そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.2 < chapter.4 >
ベイカーたちがその部屋に出現したのは、それから数分後のことである。
「ふむ……? ここは何の部屋だ……?」
「会議室みたいな雰囲気だけど……?」
「この映像は……あっ! 隊長! ここに優曇華さんが!」
「なにっ!?」
壁に映し出された映像の一つに、現着した少女と優曇華の姿があった。
少女たちは全身にパワードスーツのような機械を装着し、迫り来る機械兵に向けて銃のようなものを構えている。
しかし、その銃口から飛び出したのは、ほんの一瞬の閃光のようなものだった。
「なんだ? レーザー兵器ではなさそうだが……?」
「直撃しても、多少動きが鈍っているようにしか見えませんね?」
「電気ショックみたいな武器じゃないかしら? 上手く急所に当てれば、制御系を止められるような……」
「市街戦ですし、実弾が発射される武器では不都合があるのでしょうね」
「とすれば、彼女たちはこの街と、そこに暮らす人間を守る立場にあるわけか。優曇華が彼女たちの後ろにいるという点から見ても……」
「この女の子たちは味方。状況的に、そう考えて問題ないんじゃないかしら?」
「よし、行こう。敵がオートマトンのようなものなら、俺たちの攻撃は通用するはずだ」
「ですが隊長。場所が分かりませんが……」
「いや、東京タワーを目印にすればなんとかなる」
「東京タワー?」
「優曇華の後ろに映っている赤い塔だ。ラナ様、ここから先は俺が指示を出しても構いませんか?」
「ええ、今は貴方の指揮下に入るわ」
「ありがとうございます」
三人は《幻覚魔法》で姿を消し、外に出た。建物内でセーラー服のような制服を身に着けた人間たちとすれ違ったが、誰もがベイカーたちに気付くことは無かった。
この世界に魔法は無い。
その事実を確認し、三人は姿を消したまま《バスタードドライヴ》を使う。足元に出現させた魔法の車輪で、大通りをスイスイと駆け抜けていくベイカー。その後ろに続くマルコとラナンキュラスは、当然の疑問を口にする。
「隊長! 道がお分かりなのですか!?」
「本当に大丈夫なんでしょうね!?」
「ご安心ください! ここは俺たちの知る『地球』とは別物のようですが、地形や地名はまったく同じです! 見覚えのある建物もあります! 先ほどまでいた建物は靖国神社で、今走っている道は内堀通りです!」
「私も地球には何度も遊びに行っているけど、いつもヨーロッパばかりなのよ。トーキョーはチャイナの首都だったかしら?」
「いいえ、東京は日本の首都です!」
「ああ、そう。どうしても見分けがつかないのよね、黄色人種の国は」
「慣れればけっこう分かるものですよ」
「そうかしら?」
「ええ、様々な面で、似ているようで全く異なりますから」
「ふぅん?」
ベイカーに『大和神族のタケミカヅチ』が憑いていると知っていても、ラナンキュラスの中で『大和』と『日本』は結びついていない。それはラナンキュラスにとっては馴染みのない、遠い異世界の地名である。
しかし大和の神に守護されるベイカーにしてみれば、この『日本のようで日本ではない街並み』は非常にショッキングな存在であった。
心の声でタケミカヅチに問う。
(靖国神社があるということは、この世界では天照大神のバックアップも期待できるということか?)
(いや、残念だが、もうこの世界に『神』はいない。神社にも教会にもモスクにも、『神』や『天使』は降りてこないんだ)
(どういうことだ?)
(まだ創造主からのデータ送信が続いている。情報量が多すぎて、全貌を簡潔に説明することはできそうにないが……)
(さわりだけでも構わん)
(わかった、かいつまんで説明しよう。この世界は二十年ほど前、未知の感染症の蔓延によって全ての男性が脳機能に障害を負い、感情を失った。もうこの世界に『男女の恋愛』は存在しない。この世界の『日本国』に存在する子供は、遺伝子操作と人工授精によって作られた、『病気に感染しない新世代人類』だ)
(それがどうした? 病気にならない子供ができたなら、未来は安泰じゃあないか)
(俺もそう思うが、日本が生み出した『新世代』を、国連が真っ向否定したらしい。『命をもてあそぶことは神への冒涜である』としてな。人工授精そのものは他の国でも行われているが、遺伝子の書き換えが行われていない以上、生まれた子どもは問題の感染症に罹患する。男はもれなく感情を失い、命令通りに動く『生けるロボット』と化す)
(なんだその地獄は!? 自分の子供が脳障害を負っても構わないというのか!?)
