クリスマス前に新しい恋を
由奈は、先週、2年つきあってきた彼氏に振られた。
「ごめん。好きな人ができたから。」
何だよそれ。じゃあ、私は好きじゃなかったの?それとも、好きではなくなったの?
「わかった。別れよう。」
何となく、啓介がおかしいなとは思っていたんだ。何か一緒にしていても、どこかよそよそしいというか。やっぱり、そういうことか。仕方ないなって思った。
でも、この別れが最悪だと思ったのは、その翌日。友人の真理から、啓介が同じゼミの後輩とつきあいだしたと聞いたから。
由奈は大学4年。もう、内定ももらっていて、就職先も決まっている。大学に行かないといけない回数も減って、週末のコンビニバイト以外はけっこう家でのんびりしていた。
ああ。気が滅入る。実家だから親がいて、なおさらゆっくりすることも出来ず。泣くこともできない。
ふと、自分の着ているカーディガンが、去年、啓介からもらったプレゼントだった事に気がつく。一気に嫌悪感が出て脱ぐ。
そうだ。新しいカーディガンを買いに行こう。
12月の街は日中でもクリスマスのイルミネーションが綺麗で。浮かれた街の中で、新しいカーディガンを探す。ショッピングモールの床はピカピカで、周囲の看板やら照明を映し出す。もう、歩きながら何軒も見ているのに、ピンと来るものが無い。
なんだか、疲れたなあと思ってカフェに入る。
知らない曲が流れる店内から、ショッピングモールの他の店を眺める。
忙しそうに働いている店員さん達。おしゃれな洋服。でも、自分に似合うかと言われたら、今年の流行の服はちょっと違う気がする。
コーヒーのいい香り。でも、いつも以上に苦く感じるのは気分の問題だろうか。
カフェでのんびりネットニュースを眺めていると、真理からラインの通知。
-今日の夜、明いてる?
-まあ。予定無いけど、どうしたの?
-コンパ来ない?もう1人捜してるの。ゆーちゃんも気分転換になるでしょ。
ちょっと迷う。そんなに行く気になれない。
-ゆーちゃん、あんな嫌な男は忘れなよ。ゆーちゃんには、もっといい人いるって。さあ!新しい出会いを求めて一緒に行こうよ!
仲のいい真理なりに気を使ってくれたんだな。そう思うと、断るのも申し訳なくって。
-わかった。何時にどこ?
-7時に駅前西口に来て。それから女子みんなで移動するから。
-りょ。
まだお昼前だから、時間はある。そうだな、欲しいと思えるカーディガン無いし、今日着ていくトップスを1枚探そう。
そう決めて、残りのコーヒーを飲み干す。
トップスなら、2軒目あたりで見た白のニットがかわいかったな。
そう思いながら、他の店舗も見ていくけれど、初めの思いが強かったのか、結局、戻って白のニットセーターを買った。
このトップスに合わせるのは・・・。
ふと、思う。真理の言うとおりかもしれない。何かやることがあった方が、気分転換になる。
7時、女子5人集合して何人か同じ大学の顔見知りと話しながら居酒屋に向かう。居酒屋の喧噪。知らない男子5人。男子の1人が同じ大学で、他の4人はその子の高校の同級生。まあ、よくある飲み会で、みんな楽しそうにハイテンションに飲む。
合わせて飲みながらも、どこかこのテンションについて行けないと思う自分がいる。
2時間はあっという間に過ぎて、カラオケとボーリングどっちに行く?なんて言いながら複合施設を目指す。正直、もう帰りたいな。そう思っていたら、1人の男子が、「きつい?」って尋ねて来た。
「んー、ちょっと疲れた。」
正直に話す。そんなに顔に出てたかなあ。
「抜けようか。」
マジですか?驚いて彼を見ると、
「僕も帰りたいんだよね。」
ああ。なんだ、そう言うことか。
「わかった。」
私の返事を聞いて、彼が幹事に抜けると伝えに行く。
えー、とか声が上がったが、彼は人付き合いは上手らしい、冗談めかして邪魔をするなとか何とか彼が言って、みんなが笑って、バイバイした。
真理が振り返って、ウインクする。
いや。そういうことじゃ無いみたいだけど?
「じゃあ、帰りますか。」
彼の言葉に頷いて、
「お疲れ様でした。また。」
そう言って歩き出す。
なのに、数歩歩いてまた声をかけられた。
「あの。もしかして、駅まで行きます?」
「はい。」
「僕も駅なんで、そこまで一緒に行きましょうか。」
「ああ。そうだったんですね。」
2人で並んで歩く。
街の街路樹にイルミネーションが施された中、歩く。
何を話せばいいのかわからない。
一緒に行きましょうと言われたのに。ごめんねって思う。
「あっちの公園のライトアップのほうがやっぱり綺麗ですよね。」
急に話を振られて首をかしげる?
