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新世界漂流記  作者: さとうマドカ
4/10

新世界へ

鉤爪を鎌代わりに枯れ木を探す為に、森に入った俺は、この場所と俺自身ついて暫く考えながら作業をしていた。


この鉤爪やネズミの皮から最初は何も見る事が出来なかったが、手に巻いていた布を外した途端、こいつらの日常と呼べる映像が脳に映り込んで来た。


そこで気付いたのは、俺が電気信号を発しているのではないかという事。

対象物の微弱な電気を俺自身の電気で読み取っている。

それなら、手に布を巻いた状態なら何も見えない事に納得がいく。


それと、やはりこの場所というか、この施設が在る山自体の存在だ。

それほど高くはないが、周囲を見渡すと所々、草木が途切れ開けた場所が見え、それ以外に山から見下ろすと樹海が広がり、少し遠くに目を移すと似たような高さの山が見える。

此処は一体どこなんだ?

勿論、世界が様変わりしているのは、あの化け物達を見れば夢でもない事が分かる。

人工的な物が本当に無くなったとして、その痕跡こんせきが一切見えないというのは、どういう事だ?


あの地下の施設にも、それらしい物が在った。

木々に覆われた階段状の場所。

俺が寝かされていたカプセルというかケース。

そもそも、此処は日本だった場所なのか?

頭の中で色んな考えが駆け巡った。


周囲の警戒を怠らず、作業を進め、枯れ木と幾つかの石を拾い上げ、着ていた布を袋代わりにし、出来るだけまとめ上げると、巨木の側に戻った。


まず手始めに、枯れ木を鎌で削り出し、幾つかの木の皮で房を作った。

次に、細い木を太く平べったい木とこすり合わせる為の、紐を準備した。

紐はネズミの毛皮から抜き取った毛を一本ずつ、結び合わせ、手頃な長さの紐を編み上げた。


これだけの作業をしながら、スムーズに出来る事に自分自身が一番驚いた。


何と言えば良いのか、記憶の中に在った物が直ぐに引き出せる感じが在った。

箪笥たんすの引き出しから着たい服を簡単に選び出せる様な感じというと分かりやすいかもしれない。

この火の起こし方も、今使っている鎌も以前に、俺が眠ってしまう前にテレビやネット、漫画や小説で見聞きしたものだ。


頭の中で、コレをしたいとイメージするとそれに関連したものが次々と思い出される。

それも、まるで実体験したことが在る様な感覚まで伴って。


自分自身の出来る事への驚きは在ったが、おかげで火種を作り出し、火を起こす事が出来た。

枯れ木やなんかを使い、それなりの大きさの焚火になった処で、空が白々と明け始めた。


用心には用心を重ねておこうと考え、周囲から煙が見えないよう出来るだけ大きな枝葉の下で、作り出した焚火だったが、そもそも何を警戒しているんだよと思わず笑いが込み上げてきた。


焚火の横で、ネズミの毛皮から無駄な毛を削ぎ落している間、この巨木の穴の中に居る化け物についても考えた。

もしかすると、あの巨大な化け物が居るおかげで、あのカラスやネズミの様な化け物達は、ここに近づいて来ないのかもしれない。

推測でしかないが、あの図体の化け物が一体だけとは考えにくい。

あの巨大な化け物の棲み処を想定すると。

俺が登り切ったこの巨木の大きさと、あの巨大なムカデの様な化け物が地上に出ることなく暮らせる大きさだと考えて・・・。

もしかして、この山全体が施設そのものなんじゃないのか?

だとすると、あの巨大な奴の棲み処は、あの施設そのもの?


・・・考え込んではしまったが、現実問題として、今この場所に俺を襲う生き物は居ない。

これが一番大事な気がして、考えるのを止め、作業に集中し直す事にした。


改めて、皮を鞣す手順を、もう一度記憶の中で確認する。

1、無駄な毛を削ぎ落し、無駄な汚れと臭いを洗い落とす。

2、皮の癖を無くす為に、木の棒や石を使って伸ばす。

3、伸ばしきった皮を、再び綺麗に洗い余分な汚れを落とす。

4、洗った皮を広げて乾燥させる。

ざっと思い返してみるとこんな所だったように思う。


此処で問題が発生した。

綺麗に洗う?

その為の水が無いじゃないか。

自分の間抜けさに、あきれたがそんな事を悔やんでも仕方ないかと、再び鎌と水を発見した時に汲み取れる様に、人面カラスと猿ネズミの頭骨を手に森の中に戻る決意をした。

※これからは猿ネズミと人面カラスと呼ぶことにする。


地下から出ても、未だにギリシャ神話に出てくるような布を身体と足に巻き付けた様な恰好で、何が居るのか分からない森をうろつくのに、多少の抵抗と恐怖感は在ったが、それも仕方ないかと考え、水辺探しを始めた。


しばらく森の中を探索して気付いた事が在る。

昼間の森には、生き物の気配らしきものが感じられないという事。

それと、俺自身の喉の渇きが殆ど無いという事だ。


目覚めてから二日以上経つというのに、それほど水分を欲していないというのは、どういう訳なのか?