(どうにも、そういうことになってしまったらしい)
(中国やタイは!? あそこは一神教国家ではなかったはずだが!?)
(感染症の蔓延が二十年も前の話だ。科学技術分野で台頭する前、女性の社会進出が進む前だった国は、知識階級と技術屋が一斉に使い物にならなくなって、国の形を保つことすらできなかった。電気、ガス、水道などのインフラが総崩れして、文明レベルが数十年……いや、数世紀分は後退している)
(……本当に地獄だな……)
(現在、国連は『人権のための戦い』と称し、日本にバトロイドと呼ばれる機械の兵士を送り込んでいる。バトロイドの標的は『十五歳以下の子供』。日本国内にいるすべての子供を殺し尽くして、『人為的に作り出されたニセモノの人類』を駆逐することが目標らしい)
(……子供を殺戮するための機械だと……? そんなものを、『神』の名のもとに作り出したというのか……?)
(ああ。だから、神は世界を見放した)
(大和神族も?)
(いいや。大和神族が姿を消したのは、人間が祈ることをやめたからさ。感染症の蔓延を食い止められなかった『神』なんて、祈るに値しないからな)
(あー……まあ、それもそうか……)
そんな世界の子供たちが神社を本拠地としているなんて、皮肉な話も良いところだ。
ベイカーとタケミカヅチが無言の対話を交わしている間、マルコと玄武、ラナンキュラスとアスタルテもそれぞれ心の声での対話を終えている。
ここは神々から見放され、創造主によって『大いなる流れ』から切り離された世界。
自分たちは今、そんな神なき世界に迷い込んでしまったのだ。
三人がその事実を把握したころ、ちょうど現場が見えてきた。
五人の少女が機械兵に囲まれ、総攻撃を受けている。優曇華が《死骸曼陀羅図》と《物理防壁》を使って全員を守っているようだが、機械兵たちは徐々に包囲を狭め、攻撃をいっそう強めていく。このままでは防壁が破られるのも時間の問題だった。
「マルコ! この距離でもいけるか!?」
「もちろんです! 《銀の鎧》!!」
少女らの身体が銀の光に包まれ、魔法・物理両用の防御魔法が発動する。
「ラナ様!」
「ええ、やるわよ!」
「「《遠雷》!!」」
二人の手から放たれた雷は、こちらに背を向けていた機械兵二機に直撃。さすがの機械兵も落雷に耐えうる構造ではなかったようで、ボンという音とともに黒煙を上げ、その場に崩れ落ちた。
仲間がやられたことで、他の機体も攻撃の手を止め、こちらに向き直る。
だが――。
「ん?」
「あら?」
「え?」
その銃口が向けられたのは、ベイカーただ一人だった。
撃ち込まれる弾丸の雨霰。おまけに機械兵の肩や胸のパーツがパカッと開き、小型ミサイルまで発射された。
「ぬわあああぁぁぁにいいいぃぃぃーっ!?」
どこにも避けようがない集中砲火。ベイカーは間一髪、《物理防壁》で防ぎきる。するとどうだ。この攻撃を防ぎきったことで、敵はベイカーを『最優先で殺すべき相手』と認識してしまった。
ベイカーに向かって、一斉に移動し始める。
「なぜだ!? 子供しか狙わないんじゃなかったのか!?」
「背が低いからよ!」
「童顔でらっしゃいますから!」
「おのれタケミカヅチ!」
(うむ! すまん!!)
自分と同じ姿の神に全責任を擦り付け、ベイカーは自分からも前へ出る。
「俺が連中を引き付けている間に、彼女らの保護と治療を!」
「了解いたしました!」
「任せときなさい!」
「行くぞオオオオオォォォォォーッ!」
ベイカーは雷の剣《麒麟》を手に、十機の機械兵を迎え撃つ。だが、これはチートもいいところだった。なにしろこの剣は『雷の神獣』が化けた物だ。電気で動く機械が相手なら、この刃で触れただけで倒せてしまう。
それが分かっているからこそ、ベイカーはわざと時間を使って立ち回っている。この敵は自律的に行動しているのか、それとも誰かが遠隔操作しているのか。あえて隙を見せるような動きをして、敵の反応を探る。
(……ふむ? やはりこいつら、完全な自立型ではないな……?)
