そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.2 < chapter.13 >
垢擦りサロンでの騒動から数日後のことである。もうじき定時になろうという特務部隊オフィスで、ロドニーが言った。
「なあマルコ。お前、この店行ったことある?」
ペラリと差し出されたチラシを受け取り、マルコは首を傾げる。
「いいえ。中央駅前通りに、こんなお店なんてありましたか?」
「無かったような気もするんだけど、昨日ここ通ったらチラシ配ってたんだよ」
「5-38番地はカフェの斜向かいですよね? ここは空き家だったように思いますが……」
「だったよな? てことはアレかな? 今までは長期休業中だったとか?」
「うぅ~ん……? それにしては、そのような雰囲気の広告では……?」
チラシに躍る文字は『創業五十周年、大感謝価格!』。営業再開を知らせる内容ではない。
マルコはチラシをまじまじと眺め、それから言葉を選ぶように、慎重に発言する。
「私の気のせいかもしれませんが、この頃、こういうことが多くありませんか?」
問われたロドニーも、言葉を選びながら答える。
「やっぱ、そう思うよな? なんかおかしいよな?」
「ええ。記憶にない店が当たり前のようにそこにあったり、あったはずの建物がなかったり……」
「でも、深く考えようとすると、どうでもよくなるんだよ」
「分かります。なぜか急に、『考えなくてもよいこと』として意識できなくなってしまいます。これはもしや、神的存在からの干渉なのでは……?」
「今日、このあと暇? ここ行ってみようぜ」
「良いですね、行きましょう。現地に行けば、何か気付くこともあるかもしれませんし」
「でさ、帰りに、この間のサロンもちょっと寄っていこうぜ? フットマッサージだけのコースもあるし」
「そうですね。前回はお騒がせしてしまいましたから」
「ちゃんと謝ってこないとな」
「はい」
二人の話がそうまとまったときだった。
特務部隊オフィスに、緊急事態を告げるサイレンが鳴り響いた。
「なんだ!? 事故か!? 事件か!?」
マルコはサッと立ち上がり、窓を開けて外の様子を確かめる。
「このサイレン、倉庫や洗濯工場のほうでも鳴っていますよ」
「つーことは、かなりの大事か……?」
貴族案件で放送が流れるのは特務部隊オフィスと情報部のみであるし、市内で発生した事故や事件なら本部庁舎と中央司令部に限られる。ランドリー部門の主婦パートにまで危機を知らせなければならない状況とは、一体何か。
マルコとロドニーは、サイレンの後に流れるであろう詳細情報を待った。
が、いつまでたってもけたたましい警告音が鳴り響くばかりで、続報がない。
「……警報機の故障でしょうか……?」
「だといいんだけどよ……?」
ロドニーは内線端末から、設備課に確認を入れようとした。が、その前に内線端末に着信があった。
慌てて通信に出ると、それは情報部のナイルからだった。
「ロドニー、緊急事態だ。優曇華が逃げた」
「はあっ!? またかよ!? つーかこのサイレン、まさかソレ!?」
「地球に逃げようとして、また変な異世界へのゲートをぶち開けたみたいで……」
「そのゲートから何か出てきたってことか?」
「うん、ネズミが出た」
「ネズミ型の魔獣か?」
「いや、ネズミ。たぶんクマネズミ」
「警報級の巨大クマネズミ?」
「巨大じゃない。普通サイズ」
「普通のネズミで警報って、大袈裟すぎねえか?」
「全然大袈裟じゃないよ。数がヤバイ。多分億いってる」
「億……?」
「王宮中ネズミだらけ。現在結界で封鎖中。ネズミ見てもパニック起こさない奴は全員第二訓練場に集合な。それじゃ!」
「あ、おい!?」
一方的に切られる通話。だが、ロドニーが腹を立てることは無かった。ナイルの後ろでは、シアンやピーコックらが他の部署に連絡する声も聞こえていた。このあとも幾つもの部署に連絡を入れねばならないのだろう。
ロドニーから事情を説明され、マルコはもう一度窓の外を見た。
「道理で洗濯工場にまで……」
「オゾン滅菌機、フル稼働だな」
「ですね」
王宮いっぱいのクマネズミと皇居前広場いっぱいの機械兵なら、どちらがどれだけ厄介だろう。
二人は無言で頷き合うと、特務部隊オフィスを後にした。