王子の婚約者
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「は…?何ですって?」
紅茶を飲もうとした手が止まる。なぜならジェラルド先生の言葉に呆気にとられてしまったからだ。
「すみません、ジェラルド先生…。もう一度言って下さい。今、何が流行っているんですか…?」
「ですから…。‘俺はお前と婚約破棄をする!’って宣言するのが貴族の流行りなんですって」
「………」
「明らかに三か月前のゴットフリート王子とグレーティア、それにメリーを絡めての婚約破棄事件の影響ですよね」
ジェラルド先生もさすがに苦笑している。
「聞いたところによると、夜会とかパーティー等の公の場で婚約破棄宣言を高らかにするだとか…。そして自分の想い人を連れてきて、‘この女性と結婚する’と言うそうですよ」
「……悪趣味…。貴族の考えていることは分からない」
ゴットフリート王子みたいな馬鹿が沢山いるということですよね?なんだ…この国は大丈夫なのか!?平和とは言え、流石に平和ボケはよろしくない方向に向かっている気がする。
「ですが考えようによってはこれも時代の変化なのかもしれませんよ?」
「…どういうことです?」
ジェラルド先生はすうと目を細めて外を見た。
「貴族にとっての婚姻は、自身の家の強化です。強力な権力を持つ家と家を結びつけるもの、それが婚姻でした。その意味が消えつつあるということです」
「…確かに……そうですね、考えようによっては…」
「ある意味で、これは大変な時代の変化ですよ。貴族が家の繋がりよりも、個々の意思を尊重するようになったということですからね。喜ばしい事なのか、そうではないのか判断しかねますが」
「…そう言えば…ジェラルド先生も貴族でしたよね」
少しだけ非難めいた視線がこちらに寄越される。ジェラルド先生は自分が貴族であるということを言われるのが嫌いなようで、先生達は極力この話題を彼に振らないようにしている。でも私はそんなもの関係ない。普通に聞きたいことは聞く。
「お兄さんがいると聞いてますが、もうお兄さんはご結婚されて家を継いでいるのですよね?」
「…そうですね」
「ジェラルド先生にはご結婚話は出なかったのですか?」
他意はない。普通に疑問に思ったから聞いたまでだ。二十五歳になってまで独身で教師をしている貴族が珍しいと思ったからだ。
けれどジェラルド先生からは予想外の言葉が発せられた。
「実は私は二度結婚しています」
「…ええ!?」
「一度目は十六歳の時に。二度目は十九歳の時に。どちらも親が持ってきた話です。商家の家の娘さんとのね」
「……そ、そうだったのですか…」
「結婚当日が初の顔合わせ。そこに特別な感情はいりません。お互いが家を強固にするための道具でしたか」
「……」
初耳だった。単純に驚いた。ずっと独身だと思っていたから。
考えてみれば私はジェラルド先生のことをよく知らない。敢えて聞かなかったからだ。ジェラルド先生も私のことはあまりよく知らないだろう。私の父が内戦で命を落としたことも、下に妹がいて、母は再婚していることもきっと知らないだろうし興味もないだろう。気が向けば恋人のように身体を重ねる、ドライでお互い都合のいい関係だ。
別に不満はない。今更だし。けれど少しだけ好奇心が沸くのも確かで…。
「どうして離婚したんですか?」
その瞬間、ジェラルド先生はひゅっと冷たい目になって私を見つめた。その視線に思わずひるみ、言葉を続けることができないでいた。
「…言いたくありません」
柔らかい口調で、しかしはっきりと示した拒絶の意。私はその時、ああ、と心の中で呟いた。
この人は他人を信用していないのだ。いつもニコニコと笑っているが、そのくせ心の底では他人をどこかで拒絶している。私に対してだって…。
「結婚生活で嫌なことでもありましたか」
じろりと睨まれる。そこまで睨まなくてもいいとは思うけれど。だって私はジェラルド先生のこと全く知らないし。少なくとも身体の関係があるのだったら少しくらいは彼の事を知りたいと思うのだけれど、どうやら先生はそうじゃないようだ。ここが男と女の違いってやつなのか。