人体に於ける水分量の割合は、非常に高く体重の約60%が水分で構成されていると何かで読んだ記憶が在る。

にもかかわらず、渇きを感じないというのは、どういう事なんだ?

俺が口にした水気と言えば、僅かに降っていた雨と死体からの血液だけの筈。

奴らの血液に、それだけの栄養か何かが在ったのか?


新たな疑問は尽きなかったが、当面の問題をクリアする事を最優先にすることにした。

猿ネズミや人面カラスの映像の中に、幾つか水を飲んでいる様な物が在った事を思い出し、最初に奴らが争っていた場所へ向かった。


あの時は、夜だった事と、奴らを見た恐怖心、それと空腹のせいで気がつかなかったが、何故、こんな場所で争っていたのか、理由が理解出来た。

奴らが争っていた開けた場所の真ん中辺りに近づくにつれて、足元はぬかるみはじめ、中心部に僅かながら、水溜りの様な場所が在った。


恐らく、奴らはこの水場を奪い合っていたのだろう。

そのついでに、互いを食料として喰い合いをしていたのかも知れない。


水溜りの水は、周囲のぬかるみから水が染み出すようにして、絶え間なく湧いている様で、持ってきた頭骨で水を汲んでも、直ぐに元の水量に戻っていた。


取り敢えずの水を確保出来た俺は、何度か巨木と水場を往復し、鎌で掘り上げた穴に着ていた布の一部を敷き詰め、穴の底の部分にみずが染み出す事の無い様に出来るだけ大きな葉を敷いて、どうにか俺だけの水場を確保した。


始めは、茶色く濁っていた水も、布や葉っぱを何層かに分けて敷き詰める事で、濾過ろかされ、見た目には透明な俺が見知っている水になった。

ここでようやく、火と水を確保することが出来た。


「本当に原始人だな」


火を眺めながら、思わず口にしたが、眠りに就く前に働いていた当時とは全く別の満足感とでも言うのか、達成感に満たされ始めていた。


火と水を手にした俺は自身の記憶に則って、再び皮を鞣す作業に戻った。

作業をしながら、気付いたのは、どんなに伸縮性の高い皮で在っても、一度手にして持ってきただけの量では俺の上半身を覆う分程度しかないという事だ。


他にも、この皮や骨を使えば簡単な物なら作れるだろうと考えた俺は、また森の中の水場で奴らが争うだろうと思い、日が沈んでから、もう一度あの場所に行くことに決めた。

日が沈むまでの間、ただ待っていても仕方無いと、手元に在った猿ネズミの牙を使い何か作れないかと何度も見る角度を変え、手触りを確かめた。


そこで、思い付いたのが矢じりだった。

縄文時代から獲物の狩りに様々な動物の歯が使われていたのを思い出し、確か有名な物だと鮫の歯を矢じりとして、弓矢や簡単な槍代わりにしていたはずだと、その作り方の記憶を頭の中から引き出した。


まず必要な物として、弓のベースとなる部分を巨木の枝で作る事にした。

出来るだけ細く硬い物を選んで、鎌で切り落とし、木の皮を剥ぎ取り、焚火の近くで乾燥出来るように配置した。

剥いだ木の皮は、焚火で炙りながら柔らかくし、出来るだけ細く薄くなるように手で切り裂き、ある程度の細さになった処で、丁寧に編み込んでいき、弓の弦となるようにした。

切り落とした枝の幹の側から、樹液が染み出しているのに気づき、弓の弦を張る際に、樹液を接着剤の様にし、弓に弦を巻き付けた箇所にしっかりと塗り付けた。


矢の方は、猿ネズミの歯を細く削った木の先に取り付け、矢の後ろには、人面カラスの羽を少しばかり小さく切り、矢一本につき、三枚ずつ取り付けた。

これで、矢の飛行時の安定感が出るはずだと、自分の手際に手前勝手に感心し、早速試し打ちを行ってみた。

飛距離にして約10m程、目測だが充分な飛距離だ。

的にした巨木にしっかりと突き刺さった矢は抜くのに相当な力を要した。

俺の頭の先から腰辺りまでの弓だが、この先何かを捕らえるか身を守るのに役立ちそうだと思った。

勿論、地下で見た巨大な化け物には役立ちそうにもないが。


そうこうして居る内に、日が落ち、辺りが暗く成り切った頃、あの水場に弓矢を手に、鎌を腰に差して向かう事にした。


俺が思った通り、やはり夜になると森の中に生き物の気配があちらこちらに感じられ、最初に入った時によく襲われずに済んだなと、思うと同時に俺自身の警戒能力が上がっている気がした。


