6 国王との遭遇
そんなふうに物思いにふけっていたら、殿下がおもむろに顔を寄せてきた。
「いかがされました?」
びっくりして身を引くと、殿下は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「いや、俺の顔を見ると顔を青ざめさせるものもいれば赤らめるものもいるというのに、リラはいつも平然としているように思ってな」
「あの、このように申し上げて良いか分かりませんが……殿下は端麗すぎて、いっそ人間でないように思われるのです。私のような者とは同じ土俵に立っていないような感じで、芸術作品を鑑賞するかのような心持ちになると申しますか……」
殿下は叡智も美貌も備えた立派な人物として、恐れも憧憬も、そしてご令嬢(と一部の令息)の恋情も、その身に浴びて生きる方だ。
私も素敵だと思う。思うけれど……なんというか。
気付いていなかったけど、最初に会った時に人間らしくない綺麗すぎる笑みだなあなんて思った印象に引きずられているのかなあ。
そうだとしたら、ちょっと反省したい。
私はこの方の妃になったのだ、今目の前にいる殿下を見ていかなくてはいけないと思うから。
しどろもどろになってしまって、どうしたものかとちらりと殿下を見遣ると、なんだか衝撃を受けたような顔をしている。
ああ、流石に機嫌を損ねただろうか。
慄く私を知らぬげに、殿下は次の瞬間にはもういつも通りに戻っていた。
「人間でない……そうか……そうか」
噛み締めるように呟いているけど、それは他意のない納得の言葉であるように思われた。
だからきっと大丈夫……多分。
「……?」
続けて殿下が何か口にしようとした時、不意に何か焦げ臭い匂いが鼻先をかすめた。
殿下が足早に屋上の端へ向かうので、私も後を追う。
そこから見えたのはーー
「西塔に火の手が……!」
王宮の西に聳える塔が、燃えている。
反乱の名残りであろうか。まだ小さな炎だ。
今対処すれば問題なく早期に消火できるだろうが、一歩間違えれば大惨事になりうる。
「行かなくては……!」
殿下が勢いよく屋上の出口へと身を翻す。
それでも良い、というかそれが普通なのだけど……私は殿下の服の袖をくんと引いた。
「何をする! 急を要するのだぞ。邪魔をするな」
「それより早い方法があります。さあ、参りましょう!ーー『レアリー・ティンクル』」
私は殿下もろとも勢いよく屋上から飛び降りた。
目の端に殿下の驚愕の表情を捉える。引きつった息を呑む音が小さく鼓膜を揺らす。
さっきは人間っぽくないなんて言ったけど、これは非常に人間らしい反応だなあなんて、こんな時に場違いなことを思える余裕があるのは自分のかけた術がちゃんと効いているからだ。
風の幻術のおかげで、宙を舞う私たちの身体はゆったりと地に落ちていく。
風属性も、初めてにしてはよく使えているんじゃないだろうか。
内心自画自賛しつつ、私たちは両足でぽんと地を踏みしめた。
「風属性の幻術、成功です!」
「……やるなら先に説明してくれないか」
元気よく言うと、殿下にじとりとした目を向けられる。
まあ、ここは恨み言を甘んじて受け止めるべきだろう。ちょっと強引だった自覚はあるから。
「それよりも、お早く消火に向かいませんと」
……でもちょっと怖いから話を逸させてください。
私たちは西塔へ駆けた。
やっぱりここにはまだ手が回っていな……ん? 一人、誰かいるではないか。
先に着いて、消火を始めた人間が。
でもその人はここにいるはずのない立場の人で、やっていることもできるはずのないことで。
「どうして養父上がこちらに?しかもそのお力は……何ですか?」
殿下が戸惑った声を上げる。
無理もない。そう、そこにいたのは――
「陛下……!」
国の頂におわす国王陛下その人だったのだから。
彼は燃える炎に相対し、両手をかざしてこう呟いていた。
「レオータ・ランティス」
それは紛れもなく、水属性の幻術を使うためのまじないの言葉だった。