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転生者だという少女2

‘自分はキュリヴェスの英雄、マイエル・ゾリーの生まれ変わりだ’と主張するアメリエーヌ(九歳)が再び学園にやって来たようだ。


一体学園に何の用かと一人で首を捻ると、クラウス先生がこっそり教えてくれる。


「どうやらキュリヴェスに行くことは一先ず諦めたようだ。それで結局、この学園で大人しく勉強することにしたらしい」

「そうなのですね。では学園の生徒になるってことですか」


それはご英断ですと言いたい。内戦状態で混乱しているキュリヴェスは貴族のご令嬢の行くところではない。


「だが未だに、自分は英雄の生まれ変わりだと主張しているだがな…。いつかキュリヴェスに行って世の役に立つという野望は持ったままだ」


淡々と言うクラウス先生からは感情が読み取れない。その様子に思わず苦笑を洩らした私。


「そもそも、生まれ変わりって本当にあるんですかね…?私はあまり信じていませんが…」

「……ないとは言い切れないかもな。世の中は広い。私達が知らないことも沢山ある」

「…そうですね」

「しかし前世の記憶というものは苦しみしかないと思うが…」

「…ん?と言いますと?」

「前世の自分と、今の自分の違いに苦しむのが普通だと思ったわけだ。おまけに聞けばマイエル・ゾリーという人物は殺されたのだろう?殺されたその瞬間を夢で見てうなされるということはないのかと…」


クラウス先生の疑問はもっともだったので私も同意した。


「確かにそうですねえ…。そもそもキュリヴェスでの記憶なんて、悲惨なものばかりでしょうに」

「アメリエーヌはそんな事を気にしているそぶりすらないがな」

「…もしかして前世の記憶があるってことはやはり虚言なんでしょうか?」

「さて、そこまでは判断しかねる」


沈黙が私達にやって来る。


ちらりとクラウス先生を見れば、これまた淡々と仕事をしている。どうやら生徒の成績をつけているようで、ビシッと乱れのない字は彼の性格をよく表している。


「アメリエーヌは少し思い込みが強いところがある。こちらが気にしていないといけないかもな」

「…そうですね」


私も頷けば、クラウス先生はちらりと私の方を見てすぐに視線を外す。その瞬間、少しだけドキッとしてしまう。




私はこの美しい男性に告白されたんだったっけ。


その顔ならば引く手あまただろうに、どうして私なんかを好きになったんだろうか。グルグル色々考えてしまうけれど、真っ直ぐ告白をしてくれたことは嬉しかった。あんな風に素直に気持ちを伝えてくれる男性は今までいなかったから。


思い返せば、私は男から愛の告白というものをされたことがなかった。付き合ってきた男性達は「口にしなくても分かっているでしょ?」的な男性ばかりだったし。それは男性の一種の照れなんだろうけれど…だからこそクラウス先生の告白は正直に言えば嬉しかったしときめいた。


(いつ返事をしようか…)


クラウス先生のことは一人の人間としても異性としても好ましいと思っている。お付き合いをすれば、ゆっくりと好きになれそうな予感もする。


(だとしたら…ジェラルド先生とのことをどうにかしないと駄目だよね…)


気が重い。思わずため息をついてしまった。





***


それから数日後のこと。授業が全て終わり明日は休日という、なんとも嬉しい時間を街に出て買い物で費やそうとしていた時。私は彼女と会ってしまった。


「……アメリエーヌ嬢?」


アズベーク学園は広い。木々も多く、緑豊かなこの場所は生徒の憩いの場となっているわけだが、その木の下で件の人物・アメリエーヌ嬢が膝を抱えて背中を丸くして小さくなっていた。


