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初めての王都は、アデールにとって目に映る全てが新鮮で興味深かいものであった。荘厳な高い建物、珍しい調度品、美しく舗装された道。しかし、そこに心を浸らせる事は出来ずにいた。
王都に着いて時間が経つにつれ、ルーファスの様子がおかしくなっていったからである。
最初はちゃんとアデールに色々説明をしたりして、気にかけてくれていたのだ。
たがその説明は時折止まり、あたりをキョロキョロと見回しては、考えこんだりしだした。
そして今は目的地があるのか一心不乱に、速い足取りで歩いていた。アデールは駆け足で必死に追いかけていた。森で育ったのだ、体力には自信がある。追いかけるのは苦ではなかった。
しかし、街で迷子になったことなどないのだ。まして王都だ。ここでルーファスを見失っては、ルーファスとまた会う機会に恵まれる気がしなかった。
ルーファスのことは、名前と魔法陣設計技師であることしか知らない赤の他人ではあるものの、今まであまり人と関わりを持ってこなかったこともあって、魔道具を返さなくてはならない件を抜いても、このまま会えなくなるのはアデールは嫌だった。
「ルーファス、待っておくれよ」
必死で声をかける。何度目かの呼び止めで、やっとルーファスは止まってくれた。
アデールは人の往来を避けながらルーファスの隣に立ち、顔を覗き込んだ。白い素肌をより白いものにしたその顔は、困惑の色をのせていた。
冷たく血の気の失せたルーファスの手を握ると、やっとルーファスはアデールの方を見た。
「わるい……」
そう小さく呟くと、今度はひどく重い足取りで歩き始めた。
気づけば大きな森林公園を挟んだ、川沿いの道を歩いていた。反対側は住宅や商店が立ち並んでいて、とても住みやすそうな素敵な場所だとアデールは思った。
手を繋いだまましばらく歩くと、ルーファスは一軒の家の前で止まった。
それは家と家の間の狭い空間に建てられた、とても幅の狭い家だった。二階建てに屋根裏もあるだろうか? 隣の家と比べると幅は狭いが、高さは変わらない。
ルーファスはその家の入り口に立つと、一息ついてドアの取っ手に手を掛けた。
しかしガチャリと取っ手は音を立てたものの、ドアはピクリとも動かない。
「……家に、いないのか」
そうルーファスは呟いて懐を探る。
「モリスさんに何かようかい? 今はそこに住んでいないよ」
突如、声を掛けられ振り返る。隣の家から出てきたと思われる男は、ルーファスにも見覚えのない男だった。
「住んでいない……?」
頭を強く殴られたような感覚が襲う。モリスは自分の事の筈である。妻と五歳になる子供と三人で暮らしているのだ。住んでいないわけがない。
足に力が入らず、ルーファスはドアを背にその場にゆっくり座り込む。嫌な予感が当たるのを感じながら……。
「おい! あんた大丈夫か!」
男は慌てて駆け寄って来た。アデールも心配気に肩に手をやり、見下ろしてくる。
ルーファスは混乱しながらも男に問いかけた。
「あんたは誰だ? そこはマーティンの家の筈だろう? イザベラは、イザベラはどこにいる……」
男は尋常じゃないルーファスの様子に困惑しながらも答えた。
「親父を知っているのか? 親父は今、外に出てるんだ。おれは息子のジョゼフだよ。イザベラさんは三年くらい前だったかな、亡くなったよ。イザベラさんに会いに来たのか?」
「亡くなった……」
「ルーファス……」
茫然とするルーファスに、アデールは宥める様に名前をささやいた。
「ルーファスさんを知っているのかい? 俺が小さい頃に亡くなったのに、よく知ってるな。息子のダレルは今は違う所に住んでるんだ。連絡先を教えてやるから、うちに入んな。少し休んで行きなよ。そういえばあんたルーファスさんに似ているよ、親戚かい?」
ルーファスへの呼び声に返事をしたのは、隣の家から出てきた男、ジョゼフだった。
ジョゼフはルーファスに肩を貸して、自分の家へと促してくれる。アデールも反対側から腰を支えた。
ルーファスを覗き見ると、どこを見ているのか分からない瞳をしていた。ジョゼフの問いかけに答えることなく、ただなされるがままに歩く。
その様子にアデールは何となく察していた。どういう理屈か分からないが、あの洞窟に木の根に絡まって立っていた、その事実の意味を。