流されて生きる方がきっと楽 1
「ジェラルド先生…?一体何をしているのです?」
「っ!!」
ある休日のこと。街で買い物をしていた私は、そこでジェラルド先生と会った。いつも華やかな雰囲気を纏う先生には似つかわしくない地味な格好で、コソコソと何かを気にするように、道の端を歩いていた。
言っては悪いが、滅茶苦茶怪しいよ、ジェラルド先生…。
「ロッテ先生…なぜここに…って、買い物ですか…」
「休みの日は街で気分転換したいので。で?それよりどうしたんです?あなたがこんな所にいるとは思わなかったですけれど」
私とジェラルド先生は友達以上・恋人未満の関係ではあるが、お互いのことをあまりよく知らない。私が彼について知っていることと言えば、貴族の次男であることと、二度の結婚歴があることだ。
女受けする容姿にどこか掴めないミステリアスなところは、成程、本音を隠して生きる貴族そのものだと納得したこともあった。腐っても貴族だからこそ、出店が立ち並び多くの庶民が行きかうこのような騒然とした場所にいることが予想外だった。
「ロッテ先生、今の僕に話しかけないで下さい。僕は今…」
「はい?……まさかとは思いますが、犯罪じみた事をしているのではありませんよね?」
「ああそうではなくて…ああ、もう!」
珍しく苛々したジェラルド先生は突然私の腕を掴み、強く引っ張って歩き出した。驚く暇もなかったくらいジェラルド先生は何かに焦っており、二つ目の角を曲がり、人通りが少なくなった細い路地裏へ私を連れて来た。
「今の僕とニコラス先生は、ちょっと調べている最中なんですよ。これは秘密にしておいて下さい」
益々意味が分からず首を傾げてみれば、ジェラルド先生は一つ溜息をついた。
「調べてるって…何を調べているんですか?」
「……ある生徒のことについてです」
「ある生徒のこと?って…誰ですか」
「……やっぱりね…。ロッテ先生は生徒のことになると、絶対に引きませんよね」
苦笑したジェラルド先生は、くいっと顎を上げて大通りの方を見ろと無言で指示をする。そこにいた生徒を見て、私は驚いた。
「あれは…ハイモ・ハルトショヴ?」
「流石…よくご存じで。受け持ちの生徒ではないのに」
「…学園の問題児くらいは知っていますよ」
ハイモ・ハルトショヴはアズベーク学園に通う、高等部一学年の男子生徒だ。無口そうで大人しそうな外見をしているが、実のところ教師の間では有名な問題児だった。
いや、彼に問題があるわけではない。問題があるのは彼の家庭の方だった。
「相変わらず彼の母親はすごいですか?」
コソリと隣にいるジェラルド先生に聞けば、困った顔で頷かれた。
「一人息子が可愛いのは分かるんですけれどね…。もう少し子離れしてもらいたいものですよ」
「色々といちゃもんつけて来るんですよね?ハイモ・ハルトショヴの母親は」
「そうですね…。ハイモの成績が下がると‘教師達の教え方が悪いんじゃないか’とか、‘あの教師とうちの子は合わないと思います’とかね」
「……成績が下がったのは、本人の努力のせいもあるかと思うけれど…」
「あとは…、‘うちの子は将来、絶対に王宮勤めにさせたいからどうにかして欲しい’とかね」
「…流石に王宮の仕事まで斡旋はできませんよね」
要するに、「親馬鹿」なのある。
息子が可愛いのは分かるが、ハイモの母親は息子の全てを自分で決定したいようで、あれこれ細かいことまで首を突っ込んでくる。成績や将来のこと以外にも、ハイモと仲の良い友達や、近寄って来る女の子の事まで全て教えろと言うのだから、確かニコラス先生とかが呆れていたっけ。
「ハイモもハイモで、母親のいいなりでね…。自分の確固たる意志を持っていないのです。流されて、何となく過ごしている部類の人間でしょう」
ジェラルド先生からの、珍しく辛辣な意見。
「どうしたんです?熱くなるなんて、らしくない…」
「……」
はっとしたジェラルド先生は、幾分か気まずそうにした。そして観念したように頭をボリボリとかき、ポツリと口を開く。
「ハイモを見ていると、昔の僕を思い出してね…」
「……昔のジェラルド先生…ですか?」
「ええ…。十代の頃の自分ですよ…。言われるがまま結婚をし、寂しさを紛らわせる為にミルフィーヌと不倫をして…。また再婚して流されて…。情けない、あの頃の僕の姿をね」
「……」
ああもう、とジェラルド先生は苛立った口調で私を見る。
「だから嫌だったんですよ…。ロッテ先生にこんな姿を見られるのは…」
「…ジェラルド先生…」
「…情けないにも、程があるでしょう?がっかりしました?」
