そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.2 < chapter.3 >
ベイカーたちの予想通り、優曇華は困り果てていた。
「あの……えーと……これって……??」
優曇華につきつけられる複数の銃口。しかし、その銃は優曇華の知るどんな銃とも異なるものだった。
明るい色彩にペインティングされた玩具のようなデザイン。そのくせ、それが『本物』であることを感じさせる、鈍い金属光沢と重厚感。そして何より、それを構える少女たちのいでたちが――。
(ヤベエ……ここ、なんかの変身ヒロイン世界だ……!)
セーラー服をベースにした戦闘服を身に着け、手足には金属製の防具を装着している。
見た目の年齢は小学校高学年から中学生くらい。カラフルな髪色は染めているのだろうか。五人はそれぞれ、自分の髪色と同じカラーの武器、防具、小物を持たされているようだ。
リーダー格らしき、青い髪の少女が口を開く。
「貴様は何者だ? 大人……だよな? なぜまだ、大人の男が無事でいる?」
「えぇ~っと? あの、よく分かんないけどはじめまして! 俺は仲目黒優曇華! 唐突な話で信じてもらえないかもしれないけど、異世界から来ました!」
「……異世界?」
「そう、異世界! こっちの世界の一般常識が分からないから、うまく通じないかもしれないけど……俺のいた世界は、剣と魔法のファンタジーワールドだよ! 俺はその魔法で、いろんな世界を渡り歩くのが趣味なんだ! いきなりお邪魔しちゃってごめんなさーい!」
「……?」
青い髪の少女は仲間たちを見る。
悪人には見えないが、精神に異常をきたしているのだろうか。
目だけでそんな問いを投げかけていることは優曇華にも分かった。これまでに渡り歩いたあらゆる世界で、「異世界? 何を言っているんだお前は! 頭がどうかしてるんじゃないのか!?」という反応を返されている。この少女たちも、自分の発言を否定するものとばかり思っていたのだが――。
「異世界か。確かに、そうとでも考えねば説明がつかんな」
「へっ? 信じてくれんの?」
「ああ。信じよう。なにしろこの世界にはもう、口を利ける『男』は存在しないのだからな」
「それ、どーゆーコト?」
「まずは自己紹介をさせてもらおう。私は御剣イサナ。世界最初の清浄国、日本を守る護国神姫兵団・玄武隊の隊長だ」
「あ、君、隊長さんなの?」
「ああ。だが、隊長と呼ばれるのは好きではない。イサナでいい」
「じゃ、俺のことは優曇華でヨロシク。それで、その『世界最初の清浄国』って? それ、たしか病気とかのアレで使う言葉だよね?」
「その反応と質問だけでも、君がこの世界の人間でないことがよくわかるな。皆、銃を下ろせ。シオン、映像を出してやれ」
「はい」
名前を呼ばれた紫色の髪の少女が、壁面に設置された液晶パネルを操作する。と、壁だと思っていた場所が全て、モニターとして何かの映像を映し出す。
五メートル四方の部屋の壁、四面全てがモニター画面だったのだ。それだけでも驚きなのに、映像の内容が酷かった。
「……え……なに、これ……」
町を歩く人々。しかし、誰もかれも具合が悪そうである。
うつろな目をして、背中を丸めて足を引きずるように歩く男性たち。その歩みは、何か明確な目的があるとは思えない、ひどく不安定な動作で――。
「……この人たち、生きてる……よね?」
四面の壁に数十の映像が同時に映し出されているにもかかわらず、そこに映る人々は、一人の例外もなく同じ状態に陥っていた。
優曇華の質問に、イサナは大きく頷く。
「ゾンビや怪物の類で無いことは保証する。しかし、彼らには感情がない」
「これってどういう状態なの?」
「アルナーチャル・プラデーシュ病だ」
「アルナ……なんだって?」