一体どうしたと思い近寄ってみると、彼女の綺麗なドレスは無残にも切られており、髪も服も汚れていた。


「…ロッテ先生?」

「アメリエーヌ嬢…一体どうしたんです?」


転んだにしては酷い。そう問い詰めれば、アメリエーヌは口を真一文字に結んできっと目を吊りあげた。


「これは私への試練なのです。ですから、放っておいて下さってよろしいのです」


よく分からなかった。分からなかったが、放っておくわけにもいかない。私よりもクラウス先生の方がいいだろうと思い、その場からどうにかして彼女をクラウス先生の元へ連れて行った。






結論から言えば、いじめだった。


アメリエーヌは学園に入って来た当初より、自分は英雄の生まれ変わりだとか、内戦で混乱しているキュリヴェスを救う使命なのだとか言っていた。他の生徒達はそれが気に食わなかったのだろう。学園に来てまだ数日だと言うのに、酷い嫌がらせを受けていたようだ。


具体的に言うと、服を破かれたり持ち物を隠されたりだ。あとは目の前で悪口を言われる事も勿論のこと、物理的・精神的に攻撃をされていたとか。


「まさかこの学園でそんな(・・・)いじめが起こるとは思いませんでした…」


ぽつりと言えば、クラウス先生は片眉を少し釣りあげた。


「大なり小なり程度は違えども、社会組織の中ならばいじめは存在してしまうものだが?」

「ああ…そうですね。それはそうなんですが」


いじめ撲滅とか言いつつも、いじめは見えないところで存在しているもの。それは私もよく分かっている。


どんなに気を付けていようとも、いじめというものが人間社会から消えることは未来永劫ないのだろう。それをするかしないかはその人の品性の問題であるが…。いじめは教師からしたら頭の痛い問題の一つなのは間違いない!


でも私が言うそんな(・・・)いじめとは、そうではなくて。


「いじめが世の中にあるとかないとかの論点ではなくてですね…。このアズベーク学園は、富裕層が集まっているでしょう?そういう人達の嫌がらせって…ええと……もっとこう……」

「……アメリエーヌが受けたいじめは品性がなさすぎということか?貴族の子供がやるような事とは思えぬと?」


クラウス先生の言った事をちょっと考えてみた。


「そうですね。それが言いたかったのかもしれません。服を切ったりなんて、教師が見たら一発でいじめを疑うじゃないですか…。頭の良い学園に通っているのだから、もう少し頭を使ったいじめをしたらどうなのって言いたくなってしまいました」

「…説教すべきところはそこではないと思うが…まあ言いたい事は分かる」

「でしょう?」

「しかしまだ九歳児らのいじめだろう。そこは大目に見てやろうではないか」

「……それこそ、大目に見るべきところはそこではない気が…」

「気にするな」


クラウス先生は少し笑いながら、アメリエーヌの学年へと歩いて行った。私もそれに倣う。


「……別に私一人でいいぞ。どこかに出かける予定だったのだろう?」

「ええまあ。買い物でもしようかと思っていましたが。でもこっちの方が大事でしょう?」

「………相変わらず、ロッテ先生は教師の鑑だな」

「お誉めに預かり光栄です、クラウスさま」


と冗談はいいとして、アメリエーヌに嫌がらせをした子たちを問い詰めなくてはいけなくなってしまった。折角の休日前の気分転換が消え去ったが、これは仕方ない!


聞けばアメリエーヌは既に寮に戻ったらしい。そう言えば、さっき何か気になる事を言っていたんだけれど…まあいいや。まずは嫌がらせをした人から突撃だ。






アメリエーヌが在籍するクラスに着くと、クラウス先生は時計を見た。放課後だからもう残っている生徒はさほど多くはないだろう。そう口にしながら扉を開いた、その瞬間だった。


「っ!!」

「え!?クラウス先生!?」


何と、扉を開けた瞬間に大量の水がクラウス先生にかけられた!


