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日が傾き、塒に戻る鳥の鳴き声が、森林公園に響き渡る。
「……、腹が減ったな。そういえば昼も食ってないな」
そう言いながら、ルーファスが動いた。
「わるいな、付き合わせて……。腹が減っただろう。ジョゼフが言ってたブロウって店にでも行ってみるか?」
「うん……、そうだね。そういえば食べてなかった。僕も忘れていたよ」
アデールは魔道具をあわてて懐に戻した。
ルーファスが立ち上がり背伸びする横で、アデールも同じく背伸びをすると、ルーファスの手を取って繋いだ。今は大分落ち着いてるが、なんとなく不安だったからだ。
そんなアデールの心情を知ってか知らずか、ルーファスは手を握られると微笑んで見せた。
日暮れが迫る川沿いの道を手を繋いで歩く。アデールは美しい景色だと思いながらも、子供連れの声が悲しい響きに思えて、ブロウへの道すがらルーファスの様子ばかり見て歩いた。
ブロウは、なかなか大きな食堂だった。吹き抜けになった高い天井をアデールは見上げた。
「ほら、中に入るぞ」
ルーファスに手を引かれ、食堂の中へと入る。それに気づいた店員だろう丸々と太った女性が、こちらへとやってきた。
「いらっしゃい! こっちへおいで、この時間だと酔っ払いもいるからね。カウターにお座り」
そう言って店員が出入りする一番端の席にアデールを座らせた。
その物言いと貫禄からルーファスはここの店主かその奥さんだろうと思った。
「注文は? ディナーでいいかい?」
「ああ、おすすめを適当にくれるか?」
「見かけない顔だね。王都には観光かい? そんな注文の仕方だとぼったくられるよ」
「……いや、仕事を探しに。マーティンの息子のジョゼフから聞いてきたんだ。おすすめのディナーの中で、子供が食べやすいのをくれないか?」
「好き嫌いはあるかい?」
アデールに女性は話を向けた。アデールは急に話を向けられたので慌てた。
アデールは好き嫌いは少ない方だし、口に合わなくても、噛み砕いで飲み込める方だ。
たがこんな所で食事をした事が無い。自分でも食べらるのが分からず、アデールは自信なさげに無いと思うと返事をするほかなかった。
すると女将さんらしい女性は、呪文のようにメニューの名前を厨房の方へと叫んだ。
「ジョゼフの知り合いかい? 子連れで仕事探しなんて大変だねぇ。何の仕事を探しに来たんだい?」
「知り合いってほどでもないけどな。魔法陣の設計技師なんだけど、この辺りで仕事にありつけそうか?」
「どうだろうねー、あんまり聞かない職業だから、なんとも言えないね。昔はここら辺にもそんな仕事してた人がいたみたいだけど。イザベラが生きていりゃ話も聞けただろうけどねー」
「……そうか」
「昔ここで夜に歌を歌ってくれてた人なんだけどね、行方不明になった旦那がそんな職業だったんだよ。そのイザベラも三年前になくなっちまったけどね。ここら辺は魔道具とかの細々とした物作ってる職人さんが多く住んでる所だから、そこら辺詳しい人がいるかもしれないよ。そういえば、ここで聞いて回るのもいいけど、ジョゼフだってそうなんだから、ジョゼフに聞いてみたらどうだい?」
「……そうか、そうだな。ありがとう」
「覇気がないねぇ。そんなんで大丈夫かい?」
「あてが、無いわけじゃないんだ。ここら辺に同業者がいなければと思ってね」
「ここら辺を拠点にするのかい? そりゃいい、是非この店をご贔屓願いたいね。同じくらいの娘がうちにもいるんだ。仲良くしやっておくれ」
そう言いながら女将さんはアデールの頭を撫でた。
「名前は?」
「アデール」
「そうかい、うちのはベリンダっていうだ。昼間は店を手伝ってるから、見かけたら声かけてやって」
アデールは小さく頷いた。よく喋る人だ。そう感心せざる得ない。
娘もこんな感じだろうか? 仲良くなれるだろうかと、アデールは少し不安になった。
女将さんはルーファスには普通の大きさの肉煮込み料理とパンを出したが、アデールにはサービスだよと言って、皿にいろんな種類の料理を乗せて出してくれた。
美味しいと言った物はおかわりをくれたし、デザートだと言ってフルーツも出してくれた。
それなのに安くしてくれたようで、ルーファスは何度も女将さんにお礼を言っていた。
安くて安全な宿も教えてくれて、とても良くしてくれた。アデールはまた明日もここで食事がしたいと思った。
ブロウを出る頃にはすっかり日が暮れていた。しとしと雨も降っていたが、雨具を使うほどではなかった。魔道具だろうか、街灯が道を照らしていた。雨で濡れた石の舗装がその光を照り返す。星の見えない夜なのに、綺麗な夜だとアデールは思った。
宿までの道のりもルーファスと手を繋いで歩いた。
ルーファスはぼんやりと、なにか歌を口ずさんで歩いていた。アデールは聞いたことはないが、子守唄のような優しい音色の歌だと思った。アデールはその素敵な歌の題名が気になった。
だけどきっと、イザベラがよく歌っていた歌なのだろうと思って、宿までの道のりアデールは何も聞かなかった。