(ああ。時々、動作に妙な無駄が生じる。自動的に動こうとしているところに、誰かが別の指示を送信しているな)
(この世界に、脳ミソがまともな男はいないんだよな? これを操作しているのは女か? 嬉々として殺人機械を操作する女がいるとは、信じたくないのだが……)
(大人とは限らないのではないか?)
(どういうことだ?)
(外に出なければ感染しないのだから、隔離された環境で育てられた『旧世代人類の子供』かもしれないぞ。だとすれば、性別がどちらかは分からない)
(う……子供による子供殺しか。さらにエグい話になるな、それは……)
(『絶対的正義』を妄信した子供ほど残酷な者はいないからな。それに大人より、子供のほうがこういう機械の操作は得意だろう?)
(ああ……つくづくここは、神に見放されても仕方のない世界だな……)
(だが、そんな世界であるとしても、だ。それが彼女らを救わない理由とはならない)
(世界は違えど、か?)
(その通り。我は大和の軍神、タケミカヅチ。大和の血を引く子供らが戦に身を投じているのならば、守護せずにおられようか)
(俺はどうすればいい?)
(嘘でも何でも構わない。意味も分からず、棒読みするだけでもいい。彼女らが『タケミカヅチ』の名を呼び、力を求めるならば、それで我らに『縁の糸』が繋がる)
(了解。やってみよう)
ベイカーは残る五機を瞬殺し、念には念を入れ、既に倒れている機体も含め、すべての機械兵に《雷火》を撃ち込む。
爆発、炎上する機械兵たち。
圧倒的戦闘力を誇示したベイカーは、立ち昇る黒煙を背に、少女らに歩み寄る。
そして――。
「こんな敵に苦戦しているとはな。君たちの力は、その程度のものか?」
真っ白な髪、抜けるように白い肌、唯一の色彩はあまりにも鮮やかなショッキングピンクの瞳。頭に生えた大きな角も、大きな丸い耳も、この世界の人間にとっては十分すぎるほどの『異形』である。
一目で『人間ではない』と分かる生命体からの、第一声がこれであった。少女らのうち、臆することなく声を発することができたのは御剣イサナ、ただ一人だった。
イサナはベイカーの前に進み出て、海軍式敬礼で挨拶した。
「窮地をお救いくださったこと、感謝いたします。私の名は御剣イサナ。お名前をお聞かせ願えますか?」
「サイト・ベイカー。少々込み入った事情から、こちらの世界に介入することになった魔法の国の住人だ。この世界について、ある程度の事情は把握している。その敬礼は海軍式のようだが、君たちに戦闘訓練を施したのは海上自衛隊か?」
「いいえ。自衛隊は、ずっと昔に解体されてしまいました」
「ならば誰が? 見たところ、戦い方の基礎ができているとは言い難いようだが……」
「その……剣道や弓道の先生はいますが、実戦格闘技に関しては、教えられる人間がいません。どこの流派も、女性師範と言えば型や護身術の先生ばかりで……」
「なるほど。確かに、実戦格闘技を極めた日本人女性は聞いたことが無いな。ならば、今から君たちに究極のチート技を授けよう」
「は……チート技、ですか……?」
「軍神タケミカヅチよ、我に力を与えたまえ! と、叫んでみろ」
「……それだけですか?」
「ああ、それだけだ。まあやってみろ」
「は、はあ……軍神タケミカヅチよ? 我に力を、与えたまえ……?」
疑問形で小声、かつ棒読みだが、彼女の声はきっちり神に届いている。何しろ、今目の前にいるのがタケミカヅチ本人なのだから。
「……え?」
イサナの身体が黄金色に輝き、同時に東の空に、光の柱が出現した。
神と人間との『契約』が成立し、一時的ではあるが、この世界の鹿島神宮が本来の力を取り戻したのだ。
「こ、これは……っ!?」
「聴け! この世界の俺よ! 今ここに、貴様の力を必要としている少女がいる! 護国を司る神が手を貸してやらんでどうする! さっさと出てこい! モタモタしてると、御手洗池にカミツキガメとブラックバスを放流してやるぞ!」
