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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.2 < chapter.8 >

 靖国神社に戻った少女らは、総司令にラナンキュラスを紹介していた。

「というわけで、魔法の国からお越しのラナンキュラスさんです」

「はじめまして、魔女のラナンキュラスでっす♡」

「魔女……ですか……」

「信じられません?」

「え、ええ。正直、魔法なんてものはあり得ないと……」

「では、うちの国にご招待いたしますわ。玄武隊のブリーフィングルームに、ゲートが残っておりますし」

「ゲート?」

「百聞は一見にしかず、ですわ♡」

 玄武隊の五人もそうだそうだと囃し立て、総司令は玄武隊のブリーフィングルームに足を運ぶことになった。

 総司令は六十代後半、着物がよく似合う恰幅の良い女性である。年相応に落ち着いた雰囲気を纏った彼女が、ゲートをくぐってわずか五秒、見事なまでのキャラ崩壊を起こす。

 その原因はというと――。

「お帰りなさいませ、ラナ様。そちらのご婦人は?」

「地球の軍事組織の総司令さん。お名前は……」

「んっまあ~♡ お初にお目にかかりますぅ~♡ ワタクシ、勅使河原絹江と申しますぅ~♡」

「王宮式部省のラジェシュ・ナヤルと申します。異世界の方とお話しするのは初めてです。素敵なお召し物ですね。よくお似合いです」

「あらあらあら♡ そんな、もう! お上手ですこと~♡ ヲホホホホホ~♡」

 勅使河原絹江はイケメン魔導士、ラジェシュの笑顔で秒殺された。

 総司令のあまりの変貌ぶりに、玄武隊の少女らは動揺を隠せない。

「そ……総司令がおかしい……!」

「どうなってるの……?」

「いつもより声高くない?」

「なんかクネクネしてるぞ……?」

「ワケワカメなのデース!」

 少女らが物心ついたころには、もう普通に会話できる男は存在しなかった。彼女たちにとって、『男』という存在は恋愛対象とはなり得ないのである。

 だが、勅使河原絹江は別だ。彼女はアルナーチャル・プラデーシュ病が蔓延する以前、熱狂的な男性アイドルファンだった。部屋中の壁という壁をイケメンアイドルのポスターで埋め尽くし、アフターファイブと日曜祝日、有給休暇は残らず『追っかけ活動』に費やしていた。そしてあまりにも熱狂しすぎて婚期を逃していたせいで、二十年前、『実務能力と指導力のある叩き上げキャリアウーマン』として、護国の重責を担うことになってしまったのだ。

 護国神姫兵団に選抜された少女らが美少女揃いなのも、衣装や武器のデザインコンセプトがアイドルグループ風なのも、すべては絹江のセンスによるものだ。

 そんなミーハーおばさんが、二十年ぶりに遭遇したイケメン男子を放っておくはずがない。つい数分前に「魔法なんてものはあり得ない」と発言したことも忘れ、イケメン魔導士に「魔法について教えていただきたいの♡」と教えを乞うている。

 玄武隊の少女たちは驚きを通り越し、真顔で見たままを実況しはじめる。

「ちゃんと喋ってるおじさん、はじめて見るデス」

「キューティクルすっごいぜ、あのおじさん。ツヤッツヤじゃん……」

「年齢が分からないな。いったい幾つだ?」

「若くはなさそうだけど……?」

「表情筋使えば、男の人も顔の見分けつくようになるんだね?」

「ね。ビックリしちゃった。みんなおんなじ表情で、見分けつかないのが普通だと思ってたから……」

「なんか不思議ぃ~」

「ホントホント~」

 絹江とラジェシュが会話している間に、ラナンキュラスは亜空間ゲート周辺に集まっていた関係者らに状況を説明する。

 王宮式部省の事務官、近衛隊長、情報部のナイル、ベイカー家の執事とハドソン家のメイドは、ラナンキュラスの説明に言語化不能な表情を浮かべた。

「うちのサイト坊ちゃまは、異世界で何を……」

「ロドニー様? 異世界って、そんなに簡単に行けるモノでしたっけ……?」

「優曇華様のみならず、王子と特務部隊長までご一緒とは……! この案件は直ちに省に持ち帰り、緊急会議を招集の上で可及的速やかな対処を……」

「悠長に会議なんぞやっとる場合か! 直ちにお三方の加勢に向かうべきだ!!」

「いやいや、近衛隊長!? 話聞いてました!? 宇宙ですよ!?」

「ハドソン殿、ご安心召されよ! 我ら近衛隊は、有事に備えて超高高度攻撃機も保有しておりますぞ!」

「マジかよ!?」

「無論! 王族の方々をお守りするためなら、我らは戦場を選びませぬ!」

「お、おう、スゲエな……。どういう状況を想定して配備したんだ……?」

 ロドニーのもっともすぎる疑問には、ラナンキュラスが笑顔で回答する。

「三十年くらい前に、ちょっと大きめの小惑星が突っ込んで来てたの。直撃したら惑星滅亡コースだったから、国民には内緒で、魔女たちだけで迎撃したのよ。でも、次にそういうことがあった時、魔女が風邪ひいて戦えない状況だったら困るじゃない? だから近衛隊の装備品は、他の隊よりちょっとだけお金かけてるの」

