信頼の消滅と筋肉のお兄さん
この天井を見るのは2回目、狼に食われた後が1回目で今が2回目、悠の部屋だ。机や本が相変わらず整理され綺麗に並んでいる。窓からは赤い夕日が差し込んでいた、どれぐらい寝ていたんだろうか。
凛が布団をかぶった体を起こそうと腕に力を入れるが、それは叶わなかった。
「いっったぁっ!」
両腕と肺のあたりに痛みが走る、まともに動かすことができない。骨が複雑骨折しているわけでもなく、皮膚が大火傷しているわけでもない。腕と肺のあたりに強い電流を流されているような感覚。ただ、狼に食われるよりはよっぽどマシで、泣き叫ぶほどではなかった。
「起きたの?」
バンという扉を開ける大きな音と共に悠が慌てて駆け込んでくる。
「目を覚ましたんだね、良かった」
「おかげさまで、でも、腕を動かそうとするとすごい痛いんですけど、あと肺も、私どうなっちゃったんでしょう?」
「ごめんなさい、私にもわからないの、でも」
「呪術の類ですわ、だから、そいつは危険だと言ったんですの」
悠の話を遮って闇が部屋に入ってきた。そう話すなり、凛のかけ布団をひっぺがした。
「うわ」
凛は思わず声をあげた、枕の斜角のおかげでギリギリ見える自分の両腕は初日観た狼のように真っ黒な色をしていた。胸のあたりは服を着ているので確認できない。
「あまり驚かないんですの?自分の身が呪われていると知ってたからですの?」
声量こそないが、殺気を感じさせるような声色、闇の目は黄色のカーネーションのように失望をあらわにしていた。
身動きできない凛の首を闇は掴むと、声を荒らげた。
「貴様!昨日スキャン魔法を行なったのに、私ですら気づかないほど高位の呪術!いったいどこで受けたものですの?なぜ、私たちに近づいた?答えなさいですの!記憶操作をされているというなら今すぐここで息の根止めてやるですの!」
凛の首をつかんでいない方の手に持った杖が黒く光りだす。
「やめて、闇!」
悠は闇の杖に触れる、すると初日に見た時のように、すぐに、杖から光が収まった。
「邪魔をしないで悠!」
「ハデスさんが来るまでせめて待って!」
「いいえ、待てませんの!今回ばかりは殺すですの!魔法がダメならこの手でやってやるですの!」
以前変わらず、凛の首を掴む手に、強く力が入った。
「うえっ・・ぐる・・・じい」
凛が泣き出すより先に涙をこぼしたのは悠だった。闇の足にすがりつく
「お願いだから、お願いだから、やめて、闇、もう見たくない、見たくないよ、人が死ぬのは、お願いだから」
か細く震える声が闇を貫く、手にかけていた力は自然と抜けていった。
「こいつは、悠を危険にさらしやがったですの、もし、この呪術がこいつだけじゃなくて、他のものにも影響を与える呪術だったとしたら、悠が酷い目にあっていたかもしれないですの」
「でも、私は無事だから、だからお願い、もうやめて」
「くっ」
闇は凛の顔を強く一度睨む、その表情は初日の狼ほどの恐怖を凛に与えた。
「わかったですの、ハデスが来るまでは待ちますの、悠、泣かないでほしいの、少し感情的になりすぎたの」
凛は放心状態だった、明らかに今の闇は自分を殺そうとしていた。自己紹介の時の話では鹿も殺せないと灯が言っていた。その言葉を思い出しても、さっきの闇は本気だと確信できた。少しは打ち解けた、そうどこかで思っていた凛としてはショックだった、闇がこの調子なら灯もきっと私を恨んでる。それに、ハデス?ハデスって、私を転生させてジムに行ったやつか?もしそうなら、今のこの状況は全部ハデスのせいだ!凛の目にジワリと涙が溜まっていた。
コンコン
扉がノックされる。悠はまだしゃがみこんでうつむいていた、顔は見えないがまだ少し涙を浮かべているのだろう、悠の代わりに闇が扉の向こう側にいる灯に入れと指示を出した
「悠、連れてきたよ、つっ!」
扉を開けるなり、灯は、しゃがみこむ悠を見て、側にかけよる。
「どうした、悠?おい闇、俺にわかるよう説明しろ、こいつのせいか?」
灯は立ち上がり、横になって目を潤ます凛を殺意のある眼で睨みつける。凛はやっぱりか、と思った途端、涙をこらえきれなくなり、ダムのように流した
「単細胞女、そいつのせいではないですの、悠を泣かしたのは私ですの」
「あぁ?たとえ闇でも、笑えねぇ冗談だぞ」
「私がそこに横たわってる愚物を殺そうとしたから悠が怒りましたの」
「じゃあ、結局は凛のせいってことでいいんだな?闇」
「二人ともお願いだから、やめて」
か細く震える声が今度は灯と闇を貫いた。黙り込む二人、そんな中、凛に聞き覚えのある声が響いた。
「やあ、みんな、筋肉のお兄さん、ハデスだよ!みんなは筋肉鍛えてるかい!?」
空気を読まない陽気な声が静まり返った悠の部屋中に響いた
悠の部屋はとても綺麗に片付いている、ちなみにベッドの下には○○○○○がある。この家で扉をバン!と開けることが一番多いのは悠かもしれない
黄色のカーネーションの花言葉は軽蔑や失念、ちなみにカーネーションは色で花言葉の意味が大きく変わる。母の日に送るなら絶対赤色のカーネーションを贈ること、花言葉は母への愛
灯と闇は、凛が悠を危険に晒したと判断している。
呪術➡︎この世界に存在する魔法の一種、条件を満たすと発動するものや、永続的に影響を与え続けるものなど、様々。