ベイカーの口を借り、タケミカヅチが叫ぶ。
その声への返答は、次なる超常現象によってもたらされた。
東京タワー上空がにわかに掻き曇り、暗雲の内部に無数の雷が奔る。そしてそのうちの一本が、轟音とともに大地に突き刺さる。
視界を覆い尽くす光の中に、それは現れた。
ボロボロの衣を纏い、痩せこけた神。信仰の力を失い、すっかり弱り果てているようだ。
彼は落ちくぼんだ眼で睨むようにこちらを見ると、力なく笑う。
「感謝する、異世界の俺よ。ついでにひとつ、頼みごとをしても構わんか?」
「なんだ?」
「力を貸してほしい。せめて、一体の英霊を召喚できるだけの」
「お安い御用だ」
互いに手を伸ばし、指先だけでそっと触れ合う。
しかし相手は、すぐにその手を離してしまった。
「ん? そんなものでいいのか?」
「ああ、もう十分だ。……英霊召喚……」
そうして呼び出されたのは、日本海軍の第二種軍装に身を包んだ青年将校だった。
将校の霊はつかつかとイサナに歩み寄ると、そのまま彼女に重なるようにして、フッと姿を消してしまった。
それを見届けて、痩せこけた神も姿を消す。今の彼に起こせる『奇跡』が、もうこれ以上、何もないからだ。
唐突な『神』の登場と退場、英霊の出現と消失に、少女たちは互いの身体を抱き合うようにして震えている。
「い、いい、今、人が消えて……っ!?」
「今のってもしかして、幽霊デス!? 幽霊デスよね!?」
「馬鹿なこと言わないでシオンちゃん! そんな非科学的なこと……っ!」
「ね、ねえ、イサナちゃん? だ、大丈夫……?」
仲間に心配されるイサナだが、彼女は今、返事をするどころではなかった。
彼女にだけ聞こえる心の声で、英霊はこう呼びかけていた。
「御剣イサナ、お前に『俺』を貸してやる。使え。そして体で覚えろ。その武器とお前の身体能力なら、あんな玩具にやられるものか」
脳内に響く男性の声。古い映像記録でしか聞いたことが無い、『低く、落ち着きのある成人男性の声』で名前を呼ばれ、ただただ呆然とするイサナ。
けれども状況は、ゆっくり考える時間を与えてはくれなかった。
少女たちの通信機から鳴り響くアラート音。続いて甲高い少女の声で、不吉な知らせが読み上げられる。
「玄武隊! 警戒せよ! 第二波が来る!!」
「っ!!」
一斉に上を見る少女たち。
何が来るのかは分からずとも、その反応を見たマルコは直ちに《防御結界》を構築する。
淡く輝く光のキューブが出現するのと、敵の襲来とはほぼ同時だった。
地面が震えるほどの衝撃。けれどもマルコの《防御結界》はそれに耐え、直上からの落下物を跳ね返すことに成功する。
結界が跳ね返したもの、それはまるで、ダンゴムシのように体を丸めた機械兵たちで――。
「やっぱり俺が標的か!」
着地と同時に一斉に跳びかかってくる機械兵。しかしその攻撃は光の壁に阻まれ、ベイカーまでは届かない。
ベイカーは雷の剣を構え、結界を出るタイミングを計る。
敵の数は先ほどの倍、三十六機。五機を瞬殺した『要注意人物』を数で押し包み、確実に息の根を止めるつもりのようだ。
「フッ! 標的を間違えるとは、実に性能の悪い機械だな! よく聞け機械人形ども! 俺はこれでも! 二十五歳の! 立派な成人男性だ! 十五歳以下の子供ではないぞ! その程度のことは見た目で分かれ!」
「なにぃーっ!?」
「二十五!? 男性!?」
「びっくりデースッ!」
「僕たちと同じくらいじゃなかったの!?」
「ほ、本当に男性なんですか!? 資料映像で見た『成人男性』は、もっと低い声でしたが……ッ!?」
「……なんだろう、地味に後ろから撃たれている気が……」
(うむ! 何もかも俺のせいだな! 美少女フェイスのプリティーボイス軍神ですまない!!)
