そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.2 < chapter.11 >
大型機械兵を仕留めていく最中にも、空の上からの状況報告は続いていた。
タケミカヅチによって届けられるその声に、ロドニーとダージリンはほぼ同時に悲鳴を上げた。
「ちょっと隊長!?」
「サイト坊ちゃま!?」
「すまない! 落とす角度を間違えた!」
その声からわずか五秒後、二人に人工衛星の破片が降り注いだ。それは最大でも握りこぶし大。巨大クレーターを作り出すような破壊力ではないが、二人は防御に特化した能力者ではないのだ。最大出力で《物理防壁》を展開しても、ある程度のダメージは覚悟せねばならなかった。
あっという間に耐久限界を迎える防壁。二人は反射的に目を閉じ、防御姿勢をとっていた。
『神』の加護があるとはいえ、当たり所が悪ければ致命傷を負うことだってある。
二人の意識の隅に、『死』の影がちらつく。
だが、しかし――。
「……あれ?」
「なにが……あっ!」
いつの間にか、二人の傍には黒衣の魔女の姿があった。
「ラナ様!」
「ラナンキュラス様もこちらにいらしておいででしたか!」
ラナンキュラスはニコッリ笑うと、片手を上げた。その手に握られているのは戦闘用ゴーレムの制御呪符である。
彼らを取り囲むように配置された五体のゴーレムは、ラナンキュラスの指令を受けて《防御結界》の発動を解く。
「助けに入るのが遅くなってごめんなさいね。司令部のコンピュータから、必要な情報を抜き出していたの」
「え? ハッキングしてたんですか!?」
「ええ。『地球なのに地球ではない異世界』なんて、面白いでしょう? この世界について、詳細な研究をする必要がありそうじゃない?」
「あー……まあ、それはそうだと思いますケド……」
「それに私、ハッキングと呼べるほどのことはしていないわ。技術者がいっぺんに消えたせいで、システム開発が進んでいないんでしょうね。基本のコードもセキュリティ対策も、なにもかも旧式のままなんですもの。どの公文書もコピーし放題だったわ」
「そういや、うちの国でもエンジニアって男ばっかだよなぁ……」
「それで? 残りは何機かしら?」
「五十ちょっとです」
「あら、思っていたより残っているわね」
「すみません。女の子たちのほうに行かないように、誘導しながらやってたんで」
「ま、いいわ。ここなら障害物もないし、私も本気が出せるものね。サポートに回ってくださるかしら?」
「喜んで」
「仰せのままに」
「ありがとう♡」
ラナンキュラスは振り向きざまに、今まさに拳を振り下ろさんとする大型機械兵に攻撃魔法を放つ。
雷と突風、ナイフのように鋭利な氷の粒が同時に放たれるこの魔法は、アスタルテ族の固有魔法、《試練之嵐》である。
この世界の軍備に対魔法防御システムは存在しない。超小型サイクロンの直撃を食らい、高さ十五メートルを超える大型機械兵が、いともたやすく沈黙した。
ロドニーは先ほどとは逆に、敵の周囲の気圧を限界まで下げる。『嵐』は低気圧によって引き起こされる気象変化である。《試練之嵐》は《絶空高気圧》と真逆の状態を作り出す魔法であるため、ラナンキュラスが攻撃に加わるなら、そちらに合わせる必要があるのだ。
突如として吹き荒れはじめる風。
周囲の木々は風を受け、まるで踊るように梢を震わせ――。
「って、マジかよ!? 本当に踊ってねえか!?」
「あら、可愛い♡」
樹木の守護神グリーンマンの魔力を受け、周囲の植物は残らず『樹人化』している。しかし、踊っているわけではなかった。彼らは唐突に発生した戦闘に慌てふためいているだけだ。このままでは争いに巻き込まれてしまうぞと、皇居前広場の松は残らず走って逃げだした。
「えっ!? あ、おい! お前らどこに……!」
そう声を上げたロドニーだったが、数秒後にはその行動の意味を理解し、納得する。
松の木は皇居の正門、二重橋へと殺到する。そして隙間なくみっちりと密集すると、そこで動きを止めた。樹人たちは必死の形相で両手を広げて、『通せんぼ』をしている。自分たちの主人、天皇を守ろうとしているのである。
「うっわ! 松の木、忠誠心ヤベエな!?」
「うちの王宮の木だったら、一本残らず遁走しているところよ!」
「当家の防風林も、あっという間に丸裸になると思います!」
国に帰ったら、庭の木にもう少し上等な肥料を撒いてやろう。そう心に誓う三人であったが、今はそれどころではない。
体の大きさと重量に物を言わせて、大型機械兵はフライングボディーアタックを仕掛けてきた。
