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悪役令嬢ならぬ、「悪女」について

R15?? そういう表現も出てきますので、閲覧は自己責任でお願い致します。

王族から名門貴族・商家、いわゆる良家の子供が通う名門校・アズベーク学園。


その学園に通う、プライドの高い十代のキラキラしたお子様たちを教育するのが私、ロッテ・ダナー。今年三十歳、独身まっしぐらだけど、仕事が大好きな女です。



***


その日は休みだった。


アズベーク学園の敷地内に建設された、教師たち用の屋敷を出て一人で街へ遊びに行く。とは言っても、簡単な買い物をして、昼には街で暮らしている家族に会いに行くくらいだが。


この街に来て早五年。私の母は、この街で出会った男性と再婚をして、妹も一緒に家族三人で幸せに暮らしている。義理の父親となったダンはとても良い人で、私と妹のことを大層可愛がってくれているのだ。三十路の女を可愛がるというのは表現がおかしいが。


お給金の半分を家族へ渡し、夕食を食べたところで屋敷へ帰る。家族のところで一泊しても良いのだが、次の日が仕事なのでここは大人しく帰る事にした。


もう辺りは暗い。この国は比較的治安がいいとは言え、やはり夜の道を女一人で歩くのは危険が伴う。


ふと路地裏の方へ目をやる。


薄暗い道で立っていたのは二人の男女。女は胸元を肌蹴させて足を大胆に出している。目の前の五十代くらいの男に甘い声で話しかけている辺り、娼婦に違いない。


けれど女の顔を見た瞬間、私はまさか、と驚きを隠せなかった。


何度見ても人違いではないと分かったから、私の足は女の方へ向かって行き、女の腕を掴んで強引に男から引き離した。


「ちょっと!?一体何なのですか!」

「…それはこっちの台詞だよ。こんな場所で、こんな時間に、そんな格好で何をしているの?ガリーナ」


叫んだ女の名前を呼ぶと、女ははっと顔を青ざめさせた。やっと私が誰だか分かったみたいだ。


有無を言わさずその女を引っ張って行き、学園近くの道端でやっと対面した。





***


「あなた、馬鹿なのではなくて?わたくしの前を歩くなんて…この世の常識というものが欠落なさっているのね。もう一度貴族の礼儀と作法を学んだ方がよろしくてよ」


朝から他人に向かって嫌味全開、まるで悪役令嬢だねと言ったのはどの先生だったか。そのくらい、口からポンポンと嫌味がよくもまあ出てくる、出てくる…。


「ガリーナ・スコラヴィッチ公爵令嬢でしたね。気位の高さは流石と言うべきか」

「ジェラルド先生…あれは気位と言うか、他人をいじめて罵倒するのが大好きってだけなんじゃないですか」


高飛車で我儘令嬢と名高いガリーナを気位が高いと評しては、本当に気位の高い方々にご迷惑なのではと言ってみる。


二階の窓からガリーナを見ていた私とジェラルド先生の傍にニコラス先生もやって来て、窓から彼女の姿を確認する。そして面白そうに口を開いた。


「そう言えばガリーナって、第二王子のゴットフリートの婚約者候補だったんですよ」

「え、そうなのですか」


それは初耳だ。確かに公爵家だし、王子の花嫁候補であってもおかしくはないけれど。


「でもあの性格ですからね。ゴットフリート王子とは合わなかったようで、結局グレーディアがゴットフリート王子の婚約者に選ばれたというわけですよ」

「で、その王子はグレーティアを捨ててメリーを選んだと…」

「思慮深いグレーティアだからこそ、あのパーティーの婚約破棄事件はそれ程ごたごたしなくて終わったんですよ。これがガリーナだったとしたら…かなりきっつい言葉で王子とメリーに突っかかった挙句、乱闘騒ぎまで発展していたでしょうよ」


確かに…。ガリーナならやりかねない。ガリーナは何より、馬鹿にされることを嫌うし、山並みのプライドの高さだ。ホールのど真ん中で堂々と婚約破棄宣言をされた日にはどんな事があるのか想像するだけで恐ろしい。


ガリーナは漆黒の髪に吊り上がった黒い瞳が特徴的な少女だ。見ようによっては美しいとも可愛いとも言えるだろうけれど、いかんせん言葉がかなりきつい。こうだと決め付けての上から発言は、慣れた人でも反論しがたいものだ。