ちっともそう思って無さそうな神の謝罪コメントが、小さな傷口に容赦なく塩を塗る。
ベイカーだって、好きで『美少女風の童顔男』をやっているわけではない。生まれる前に『神の器』として改造され、物心ついた時にはタケミカヅチのそっくりさんに成長していたのだ。マッチョで低い声の男性に憧れ、どれだけの時間を無駄な筋トレとファッション研究に費やしたことか。本人の意思でどんな努力をしても、必ずどこかで『神によるキャラ補正』が入り、結局は華奢な体と可愛い顔になってしまうのだ。これはある意味、神に見放される以上の悪夢である。
「く……今なら少し……ほんの少しだけ! 下半身を露出するロングコートのオジサンの気持ちが分かる! 未成年女子の眼前に、男の証をさらけ出してしまいたい!!」
「隊長それはいけません! しっかりしてください!」
「それは人としてアウトよ!」
「変な涙が止まらない! 暗黒面に堕ちそう!」
「隊長ッ!」
「そんな下らない理由で闇堕ちしないでくださるかしら!?」
いつも通り情緒不安定気味なベイカーの妄言を、悪戯小僧・優曇華だけが全面的に容認する。
「あの子たちはたぶん、スタンディングおちんちんを見たことが無い……ということはつまり、今ならベイカー隊長が人生初の……ッ!」
「そ・れ・だ!」
「そ・れ・だ! じゃないわよ! うーちゃんお願い、メンヘラ状態の特務部隊長に変なこと吹き込まないで! ただでさえお薬キメすぎでボロボロなんだから!」
「すみません。本当にすみません隊長。私の実母が……」
「おっもしれぇ~っ! 何この地獄! マジウケるぅ~!」
ゲラゲラ笑う優曇華の後頭部に、ラナンキュラスの平手打ちが極まる。
「って! なんだよラナンキュラス! いーじゃん別に! 旅の恥は掻き捨てってゆーだろー!」
「あなたの言う『恥』は本当にただの『恥』なのよ! それは『恥を恐れず挑戦しなさい』って意味だって、何度言ったら……っ!」
「あー、あー、あー。きーこーえーなーいー」
優曇華は耳に指を突っ込んでふざけている。
ラナンキュラスはこれ以上の説教は無駄と悟り、マルコに言う。
「マルコ王子? うーちゃんが何を言ってきても、絶対に魔力を分け与えないでくださるかしら? この子ったら、常にこんな感じですの! いざという時でも平気で悪戯してくるんですのよ!」
「あ、はい。分かりました……」
マルコはマルコで、こちらもメンタルにダメージを受けている。なにしろ十五のころから実母に調教されてきた人物が上司なのだ。日常的に盛られ続けたパーティードラッグの影響で、精神的に不安定な瞬間があることは気付いている。こんなことに責任を感じる必要は無いのかもしれないが、この頃では、実母がやらかした分まで自分がこの人を支えねば、と考えるようになっている。
が、そんなマルコの悲壮な決意もむなしく、ベイカーは今日も故障気味だ。
「タケミカヅチ、俺に勇気をくれ! 今から国連本部に特攻し、裸祭りを開催したいと思う!」
(そういうタイプの特攻作戦は、俺の加護対象から外れるような気がするのだが……?)
「俺に武勇伝を作らせてくれ!」
(うぅ~ん……? まあ、たしかに武勇伝の一種ではある……のか?)