「ちょっとですか……」

「ええ、ちょっとよ。女王陛下がちょっとと言ったらちょっとなの。OK?」

「ア、ハイ、ヨクワカリマシタ……」

 宮廷女官が唐突に女王の名を持ち出すときは、これ以上知ると口封じ対象になる話題に限られる。ロドニーは超高高度攻撃機について訊くことを断念した。

 黙って話を聞いていたナイルは、ロドニーの背中をつんつんと突いて問いかける。

「ねえ、ロドニー? もしかしてコレ、情報部からも人出さなきゃいけない系の案件……?」

「あ? いや、まあ……隊長だけならともかく、マルコが行っちまったからなぁ……」

「ちょっと待ってよ、やめてよそういうの~! なぁ~んで仕事帰りにフラ~ッと垢擦り行ったまま、異世界で最終決戦してんの!? 先月の俺の残業時間、余裕で百時間突破してたんだけど!? 週一か週二で超常現象しちゃう癖、なんとかしてくれない!?」

「ま、まあ、落ち着けって。きっと再来月かその次くらいには、一個くらいイイコトあるって……」

「微妙な遠さだなオイ! しかも一個か! それまでに過労死だよ!?」

「過労死する前になんかヤバいクスリ打ってもらえるって」

「既に四日連続で栄養注射されてんだよこっちは!」

 情報部は人使いが荒いことで有名である。一日一本の栄養注射で済んでいるならまだマシなほうで、本当に忙しい時には不眠剤や医療用覚醒剤を強制投与される。それでも駄目ならさらに効き目の強い魔法薬ヤバいクスリが登場するのだが、あまり使いすぎると精神障害を負う。

 その辺の事情はロドニーにもよく分かっているので、曖昧な半笑いでナイルをなだめるしかない。と、そこに笑顔のラジェシュが口を挟んできた。

「おやおや~? そんなに荒れちゃって、どうしたのかな子猫ちゃん? 異世界行くのが怖いのかなぁ~?」

「はあっ!? 怖くないんですけど!? なんなら俺一人でも異世界行って、王子とサイトと優曇華くん連れて帰ってこれますからーっ! いちいち煽ってくんのやめてくれない!?」

 にやけるラジェシュに本気で言い返してから、ナイルは失敗に気付く。

「ラナ様、情報部はこの通り、是非とも異世界に向かいたいとの意向を示しております。我々王宮式部省には、この状況に適応可能なガイドラインが制定されておりません。非常に心苦しいことではありますが、この度は情報部に全てお任せしたいと思います」

「なっ……!?」

「君の武運を祈っているよ、子猫ちゃん♡」

「て、テメエ……この……この……っ!」

 ナイルは拳を握り締めて反論の言葉を探すが、ここで式部省の事務官が畳みかける。

「まったくもってその通り! 式部省は王族及びそれに準ずる要人の警護を行っておりますが、要人警護部隊ファンタスマゴリアには戦闘行為が許可されておりません! あくまでも、護衛対象の身の安全を守るため、必要最低限の魔法の使用が認められているに過ぎないのです! 宇宙空間で戦闘行為に及ぶ王子の加勢に向かうことは、法的に容認されざる越権行為であると言えましょう! ここはひとつ、戦闘のプロ、王立騎士団に全てをお任せしようではありませんか!」


 爽やかな笑顔で頷き合うラジェシュと事務官。

 「こいつら逃げやがったーっ!」という顔でそれを眺める騎士団員。

 サイトお坊ちゃまに着替えと軽食を届けなければと主張するベイカー家の執事。

 真面目な話に飽きて、異世界の少女らに好きなスイーツを尋ねているハドソン家のメイド。


 いつも通りの光景に、ラナンキュラスは力強く頷き、それから決定を下す。

「この件はここから、情報部と特務部隊にお任せしますわ♡」

「ラナ様! 近衛隊も王子の加勢に向かうべきでは!?」

「いいえ。超高高度攻撃機を持ち出すと、後始末が厄介でしょう? 王子の今後のためにも、ここは穏便に、こっそりと解決しましょう?」

「くっ……そこまでおっしゃるのでしたら……! 実戦使用、やってみたかったのになぁ……っ!」

 心の声が駄々洩れになっている近衛隊長は、ナイルの肩をガシッと掴み、野太い声で甘く囁く。

「ナイル君……超高高度攻撃機が必要になったら、いつでも呼んでくれたまえよ……」

「あ、は、はい……必要になりましたら、ですね……ハイ……」

 そんなに宇宙空間でミサイルを撃ちたいのか、このおじさんは。

 誰もがそう思ったが、近衛隊長のまっすぐな眼差しを前に、ツッコミを入れられる者はいなかった。


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