付いたあだ名は「黒い女王」だの「悪役令嬢」だの、あまり嬉しくないであろうものばかり。しかしガリーナは気にしているそぶりはちっとも見せず、今日も全開で嫌味を振りまいていた。


ガリーナは私の受け持ちの生徒ではないが、その名前と顔は知っている。あまりにも有名すぎるからだ。


彼女の周りにいる子達は、ガリーナが公爵家出身だという理由からで、本当はガリーナと距離を置きたいらしい。つまりガリーナには親しい友人は一人もいないということになる。ガリーナの自業自得と言えばそうだが、あのまま生きていてはさぞ生きにくいだろうになあと常々思っていたのだった。








それなのに…。

どうしてそのガリーナが、街中の裏路地で娼婦の格好をしているのだろう。


「ガリーナ」


ぴくりと彼女の肩が揺れる。私に叱られるとでも思っているのだろうか。いや、がっつり叱るけれどね、これは。


「私が誰だか、分かっているね?」

「……はい…。ロッテ先生ですね…。アズベーク学園の…唯一の女性教師です…」


分かっているならばよろしい。


「まず第一に。こんな夜に学園の寮を抜け出すなんて…。夜遊びは厳しい罰が与えられます。それは知っていますよね?」

「……知っています」

「よろしい。では聞きますが、寮を抜け出したのはガリーナだけ?それとも他に誰かいるのですか?」

「……私だけです…。他には誰も知りません」


ガリーナは寮に専属のメイドがいたはずだ。そのメイドもこの事を知っているのかと問えば、知らないと答えた。


「では次に…。見たところ、娼婦のような格好をしてるよね。まさかとは思うけれど、本当に娼婦の真似事をしていたの?」

「………」

「ガリーナ、答えなさい」


しかしガリーナは一向に答えない。口をぎゅっと結んで、視線を地面に向けるだけ。


この態度に私も怒りが込み上げてきたが、貝のように閉じてしまった心を開くには、怒りをぶつけても駄目なんだということを私はよく知っている。怒りからは何も生まれない。


落ち付け、落ち付け私…。私は大人だ。余裕ある大人の態度を見せなくては、きっとガリーナは心を開いてはくれない。



色々考えた後、私はほうっと息を吐いて夜空を見上げた。星が綺麗だ。しかしずっと外で立ったままでいるのは疲れる。


「ガリーナ、私の部屋においで。今から招待するから」


え、というガリーナに私は笑顔を向けた。


「これは秘密にしておいてね。教師の寮に、生徒は入れちゃいけないんだから。今日は特別だよ」

「……」


他の教師や生徒にばれないように、裏門から入って屋敷へ向かう。秘密を共有したことで、少しはガリーナが心を開いてくれればいいけれど…と祈りながら部屋へ入った。





それが功を奏したのか、部屋についてガリーナをベッドの上に座らせれば、ぽつぽつとガリーナは口を開いた。


「三ヶ月くらい前から…街に出て…やっています」

「……やっているって……。聞きたくないけれど聞かなくちゃね…。何をしているの?」

「…………娼婦を……です……」


がっくりと頭から肩まで力が抜ける。まさか学園にいる十六歳の少女からこんな告白を聞くとは思わなかった。しかもガリーナは公爵令嬢だと言うのに…。


「お金に困っているってことは…」

「ありません。わたくしは今でも十分すぎる程、実家から頂いてますわ」

「じゃあどうして娼婦なんかしているの!?」


身体を売る理由がさっぱり分からない。そう詰めよれば、ガリーナは冷たい顔で笑った。


「最初は好奇心からだったんです…。毎晩毎晩、男達に抱かれる女性って、どんな気持ちなんだろうって…。嫌じゃないのかなとか、汚らわしいとか思わないのかなって…」