納得しそうになっているタケミカヅチに、ラナンキュラスを守護する女神、アスタルテの本気の飛び蹴りが炸裂する。
が、実はこの瞬間、情緒不安定なベイカーが暴挙に出ないよう、身体の制御権はタケミカヅチが押さえていた。そのためタケミカヅチは体から蹴り出されることなく、ベイカーの身体ごと結界の外に吹っ飛んでしまった。
「あっ!?」
「隊長!?」
結界の外には三十六機の機械兵。これまでは少女たちが五人がかりで、一機ずつ撃破していた敵だ。ベイカーの身を案じて、咄嗟にイサナが飛び出す。
「私も加勢す……え……?」
加勢するぞ、と言い終わる前に、イサナの身体は勝手に攻撃を開始していた。
「……これは……っ!」
掴みかかる機械兵の手首をスッと払い、相手が一歩を踏み出したタイミングで体重の乗った軸足を攻撃。バランスを崩した機械兵の倒れる勢いを利用し、そのまま見事な巴投げを極める。
投げた先にいるのは別の機械兵である。友機の下敷きになり、一時的に行動不能に陥る。
直後、イサナの手は引き金を引いていた。
無防備な体勢で電気銃の直撃を食らい、二機の機械兵は沈黙。
時間にして、わずか五秒の出来事である。
「嘘だろ!?」
「二機同時に!?」
「今何したデス!?」
「イサナちゃん、強い!」
驚いているのは仲間たちだけではない。誰より、イサナ本人が驚いていた。
「か、身体が、勝手に……っ!?」
イサナはさらに四機を立て続けに沈黙させ、同じく六機を破壊したベイカーと背中合わせに構えた。
想定外の被害に、敵も次の手を考えあぐねているのだろう。二人を包囲したまま、じっと動きを止めている。
敵を警戒しつつ、ベイカーは背後のイサナに尋ねる。
「御剣イサナを守護せし英霊よ。名を聞かせてもらおうか」
英霊はイサナの口を借りて返答する。
「御剣勇魚と申します」
「ん? イサナと同じ名前なのか?」
「はい。この子の母が、俺の孫娘でして」
「なるほど。自分の子に、祖父の名をつけたのか」
「会ったこともない俺の名を選んでくれたなんて、これ以上ない栄誉です。俺にはもったいない」
「孫娘の気持ちに応えるためにも、守ってやらねばな。この子を」
「ええ。遺伝子操作だかなんだか知りませんが、俺の孫が腹を痛めて産んだ子が、俺のひ孫でない道理がありますか? ワケの分からん『国連の方針』なんかで、可愛いひ孫を殺されてたまるかって話ですよ」
「ああ、その通りだ。こんな鉄クズ、一捻りにしてくれよう。行くぞ、御剣!」
「はい!」
二人は同時に駆け出した。
勇魚は真正面の敵に向けて一撃。しかし、この電気銃にベイカーの雷撃ほどの威力は無い。よほどいい角度で制御中枢に撃ち込まねば、一発で機能停止に追い込むことはできないのだ。
構わず突っ込んでくることは想定済み。勇魚はひるむことなく攻撃を続ける。
「ん? あ! そっか! 完全包囲したせいで、あのロボットども……!」
ポンと手を打つ優曇華に、マルコも同意する。
「ええ、対角線上にいる仲間が被弾する恐れがあるため、彼らは機銃を使えません」
「それに、まあ、直撃してもなー」
「はい。先ほど《銀の鎧》をかけ直させていただきましたから。そう簡単には撃ち抜かれませんよ」
「スッゲエ自信だね?」
「断言できるだけの訓練は積んできたつもりです」
「えらい! さすがは王子! 俺とは大違い!」
「あの……このような場ではありますが、せっかくですから、ご挨拶させてください。私はマルコ・ファレル。貴方にお会いできて、大変嬉しく思っています。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「あ、えっと、その……どーも! いまさらだけど、仲目黒優曇華です。俺、主に地球で育ったんで、ぶっちゃけ王室のマナーだとか教養だとか、なんも分かんねーんですけど……あの、俺も、実はけっこう嬉しいかなって……。さっきは、王子のふりしてゴメンナサイ……」
「カルミンスク男爵にも、後できちんと謝ってくださいね?」
「……はい……」
バツが悪そうにスケボーを抱きかかえている姿が妙に可愛らしく思え、マルコはついつい吹き出してしまう。
「あ! なんだよ! 笑うなよーっ!」
「いえ、ごめんなさい。なんだか、弟ができたようで嬉しくなってしまって……」
「じゃあさ、兄貴って呼んでいい? テキトーなあだ名付けると、女官たちに怒られそうだし」
「アニキ、ですか?」
「ダメ?」
「いいえ。どうぞ、お好きなように」
「サンキュ。よろしくな、兄貴」
突き出された拳に、マルコも自分の拳をコツンとぶつける。
角度や高さは違えども、ストリートも特務部隊も、基本的な挨拶は同じだった。