「なんでもありません。不愉快な想いさせてごめんなさい。これ以上居たらジェラルド先生が怒りそうなので、私は退出しますね」
本日の業務は終了しているし、ちょっとだけ仕事したら屋敷に戻ろう。そう思って立ち上がったが…。
「っ!ちょっと…!」
ドアに手をかけようとしたら、後ろから腕を掴まれて強く引っ張られる。体勢を崩した私は、ソファーに座っていたジェラルド先生の膝の上に座り込む形になり、
「……っん!……」
後頭部を右手で押さえ込まれ、左手は頬に添えられると強く口づけられる。まるで怒りをぶつけるように。
角度を変えて何度もキスをされると、次第にジェラルド先生が興奮しているのが分かったが…。
痛い、と思った。普段は甘く感じる口づけが痛く、嫌なものだと感じた。
「ジェラルド先生…!離して!」
「嫌です」
「ちょっと…!いい加減に…!」
強く強く抱きしめられる。気づけば彼の顔は私の胸に埋められ、何かを思い出したくないと言わんばかりに体をぎゅっと固めて私を抱きしめる。その様子は叱られた子供みたいだ。
「………ごめん、ロッテ先生」
「………」
「少しだけこうさせて……」
はあ、と深く溜息をつく。子供みたいじゃなくて、この人は本当に子供なんだ。心だけが成長しきれなかった子供。絶対に私の方が、遥かに精神年齢が高いはずだ。
ジェラルド先生の頭をよしよしと撫でるようにすれば、彼の腕の力が少しだけ緩む。
「…ロッテ先生…。ここでしたい…。ロッテ先生が欲しい…」
「………はあ!?何言っているの」
「ロッテ先生が悪い。僕を煽ったから」
「煽ってないし。馬鹿な事を言うのはやめなさいよ。一体あなたは何歳なんですか…」
強い口調で言い放ってやれば、そうですね、とへにゃりと笑うジェラルド先生は、いつものジェラルド先生だった。
***
それから二日後、アズベーク学園はちょっとした騒ぎになった。ある女生徒が途中編入して来たからだ。
「この中途半端な時期にですか…。一体どんな子です?」
私は担当学年ではないので直接関わりはないようだが、気になるものは気になる。ニコラス先生に尋ねればさらりと教えてくれた。
「エマ・リュシュリー公爵令嬢、十六歳。第一王子、ルードヴィッヒの婚約者殿だよ」
「……へえ?ルードヴィッヒの?」
これはまた何というか…ルードヴィッヒ絡みの生徒か。ついこの前までは弟のゴットフリートの面倒を見ていただけに、不思議な気分になってしまう。
「噂をすれば何とやら。ほら、あれがエマですよ」
ニコラス先生が窓の外を見た。私も窓の方へ近づいて視線を持っていけば、赤毛の交じったくせっ毛の髪の毛を高く結わいて、小柄でそばかすの勝気そうな少女が颯爽と歩いていたのを目にした。
ルードヴィッヒの婚約者だと言うから、もっと大人しそうでどちらかと言うと美人な少女を想像していたが…。
「気が強そうですね」
第一印象はそれ。
「それに活発なのでは?あの歩き方を見ていると…」
歩き方はその人の性格がよく出ているものだ。せっかちな人は歩くのが速いし、マイペースな人は割とゆっくり歩く。きょろきょろ周りを見て歩く人もいれば、真っ直ぐ前だけを見ている子もいる。
エマという少女は力強くテキパキと歩いていた。肩を大きく振って、大きな目は前をしっかり見つめている。周りの子達など気にしてはいないだろう。
第一王子の婚約者だという噂は既に広まっているようで、他の生徒たちも興味津々でエマを見えている。できればお近づきになりたと考えているのが見え見えで、そんな生徒たちの様子が面白くて仕方ない。
***
「ロッテ先生ですね。初めまして、エマと申します。ルードヴィッヒ様より伺っておりましたので、お会いしたいと思っておりました」
その日の放課後、エマは私のところにやって来た。ペコリと挨拶をしてニコニコ笑顔。非常に社交的で好感が持てる子だった。
「ふふ、わざわざ挨拶に来てくれたのね、ありがとう。ところで、私の事ルードヴィッヒから聞いているんだ?」
「はい、学園で唯一の女性教師で自分の担任だったと。非常にハキハキした物言いで、最初は面食らったと笑っていましたよ」
「へえ?そうだったんだ!それは初耳。ルードヴィッヒは表情があんまり変わらないから」
