第1章大問題じゃないか
目が醒めると日が落ちているのか、辛うじて周りが見える程の薄暗さになっていた。
どうやら僕はテントの中で横になっていたようだ。首下まで丁寧に被せてある布を払いのけ、上体を起こす。
「あいてて……」
頭に激痛が走り、咄嗟に右手でさする。怪我をしているみたいで包帯が巻かれてる。
なぜ僕はテントで横になっていたんだろう。確か、王都に向かう為に森の中に入って、牛の化け物から逃げていて……、その後が思い出せない。
頭をさすりながら周りを見渡す。そこで隣に人影が横たわっているのに気づく。
薄暗くてよく見えないが、亮や彩香ではないのは何とか見分けられた。あの二人の顔は人混みの中でも見分けられる程見慣れてるからね。
そして新たな疑問が浮かぶ。こいつは誰なんだ??
そんな疑問を模索してテントの外から橙色の光がゆらゆらと動いているのに気づく。僅かに人の声も聞こえる。
僕は不安な気持ちを抱えながら、テントの入口を恐る恐るめくる。
外の光景を見て、不安な気持ちが一気に消えていく。
「おう和喜!よく寝れたか?」
「おはようございますカズくん。怪我は大丈夫ですか??」
そこには、美味しそうに肉を頬張る亮と、笑顔で僕を迎える彩音、そして腰まで髪のある女の子が焚き火の前の丸太に座っていた。
「おう!起きたか!頭の方はまだ痛むか?」
女の子は元気な声でそう言いながら、僕に手招きをする。
「少し痛みますが、大丈夫ですよ」
「むぅ、そうか。すまんのぅ酷い目にあわせてもうて」
手招きに答え、女の子の前に立つ僕。銀髪の髪と赤い瞳の一見普通に可愛らしい少女だ。だか、明らかに僕達と違う身体の部分があった。
その少女にはキラリと光る小さな角がおでこについてて、細くて長く、先端が筆のような毛が付いている尻尾を持っていた。獣人。ゲンさんからその存在を教えたもらっていたが、実際見るのは初めてだ。
その少女は小動物の様に可愛らしい顔には似つかわしくない口調で申し訳なさそうに謝る。
「え?酷い目にって……?」
「覚えてないのか和喜?」
「私達、二本足で走る牛に追いかけられてたじゃないですか」
「そこは覚えてるよ」
「亮君もカズ君もダン君に吹き飛ばされたんですよ。そして私もやられちゃいそうな時にクレアさんが助けてくれたんです」
「クレアさん?」
「ワシの名前じゃよ、よろしくな」
クレアさんと名乗る美少女は僕に手を出してニコッと笑う。え、嘘でしょ。こんな幼女が助けたって。
「むぅ、信用してない顔じゃな」
「まぁお前の気持ちもわかるが、俺達が助けられたのは事実だぞ」
「そうだよね……助けてくれてありがとう。僕の名前は和喜。よろしくね」
「うむ!よろしくなカズキ!」
クレアは満面の笑みを浮かべていた。こんな可愛らしい幼女があの牛の化け物から助けたなんて信じられないけど――、
「――!?」
僕は、手を伸ばしたクレアの手を握った。そしてその掌が異常に硬く、僕が知っている女の子ではない事は確かだ。野球部でも素振りでこんなに硬くならないでしょ。
「カズキ、ワシの掌に何か言いたそうな顔じゃな」
「い、いや。そう言うわけじゃないけど……」
クレアが僕の顔を覗きながらジト目で見つめる。
「まぁ、言わないだけでマシじゃな。これでもちゃんと女じゃからな」
「俺なんてさっき口走って言ったら思いっきりぶっ飛ばされたぞ」
クレアが満面の笑みをこちらに向ける隣で、亮が先程受けた仕打ちを語りながら、肉を頬張り笑っていた。
「それを受けても傷一つつかないのだから、お主の体も相当なものじゃな」
「あのパンチはとんでもない威力でしたよ。亮くんの体で木が三つも折れていましたから」
クレアは少し不満そうな顔で亮を見ていて、彩音が怖い事を僕に伝えた。
それってもし僕が受けたら、絶対怪我じゃ済まないレベルでしょ。
自分の顔が引きつっている事に気付き、咳払いをして平然を装う。獣人にも色々あるのだろう。あの掌の事は忘れよう。
「あれ?あの牛の化け物はどうしたの?」
「ダンの事か?カズキの隣で一緒に寝てたはずじゃが?」
「え?僕の隣には人が寝てたよ?」
「うむ、そいつがお主らが言っている牛の化け物じゃよ」
クレアはきょとんとした顔で僕を見つめる。どういう事だ?薄暗いテントの中じゃ牛も人と見間違えたのか。いや、それにしてはあの人は小さ過ぎる。だって牛の化け物は僕達の二倍はある程の大きさだった。
「獣化といって、ワシら獣人はもう一つの姿に変化出来るんじゃよ」
この世界には多くの生物が存在する。人間や獣人、エルフもいるとゲンさんから聞いた。でも、あんな化け物になるなんて聞いてないぞ。
「ダンはまだ未熟でな。ワシが目を離した際に獣化の訓練を単独で行い暴走してしまったのじゃ」
暴走して人を襲うなんて大問題じゃないか。もしかしたら僕達なんてそのままあの世行きだったかもしれないのに。
でも、暴走って単語は何かカッコいいよね。男心をくすぐるっていうか、自分の技量以上の力が出せそうだし。
何はともあれ助かったんだ。本当に良かった。