第2話 初めての冒険
第1話より、時間が少し遡ります。アーアアがソナタ率いるパーティーに参加し、モンスター戦の初陣を飾ります。
マヒデブラの森でハイオークと遭遇した2日前、アーアアはソナタ達と出会った。
ここオスマは、地政学的に重要な位置にある巨大な帝国領である。西には中小の国々が散らばり、連盟としてゆるやかな共同体を形成している。東の大国ジナ、北の大国アレサンドロに近接。世界中の人と文化が交流する場であり、軍事的な意味でも要所である。
西の連盟とは境界線をめぐる、あるいは偶発的な軍事衝突はあるものの、長らく大戦には至っていない。
この世界には、魔物がいる。人々にとって魔物は、広い意味で天災と同義だ。洞窟、森の奥、海の彼方などに何の前触れもなく現れ、災いを起こす。どこにどの規模で出没するかの予測がつかないため、組織だった対策が難しい。
そこで魔物に対しては、腕に覚えのある個人個人で対応するようになった。彼らは冒険者と呼ばれ、依頼を受けて討伐に当たる。冒険者と依頼とを仲介する組織は、通称、ギルドである。ギルドは世界中に点在し、国境を越えた協力体制を敷いている。
「どれもレベルが足りないか……」
アーアアはギルドの掲示板を見上げ、軽く溜息をついた。パーティーメンバー募集の掲示は数あれど、Fランクの求人は稀。あっても、魔術師かヒーラー職で、戦士LV2を欲しがるパーティーはいなかった。
「ねえ君、パーティーを探しているのかい?」
背後から、優しげな男の声が尋ねてきた。アーアアが振り返ると、そこには人懐っこそうな銀髪の青年が微笑んでいた。軽量鎧にロングソード、おそらく戦士だ。背後には、女性が二人に男性が一人。装備品から、弓使い、魔術師、ヒーラー職だろうか。
「はい! でも、僕の条件に合うのがなくて……」
「見たところ、君も戦士のようだけど、ランクとレベルは?」
青年が何を期待しているのか、アーアアには察しがついた。戦士を探していて、条件次第ではスカウトするつもりなのだろう。しかしLV2では、落胆させるだけだ。アーアアは消え入りそうな声で、
「……すみません。Fランクで、レベル2です」
「レベル2!? そりゃ掲示板を見たって、どうにもならないよ」
「……やっぱり、そうですかね?」
「一応、ギルドには登録できるけど、普通はまだ修行中で、実戦には出てこない段階だよ。君の師匠? 先生は何て言っているんだい?」
「いえ、師匠とかは、その……いなくて……」
「あー、だからかー。たまに、君みたいなジョブ持ちが、自力でレベル上げてってなくはないからな。じゃあ、その辺は解らなくても仕方ないか」
「ねえ、ソナタ。その子、どうするの?」
背後の赤い長髪の女性、弓使いが尋ねた。少し、心配している様子だ。
「そうだな、サリアはどう思う?」
「私に、訊かないでよ」
「まあ正直、戦士レベル2じゃ、役には立たない。……ただ、こんな前途ある少年に声をかけておいて、ハイサヨナラっていう訳にもなぁ」
ソナタが腕を組んで悩んでいるところ、ヒーラー職というには、いかつい男、テドロスが口を開く。
「今度のミッションはコボルト退治だし、元々、俺たちだけでも十分だった。一人ではレベル上げも大変だろうし、とりあえず、連れて行っても良いんじゃないか?」
ソナタは、ニパッと満面の笑みを浮かべた。
「解った! サリアとバーバラも、構わないだろ?」
「ええ」
サリアは軽く笑む。バーバラはぎりぎり小太りの手前で踏み止まっている、豊満な体躯をくねらせて、
「こんなカワイイ坊やと一緒になれるのに、嫌だと言うはずないじゃない!」
と、おどけた。
「見てよ、このキレイな黒髪。真っ黒! 東の出身?」
「ええ、まあ……」
「それでは、決まりだな。少年……?」
「アーアアです! ……本当に、お邪魔しても宜しいんですか?」
「ああ、勿論だ。アーアア! 君にも倒せそうな魔物がいたら譲ってやるから、せいぜい少しでもレベルを上げとけよ!」
