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4 王たる資格

「……っ!」


喉元に突きつけられたのは、紛れもなくナイフだ。

銀色の刃先は肌すれすれの位置にあるため、声を出す程度の小さな挙動でさえ、してしまえば血を見ることになるだろう。

だから迂闊に動くことは出来ない。

視線だけ慎重に動かすと、クララが倒れ伏している様子が視界に入って目を見開く。


「彼女は気を失っているだけだ。騒がれるわけにはいかなかったから、我が従者が昏倒させた。手荒な真似をして申し訳ないが、しばらく堪えてくれ」


リネール王子が私の耳元で囁き、ナイフを突きつけたまま私の身体をしっかりと拘束した。


なんなのだ、いきなりこんなことをするなんて。

この王子はやっぱり敵だったのか。

シエル殿下の忠告はこういうことを見越してのことだったのか。

反抗したくてもできない、あまりにももどかしい状況に苛立ちと情けなさが募る。


その時、遠くにばたばたとした複数人の足音が聞こえてきた。

敵だろうか、味方だろうか。

身体を硬くする私とは裏腹に、リネール王子はほうっと息を吐いた。


「ああ、もうすぐ僕の一世一代の晴れ舞台のフィナーレだ。これでようやく終わり。僕は()()()()()()というのにねえ……愚かにもいつまでも玉座に固執する反乱分子はみんな引き連れていくよ。巻き込んですまなかったな。暴漢の言など聞きたくもないだろうが、最後にこれだけ……どうか兄とこの国を、よろしく頼む……」


王子の言葉が終わるのと同時に、部屋の扉がバタリと開かれた。

武装した兵が幾人も入ってきて、リネール王子に鋭い眼差しを向けた。


「リネール殿下、あなた方の企みは潰えました。ご観念ください」


「あーあ、残念。この僕が協力してやったのに失敗するだなんて、本当に使えない奴らだなあ」


酷薄な笑みを浮かべたリネール王子は、芝居がかった口調でそう言い放つと、私の身体をソファーに放り投げた。

けほけほと咳き込みながら涙の滲んだ目でリネール王子の方を振り向くと、彼は私に突きつけていたナイフを今度は自分に向けていた。


「あはは、捕まってなんかやらないよ。じゃあね!」


兵たちが動くよりも早く、リネール王子はためらいもなく自分にナイフを振り下ろした。

王子の身体が赤く染まっていく。

自害した――数瞬後にその事実にようやく思い至った周囲が、沈黙から一気に喧騒に転換する。


私はその全てを、ただ呆然と眺めることしか出来なかった。

彼の言動が走馬灯のように脳内を駆け巡る。

シエル殿下の立太子に、本人は文句がなさそうだった。

しかし、母やその実家が自分を王位につけようと画策することを諦めていないこともまた知っていた。

私にナイフを突きつけながらも兄と国の行末を託して――そして自分で自分を刺した。

その意味するところが頭の中に閃いて、鳥肌が立ってくる。


「一世一代の晴れ舞台……狂言としての反乱……御自ら反乱の首領として立ち、その身を以てシエル殿下に仇なす者を一掃しようとしたというの?」


「リラ、大丈夫か!」


思索の海から引き上げたのは、シエル殿下の声だった。

殿下は私を強い力で引っ張り、部屋から連れ出そうとする。

私の身体はその力に逆らう気力もなかったが、一瞬だけ倒れ伏すリネール王子の方向に右手をかざして「ラカーポ・タルム(痛いの痛いの飛んでけ)」と呟いた。

一族に伝わるまじない、それが自分にできるせめてものことだと信じて。


無言のまま、どこへ向かうかも知らされぬまま、ただその背を追っていく。

いつもなら不安だったかもしれないが、頭が混乱している今はその方が助かった。


結構な距離を歩き、一つの扉の前にたどり着く。

いくつもの階段を上がったから、おそらく高い位置に出るだろう。

殿下が扉に手をかざし何事かを呟くと、扉がひとりでに音もなく開いた。

殿下に続いて扉をくぐると、そこは屋上だった。

強い風が吹き抜け、私の髪を巻き上げる。


「こっちにおいで」


殿下に導かれて一段高くなっている場所に立つと、そこには五色の石が埋め込まれた石版が台座の上に鎮座していた。

中央に白、それを囲むように赤、青、茶、緑の石があしらわれている。


「ここは、王族男子が天に祈りを捧げる場だ。『天の導き手』――それが王族男子の義務であり、我々が王族たる理由なんだ」


そう言われてぎょっとする。

来ても良かったのだろうか、と伺うような眼差しになった私に殿下は「問題ない」と言い切った。


「あんなものを見せてしまったからには、ちゃんと説明しないといけないだろう。国王の実子のリネールではなく、俺が王太子になった理由。それはリネールには『天の導き手』の能力がなかったからだ。これがなければ、この国を『天災のない国』という周辺諸国が羨む特権的な立ち位置でいさせることが出来ない。天災がないというのが我々の国力を支える基盤なのだからな」


そう言うと、殿下はおもむろに石版を取り上げて両手で空に掲げた。

すると、赤、青、茶、緑の石が輝き出し、その光が天に向かって伸びていった。


「これは王族男子の血に流れる女神の御力『天力』を可視化する石版であり、我々は天力を用いて天を御する。それによって天災が起こることを防いでいるんだ。火を司る赤の力、水を司る青の力、地を司る茶の力、風を司る緑の力、そして……光を司る白の力。俺は白の力以外の四つを扱うことが出来るわけだ」


光っていない白い石を一瞥しながら、殿下は淡々と説明をしていく。

しかし、その次の言葉を発しようとしたときには、少し辛そうに表情を歪めた。


「本当は全ての力を持っていなくてはならないのだが、現在の王族は血が薄まっているのか不完全な者が多いから、一番多くの力を持っている人間を王位につける慣例になっている。その中で、前王太子は五つの石全てを光らせることが出来た。だからこそ次代の国王は彼以外にないと国王も早々と立太子させたし、相当に期待をかけていた。

逆にリネールは、稀有なことではあるのだが、一つの石も光らせることが出来なかった。だから彼は天の導き手になることが出来ないし、国王になる資格がなかったというわけだ。この能力に関することは王族男子とその正妃の間でしか共有してはならないから、側妃やその生家はどうしてリネールが立太子できないか納得できなかったことだろう。だからといって、反乱が許される理由にはならないが」


ふう、と一つ息を吐きだして殿下は憂いを帯びた表情を浮かべる。

石版を元の位置に戻し、殿下は私のそばに寄ってきた。


「俺は今回の件に関わっていないから想像で語る部分も多くなるのだが……リネールは自分の立ち位置を十分に理解した聡い子だった。彼は側妃に自分は玉座に座る気はないと何度も言っていたらしいが、彼女たちの野心は止まらない。ついには俺を暗殺する計画があることを知って、ならばそれを逆に利用してやろうと考えた。

リネールは俺を亡き者にして自分が王太子になることを目論んで反旗を翻した、という体裁で、自分もろともリネールを王位につけようと画策する不穏分子を一掃しようとしたわけだ。

俺が妃を迎えることは想定外だっただろうが、リラをも巻き込んで徹底的に悪役を演じて、この陰謀劇を完遂してみせた……自分が死んで、もう担ぎ出される王位継承者候補はないという状況にまでして。天の導き手になれない彼なりに王族として出来ることを考えたのだろうが、虚しいものだ」


寂しそうに、やるせなさそうに、殿下は呟いた。

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