「公園?」
「そう。あっちに公園があるんですけど、行ったことありませんか?」
そう言いながら、道の反対側を指さす彼。
「公園なんて、ありましたっけ?」
クスッと笑って、彼が言う。
「そんなに遠回りじゃないですよ。ビルの裏なので、この通りからは見えないだけで。・・・行ってみます?」
遠慮がちに言う彼の言葉に、なんだか安心する自分がいる。
「連れてってくれますか?」
「いいですよ。」
横断歩道を渡って、茶色いビルの裏にその公園はあった。
きらめくイルミネーションと雪が降っているかのように見える流れるようなイルミネーション。雪の形をかたどった飾りや小さなサンタクロースもいて可愛らしい。
都会の一角にある小さな公園なのに、木々を照らし出すその明かりがとても美しくて。
「わぁ。」
そう言って、思わず立ち止まる。
「こっちから見ると、もっときれいですよ。」
おいでおいでとされて公園の中に入る。
公園の奥にあるベンチに座る。
「ラッキーですね。いつも、ここは人が座ってて。」
「そうなの?」
「そう、しかもほとんどカップルだから、遠慮してみんな近づけない。」
苦笑いする彼につられて笑う。
「知らない他の人からしたら、僕らもカップルに見えるんでしょうね。」
のんびりと話す彼。
「何か・・・すみません。」
つい、謝ってしまう。
「あ。いや、僕の方こそすいません、そういうつもりじゃなくて。全然、迷惑じゃないですよ。むしろ、普段座れない所に座れて、恋人がいる気分が味わえて、僕の方がラッキーです。」
そう言って、優しく笑う。
「彼女、いないんですか?」
「そうですね。1年の頃はいましたけど。自己主張の強い人で、性格が合わなくてすぐに別れました。それからは特には・・・。」
そう言いながら、イルミネーションを見る彼。
「私、先週振られたばっかりなんですよね。」
何でか、話してしまった。
「それは・・・。すみません、嫌なこと思い出した?」
気を使わせちゃったなあ。
「いいえ。もう、済んだことなので、相手に対する未練とか無いんですけど。でも、なんかモヤモヤしてて。」
正直に話してしまう。こんな事聞かされたくないだろうなあ。ごめん。
でも、まあ、今日限りの出会いで。多分、もう、会わない人だからいっか。
「長かったんですか?」
「2年かなあ。」
「結構長いですね。」
「そうかも。」
どうして、私はこんな事を、初めて会ったばかりの人に話しているんだろう。
「寒くないですか?」
「そう言われたら、ちょっと寒いかも。じっとしていると冷えて来ますね。」
昼間は暖かかったのに、指先も冷えてきている。
握り込んだ手に、彼の手が重ねられる。
あたたかい。
何だか。本当に恋人みたい。
「カフェにでも行きませんか?」
「いいですよ。」
何でかなあ。まるで流されてるみたいな気がするんだけど。やっぱり、心が弱っているのかなあ。
手を繋がれたまま歩いて、近くのカフェに入る。
「何にします?」
メニューを見ながら彼が尋ねる。
「夜だから、ココアにしとこうかな。」
「僕はコーヒーで。」
会計を払おうとすると、おごると言われてしまった。何だか、申し訳ないなあ。
カフェは人がいっぱいで、中央あたりの2人席に座る。
「人が多いですね。」
私の言葉に、彼が頷く。
「すいません、女の子を冷やしちゃって。」
いい人だなあ。
「大丈夫ですよ。それより、おごってもらってありがとうございます。」
「いえいえ。内定決まってますし。バイト三昧してます。それくらい、全然。」
「社会人になったら、遊べなくなるのに、もったいなくないですか?」
「そうかもしれない。」
笑顔が優しい。
私、こんなに人に惚れっぽい性格だったかなあ。
「由奈さん、でしたよね?」
「はい。」
「もし、よかったら・・・。クリスマス、一緒に過ごしません?」
うわお。ちょっと待って、どういう事??
「あのー。それって。」
「別れたばかりの人にこんな事言うの、悪いなって思うんですけど。僕は今日、由奈さん見てて、ちょっといいなって思ってて。でも、由奈さん、今そんな感じじゃないでしょう?だから、友達でいいんで。クリスマス、一緒にどこか行きません?」
逃げ道を用意して誘ってくれる優しさに、ちょっと泣きそうになる。
「行きましょう。」
そう返事をした私に、また、優しい笑顔が返ってくる。
「どこに行くか一緒に考えましょうか?」
それから、連絡先を交換して、遊園地と食事に行くクリスマスの予定を立ててからカフェを出て。家が反対方向だったので駅で別れた。
この1週間の憂鬱は何だったんだろう。
真理。ありがとう。やっぱり、今日行ってよかった。
帰りの電車の中で思う。もっと一緒にいて、話をしたかったなって。
多分、私、もう彼のことが好きだ。
ラインの着信が入る。
ren
-今日はありがとう。気をつけて帰ってね。
電車の中で顔がにやける。
-ありがとう。蓮君も気をつけて。
さあ、新しい恋をしよう