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魔法陣設計技師の弟子  作者: もち
1ー2 懐古の友
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1

「旦那様、本日届いたお手紙なのですが……」


 長年執事を務める老年の男の声に、ヴィクターは顔を上げる。

 いつもなら執務室に入室してから手紙の読み上げるまで、滞りなく進める執事が言葉を詰める。眉間に皺を寄せたまま執事を見た。

 深い皺が刻まれた執事の顔は、頭に描いていたものより老け込んでいた。

 思えば自分より年上の従者は、この男くらいしかもういない。家督を継いだ時、ヴィクターは幼く、皆年上であった。


「なんだ?」

 不機嫌そうにヴィクターは返事をした。だが本当に不機嫌なわけではない。だいたいヴィクターは眉間に皺を寄せている。

 執事もそれを分かっているので睨まれるような形になっても特に気にせず、一つの手紙を差し出した。


「差出人の記載の無い手紙でございます。それだけならいいのですが、宛先の筆跡が旦那様の筆跡にそっくりなのです。お心当たりございますか?」

 差し出された手紙を受け取るとヴィクターまじまじと見つめた。

 昔はサラサラとした長髪が生えていた、禿げ上がった頭を撫でる。その筆跡には見覚えがあった。

 自分の字に似てるのはもちろん、若い頃の自分の筆跡でいえば、こちらの方が本物と言えるサインの形に、一つの顔が浮かんだ。

 引き出しからペーパーナイフを取り出すと慌てて手紙を開封する。


「どうして……」

 手紙の内容を見ながら震える手で顔を撫でる。

「旦那様、如何なさいましたか? 脅迫文の類でしたか?」

 ヴィクターのただならぬ様子に、執事が心配気に話しかける。

「いや、違う。大丈夫だ。古い知り合いからの手紙だ。気にするな」

 そう言って懐に手紙をしまった。


「他の手紙の報告を続けろ。それと午後から出かける。馬車の用意を」

「承知しました」

 執事は胸に手を当て了解の意を示すと、手紙の一覧表を取り出し、いつも通り読み上げる。


 その脇で昔に比べて弛んだ顎を、組んだ手の上に乗せてヴィクターは思い馳せていた。

 何故今になってヤツから連絡が来るのか。妻のイザベラが亡くなって三年経つ。行方を探す事を、もう頭の片隅へと追いやっていた。今更なのだ。

 イザベラはずっと生きていると信じていた。死ぬまでずっと探し続けていた。


 あの洞窟で起きた事は、ヴィクターの胸に黒い染みとなって残っている。

 イザベラという負い目を感じる相手が亡くなって、正直ヴィクターは少し安堵していた。

 あの時自分がもっとしっかりしていれば、真面目に勉学に励んでいれば防げたかもしれない。

 黒い渦に呑まれ、助けを求めて叫ぶ声が頭に響く。


『ヴィクター!』


 伸ばされた手を掴もうとしたのだ。しかし、残されたのは彼が普段愛用していた、魔法陣が描かれた手帳一つだった。

 静まり返る祭壇のある洞窟にただ一人残され、しばらく息も出来なかった。


「旦那様、旦那様大丈夫ですか? 旦那様?」

 身体を揺すられ顔を上げる。自分が酷く震えている事に気づく。

「……やはり先程の手紙、何かあったのではございませんか? 差し出がましいようですが、奥様に相談した方がよろしいのでは?」

「大丈夫だ。心配はいらない、少し疲れているだけだ。……午後まで自室で少し休む」

 そう言って立ち上がろうとするものの、震えてうまくいかない。頭を抱えて顔を伏せた。

「もう今日は執務をしない。下がってくれ、何か緊急の用件があれば、フローレンスに」

 妻の名を出す。今は何に対しても冷静な判断ができるとは思えなかった。元々妻の方が政治に長けている。こういう時はすべて任せた方が良い。


 この手紙の件も、偽物にしろ本物にしろ妻に相談した方が良いのだろう。たがそうしない程度には、もう冷静判断ができずにいた。


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