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よろしくお願いします。
「我は光を信じる者今ここに恩恵を授けたまえ」
本に記された通りの言葉を吐いてもなにも起こらない。父から拝借した魔法書には魔法とは何たる物か書かれている。この小さな手にはページが捲りにくい。
僕は一度死んだ。嘘じゃない、本当の事。今は新しい命を得ている。いわゆる輪廻転生というやつだ。生前…という言い方も可笑しいか、前世私はそれ程よい人間ではなかったがどういう訳か転生した。しかも魔法やら魔術やらモンスターがいる世界に。心から嬉しかった。また学べると思うと踊りたくなるほどとな。
初めは言葉がわからないかったがどうやら愛されている用で赤ん坊の頃は常に誰かが側にいて話し掛けていたおかげである程度の日常用語は難なく理解できた。声帯が降りてくるまでには然程時間をかけなかった。一歳になる頃にはそこら中を好奇心の向くままに走り回った。町は中世のヨーロッパというよりドイツのハイデンベルクを思わせる。何度かラウラトを出て町に遊びに連れてってもらった。王城に近い程身分が高くなっている様だった。
さて、魔法について話そう。魔法、それ即ち己の魔力を体内で組み立て外に出す事である。これだけ聞くと難しいようにおもえるが人間の脳ミソは我々が考えているより遥かに有能である。
個体差は存在しており二、三個ほどしか生成出来ない者もいれば何百の者のいる。組み立てる形はそれぞれ違いただ光を出すものなのにある人は文字だったり、またただの丸い円やら様々ある。肝心なのは形に意味を持たせる事。それが出来ない者は声に出して魔法本能を刺激する発動させる演唱魔法がある。子供はまずそうやって魔法という物にふれるのだ。
以上の事が魔法についてである。
魔術というのもあるがなぜが父も母も苦笑いするだけで教えてはくれなかった。
演唱魔法が出来なかったのなら自力でやるしかない。
一度深呼吸をして気持ちを入れ替える。
「メーティ、午後から家族で遠乗りに行く事になったから、準備しておきなさい。」
ここで邪魔する者が現れた。父だ。まあここは父の書斎だからな、くるのは当たり前か。
家族で出かけるのは過去二度あった。一度目は街に来ていた劇団を見に、二度目は領地が近いサロメル伯爵のパーティーに参加した時だ。今回は本気で遊ぶ様子で父の目は子供の様に純粋に輝いている。父の外見はかっこいいとは言えないが平凡な顔、なぜ母の様な美女と結婚出来たのか。
ともかくいい子ぶる事にいい事はないから四歳児らしい無垢な笑みで
「はいっおとうさま、ねえさまもごいっしょですか?」
五つ離れた姉と八つ離れた兄がいるが、姉は最近何やら流行りの恋愛小説にご熱中のようで最近部屋に籠りがちだった。母に似た姉に父はとことん甘くかなり傲慢になった。兄は馬が好きだから間違いなく来るであろう。愛馬は自身の髪色と同じ明るい茶色だった。
「ははっ新しいドレスを買う約束を取り付けられてしまったよ。」
やれやれという様に肩を竦める。
「そろそろお昼だから、お勉強はそこまでな」
スッと本を取られ抱き上げられると書斎をでた。
食卓に着くともう母も兄も姉ももう揃っていた。どうやら僕が最後で父が呼びに来ていたらしい。姉はドレスが嬉しいのかルンルンと鼻歌が聞こえる。母は苦笑いしているが兄はそんな姉を見て青筋を立てていて今にも食いつきそうだ。兄はマナーにうるさいからな。顔付きは父の面影はあるが雰囲気が全然ちがう。
食事は遠乗りに備えてか軽めの物だった。
遠乗りは王都の東の平野で馬車で一時間半程でモンスターも多少いるが父と兄で十分対応出来る。母と姉と私は馬車で兄と父が馬車の後方を走る。護衛は前後に二人づつ。
この遠乗りで私は運命の出会いをした。
それはつまらない遠乗りの帰り道、夕日に染まった東門をくぐり町に入った時だった。