いつもの調子でにっと笑われると、色々な感情が私の中で込み上げてくる。呆れ、情けなさ…、いや、これは同情か愛おしさか。一言では表すことのできない気持ちが私を支配し、ジェラルド先生という存在を一層身近に感じる。それは肌を重ねていた時にすら感じることの出来なかった「何か」だ。
それを彼に察して欲しくなくて、誤魔化すように、私はわざと呆れ口調で言ってやった。
「ジェラルド先生が情けないお子様だってことくらい、とっくに分かっていましたよ。あと究極の構ってちゃんだということもね」
「………」
「外見は見目麗しいのに、中身はなかなかどうして…。よくもまあ、私もこんな人と一緒にいるなあって思うくらいですから」
「……酷いですね。ロッテ先生は僕のことをそんな風に思っていたんですか?」
「概ねそうですね」
反論しそうになったジェラルド先生に待ったをかけ、話を戻した。そもそもなぜジェラルド先生(とニコラス先生も?)はハイモを付けて来たのか、その明確な理由を聞いていなかった。
大通りにいるハイモをちらりと盗み見れば、帽子を深くかぶって下を向いている。誰かを待っているのだろうか?ソワソワして落ち着かない。
「ああ、そうでしたね…。先ほども言った通り、僕とニコラス先生はハイモを尾行中です。その理由ですが、どうやらハイモは麻薬に手を染めているらしいという情報が入ったからでして」
「!?」
「本当かどうかは分かりませんが、本当だったら大問題でしょう?」
「それは…確かに…。アズベーク学園の生徒が麻薬なんて…。いやいや、それ以前に麻薬は犯罪…」
「真実を探る為にこうして休日でも探偵ごっこをしているのですけれど。どうやら今日は当たりみたいですよ」
「……という事は…やっぱりハイモは麻薬に手を染めていると?」
とその時、ハイモに近づいて来た男が一人いた。見たところ、三十代か。育ちが悪いと言わんばかりの態度でハイモに「おい」と一言、ハイモはビクビクしながらその男について行く。
ハイモとその男は、賑わいのある大通りから外れた街に入って行く。鬱蒼とした空気が漂い、清潔さとは程遠い作りの建物が並ぶ。いわゆる貧民街で、私もここは一人で来たりはしない。他国からの亡命者や住む場所を無くした者たちが集うところだ。当たり前だが、犯罪も多い。
「……しまった。私、結構目立ってますよね」
ジェラルド先生は地味で貧相な恰好をしているからいい。けれど私はこの貧民街ではいささか目立つ。普通の恰好をしているが、ここに住む人たちから見たら、「良い身なり」であることに違いないだろう。
「……確かに…。この街では‘私はお金を持っています’と公言しているようなものですね。‘どうぞ襲って下さい’とでも」
「……」
「ロッテ先生、今からでも遅くないです。ハイモの事は僕に任せて、あなたは早く戻って下さい」
「……今から一人で戻れと言われても…。それこそ危険ですよね」
貧民街に足を踏み入れてから結構な距離を歩いてしまった。今はまだ隣にジェラルド先生がいるからいいけれど、一人でこの道を歩く勇気は流石の私もない。
ハイモ達を付けて行けば行くほど、街の様子はどんどん怪しくなっていく。この王国にも、こんなところが存在するなんて知らなかった。道を歩く人は少なく、その人たちは顔を下に向けて歩いている。路地裏にいる沢山の男たちは、ニヤニヤ笑いながらこちらを見ている。
ハイモは頻繁にここに来ているということだろうか?こんな、大人でも怖いと思う場所に…。
「…仕方ありませんね…。僕から絶対に離れないで下さいね」
「……なんか、ジェラルド先生がいつもの五割増しくらいかっこよく見えます…」
「あなたはどうして素直にお礼が言えないんですか…。いいから、静かにしていて下さい」
やがてハイモ達は、古びた建物の入り口に入って行く。外から地下へと続く階段は、どうやら何かの店らしい。
「…お酒を飲むところ…ですね。怪しさだけしかないですけれど。まあ、突入してみますか」
「…ジェラルド先生、まさか入るのですか…!?」
「でなきゃここまで来た意味がないでしょう?」
「でも…どう見ても危険ですよ、これ」
建物全体や入口から漂う空気が私達を鋭く刺す。お前たちなどお呼びではないと言わんばかりに。
「ハイモの事も気になりますしね…。ロッテ先生、ここまで来たからには覚悟を決めて下さい」
「………っ…」
「大丈夫、守りますから」
ジェラルド先生に守るなんて言われる日が来るとは思わなかった。そしてここまで生徒のことを想って行動するなんてことも予想外で。
戸惑う私を余所に、ジェラルド先生は地下へ続く階段を降りて行った。