「はい! ありがとうございます!」
こうしてアーアアは、ソナタの率いるDクラスパーティーに、臨時入隊を果たしたのだった。
「しかしアーアアっていうのは、また変わった名前だな」
一匹のビッグワームが、跳躍してきた。むき出しにされた尖った鋭い歯に噛まれれば、毒に蝕まれ、その箇所が腐る。
アーアアは剣で絡み取り、左側に払い投げた。
「ちょっと、こっちに寄越さないでよ!!」
虫を本気で怖がっているバーバラが、絶叫する。ソナタは、ヤレヤレという風に、
「バーバラ、虫が苦手だったら、森なんか入れないだろ?」
「小さいのは我慢するけど、ああいうデッカイのは無理!」
ビッグワームは、草木の中に潜む虫型のモンスターだ。形状は、でっかい凶悪なイモムシだと思えば、まあ大外れではない。色を変えて保護色になり、身を潜めて獲物を待ち構える。近づいてきた獲物に飛びついて襲い掛かり、牙と毒で仕留める。食欲旺盛で、襲われたなら骨も残らない。
この個体は、全長で1メートル弱。生い茂る葉の中にいたためか、鮮やかな緑色をしている。一般人にとっては脅威だが、不意さえ突かれなければ、冒険者からすれば大した相手ではない。Fランクにとって、丁度良い練習相手だ。
「アーアア、剣を振るなら覚悟を決めろ! 半端な斬り込みじゃ、刃が滑るだけだ!」
「はい、ソナタさん!」
ソナタの檄で、アーアアの目が据わった。いくら素振りをしても、実戦で再現できないなら意味がない。ビッグワームの動きにも、慣れてきた。次は、確実に仕留める!
「すっかり……師匠、気取りね」
サリアが、ひそひそと隣のバーバラにささやいた。この状況が、なかなか楽しそうだ。
アーアアは、呼吸を落ち着かせる。全神経を集中させて、ビッグワームの動きを追う。全ての音が、消えた。跳躍の際、若干の溜めがあるのが解った。あとは飛び掛かってくるタイミングに合わせて、上段から思いっきり、振り下ろせば良い。
にじり寄ってくるビッグワームが、溜めの姿勢を見せた。アーアアはソードを上段に振り上げ、溜めた頭部が飛び出すのと同時に振り下ろす。
想定よりも、ビッグワームのスピードが速い。頭のすぐ下を切断するイメージが、胴体の真ん中になってしまった。しかし、これもまだ想定内。地面でグニャグニャと断末魔のダンスを踊っている頭部に、真上からソードを突き下ろす。
少し暴れて、……力尽きた。同時に、バーバラが、未だ暴れ回る切り落とされた下半分にファイヤーボールをぶつけ、消し炭にした。よほど、見るに堪えなかったのだろう。
このビッグワーム戦が、アーアアの実質的な初モンスター戦となった。ソナタは、まるで自分が手柄を上げたかのように得意げな顔だ。
「よし、アーアア。今の一振りを忘れるな! 俺たち戦士は、強く振ってナンボだ。ちょっとした迷いが振りを鈍らせ、仕留め損なう。その一度のミスが命取りになると、よく肝に銘じておけ!」
「はい、師匠!」
「お、おい! 俺はまだDクラスで、師匠なんて呼ばれる器じゃない。師匠は、よしてくれ」
「いえ、僕はその、ちゃんと人から剣を教わったのが初めてで、構え方とかフォームとか、想像していたのとは全然、違っていて……、モンスターも初めて倒せたし……、どうかここは、師匠と呼ばせてください!」
アーアアは、思いっきり頭を下げた。ビッグワームに決めた上段斬りよりも、鋭いんじゃないか? と、テドロスは思った。
「よし、この草原を抜けた向こうに見えるのが、マヒデブラの森だ。その奥に、コボルトの集落があると報告がある。コボルトだからと言って、気を抜くなよ!」
パーティーの顔が、一気に引き締まる。
「アーアアにとっては強敵だから、お前は決して無理をするな。危なくなったら、すぐに助けを呼べ。解ったな?」
「はい」
アーアアの表情も、男のそれになる。初陣の一勝は、冒険者にとって大きな意味を持つ。