水場の近くまで来ると、すでに奴らは争いを始めていた。

相変わらず、地上と空中とで、互いを喰い合い傷つけ合いながらの死闘を繰り広げている。

俺は、出来るだけ音を立てずに、昼間に来た時に目星を付けていた木に登り、弓を手に奴らが立ち去るのを静かに待っていた。


空が明るくなり始めた頃、ようやく奴らが、その場を去り始め、俺も動き出そうとした時に、頭上に何かの気配を感じた。

すると、見上げると同時に俺の左肩の上に大きな目玉が一つきりのカエルの様な奴が落ちて来た。

思わず声を上げそうになったが、左手で自分の口を押え、右手に持っていた矢でそいつを突き刺した。

矢は、そいつの顎下から上顎を貫き、一撃で仕留める事が出来た。

直ぐに木の下や水場の方に目を向けたが何にも気づかれずに済んだ様だった。


俺は、安心し改めて矢の先で死んでいる奴を見てみたが、何と言えば良いのか、カエルの胴体の先というか、尾の部分がやたら長く、大きな一つ目のカエルにヘビの胴体が繋がっている様な、こいつも奇妙な身体をしていた。


「食えるのかな、こいつ」


確かヘビの肉はたんぱく質や栄養素が豊富で、カエルの肉の食感は鳥のささ身の様だと聞いた記憶が在る。


「こいつも、持って帰るか」


勝手な想像をしながら、争っていた奴らの残骸と共に、こいつも持って帰る事にした。


巨木の側の焚火を前に、消えかかった火を再び大きくし、残骸を火の側に置くと、取り敢えずさっき始めて自分で捕まえた獲物を喰ってみる事にした。


「確か、皮を剥ぐ所からだよな」


そんな事を思い出しながら、少しづつ調理らしき事を始めてみた。


先ず腹の辺りに鎌の先を包丁の代わりに使い、身体と尾の部分を切り離し、出来るだけ真っ直ぐに腹を割くと、内臓を全て取り出し、切れ目の部分から皮を剥いだ。

皮は身体も尾の部分も綺麗に剥がれ、剥き出しになった部分は、こちらも綺麗な肌色で


「おぉ、肉らしいじゃん!」


と、何だか嬉しくもあり楽しくなっても来ていた。

味付けなど出来る材料も無いので、落ちていた小枝に突き刺し、火に掛けてみる事にした。


「美味いっ!」


口にした途端、肉らしい味が広がり、食事らしい食事というものがやっと出来た気がした。

二口三口と食べている内に、分かったのが、カエルの部分は、やはり鶏肉に近い食感で、それほど脂肪分を感じさせる所は無く、比較的食べやすいというより、食べ慣れている味という感じだった。

尾の部位というかヘビの部分も同じような味だったが、若干、こちらの方が肉にパサつきが在る気がした。


「ほぼ鶏肉だな」


ひとしきりカエルヘビと言えば良いのか分からない奴を堪能した後、人面カラスと猿ネズミの死骸から取り出した肉を薄切りにし、焚火の周りで木の枝に差し吊るし、燻製にすることにした。


この時点で俺は、この世界に順応出来てきている気がしていたと同時に、やはり、もっと見て回る必要が在ると感じていた。

だからこそ、保存食となる物を用意する必要が在った。


食事を終え、燻製をいぶしている間に、再び皮を鞣す作業に取り掛かった。

手間は掛かるが、以前に働いていた頃に比べ、自分の手で、必要な物を揃えていくのにやりがいを感じ、これもまた楽しい作業の一つとなって行った。


皮を鞣す所からの作業は、数日を要したが、どうにか大昔のマタギ※猟師の様な服装が出来上がった。

手甲の様な物から、猿ネズミの毛皮だらけの上着、下半身にも同じ毛皮を使ってズボンの様にし、膝下が広がりすぎていると動きにくい為、カエルヘビの皮を紐代わりにして縛り付け、人面カラスの羽でマントというか背中を守るだけの物を作り上げた。

内側に最初から着ていた布を縫い付けたおかげか、それほど着心地は悪くなかった。

裁縫は得意では無かったはずだが、此処でも俺の記憶の引き出しからイメージを取り出し作成する事が出来た。

服装以外に矢筒や木を削って作った水筒。火を起こす時に使っていた木々と鎮火した焚火の中から取り出した木炭。ある程度の物なら入れておける肩から下げる袋迄用意することが出来た。

当然足りない材料が在ると、奴らの争いを待って残骸拾いに精を出していた。

そのせいも在って、最初に作り始めた時よりも大幅に時間が掛かってしまった。


「時間なんて腐る程あるよな・・・気にすんなよ俺」


自分がどれだけ寝てようが、眠らされていようが、生きてる間に染み付いた感覚が抜けきらない事が可笑しく、自分で自分に笑ってしまった。


身に付ける物、身を守る物、食料に水それに火を起こせる材料。

どうにか今の時点で必要だと思える物を全て揃え、ようやく準備が整った。


「さて、世界がどうなったのか・・・調べに行きますか」


少し大きく声を出すと、大きく身体を伸ばして巨木の前に作った居場所を後にした。


淡々と書かせて頂いております。

宜しければ、次回をお楽しみに。

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