エマはよくしゃべる子だった。しかし空気が読めないわけではなくむしろ敏感な方で、校長先生がいらした時は淑女らしく丁寧におじきをしていたから、人を選んで話す口調や内容を変えているようだ。ニコラス先生はその点について「抜け目がない」と評していたが、私は好ましく思う。だって誰にでもできることではないから…。コミュニケーション力が高い人の特権であろう。
以上のことから、エマは最初から注目をされる子だった。第一王子の婚約者で途中編入生、社交的で明るく元気な人気者。この学園に早くも馴染めたようで、馬鹿な弟王子殿下と違い、何事も問題なく卒業していくんだろうなあと思っていた矢先に事件は起きた。
その日は生徒が主催する学園祭だった。
親族親戚や友人たち、街に住む人たちも招いて行う学園祭は、アズベーク学園の名物の一つである。
その学園祭の後夜祭の時だった。エマは、階段から落ちて足の骨を折る怪我をしたのだった。それだけならまだしも、目撃した生徒の話によれば、エマはとある女生徒に突き落とされたとのことだ。
「エマ」
「! ロッテ先生…」
医療室で手当てをされていたエマの様子を見に来れば、足には包帯が巻かれていて痛々しい。変な落ち方をしてしまったようで、顔にも青あざがあった。
「エマ、聞いたよ。誰かに突き落とされたんだって?」
「………」
「別に私は怒っていないから言ってごらん?もしかして、日頃からいじめを受けていたの?」
いつもの元気で活発なエマからは似つかわしくないくらい小さい声で「日頃ではありませんが…」と答えた。
「時々そのような事はありました…。教科書がなくなっていたり、鞄が湖に投げ込まれていたり…」
聞いて自分の迂闊さを呪った。エマみたいな子はいじめから程遠いと決めつけていたが、人間関係に「絶対」はないのだ…。分かっていたのに、生徒が苦しい想いをしていたのを見過ごしていたなんて…。
「いじめを知ったからには放っておけないよ。誰にやられたか見当はついている?」
「いえ…!いいんです…。何もしなくて、私は大丈夫です…!」
「報復を恐れている?そんなことはさせないよ?」
「違います…!違うのです…。いいのです…お願いです、何もなさらないで…」
今にも泣きだしそうな様子に何も言えなくなってしまう。どうしてこんなに頑なになっているのだろうか?
結局医療室で何もできなかった私は、エマを寮まで送っていくしかなかった。けれどその帰り道で、これまた予想外の人物がいた。
「ロッテ先生、お久しぶりです」
「おお!?ゴットフリート!?」
そこに居たのは、なんとあの婚約破棄事件を起こした張本人でこの国の第二王子であるゴットフリートだ!既に卒業をした身なのにこの場にいるとは。
「エマ嬢が怪我をしたと聞きまして」
「……情報が早いね」
「兄は公務で来られませんので、代わりに私が来ました。…兄には色々としてもらったのでね」
偉そうによく言う…。とここで言っても仕方ない。
「エマは寮に戻ったよ。話があるなら呼んでこようか?」
女子寮に男子生徒は入れない。けれどゴットフリートは首を横に振って、それよりも私と話したいと言ってきた。それならばと、いつも使用させて頂いている、無駄に豪華でキラキラな「お貴族様専用のサロン」に向かった。
「それで?私に話って?」
ゴットフリートは逡巡していたが、ややあって口を開いた。
「ロッテ先生は…。エマがいやがらせを受けていたことについては…」
「……さっき本人からも少し聞いた。全く知らなかったから…その件は申し訳ないです」
素直に謝れば、ゴットフリートが多少慌てる。
「いいんです。どうせエマだって詳しい事は言わなかったんでしょう?エマはこうなるだろうって予想していたので、それ程衝撃は受けていないと思いますよ」
ん?予想していたとは…。どういうことだろうか。いじめられることを分かっていたと言うのだろうか。
「…エマは…。兄上の婚約者です。理由はそれで充分です」
「え?は?もしかして嫉妬ってやつ?第一王子の婚約者だから気に食わないって?随分幼稚だね…」
「ああ…いえ…。普通はそうなるでしょうけれど…」
「…何?煮え切らないなあ…。はっきり言いなさいよ」
「だから…ロッテ先生、怖いですよ。そんなに威嚇しないで下さいよ」
俺様な第二王子としては弱気な態度。そんなに私って怖いのかな?