「うわっ!?」
「ちょ……!」
「っ!」
どれだけ強力な武器を装備していても、この落下エネルギーを受け止められる人間はいない。たとえ迫撃砲を発射したところで、既に宙にあり、落下を始めている鉄の塊を押し返すほどの威力は無いのだから。
だが、ここに居るのは『三人』だけではなかった。
五体の戦闘用ゴーレムが手をかざし、超巨大な《魔鏡》を構築した。
これは受けた攻撃をそのままの威力で跳ね返す魔法である。大型機械兵は落下してきた勢いのままに、ポーンと宙に跳ね上げられた。それはまるでトランポリンのようで、遠目に見れば遊んでいるようにも見えただろう。
だがこの瞬間、魔鏡の下ではいくつかの魔法が同時に使用されていた。
「《猛烈爆弾低気圧》!!」
「《試練之嵐》!!」
「戦時特装! 《姫螽斯》!!」
急降下する気圧。
吹き荒れる風、奔る稲妻、暴れ狂う氷の破片。
そしてその中を、神々の戦装束、『戦時特装』に身を固めたダージリンが舞う。
黒と緑のコスチュームは、見る者が見ればヒメギスというキリギリス科の昆虫を模したものだと気付くだろう。濃褐色の短い翅に風を受け、嵐の中を跳ね回る。
ダージリンは大型機械兵の上に着地し、ベイカー同様、雷獣族の攻撃力を惜しみなく披露する。
「《雷陣》!!」
まばゆい光のスパーク。
紫電の雷光に蹂躙され、内部バッテリーが膨張、爆発。機械兵はボフンと妙に間抜けな音を立て、爆発四散した。
サイクロンはその破片を周囲に振りまき、別の大型機械兵への攻撃に変える。
特に大きな破片が直撃した機体が、ぐらりと上体を揺らす。
三人はそれを見逃さない。
「二人とも! このまま行くわよ!」
「了解!」
「かしこまりました」
はじめからずっと、耳障りな機銃の発射音は響き続けている。彼らが『魔法の国の住人』でなければ、あっという間に蜂の巣になっていただろう。
こんな凶悪、強大な兵器を相手に、まだ十二か十三の少女が、小型の電気銃と薄っぺらな電磁防壁だけで戦い続けていたのだ。こんな地獄は、直ちに終わらせなければならない。
ラナンキュラスとロドニーが起こした『嵐』に乗って、ヒメギスの翅は軽やかに宙を舞う。そして草葉の隙間を自在に跳ね回る虫そのものの動きで、大型機械兵の肩や頭をピョンピョンと飛び移っていく。
目障りな虫を捕まえようと手を伸ばす機械兵。するとその瞬間、機械兵は肩より上に手が上がった『風を受けやすい体勢』となる。ロドニー一人の風では倒せずとも、今はラナンキュラスと二人がかりだ。この体勢の機械兵を狙い撃つと、面白いようにバランスを崩して転倒していった。
直後に放たれるダージリンの雷撃。
為す術もなく機能停止に追い込まれる大型機械兵。
現場で組んだ即席チームではあるものの、思いの外、うまい連携が取れていた。
「フフッ♡ いい感じ♡ 特務部隊長? そっちの調子はどうかしら?」
ラナンキュラスは自身を守護する神、アスタルテ経由でベイカーに呼びかける。
返事は即座にきたものの、その内容は芳しいものではない。
「まだ当分終わりそうにありません。この世界は、俺たちの知る地球とは航空宇宙関連の技術開発速度が異なっていたようです」
「どういうこと?」
「ソ連製と米国製の人工衛星が山のように浮いています。二十年前に打ち上げが止まっているはずなのに、軽く一万個くらいは……」
「なに? その馬鹿みたいな数は」
「これだけ墜としているのに、まだ通信が生きているんですよね?」
「ええ、そのようね」
「ということは、二十年前の時点で、全地球測位システムと衛星通信網は完成していたことになります。ほんの何機かでも生き残っていれば、最低限の通信は可能ではないかと……」
「それなら、一機残らずすべて墜とせ、ということね。言い出しっぺの責任はお取りなさいな」
「やはりそうなりますか。……おのれ、タケミカヅチ……」
と、神に向かっていつもの文句を言い始めたベイカーに、タケミカヅチは高笑いで応じた。
「いや、最後の一機まで、我らが面倒を見てやる必要はないさ」
「どういうことだ?」
「これだけ異常な空を見て、『祈り』を口にしない人間はいるか? 今この世界で、唯一動ける『神』は? 諸外国の神々は残らず天へと還ってしまったのだぞ? 人々の祈りを『信仰心』として、その身に受けるのは誰だろうな?」
「……まさか……!」
「そう、そのまさかだ!」
その瞬間、世界の誰もが、ニヤリと笑う軍神の笑みを目撃した。
いや、正確には、それを『見る』ことなどできはしないのだ。人々はただ、漠然と感じていた。