「……彼女たちは仕事でやっているんだよ。分かっているかな?」

「分かっていますよ。彼女たちはお金の為に必死で身体を張って仕事をしているということも…。わたくしとは違い、文字通り身体を使っているということも」

「……娼婦の仕事に憧れたの!?」

「……ちょっと違いますけれど…そうかもしれません…。本当に、最初は好奇心からでしたから」


理解できないのも無理はありませんね、とガリーナはまた笑う。


「ロッテ先生。私の、学園内でのあだ名はご存知?」


それは知っているけれど…。思わず口をきゅっと結んでしまったが、ガリーナは代わりに答える。


「悪役令嬢、ですって。わたくしみたいに高飛車でわがままで、小説に出てきそうな悪役令嬢そのものだって」

「……」

「女王のように偉そう、とも言われた事もありましたわ。でも確かにそうかもしれません。だってわたくしはそうして振る舞うのが好きなのですから」


眉をしかめてしまったのは仕方ないだろう…が、私は黙ってガリーナの話を聞く事にした。


「わたくしが口を開けば、皆が恐れるのです。そして震えながら頭を下げるのです。思いっきり扇子で叩いてやれば、さらにひざまづいて許しを請うのです」

「……」

「快感で快感で、たまりませんでした…。全ての者達がわたくしに頭を垂れるがいいと、何度も思ったことか。けれどそれだけでは足りなくなってしまったのです」


ガリーナは一旦息をつく。


「学園の者達の頭を下げさせても、もうわたくしは満足しなくなっておりました。わたくしは、あの学園の者達の髪の毛を全てむしり取りたい…、その服を全てはぎ取ってしまいたい…!全裸にさせて、わたくしの足元にひざまづかせたい…!そんな欲望で満ちていたんです」


「…………」


「同時に、わたくし自身も誰かに罵倒されてぐちゃぐちゃにされたいと…!お前なんて許さないと、お前を滅茶苦茶にしてやると…言ってもらいたかったのです。そして身体も弄ばれたいと…そんな事を考えるようになっていたのです」


「……………」


「浅ましいと分かっていても止めることはできませんでした。今わたくしの欲望を発散しないと、大人になった時にどんな方向で爆発するか…わたくしは想像もつきません。ですので、この時に全てを出したかったのです」


「…………………」


「ですから、わたくしはわたくしの欲望を満たす為に娼婦になりました。男に乱暴に抱かれて滅茶苦茶にされた後に、わたくしもその男を嬲り倒してやるのです。それはもう滅茶苦茶に…。快感で、楽しくて喜びしかなくて…。だからこそ、わたくしは夜の街で男をとるのですわ」


「…………………………」


「理解してくれとも申し上げませんし、理解できないであろうと思いますわ。でもこうして見つかってしまいましたしね…。処分は覚悟しておりますよ、ロッテ先生」


ガリーナの独白を聞き終えて私は頭を抱えた。本当にガリーナの前で抱えた。


どうしよう、これは初めてのパターンだ…。先日の婚約破棄事件の時のグレーティアとメリーにも困ったけれど、これはそれ以上だ!


ひっくるめて言えば、ガリーナは特殊な性癖の持ち主だ。他人も嬲り、自分も嬲られることに快感を覚えるなんて。


もはやこれは悪役令嬢なんて可愛いものじゃない。悪女だ、悪女っ!!男を弄んで快楽に溺れる悪い女だよ…。


さてさて、何と言えばいい…。性癖は個人の問題だし、こっちは駄目だとかあっちにしておきなさいなんて指示はできない。ガリーナの場合、自分の性癖をきちんと理解しているからそれはそれでいいとしても…。