馬のけたたましい声と共に馬車が横転した。扉の窓ガラスが割れた。一間遅れてアテーシャと姉シャルノットと馬車の壁に叩きつけられた。
シャルロットとメティナスより先にアテーシャが起き上がった。
「シャールっメーティ!無事?怪我してない!」
アテーシャがシャルロットを揺するが行きる気配がなくだらっとしている。
「メーティ大変起きないわ!どうしま…メーティあなた血がっ、」
母に言われ額からあったかい液体が流れてきて触ると赤くどうやら血の様だった。そういえばこの世界に来て初めて怪我をした。
そんな悠長な事を考えていると外から「奥様っ皆様お怪我はありませんかっ」と切羽詰まった声がする。すると間も無く扉が開けられ護衛の騎士が手を差し出した。アテーシャはシャルロットが起きない事を伝えながら騎士に引っ張られた。私もすぐ引き上げられる。騎士はシャルロットをすくうため馬車の中へ入っていった。
外へ出た瞬間、僕は衝撃的な、非現実的かつこれぞファンタジーと呼ぶべき光景があった。目に飛び込む淡く発光する魔法陣、その傍らには大きなリュックを背った黒いローブを羽織りで膝をつく人、魔法陣の中心には血だらけの5、6才頃と思われる少年が力なく横たわっていた。
馬車の上から騎士の手を借りて降りるともう馬は落ち着きを取り戻している。
先に降りていた父がボソッと”錬金術だ”と囁いた。
錬金術それ即ち現代における科学なるもの。古代ギリシャ時代、アリストテレスらが化学的手段を用いて卑金属から貴金属、金を精錬しようと試みたことが始まりであるとされている。金属に限られず、物質、人体の仕組み、魂をも対象として、それらをより完全な存在に錬成する試みを指すもの、その者らを錬金術師と呼んだ。
この世界の錬金術はどんなものかなのだろうか、魔力なる存在のある此処では錬金術はどうなんだろうか。ぽんぽん疑問が湧いてくるが今は目の前のことに集中しろ。
魔法陣の光が増し錬金術師が紙を懐から取り出し何か呟くとリュックから試験管を何本かと良く見えないが拳にも何か握り、それらを少年の方へ放る。コロコロと転がり少年の側でとまると次は試験管は蓋を開け地面にドボドボと流し、先程の紙も少年の方へ放った。
すると淡い青を帯びた光は強い赤に変化した。
次第に光は弱くなり完全に光がなくなった時、父に錬金術師と呼ばれた男はスクッと立ち上がり少年のそばにある石を回収し、野次馬に消えていった。
少年の両親はおそらく迎えには来ないだろう。見たら分かる程上等な馬車を壊したのだ。賠償出来るほど金は持っていないだろう。
あの錬金術師も酷い事をしたものだ。少年は生きてしまったがためにこの歳で借金持ちだ。おそらくあと3日もすれば奴隷市場で少年の姿があるだろう。
そんなどうでもいい事は置いといて、私は錬金術に思いを馳せることにした。
いつのまに時がたったのか気付けばもう低く月が出ていた。横転した馬車は起き上がっていたが装飾は削れ黒く塗装さた美しい姿はなかった。ずっと立っていたから足がいたい。
馬車の近くには父と2、3人の騎士と倒れていた少年そして少年の親と思わしき二人がいた。両腕を騎士に後ろ手に拘束されて何か叫んでいる。
それにしても母と姉は何処だろうか、父に聞く為まだ幼く頼りない短い足をせっせと動かす事少し、父の後ろ姿が後数歩のところでつくと言う時、母親であろうと推測される方と目があった、父親の方は何か叫んでいる。
母親は勝ち誇ったような笑みを浮かべると、目に涙を浮かべ先程とは打って変わり同情を誘うよう父の目を見て声を荒げた。
「貴方にもお子がおりますならどうかお慈悲を下さいませっまだこの子は小そうございますっどうかっ」
そんな事を言っても少年が犯した罪は消えないし無駄なのになぜこんなにも母親は食い下がらないのか?
じっと汚れた体を観察する。足元からてっぺんまで。