バシャア!!という音の後は、ピチャン、ピチャンと静かな水音が教室内に響き渡る。私は幸いクラウス先生の後ろに隠れていたから水はかからなかったが、クラウス先生は全身がびしょ濡れだ。


「……これは一体何だ」

「ク…クラウス先生……っ!?」


焦った男子生徒の声が聞こえた。教室内を覗き見れば、クラウス先生と同じく水を頭から被ってずぶ濡れになっているアメリエーヌと、その彼女を囲って大勢のクラスメイト達がいた。


「なぜアメリエーヌがここにいる?寮に戻ったはずだが。それに何だ…この状況は」


クラウス先生の低い声が静かに響き渡ると、生徒達は一斉に身を強張らせた。


寮に帰ったはずなのに教室でずぶ濡れになって床に座っているアメリエーヌに、それを見ている生徒達という図は、どこからどう見てもいじめが今まさに行われたという証拠に他ならない。


クラウス先生は濡れたまま教室内へ足を踏み入れる。


しかしアメリエーヌ本人は、ゆっくりと私達の方を向くと


「…いいのです…クラウス先生。これは私の試練なのです。英雄になるための。ですから放っておいて下さい」


信じられないことを言ってのけたから、思わず私とクラウス先生は「は?」と声を上げる。


「そうなんですよ!クラウス先生…!僕達を助けて下さいっ!」


バケツを持った男性生徒(確かグレイとか言う名だった)が今にも泣きそうな顔で私達にそう叫ぶと、周りの生徒達も勢いよく頷いた。


「クラウス先生…、グレイは悪くないですっ!」

「そうですよ!これもアメリエーヌさんに頼まれてやったことなのです!」

「アメリエーヌさんが‘私に水をかけろ’ってグレイを脅したんですよ!」

「グレイは嫌だって言ったんですよ!でもアメリエーヌさんが、自分には必要な事だから早くやれって脅して」


いじめられている本人が‘私をいじめなさい’と言ったってこと?何を言い出すんだと思っていたが、アメリエーヌはにっこり笑って口を開いた。


「そうですわ!私は英雄の生まれ変わりなのですよ!キュリヴェスでは毎日毎日、惨いことが行われています!だと言うのに…私はこんな呑気に学園なんか通っているんですっ!」


学園なんかって…こらこら…。


「神が私に苦しみを与えて下さらないならば…!私自ら苦しみを望みます!さあ、皆さん!力の限り、私に苦しみを与えて下さいっ!」


「ク…クラウス先生…、ロッテ先生…」


生徒達は困惑して私達を見る。しかしアメリエーヌは止まらない。


「私は苦しみ悩み、そして決意するのです!このままではいけないと!そして立ち上がります!国のため…いえ、世界のために!さあ皆さん、遠慮はいりませんよ!この私をどんどん苦しめなさい!」