「アルナーチャル・プラデーシュ病。事の発端は二十数年前に遡る。インド東部のアルナーチャル・プラデーシュ州で、未知の奇病が流行り始めた。その病気にかかると、男は一人の例外もなく、鬱病に似た症状を発症する。他者との会話を拒むようになり、趣味にも異性にも関心を示さなくなる。命令されたことは健康時とほぼ同じ速度でこなすため、当初はそれが未知の病原体によって引き起こされた症状であるとは気づかれなかった。そのため、病原体が発見された時にはもう手遅れだった。感染は世界全土に広がっていた」
「鬱病みたいな症状だけ? それ、男にしか感染しないの?」
「女も感染するが、精巣や前立腺の機能と関係しているらしく、発症はしないそうだ」
「あー、それ一番面倒なヤツじゃん。症状が無いから、気付かずにどんどんうつして回っちゃうアレでしょ?」
「その通り。女は症状が出ないし、男も目に見える症状が『無気力になる』以外に何もない。そのせいで、深刻な問題と気付かれるまでに時間がかかってしまったらしい」
「病原体が分かってるなら、特効薬もできそうな感じだけど……」
「もちろん日本は治療薬を開発し、全国民に投与した。もう日本国内に感染者はいない。だから日本は『世界最初の清浄国』なんだ」
「他の国は?」
「反ワクチン団体と行き過ぎたナチュラリストが、無症状な女性への投与に反対している。あと、ごく一部の過激思想を持ったフェミニスト団体が、『男は人にあらず』というスローガンのもと、全男性の完全家畜化を推し進めようとしている」
「おおぅ……何それ、地獄じゃん……」
「その通り。ただの地獄だ」
「それじゃ、今見てるこの映像は昔の? この人たち、もう治って普通に生活してるんだよね?」
「いいや、今の映像だ。一度感染すると、脳の、感情を司る部位が致命的なダメージを受ける。二度と元の人格は戻らない」
「えー……じゃあ、日常会話とかも全然ムリな感じ?」
「ああ、その辺を歩いている男に話しかけても、返事は無いぞ。彼らは自宅と職場を往復して、指示された作業を淡々とこなすだけだ。効率的な作業手順を独自に編み出すこともあるから、それなりの思考能力はあると思うのだが……会話が成立しないから、確かめることができない」
「でもさ、それ、恋愛とかも出来なくなっちゃうワケじゃん? 世界中この状態なんだよね? 君たち、どうやって生まれたの?」
「人工授精だ。我々は人工授精と遺伝子操作によって誕生した」
「遺伝子操作?」
「塩基配列の一部を書き換えることで、問題の病原体に反応する受容体そのものを消されている。よって、我々新世代人類は問題の病気に感染しない」
「あ、それ最高じゃん。人類滅亡は回避だね」
「ああ。旧世代は加齢とともに寿命で徐々に減っていくが、代わりに受容体を持たない新世代に置き換わっていくだろう。しかし、だからこそ我々は苦境に立たされている」
「なんで?」
「国連は我々の存在を認めていない。遺伝子操作によって誕生した日本の子供たちは『神への冒涜』、『人間であるとは認められない』という決議を下した」
「……それ、自分たちで滅亡フラグ立ててない?」
「これだけ科学が進歩しても、数千年にわたって信仰し続けた宗教は捨てられないらしい。我々は国連機関が送り込んでくる機械兵を迎撃している。機械兵の標的は『日本人の子供』全員だ。我々が戦わねば、子供たちが皆殺しにされる」
「戦うったって、君たちだって十分子供みたいだけど……」
「そうかもな。だが、心配も同情も無用。覚悟は決めている。我々は守られる者ではない。護る者だ」
「いや、でも……」
優曇華がなおも食い下がろうとした、その時である。壁面の映像が一斉に切り替わり、けたたましいアラート音が鳴り響いた。
「なにこれ!?」
「敵の攻撃だ! アカネ! 場所は!?」
「東京タワー付近に降下! 機械兵反応、十八!」
「十八機もッ!? クソ! 行くぞ!」
「俺も行っていい?」
「好きにしろ!」
優曇華は五人の少女と共に現場へ向かった。