「つまりですね…。エマが兄上と結婚する事を気に食わない人がいるんです。その人のせいでエマは怪我をしたわけです」
「それは分かる。で?どの女生徒なの?」
「それが…。エマが転校して来る前の学園にいる……同じ学年の男子生徒なんです」
……男子生徒?男子生徒がエマとルードヴィッヒの結婚を阻止するの?それってまるで…。
「お察しの通りです。その男子生徒とエマは…恋仲だったんです。名前をニコル…と言います」
「……恋仲…。ってことは?ニコルはエマに結婚して欲しくなくて、エマを傷つけていると?」
「……そうです。兄上の婚約者であるのが辛いとエマに思ってもらえれば、自分のところに帰ってくると信じているようです。この学園にいる友人に指示をしてエマに手を出しているようです」
何それ。呆れてモノが言えない。好きな子を傷つけて自分のモノにしようという魂胆が姑息で気に入らないし、第一男らしくない。いや…それよりもまずは…。
「なんていうか…。マセてるなあ…。十六歳なのに恋仲とか婚約とか結婚とかかあー…」
「え、そこですか?別に普通でしょう?私達は常に意識をしていますが」
「ああ、そうだったね…。貴族様達は恋の話で頭が一杯だったんだ」
「……馬鹿にしていません?」
「君の事は馬鹿だと思っているよ」
「ロッテ先生っ!!!」
真っ赤になったゴットフリートに思わず笑いがこみ上げる。そうそう、この子は馬鹿だけれど、ルードヴィッヒと違ってこういう事も言えるから気楽だったんだ。決して悪い子ではなかったんだったなあ。馬鹿だけど。
「話を戻しますけれど、エマはもうニコルに気持ちはないんですよ。兄上の婚約者と決定された時から、自ら進んで立派な王妃になると宣言をしたんです。兄の隣に立てるよう、ふさわしい王妃になると」
「へえ?」
「でもニコルの気持ちも分かるからこそ、自分は耐えると言っていました。いつかニコルと穏やかに話せる時が来るまで、自分は待つと」
「…甘くない?そのニコルって男、既に変な方向に暴走しているでしょ?直ぐに牽制した方がいいよ」
「はい、私も兄上もそのつもりです。ニコルを放っておくことはもう限界です」
「そもそも、裏にいるのはニコルってエマが気付いている時点で、エマがニコルの元に戻ることはないでしょ…。ニコルって奴、その事分かってないでしょ?」
ゴットフリートは頷く。
「ロッテ先生、エマとニコルの事は私に任せてもらえませんか?これ以上エマには手を出させませんから」
「…対応が遅いと思うけれど、そこまで言うなら従いますとも。でもエマがまた怪我したり傷ついたりしたら怒るからね?」
勿論です、ゴットフリートは再び首を縦に振った。
そしてふと思い立ったように口を開く。
「実は聞いた話では…。ニコルは…エマは自分のモノだと主張したかったようです…」
「は?何の話?」
「ですから…。ニコルは、公の場で、‘私はここにいるエマと結婚をする!’と宣言したかったようですよ…。自分の婚約者に婚約破棄宣言をした後に…」
「………」
「と申しましても、ニコルには婚約者はいないので…これは出来ないのですが…」
苦々しい顔をしたゴットフリートの頭をギリギリと抑えつけてやった。痛いですと言われようとも。
「公の場での婚約破棄宣言と結婚宣言が流行っているって聞いたけれど…。全ての元凶はお前だからな!?分かっているのか!」
「痛い!痛いですロッテ先生!分かってます、分かっていますって!」
「二度とあんな馬鹿なことはするなよっ!?」
「分かっていますって!反省しています!これでも…!!ちゃんとグレーティアにも謝りました!」
それを聞いて手を放してやる。へえ?グレーティアに謝ったんだ、この子?
「メリーが謝っておけって言っていて…。私たちは他人を押しのけて幸せになるのだから、グレーティアに謝罪するべきだと…」
「それをメリーから言われなきゃ気付かないってところが、君は馬鹿だと言われる所以だよ」
「うっ……!は…はい……。そうですね…。すみません…」
「分かっていると思うけれど、グレーティアを切り捨てたんだから、メリーは幸せにしなさいよ?メリーも捨てたら、君を殴りに行くからね?」
それはないですから安心して下さい、とキリッと言ったところは褒めてやってもいいだろう。
「ところで、エマはルードヴィッヒに恋愛感情を持っているの?」
気になったことを聞いてみたが、ゴットフリートは首を横に振った。
「尊敬はしているけれど、お兄様みたいな存在とのことです。私とメリーのような甘い関係にはきっとなりませんよ」
お前の話はもういいよ。
「でも、兄上もエマもそれでいいそうですよ。兄上は王妃になる器の人物を求めていますし、エマもそれをよく分かっています。夫婦愛はなくても、良きパートナーであり続けると思います」
「……ゴットフリートのクセにそんな事を言うなんてね」
ちょっと見ない間に随分成長したんだねえとしみじみしてしまえば、馬鹿にしないで下さいと口を尖らせた。婚約破棄事件の時はもう少しお子様だったように記憶されているけれど、短期間で成長したのだな。メリーの教育の賜物かしら?