「ガリーナ…、私はあなたの性癖にケチを付ける気はないよ。自分の欲を抑えられずに娼婦になって発散したというのは……その……ある意味凄いと思う」

「…そうですか?ありがとうございます」

「けれどね、問題はそこじゃないの!どうして私が怒っているか、分かっている?」

「………夜に寮を抜け出して街にいたからですか?ルール違反だと」

「そうだね、それが一番だよ。学園にいる以上は、学園のルールを守りなさい」

「………ハイ」


不服そうだけれどこれは仕方ないだろう。夜遊びは学園内でご法度、最悪退学もありうるのだから。


「それと、もっと自分は大切にした方がいいよ…。そんな簡単に安売りはしない方が」

「そうは言いますけれどロッテ先生。わたくしを大切にして下さる方はいませんよ」


そりゃ日頃のガリーナの言動と行いを見ていれば、寄って来る人達はいないからな…。


「でも私は他人をいたぶりたいのです。私もいたぶって欲しいのです」

「……自分の身体を売っても?欲の方が大事だと?」

「はい。欲は抑えられません。それに身体が何だと言うのです?婚約者や夫以外と触れ合っては駄目だなんて…わたくしには耐えられません!」

「……ガリーナがいいなら私は別に追求しないよ。でも…子供ができたらどうするの!?だからこそ自分をもっと大事に…」

「子供はできませんよ」

「………え?」

「わたくしに子供はできません。幼い頃の病気で、子は持てないと言われているのです」

「………」

「だったら、わたくしは自分のしたいように身体を使いたいです。それが私の喜びなのですから…」


重い告白をさらりと言ったガリーナが少し痛々しい。でもこうでありたいという自分の姿がはっきり決まっているんだな…。


誰かが言っていた。人の考えは決して変えることができないと。変えようとするから衝突が生まれるのだろうと。


だったら…私は理解してあげるだけだ。ガリーナの気持ちを理解し、こんな子もいるんだなと見守ることしかできないだろう。そしてガリーナが困ったら、そっと助けてあげるだけだ。教師なんて、所詮この程度なのだ。


「ガリーナ、分かった。私はもう何も言わない。街で会ったことも、誰にも言わないし処分するつもりもない」

「!?ほ…本当ですか…ロッテ先生……!」

「けれど街で身体を売る行為は禁止だ。やるなら……」

「やるなら?」


どうしよう…やるなら……の言葉の後が続かない。


‘やるなら私が相手になってあげる’って? いや、無理…無理。第一私は女だし、ガリーナの望むようにはできない。


‘やるなら学園の中にしておけ’って? いや、駄目でしょう!ガリーナならこの言葉を本気にして学園内でやりかねない!犠牲になる男子生徒やもしかしたら先生達もいるかもしれないと思うと…恐ろしい!


無責任な事は言えないこの身がつらい…!


結局、やるならば月一度くらいにしておきなさい、という情けない事しか言えないという…。月一ってなんなのさ…!これじゃガリーナが街に言って身体を売るのを容認しているようなものじゃないの!






どうしようか。誰かに相談したい…。


けれど前回の婚約破棄事件以上にデリケートな問題だけに、誰に相談していいのか分からない。ジェラルド先生は…駄目だ。話したところで解決しなさそうだ!むしろ面白がりそう。


校長も駄目だ。大騒ぎしそう。あの校長は小さい事でも大事にする癖があるし、ニコラス先生は相談できるまで親しくはない。


一人でうーんうーんと放課後、中庭で悩んでいると…


「ロッテ先生?どうしたのですか」

「!?あれ……どうしたの…」


立っていたのはこの国の第一王子で私のかつての教え子、ルードヴィッヒだ。手に書類を持っているから、どうやら校長先生とお話だったのか。弟の馬鹿王子とメリーのことかな?


「何を悩んでいるのです?珍しい」

「…私もたまには悩みます」

「問題児でもいましたか?」

「……分かる?」

「分かります。ロッテ先生が悩むのはいつだって生徒のことでしょう?」


スマートに私の隣に腰を下ろした訳知り顔のルードヴィッヒが少しむかつく…。と、ルードヴィッヒの顔を見てはたっと思い至った事がある。


「ねえ!ルードヴィッヒ!王族であり、この国で一番顔が広いであろうあなたにお願いしたいことがあるの!」

「…な……なんですか…」


たじたじになったルードヴィッヒに、私は更に近寄って頭を下げた。


「他人をいたぶるのが大好きな、変態貴族の男性を紹介して下さいっ!!」


思えば、ガリーナは確かまだ婚約者はいなかったはずだ。だったらそれ相応の男性を探して紹介するのはどうか。公爵令嬢であるガリーナと釣り合うだけの貴族の男で、でもガリーナに負けないくらい変態男ならば最高じゃないか!ガリーナが街で身体を売る必要もきっとなくなる。


つまり、私が恋のキューピットになろうという魂胆。実際に探すのはルードヴィッヒみたいな顔の広い人の任せるとして…お節介だと分かっているけれど、こっちの方が健全でしょう!?


そう思ってルードヴィッヒに頭を下げて頼みこんだのだが…。


「ルードヴィッヒ?」


彼は、顔を真っ赤にして、ビシッと眉に縦シワを入れて黙り込んでいた。あ、もしかして誤解させたかな…。







後々の、数年後の話だが…。

ガリーナはある男と結婚することになる。その男は貴族の間でも変態だと言う噂で、悪名高い人物だったが、見事ガリーナと意気投合、結婚となった。最後まで子供は出来なかったようだが、社交界でも有名なおしどり夫婦として名を残したらしい。

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