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裏 王太子の瞳

ランダナの王族には、十人に一人くらいの割合で『魔眼』の持ち主が生まれる。

今代はただ一人、それが王太子シエル・ランダナである。

魔眼とは、視線一つで相手を『魅了』したり『威圧』したりできる特殊な瞳だ。

裏切りや駆け引きが当たり前の陰謀渦巻く王宮で生き残るため、シエルはこれを駆使して人の心を操ってきた。


本当ならば、そんなものを使わないに越したことはない。

亡き前王太子は特にカリスマ性があり、存在しているだけで人が集まってくる人望の塊のような人だった。

そんな前王太子に密かに憧れていたシエルは彼の真似をしてみたこともあったけれど、うまくいかなかった。

両者はともに優秀さで知られながら、あまりにも真逆の性質を持っていたからだ。


シエルは「容姿端麗・頭脳明晰が極まりすぎて、いっそ非人間的」と称されるような人間だった。

前王太子は「人好きのする明るい笑顔と温厚で誠実な人柄が親しみやすく、慕わずにはいられない」類の人間だった。

シエルは基本的に感情が薄く、人を駒のように扱う冷徹さがあることも自覚している。

自分が彼のようになることは無理だと悟ったシエルは、魔眼をうまく使って生きていくという方針に切り替えた。


術にかかった人間は、瞳の色が濁る。

だからシエルは相手の目をじっと見つめて術をかけ、そして見つめ続けて色の変化を探ることで術の効き具合を判断してきた。

これまでは、例外なくそれで通用していた。


ところが、リラフィーナ、真の名をリラというこの娘にはなぜか術が効かないらしい。

刑場から連れ出す時には『魅了』を込めた視線を受けてぼうっとしつつも従順に動いているのだろうと思ったが、妃の話を受けると告げたあの瞳は、どこまでもまっすぐで美しく澄んでいた。

とてもではないが、あれは『魅了』された者の目ではない。


シエルが王国と一族の真の友誼を願ってきたというのは、嘘偽りのない真実だった。

思いがけず一族の嫡女が『運命』だったと知って、これは都合が良いと思った。

一族の敵たる自分に嫁ぐなど嫌がるだろうと思って、『魅了』を使ってやった。

しかし、彼女はどう考えても自分の意思で受諾したようにしか見えない。


……魔眼が効かないなんて、どうなっている? それでも受諾したのはなぜだ? 彼女は何を考えているんだ?

まあ、妃になってくれるのならこちらの思う通りに事が運ぶわけで、何の問題もないのではあるが。


妃になると堂々と言い切った彼女は、にこにことこちらを見つめている。

そのあまりにも無邪気な様子になんだか毒気を抜かれた気分になったシエルは、色々と聞きたいことはあったはずなのに少々気の抜けた質問をしてしまった。


「ところで、君のことは何と呼べば良いだろうか? 養女になっている以上、公的には君の名はラルージュ公爵令嬢リラフィーナになるわけだが」


「そうですね……。リラ、とお呼びいただければと思います。リラフィーナであることは事実でしょうが、自意識としてはリラ・ブランです。とはいえ、ブランに生まれたことも、ラルージュで育ったことも、どちらも大切にしたい。本当の名前でありリラフィーナの愛称である『リラ』は、そんな私に丁度良いかと」


リラ、という言葉を口の中で転がしてみる。

王国と一族の真の友誼を実現するという大望のために、これから手を携えて歩む娘の名を。

はじめて呼んだはずなのに、妙にしっくりとくる響きだ。


シエルは正直、『運命』というものを鼻で笑っていた節があった。

そんなものに夢を見るほどおめでたくはない。

自分には現れないのではないか、という根拠のない思いさえあった。

しかし、立太子の儀が一息ついたころ、不意に体内に電流が迸ったような衝撃が駆け抜けた。

衝動のままに足を進めると、処刑されかかっていた『運命』に出会った。


大望を成就させるにこれ以上なく適任の娘が『運命』だなんて。

信じてもいなかったのに、自分に都合の良い手駒を『運命』として采配してくれた女神は、なんとお人好しなことか。


「リラ」と声に出して呼んでみると、彼女は元気よく「はい」と応じてくる。

彼女は己を手駒として見るような薄情な男を夫とするのだ、哀れなことだなと他人事のように見やる。


(ああそういえば、明日は()()()()だったか……)


()()()は時間をかけて準備されてきたことで、関知していないが今更変更はありえないだろう。

妃となる日と重なるなんて、重ね重ね気の毒な娘だ。


でもまあ、この女神の選んだ娘とともに歩む道も悪くないような気がする。

この先どう転んでいくのか、『運命』のお手並み拝見といこうじゃないか。


シエルはもう一度、思い切り強力な『魅了』の視線を投げやってみた。

リラはやっぱり何も気付いていない様子で、澄んだ瞳を煌めかせて無邪気に微笑むばかりだった。

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