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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヒトガタをしたヒトでないもの

作者: 白音千色

渇く……

喉が、

渇く……


急いで蛇口を捻り、水道水をコップに入れて口へ運んだ。


渇く……

渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く……


「白、大丈夫?」

「っ!?」


気が付くと黒髪の少女が覗き込むようにコチラを見ていた。


「凄い汗……。」


顔へ伸ばされた少女の手を、そっと手で抑えた。


「案ずるな。儂は大丈夫じゃよ。」


そう言って少女に笑いかけた。

すると少女の瞳が揺れる。


ああ……上手く笑えていない様だ。

我ながら情けない。


「白っ!」


鋭い凛とした声が空気を裂いた。

栗色の髪の少女の翡翠色の瞳がこちらを捉える。


「仕事だ。さっさと用意しろ。」

「緊急か?」

「ああ。」


少女はコートを羽織り、慣れた手付きで武器を装備していく。

自分も急いで着物を脱ぎ、動きやすい服に着替える。


「行くぞ。」

「ああ。」


歩き出した少女を追おうとした時、何かに引っ張られ慌てて振り返る。

すると、黒髪の少女が自分の服の裾を握っていた。


「フレイ……どうしたんじゃ?」


少し体を屈めて、少女の視線の高さまで顔を下げる。

その瞳は不安でいっぱいといった様子で、今にも泣き出してしまいそうだった。


「白……。」

「なんじゃ?」

「無理、しないでね?」

「……。」

「白っ!行くぞっ!」


アフィアの怒号が響く。


「ああ、悪い。アフィアも居る。大丈夫じゃよ。」

「うん……着物、畳んどくね。」

「助かる。では、行ってくる。」


そう言ってそっとフレイの手を服の裾から離した。


「あ、アフィアちゃんも気を付けてね!」

「ああ。鍵かけとくぞ。」

「うん……行ってらっしゃい。」


フレイはドアが閉まる瞬間まで手を振り続けた。


「本部に行くぞ。」


アフィアはそう言ってズカズカと歩き出した。

どうやら機嫌が悪いようだ……。


「来い。」

「っ!?」


本部に着くと、アフィアが強引に腕を引っ張った。

半ば引き摺られる様にしてアフィアについて行くと、本部の地下の一つのドアの前で立ち止まった。

アフィアは黙々と多重にかけられたドアのロックを解除していく。


「……アフィア?」

「………。」


様子が、

おかしい。


ドアが開いた次の瞬間、背中に鈍い痛みが走った。


「なっ!?」


ドアの中に転がり込んでしまい、慌てて顔を上げるとそこにはアフィアの冷ややかな視線があった。


「頭冷やせ糞が。」

「………。」

「暫くここで大人しくしてろ。」


それだけ言って、アフィアはドアを閉めた。

ガチャガチャとドアがロックされていく音がする。

……どうやらここは牢獄のようだ。


「いい加減、愛想つかされたかのぅ……」


床に仰向けで寝転がり、何も無い天井をぼんやりと眺めた。


それからどれぐらいの時間が経っただろう?

