている場所に自身の身体を苔化させて擬態し、その上を何者かが歩くなり刺激を与えるとゆっくりと起き上がり捕食者へと変化する様だった。


奴らが捕食者へと変わる姿は、以前に見た他の生き物とは、また違う怖さが在った。

何処から来たのか、猿ネズミが一匹、苔人間たちの側に急に姿を現した。

この樹海を迷ってきたのか、それともこの岩に何かあるのかは分からなかったが、ただ、猿ネズミの背後には更に五体ほどの苔人間が上からは見え、何も気づかない猿ネズミの周りに、静かに奴らは集まり始めていた。

流石に自分の周囲の変化を感じたのが猿ネズミが動きを止め、樹海の中へ戻ろうとすると、ゆっくりと苔人間たちはその手を繋ぎ始め、猿ネズミを囲む様に、大きな檻を作った。

その檻は何重にも重なり、やがて檻の中心に居る物にゆっくりと覆いかぶさって行った。


猿ネズミが苔人間の檻で見えなくなってから、暫くすると、檻が開き始め、中心に居た筈の獲物は、跡形も無く消え去っていた。

恐らくだが、何らかの方法で獲物を吸収したのだろう。


苔人間は何も早く動く必要は無いのだと、この時に理解した。

この樹海に散らばっている同種族と獲物が見つかれば、時間を掛けてでも取り囲みさえすれば、後はどうとでも出来るという事だ。


獲物をがこの樹海に入りさえすれば、獲物が自ら自分達を起こし、逃げれば逃げる程、仲間が増えていく。やがて、獲物が立ち止まれば、そこで時間を掛けてでも取り囲んでしまいさえすれば良い。

そして、この樹海の中に、こいつらが何体いるかも俺には分からない。


(・・・最悪だな)


推測だが、奴らはこの岩を登ろうとしないのではなくて、登る必要が無いと判断したのだろう。

疲れでも何でも、それこそ俺が死んでからでも下に落ちて来るのを待つだけで良い。

だからこそ、無理に何かをするのでは無く、岩の周囲に立っているのだと分かった。


取り敢えず、今出来る事を考えてみる事にする。

岩の上から見てみると、樹海は、まだ続く様に見える。ただ、山から見た時には分からなかったが、意外と小さく開けた場所が点在しているのが分かる。

その中には、この岩のような物が在る様にも見え、他にも、少し背の高い木が幾らかは目に付いた。

そのどれかを目指して行くのが得策だと考え、次に此処から移動する為に、どうすれば岩の下に居る苔人間共をやり過ごすか。

手持ちの道具で武器に成りそうな物は、鉤爪を使った鎌、牙を矢尻に使用している弓矢、それと火を使って作れそうな松明。


岩の上で改めて並べてみた物の、どれもあいつらに有効な武器とは思えない。

さて、どうしたものかともう一度、岩の下を覗き込んでみると、気のせいか数が減っている様に見えた。


(もしかして、何処かへ行ったのか?)


あの猿ネズミを食べた事で、満足したのか?だとすると、他の奴らもいずれは、何処かへ行ってくれるかもしれない。

そんな楽観的な考えが頭に浮かび、一先ず岩の上で休息しようと思い直し、ひと眠りすることにした。


どれくらい寝たのか、辺りは真っ暗になり、空には多くの星と大きな月が浮かんでいた。


「綺麗だな」


俺は夜空を見上げ、のんびりと寝ぼけた事を口にしていた。

火を焚く事を忘れて夜になっていたが、此処なら何かに襲われる事も無いだろうと特に心配もしていなかった。

逆に火を焚く事で空から何者かに襲われる目印になりかねない。


岩の下をぼんやりした頭で覗き込むと、何かが居る様にも見えたが、月明りが届いて無いせいか、一層暗くなっており、上から識別するのは困難だった。


「・・・朝まで寝て待つか」


そう決めた俺は手製の水筒から水を僅かに口に含むと、そのまま仰向きに寝転がった。


「本当に俺、ずっと寝てたのか・・・」


口に含んだ水を飲み干し、思わず呟いた。

俺が寝ている間に世界が、こんなに様変わりしたのか?

何処かに俺以外の人間が居るんじゃないのか?

あの地下で、どうして俺はあんな化け物に喰われずに済んでいたんだ?


頭の中に次から次へと疑問が湧いてきていたが、何の答えも得られず、やがてそのまま眠りに就いた。


目が覚めると太陽は昇り切っていて、辺りを明るく照らしていた。


「さて、あいつら居なくなったか?」


再び岩の下を覗き込むと、そこには苔人間共の姿は無かった。


「良かったぁ・・・ん?」


一瞬、安堵したがよく見ると何かが違っているのが分かった。

地面が大量の苔に覆われている。

それだけで、岩の下に何が起こっているのか直ぐに理解出来た。

あいつらはまた地面と同化、いや擬態をしている。


「何だよ・・・その頭の良さは」


恐らく、俺を待つのにあのまま立っている必要は無いと判断し、何だったら、地面と一体化して獲物を待つ方が効率が良いと考えたんだろう。


どうしようかと考えたが


「いつまでも此処に居てもしょうがないんだよ。俺も」


もう一度岩の上で立ち上がり、何本かの大き目な木に目星を付け


「走って、登ってを繰り返すしか無いよな・・・」


あいつらは、そこまで移動速度は速くない・・・はず。

自信は無かったが、とにかくそれしか方法が思いつかなかった。

岩の上から出来るだけ静かに降りて、その後は全力で走り続ける。

限界が来る前に目星を付けた木に登り切る。

苔人間共が、もしも木に登ってきたら、そこで終わり。


「やるしかないんだよな・・・」


何も知らない、何も分からないまま死ぬのが今の俺にとって一番嫌な事だ。

それなら、せめて知ろうとして、分かろうと努力して死んだ方がマシだ。


「努力って・・・やるか!」


努力なんて若い時からして来なかった俺が今更かよと思い、それが切っ掛けかは定かじゃないが、俺は意を決して、岩から降りる事にした・・・。











ぼちぼちと続けております。

よろしくお願いいたします。

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