もう何て言っていいのか分からない…。目の前のクラウス先生は一旦目を閉じて何か考えている…と思ったら、カッと目を開いてアメリエーヌに怒鳴った。


「いい加減にしろーっ!!!!」


この静かな人をここまで怒らせるアメリエーヌがある意味凄い。彼女はこの後、クラウス先生にその場で力一杯怒られていた。




***




アメリエーヌを力の限り叱った後、クラウス先生は彼専用の研究室へと戻って着替えを済ませた。


私も彼の研究室へついで行き、着替えをしている最中は先生の姿を見ないように背を向けて座らせて頂いたわけで。


「それにしても…自分からいじめて下さいなんて言う子がいるとは思いませんでした」

「…そうだな。本当の馬鹿だな」


クラウス先生の声と共に、服を脱いだ音が背後から聞こえる。


「それで…?アメリエーヌですが、止めると思いますか?」

「…止めてくれなくては困る……。あそこまで誰かを叱ったのは久しぶりだ……」

「お疲れさまでした。クラウス先生が大声で生徒を叱るなんて光景、初めて見ました」

「……慣れぬことはするものではないな。こういう事はロッテ先生の得意分野だろう。次からはロッテ先生に任せるとする」

「……ん?それって、私はいつも誰かを叱っているってことですか?」

「違うのか?てっきりそうかと思っていた」

「いや…私だっていつも怒っているわけでは…」

「冗談だ」


ちらりとクラウス先生の方を振り返れば、もう着替えを終えた先生が穏やかに笑ってこちらを見ていた。


「アメリエーヌは、自分の前世を美化しすぎているな…。少し危険な気がする」

「……」

「英雄だというマイエル・ゾリーとかいう人物に対しても、キュリヴェスという国に対しても。憧れを抱きすぎだな」


思わず無言になる。確かにそうだと感じるが、その話は私にとってあまり嬉しくない話だ。


「あの内戦状態のキュリヴェスのどこに憧れを抱くというのでしょう…。マイエル・ゾリーに対してもそうですけれど…」

「戦争と無縁の人間は、戦争をどこか美化してしまう傾向があるようだな…。アメリエーヌは、前世のいいところの記憶しか持っていないのだろう。悲惨な記憶は一切ないように思える」

「何とも都合の良い記憶ですね」

「……怒るな。ロッテ先生が怒っても仕方がない」

「……まあそうですね…」


カタンという音を立ててクラウス先生は椅子に座る。


そして静かに私に視線を向けた。


「ところで、ロッテ先生はいつかキュリヴェスに帰るつもりなのか?帰るつもりがないと聞いたが、あの気持ちは変わりないか?」


思わず少しだけ止まってしまったが、すぐに笑って首を振った。


「変わってないですよ。私も母も妹も、もうこの王国の一員ですから。あの内乱が続くキュリヴェスに帰ったところで何もいい事はないですし」

「…そうか」

「この学園で働くのが私の仕事ですしね。ここが好きなんです。だからずっとこの王国にいますとも」

「…そうか」

「でも何でそんな事を聞いたんですか?」

「……それは気になるだろう。私はロッテ先生と共に人生を歩みたいと言ったのだから」


ここで告白の続きをされるとは予想外で、完全に返事をすることを忘れて呆気にとられた。しかしクラウス先生の言っている意味が頭の中で無事に処理されると、たちまち恥ずかしくなってしまった。


「私は比較的、何事にも‘待てる’部類の人間だ。とは言え、ロッテ先生が私のことをどう考えているかは気になって仕方がない」

「………突然ですね…クラウス先生……」


クラウス先生は何も喋らず私を見ている。その目は穏やかで、何の感情も含まれていないかのようだ。居心地が悪くなったのは確実に私一人だけだ。


「あの…ですね…」

「ああ」

「私…は、クラウス先生を好ましく思っておりますよ…。嫌いとか迷惑とか…そんな事、思った事はないです」

「知っている」

「……っ…知っているって…!知っているならば…!」

「だがロッテ先生の口から聞きたかった」

「……っ!!」


余裕のクラウス先生は楽しそうに笑うと、立ち上がって研究室の棚にある茶葉に手を伸ばした。


「さて…アメリエーヌのことだが…。明日、校長に報告をすべきだろうな。ロッテ先生もいたのだから、共に来てくれ」

「え?……ああ、ええ……それは勿論……」

「あの様子だと、また別の事をして問題を引き起こしそうだ。なるべく目を離さぬようにしておく」

「………はあ…」

「生まれ変わりだなんて私はあまり信じない。前世の記憶があってもいい事なんて、何一つないと信じている」


告白の続きかと思いきや、また真面目な話…。この余裕たっぷりの男性に振り回されている感が否めずに少し悔しい。


「…ええ…そうですね。クラウス先生に賛成ですよ。私も生まれ変わりはあまり信じていません…」


そう答えれば、クラウス先生はお茶を淹れながら私の方に顔だけ少し近付けて…。


「だがまあ…、生まれ変わってまたロッテ先生と会えるならば、それも悪くはなかろう」


気障な台詞を吐くものだから、私はそのまま固まってしまって、しばらく元に戻れなかった。


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