世界のどこかに『神』がいて、今この瞬間、自分の祈りを、確かに聞き届けてくれたのだと。
東の空に立ち昇る黄金の光。
その光は衛星軌道上のベイカーらを直撃し、そのまま包み込む。
「これは……!?」
「眩しすぎてなんも見えないんだけど!?」
「何が起こったのでしょうか!?」
混乱する三人を無視して、ベイカーにとっては聞き慣れた、けれども病的にかすれた軍神の声が響く。
「異世界の俺よ、礼を言わせてくれ。おかげで俺は、自分の子孫を守ることができそうだ」
「まったく、道理でユズカが魔法を使えるわけだな。禁を破って、人間の女と番っていたとは……」
「言ってくれるな。我らが真に愛し合っていたことは、主さまもお認めくださったさ」
「分かっているさ。だからこそ、お前が『最期の一柱』に選ばれたのだろう? せいぜい派手に散れよ」
「ああ……ありがとう。本当に、お前に会えてよかった。さらばだ、異世界の俺よ」
「じゃあな。気が向いたら、たまには思い出してやるさ」
やつれた顔の軍神は、フッと微笑んだ。
その姿は黄金の光の粒となり、パアンと弾けて四方に散る。
全球を覆う金色の光。
この日、この時、この瞬間、世界は昼夜の区別なく、等しく金色の輝きに包まれた。
そしてその光が消えたとき、人々は流星群を見た。
人工衛星も、スペースデブリも、地上からは観測できない微小な岩石や塵も――何もかもが同時に燃えて、墜ちてゆく。
通信が途絶え、動作が止まる機械兵。ほんの数秒で自動操縦に切り替わるが、もうこの鉄の塊を脅威と感じる者はいなかった。
玄武隊の少女らは目を輝かせ、口々に言う。
「やった……やってくれたんだね! あの人たちが……!」
「あと一息だ! こいつらが止まれば、あとは……!」
「ああ! みんな! 気ぃ抜くんじゃねえぞ!」
「ここまで来て、やられるわけにはいかないじゃん!」
「頑張ろう! あと少し……あと少しだけ頑張れば……っ!」
彼女たちは気付いていた。
もう自分たちの中に『英霊』はいない。先祖の魂は、タケミカヅチと共に天へと還ってしまった。今この身体を突き動かしているのは、自分自身の意志と、明日への希望である。
機銃の雨を掻い潜り、ユズカが走る。
「《神嘆祈》!!」
地面と機械兵の脚を同じS極にし、磁力の反発で宙に跳ね上げた。
予測不能な魔法攻撃を受け、無様にひっくり返る機械兵。そこに襲い掛かるのは、エンジンカッターを持ったヒスイとシオンである。
「脚さえ壊せば……!」
「機動力はゼロなのデス!」
脚部パーツをまるごと切断する必要はない。これは飛翔能力も変形合体機能もついていない、ただの人型ロボットなのだ。膝でも足首でも、関節部分にエンジンカッターの刃を突き立ててやればいい。それだけで機械兵は立ち上がれなくなる。
そして地面に這いつくばる機械兵には、イサナとアカネが止めを刺していく。
他の部隊の少女らも、ナイルも、大型を相手にしている三人も。水を得た魚のように、誰もが生き生きとした目で戦っていた。
一機、また一機と動きを止める機械兵。
いよいよ最後の一機となったのは、ロドニーたちが相手にしていた大型だった。
申し合わせたわけでもない。けれども、誰もが同じことを考えていた。
大型機械兵を包囲し、電気銃を構える少女たち。
魔法の国の住人も、何をすべきか分かっていた。
ロドニー、ラナンキュラス、ナイル、ダージリンは《緊縛》を使い、魔法の鎖で機械兵の動きを止める。
この『敵』は、彼女らの仲間を幾人も殺してきた。最後のこの一機だけは、彼女ら自身の手で仕留めねばならない。そうでなければ彼女らは、昨日までの日々に区切りをつけることも、明日からの日々を生きることもできなくなってしまう。
朱雀隊、青龍隊、鳳凰隊のリーダーたちは、揃ってイサナを見た。
留守番部隊であったからこそ、玄武隊は貧乏くじを引き続けてきた。今日だって、陽動らしき出現に他隊が出払っていたからこそ、玄武隊がただ一隊で、十八機もの機械兵を相手にすることになってしまったのだ。
たった五人しか生き残れなかった玄武隊。その苦労は、他隊の少女らもよく分かっている。だからこそ彼女らは、『その言葉』をイサナに譲った。
「……いいのか? 私で……っ!」
「ああ。君が言うべきだ」
「言ってくれ。イサナ」
「お願いします、イサナさん」
「……すまない……!」
イサナは拳で涙をぬぐい、大きく息を吸い込んだ。
そして大音声に叫ぶ。
「総員! 攻撃開始ィィィーッ!!」
一斉に放たれる閃光。
ひとつひとつは威力の弱い電気銃でも、数が集まれば話は別だ。
この夜少女たちは、狂った世界の歴史に、自らの手で終止符を打った。