そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.2 < chapter.7 >
ビル内で機械兵を迎え撃っていた四人は、思いがけない強敵に手古摺っていた。
それは一列に並んだ機械兵のうち、八機目を倒したときだ。続けて九機目に仕掛けようとしたとき、ヒスイが叫んだ。
「みんな逃げて! そいつ……!」
仲間の声に反応したわずか二秒後、九機目の機械兵は自爆した。屋内で爆発物を使うことは無いと高をくくっていたのだが、戦況をひっくり返すために思い切った手に出たようだ。
爆発の瞬間には既に回避行動をとっていたため、直撃は免れた。だが爆風に煽られ、少女らの身体は壁と床に叩きつけられる。
爆風に晒されたのは後続の機械兵も同様。しかし、彼らは生身ではない。損壊状況の把握が終了すると、当たり前のように立ち上がり、再び狭い通路を歩き出した。
少女らはまだ動けない。
誰もが必死に手足を動かそうとするのだが、強く打ちつけられた身体は、彼女らの思う通りには動いてくれなかった。
「……クソ……すまない、モモカ。私は……私では、皆を守ることは……」
「畜生! ここまで……なのかよ……っ!」
「……ヒスイ……守ってあげられなくて、ゴメンなのデス……」
「やめて。謝らないでよ、シオンちゃん……」
機械兵の武骨な手が、イサナの首に伸ばされる。
乱暴に掴み上げられたイサナ。その腹にエンジンカッターを押し当て、機械兵はスイッチを押した。
少女たちは目を閉じた。その後に続くであろう凄惨な光景を、その目で見ることに耐えられなかったからだ。
けれどもただ一人、イサナはすべてを見ていた。
自分の腹に押し当てられていたエンジンカッターが動き出すその瞬間、衣服とその下の皮膚が、ほんのわずかに切り裂かれた時。
機械兵が潰れた。
音はしなかった。
完全な無音の世界で、自分を掴み上げていた機械兵が、ぐしゃりと地面にめり込んだのだ。
「……え?」
床に放り出されたイサナ。自分の首に残った機械兵の腕を引き剥がし、自分の身に起こった『ありえない奇跡』の正体を探すのだが――。
「……ユズカ……その格好は、いったい……」
黄色い髪の少女、ユズカは一人で戦っていた。
その身に雷の鎧をまとい、残る一機の機械兵に殴り掛かるユズカ。そのいでたちは、まるで特撮ヒーロー番組の主人公のようだった。
「遅くなってごめんね、イサナちゃん! 信じられないかもしれないけど、奇跡だよ! 私に憑いたご先祖さま、さっきの『タケミカヅチ』ってカミサマの子供なんだって! よくわかんないけど、私、カミサマの子孫みたい!」
「神の……子孫……?」
「うん! だから……ドリャアアアァァァーッ!」
野太い雄叫びを上げ、ユズカは機械兵を投げ飛ばす。
御剣勇魚の投げ技は相手の力と勢いを利用していたが、これは違う。腕の力やタイミングでなく、機械兵の身体は物理的にあり得ない動きで浮き上がっていた。
「なんだそれ!?」
「嘘でしょ!?」
「なんでデスッ!?」
「どういうことだ、ユズカ!」
「磁力操作だよ! 地面と機械兵をどっちも同じS極にして、反発させたの!」
「そんなことが可能なのか!?」
「できちゃうんだなー、これが♪」
そう言いながら、ユズカは自分の身体を浮かせてみせる。そしてそのまま、背後から撃ち込まれた弾丸を磁力で止めた。
何もない空中で、ピタリと静止した弾丸。
その様を見て、操縦者たちは激しく混乱していた。
「なんだ!? あっちの白いヤツも、この黄色いヤツも……いったいどうやって戦っている!?」
「いつもの電磁バリアとは違うよな? なにが弾を止めているんだ……?」
「それらしい装備品は確認できないのに……何をしやがった!?」
「ママ! お願い! もっと強いのを使わせて!」
「こいつらに普通の機械兵は通用しないよ!」
「ねえお願い! 『アレ』を使わせてよ! ねえったら!」
少年少女の請願に、別室の『ママ』たちは即答を控えた。
大会議室に集まった司令官と各国大使たちは、日本に現れた『想定外の戦力』についての緊急会議を開いていた。
とはいえ、ここにアジア、アフリカ、南米大陸、ミクロネシア諸国の代表はいない。これは欧州と北米の白人女性だけで構成された、ひどく偏った『国際会議』なのである。
彼女らの関心は、操縦者が注目する『白いヤツ』『黄色いヤツ』とは別のところにあった。
「どういうこと!? まだ無事な成人男性が残っていたの!?」
「なぜ日本に!? 彼ら、どう見てもアジア人ではないわ!」
「彼らも遺伝子操作されているの? それとも、発症前に治療できたということ……?」
「見た目からして、二十代の前半くらいでしょうか? 遺伝子操作が始まったのは十三年前です。それ以前に未承認の実験個体がいた可能性はありますが、せいぜい公表される一年か二年前の話でしょう。彼らが遺伝子操作されているとは考えづらいのでは……」
「かといって、ワクチンが全国民に投与されたのも……」
「十五年前の話です。それまで、感染せずにいられたとは思えません」
「では、自然に抗体を獲得した可能性が……?」
「だとすれば、そんな貴重な男を、わざわざ戦闘に投入するメリットは!?」
「そうよ! 抗体を持つ男がいたなら、遺伝子操作なんて必要なかったはずでしょう!?」
「でも、事実こうして……」
ざわざわと落ち着かない議場に、少年少女の声が響く。
「ママ! 早く決めてよ!」
「動物と人間の雑種だよ!? 早く殺さなきゃ!」
「ねえママ! お願い! もっと強いの!」
玩具をねだる無邪気な子供の声に、『ママ』たちの議論は中断する。
モニター越しに訴えかけてくる子供たちの言い分は分かる。彼らが指さす『白いヤツ』は、確かに人間とは思えない異形の生物である。『魔法の国』の存在を知らない彼女らにとって、ベイカーは戦力増強目的で遺伝子操作された禁忌の生命体としか思えなかった。
「分かりました、許可します。タイプG以上の機械兵を使いなさい」
「やった!」
「皆殺しでいい!?」
「ええ。周囲の被害についても、もう考える必要はありません。動物と人間のかけ合わせ個体が確認されたからには、日本に情けをかける理由は何一つ残っていません。彼らは犯してはならない罪に手を染めました。『神』と『世界』の敵です。殲滅なさい」
「了解!」
「ただし! 金髪の男二人は無傷で捕らえなさい。分かりましたね?」
「はーい!」
「いってきまーす!」
どこまでも無邪気に、殺人と拉致の命令を受け入れる子供たち。彼らにとっての善悪とは、『ママ』が良いと言うかどうかなのだ。それ以外に、何かを判断する基準を持たない。
彼らは直ちに、強火力兵器の使用準備を開始した。