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2 一族嫡女の矜持

刑場からシエル殿下に手を引かれ、私は王城内を進んでいった。

どこを通りどこへ向かっているのか分からないが、驚くほど人に会わない。

もしかしたらここは恐れ多くも王族のための通路といったようなところではないか、と私は内心で震えていた。


「入れ」と言われて通されたのは、明らかに格の高い部屋だった。


「ここは私の私室だ。そこのソファーに座ってくれ」


……格が高いどころの騒ぎではない。王太子殿下の私室とは。

上品ながら見事な細工が施された調度の数々を前に、足が竦む。

指し示されたそれに私がおっかなびっくり座ったのを見届けて、シエル殿下も向かいにゆったりと座った。


「さて、話を始めようか。まずは情報のすり合わせを。君は、ブラン一族の族長の娘・リラで間違いないな?」


「はい、その通りでございます」


「リラという娘は、一族が討滅された十年前に戦乱の中で死んだとされている。報告者は、ラルージュ公爵。しかし、君は生きている。ということは、公爵の手引きで逃げたのか?」


「……はい。停戦後に残党狩りはしないという約定でしたが、実際は密やかに行われておりました。特に私は族長の娘でしたから、ブラン憎しという者に追われていたところで公爵様にお会いしたのです。公爵様は私の容姿を見て驚かれ、取引を持ちかけました――自分の願いを受け入れるなら、私の身の安全を担保してやる、と。その願いというのが、公爵様の御娘・リラフィーナ様に成り代わることでした」


隠しきれることでもないだろうし、そもそもシエル殿下は確信を持った話しぶりであったので、私は正直に返答することにした。


私は、髪色以外リラフィーナ様と瓜二つらしい。

本物のリラフィーナ様は、ブラン討伐の数ヶ月前に亡くなられたそうだ。

娘を亡くした悲しみのあまり、公爵夫人は狂気に陥った上に衰弱してしまった。

そんな奥様に心を痛めた公爵様は、ブラン討伐に同行していた際にリラフィーナ様そっくりな私を見つけ、「リラフィーナ」に仕立て上げることを思いついた。

髪色を娘と同じ薄紅色に染め、娘が好んだドレスを着せ、奥様のそばに侍らせる。

たとえまやかしであったとしても、公爵夫人の残りの命を娘と過ごす幸福な時間にしようとしたのだった。


無力な子どもが生き延びるには、この手を取るしかない。

そう思った私は、公爵様の提案を受け入れた。

公爵様は私を麻袋に入れて、貨物に紛れさせて王都へ連れていった。

それ以降公爵夫人につきっきりだった私は、公爵邸からほとんど出たことがない。

公爵様と会話することもめったになかった。

公爵様は奥様が全てという質の人で、リラフィーナとしての私には価値を見い出せど、私自身には興味を持っていなかったから。


お互いに利害が一致したから結んだ打算的な関係なのでそこに文句はなかったし、むしろ私がここまで生きてこられたのは公爵様のおかげだと感謝しているくらいだ。

私が死んだことになっていたり養女になっていたりという話はよく知らないが、私が「リラフィーナ」として存在することに支障がないように公爵様が取り計らっていたのだろう。

もちろん、全ては奥様のため、彼女の心の安寧のために。


……それからは、穏やかな日々だった。

しかし、一ヶ月ほど前。

ついに公爵夫人が亡くなった。

屋敷中が悲しみに暮れる中、その翌日公爵様が捕縛された。

何の罪かは知らないが家族や親しい者も一緒に捕まり、私も牢に入れられた。

その後、罪は公爵様一人のものとされて私は解放されることになった。

ところが、獄中で染められなかったせいでブラン特有の白銀色に戻った髪を、牢番たちに見られてしまった――最も私の素性を知られてはならない、未だにブラン憎しの思想に染まった人間たちに。

彼らは私を、獄死したという体裁で処刑しようとした。


「……そこに殿下がいらっしゃった、というわけです」


私は、長くなった話をそう締めくくった。

殿下は最後まで黙って耳を傾けていた。


「そうか。さきほども言ったが、君に罪はない。そんな君を殺そうとしたあの者たちには相応の処罰を与えるつもりだが……、十年経ってもブランへの感情は未だに縺れて解けることがないのだな」


最後は呟くようにそう言うと、殿下はソファーの背もたれに背中を預け、ふっと息を吐いた。

目を閉じて自分の考えに耽っている様子だったので、私はそれを邪魔しないように大人しくしていた。

ややあって目を開いた殿下は、何事かを決意したような眼差しで私を見据えた。


「……国を率いる王族として、立太子した身として、私は民を一つにまとめていく責任があると思っている。

私はずっと、王国とブランの和議を確固たるものとしたかった。つまり、両者が和睦したという公的な事実にとどまらず、民それぞれが心から友誼を受け入れるまでに至らせたかったのだ。難しいことだとは分かっていたし、どうしたら良いかも分からなかったが。

しかし、君が私の『運命』だった――他ならぬブランの血を引く君が」


その言葉に、私は驚きとともに敬意を抱いた。


母の死と引き換えに、確かに和平は成った。

しかし、人の心までは変えられなかった。


正直に言って、私自身に王国への敵意はない。

多くの一族の人間が犠牲になったことには当然複雑な感情があるけれど、それよりも母がその命を賭けて和平を希求したその気持ちこそ大切にしたかった。

公爵家に引き取られてから一族との交流がないので確たることは言えないが、族長の決定を尊重する一族の気質を鑑みるに、生き残った一族の者たちも大なり小なりそう考えていると思う。


しかし、王国の者が一族に向ける感情は未だに苛烈なものがある。

……実際、それで私は殺されそうになったわけだし。


これまで私は、ブランを敵視する目を諦めの面持ちで見ていた。

何をしても変わらないだろう、と思っていたから。


しかし、殿下は抗おうという。

殿下の目はどこまでも真剣で、真摯に自分の思いを語っているように思われた。

ならばそれに見合うだけの誠実さで、私も応えたいと思った。


他ならぬ私に、出来ることがあるなら――。

他ならぬ私を、望んでくれるなら――。


「君の母君の死が戦いの終わりの象徴となったように、王族の嫡子と一族の嫡女である私たちの婚儀を両者の友誼の象徴としたい。茨の道だろうが、どうか私とともに歩んではくれないだろうか」


――私が導く答えは、ただ一つだ。


「もちろんでございます。今の私に何ができるかわかりませんが、ブランの嫡女としての矜持にかけて、力の限り殿下をお支えすることを誓います。殿下の描く未来を、私も見てみたい。殿下の隣で、その景色を見せてください」


あれから十年。

私はもう庇護されるだけの幼子ではない。

一族の嫡女に生まれた者として、私にできることは何か。

私の母は、その命を賭けて一族と王国の和平を願った。

私はその想いを受け継ぎ、一族と王国を繋ぐ架け橋になりたい。

王太子との婚姻がその象徴となるのなら、喜んで受けよう。

私は私自身の意思でこれからの未来を描くんだ。


決意に満ちた瞳を向けると、殿下は少し驚いているように見えた。

しかしそれは幻だったかのようにすぐに消え去り、「ありがとう」と綺麗な微笑を浮かべていたのだった。

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