ガチャガチャとロックが解除されていく音がする。

そしてドアが開くと同時に、何かが顔に飛んできた。


バサバサバサッ


「なんじゃっ!?」


慌てて払い除ける。


「………。」


足を縛られた鶏がバサバサと床でもがいている。


「食え。」

「これ……を?」

「じゃあ俺を食うか?」

「っ!?」


ドアにもたれて立つアフィアの目が冷たい。

彼女の言葉に身体の芯まで冷えていくのが手に取るようにわかる。


「最近全然飯も食わねぇし様子もおかしいわ……それにさっき一瞬フレイに手をかけようとしただろ?」

「そんなことっ!」

「あの時、俺に呼ばれてホッとしただろ?」

「っ!?」


返す言葉も無い。


「とにかく今の状態のお前は、連れて帰りたくない。」

「……じゃろうな。」


胸が苦しい。

でもその通りだ。

何かあってからでは手遅れなのだから。


「だから食え。食えば多少は落ち着く。」

「うむ……。」


と、言われても生きた状態の鶏など食べた事がないので抵抗がある。

だがそれに反して食えと言われる度に喉の渇きは増加していく。


「白……頼むから、俺に手を、汚させないでくれ……。」


絞り出すような声に思わず顔を上げる。

ドアにもたれかかって座り込む少女の顔は見えないが、彼女の手が震えているのがわかる。


もし儂に何かあれば、儂を処分するのはこの少女なのだ。


「いづれ俺はお前を殺さなきゃならない。でもっ、今じゃない……。まだ……行けるだろ?」


少女の翡翠色の瞳がギラリと光る。


「生きろ。なりふり構うな。どんな手段を使っても、どんな醜態を晒しても、最期のその瞬間まで生きろ。」


思わず息を呑む。

まだ17年しか生きていないとは思えないほど強く真っ直ぐな言葉。

そして決して目を逸らすことを許さない。

彼女の瞳からも、現実からも。


「わかった……。一つだけ、我が儘言っても良いかの?」

「なんだ?」

「儂がどんな姿になっても……友と呼んでくれるか?」

「何を今更。お前の面倒みると決めた時点で、コッチは腹くくってんだよ。」

「……ありがとう。」


足を縛られ、羽をばたつかせる鶏を床に押さえつけて羽も毟らぬまま腹部にかぶりついた。

口いっぱいに広がる芳醇な味と香り。

自分の中の何かが弾け飛ぶのがわかった。

一心不乱にかぶりつく。

始めは暴れていた鶏も、やがてぐったりとし、静かになった。

部屋にはむせ返るような血の臭いが蔓延し、ただひたすら肉を喰らう音が響く。


肉を引き裂き、

骨を砕き、

内蔵を啜り、

それらを飲み下す。


その音が頭に響く。

目頭が熱くなり、視界が歪む。

それでも止められない。


身体はこんなにも求めているのに、

どうしても心が受け付けない……


ボロボロ涙を流しながらも、食い続ける事しか出来なかった……。


ごくり。


「はぁ…はぁ…。」


目の前に赤い血溜まりと、いくつか羽根が散らばっているだけで、何も無かった。


「あ……ああああああぁぁぁぁっ!!」


頭の中がぐちゃぐちゃで、ただただ涙が止まらなかった。


パシャッ


目の前の血溜まりの上に足が見えた。


「あ……。」


思わず後ろに下がりかけたところをガッと腕を掴まれ、引き寄せられる。

目の前に少女の顔が迫る。


「あ…ふぃあ……見るな………儂は……儂はっ!!」

「白、帰るぞ。」

「っ!!」

「ほら、着替え。」


そう言って少女は平然と袋を差し出す。

それがさも当たり前かのように。


「何ボサッとしてる。タラタラしてると置いて行くぞ。」

「……………あぁ。すぐ……着替える。」


そう言って涙を拭いて笑った。

それでも涙はとめどなく流れ、血に塗れた頬を洗い流して行く。

先程までの涙とは違う、

暖かい涙だった……


******


「おかえりっ!!」


玄関を開けるとフレイが抱きついて来た。


「ただいま。」

「白、大丈夫!?怪我したって聞いたからすっごく心配してたんだよ?」


……怪我?

アフィアと一瞬目が合った。

恐らく着替えを取りに来た時、適当に言ったのだろう。


「儂は大丈夫じゃよ。怪我ぐらいではそう簡単には死なぬよ。」

「うん……でも絶対無理はダメだからねっ!」

「ああ。」

「約束っ!!」

「約束じゃ。」


そう言うと少女は安心したのか体から離れ、リビングの方へ走っていった。

その後ろ姿をぼんやり眺める。


「守れよ、約束。いつでも頼れ。」


アフィアが耳元でそう囁くと、肩をポンと叩いてリビングへ歩いて行った。


「……頼りにしておる。」


聞こえるか聞こえないかわからない程度の大きさで呟き、アフィアの後を追った。





きっと最期なんてあっという間にやって来るのだろう。

でも最期のその瞬間まで、彼女達と共に生きたい……そう、心から願う。


本当に

出逢えて良かった…

生きてて良かった…

生まれて良かった…


ありがとう。


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