「ロッテ先生、聞いていいですか?ずっと不思議だったのですが、ロッテ先生は結婚はしないのですか?」
「何、急に…」
「この話題ですし、急にとは思いませんが…。だってロッテ先生はお綺麗ですよ?だから不思議で…」
ゴットフリートに綺麗なんて言われる日が来るとは思わなかったよ。
「そうねえ…。実を言えば、結婚にはあまり興味がないんだよねえ…。君たちの相手をしているのが楽しいから…」
「……へえ…?でもジェラルド先生といい仲だって噂ありましたけれど?真実ですか?」
「……………」
「私はもう卒業したし、教えて下さいよ。他言はしませんから」
ルードヴィッヒといいゴットフリートといい…この兄弟は…。でも卒業しているし、別に教えてもいいか…。
「友達以上、恋人未満。身体だけの関係だよ」
がくっと肩の力が抜けたかつての教え子は、顔を真っ赤にさせていた。何だよ…知りたいって言うから教えてやったのに。
「それは…。やめた方がいいのでは?」
「ルードヴィッヒと同じことを言うねぇ…」
「当たり前です!ロッテ先生は私とメリーを見習うべきです!ちゃんと婚約しましたし、結婚するまでは同衾するつもりもありませんよ!?」
「ほう…それは偉い。馬鹿だって思っていたけれど、案外ちゃんとしているね…」
「ロッテ先生の方が馬鹿ですよ!!ちゃんと大事にしてくれる男を選ぶべきです!」
思わず笑う。確かに、そうかもしれない。
「ありがとう、気にしてくれて」
君もルードヴィッヒも。それだけで嬉しくなる。
今度またゆっくり話そうねと言ったら、勿論ですよと笑顔で答えてくれる。馬鹿王子なんてもう言えないだろう。彼の成長を、心から嬉しく思った。
しかし、恋愛って単純で、でもこじれると面倒だなって思う。ゴットフリート達の婚約破棄事件についても、今回のエマの事についても。そして私自身も…。
「ロッテ先生。待っていましたよ」
「……なんで待っていたんですか?」
「なんでって、それを聞きますか?ロッテ先生が欲しいって、僕言いましたよね?」
「………」
「ロッテ先生を…抱きたいんですよ」
廊下で待っていたジェラルド先生を見て、溜息が出てくる。私はこの人とどうなりたいのだろう。いや、別に何も期待していない。この人と結婚して幸せな生活を送るなんて想像できないし…。彼もそれは望んでいない。第一彼は結婚に対して悪い印象しかないのだろう。
「王子殿下との話は済みました?」
「……済んだ。随分成長していたよ。婚約破棄宣言した時とは比べモノにならないくらいに」
「そうですか。可愛い恋人のために頑張ったのですかねえ」
キスをしながらジェラルド先生はしゃべる。彼の茶色の髪がさらりと私の目元にかかってくすぐったい。
「婚約と結婚…今の学園は色恋の話で溢れていますね。それに希望を持っているあたり、若いですね」
くすくすと笑うジェラルド先生に、少しだけ不愉快さがこみ上げる。恋をしてはダメなの?希望を持ってはいけないの?問うても、どうせ碌に答えてはくれないだろう。
「可愛いですよ…ロッテ先生。僕の愛しい人…」
私を愛撫しながら彼はいつもそう言う…。言葉だけならいくらでも言える。けれどそれを全て受け入れて酔いしれるほど、私はもう若くもないし純粋でもない。
自分の人生に後悔はないけれど…。
もし、同じ人生をやり直せるならば…。この学園にいる生徒たちのように、恋をしてみたいと思う。学生時代の危ういけれど甘酸っぱい恋愛をして、それに悩んで…そんなことをしてみたいと思ったのだった。