*九* 友人たちと街にお出かけしました
◆ ◆
なにも予定がないのなら、街にお茶を飲みに行こうという話になったのだけれど、その前にラーウスさまに断りを入れなければならないと言ったら、三人に黄色い声をあげられた。
「まぁ、居場所をすべて知らせておかなければならないなんて、すっごいラブラブじゃん!」
「え、でもちょっと束縛系?」
「でも、殿下ならいいかも」
という三人の話を背中に聞きながら、わたしはラーウスさまの執務室へと向かった。
ところが、珍しいことに、ラーウスさまは部屋にいなかった。
だから仕方がなく、わたしはメモを残して、待ち合わせの騎士団の宿舎前に行った。
すると、どうしてだろう。
三人に囲まれたラーウスさまがそこにいるではないか。
「ルベル」
すぐにわたしに気がついたラーウスさまは甘い笑みを浮かべ、わたしを見てきた。それを見て、わたしは思わず赤くなった。
「街へお茶をしに行くんだって?」
「はい」
「気をつけて行っておいで」
駄目と言われると覚悟していたけれど、あっさりと了承を得られて、ホッとした。
「先ほど、お部屋におうかがいしたのですが」
「あぁ、ルベルの荷物が届いたのに、ルベルが来ないから心配して見に来たんだよ。入れ違いになってしまったみたいだね」
ラーウスさまのあまりの過保護者っぷりに、思わず眉尻を下げてしまった。
ラーウスさまはすぐにわたしの表情の変化を見て、申し訳なさそうに謝ってきた。
「すまない。キミのことを縛り付けようと思っているわけではないんだけど、つい、心配で」
こんなに心配性だったかしら? と思うけれど、ラーウスさまの心配は分からないでもなかったので、小さくうなずいた。
「それでは、行ってまいります」
「分かった。くれぐれも気をつけて」
「はい」
ラーウスさまは、名残惜しそうにわたしの身体をギュッと抱きしめてきた。
そうすると、先ほどの話ではないけれど、ラーウスさまから魔力がわたしへと流れ込んできているかのような感覚に気がついた。
それは甘い香りで、あぁ、この匂いはラーウスさまの魔力の香りだったのか、とここで初めて気がついた。
「ルベルのことは、くれぐれも頼むよ」
「はい、任せてください!」
アリアの力強い言葉に、ラーウスさまは小さくうなずき、ようやくわたしの身体を離してくれた。
「行ってきます」
「あぁ」
わたしはラーウスさまに頭を下げ、それから三人に混ざって街まで行くことになった。
◆ ◆
久しぶりの街歩きは、とても楽しかった。
話題の中心は、結婚したばかりのわたしのことが多くて困ったけれど、それでも、三人は三人で、それぞれ気になる男性がいたり、お近づきになってちょっといい感じになっていたりと、恋の話に花が咲いた。
わたしはラーウスさまと結婚するまで、そういう話が苦手だったけれど、今後は苦手といってもいられないし、改めてこうして話をすると、参考になることが多いと気がついた。
「ねね、ルベル。殿下になにかお土産を買って帰ったら?」
「えっ」
「そうよ、そうよ。殿下、いっつも素敵な髪紐をお使いだけど、ちょっと地味なのよね。せっかく見た目が華やかなんだから、もうちょっとおしゃれなのをすすめてみたら?」
という友人たちの助言に従い、アリアがひいきにしているという髪紐のお店に向かった。
かくいうわたしも髪が長いけれど、ただ縛るだけでいいと思って、いつも適当なものを使っているので、この機会にもう少しきちんとしたものをした方がいいような気がしてきた。
「そうだ! どうせなら、お揃いにしたら?」
「いいね、それ!」
と友人たちの方がノリノリである。
アリアがひいきにしている髪紐のお店というのは、少し路地を入ったところにあり、一人ではたどり着けないような場所だった。路地の臭いは最悪だったけれど、それでも、店内に入ると、心地よい匂いが広がっていて、安堵した。
さすがアリア、いいセンスをしている。
店内はそれほど広くなくて、わたしたち四人が入ったら窮屈なくらいだったけれど、壁一面に飾られた髪紐は種類が豊富で、迷うほどだった。
「どれも手作りで、一点物なの。気に入ったのがあったら、その場で買わないと、もう二度と、手に入らないのよ」
そんな脅し(?)にびくびくしながら見ていけば、どれもこれもかわいくて、困ってしまった。
とはいえ、ラーウスさまの髪紐だから、こんなかわいらしいのはさすがにしてくれなさそうだ。となると……。
「いらっしゃいませ」
店の奥から、わたしたちの声を聞きつけた店主が現れたようだ。
黄色の長い髪を複雑な形で結い上げた、色白で、とても美しい女性。
思わず見とれていると、視線が合った。
にっこりと微笑まれ、思わず赤くなる。
って、なんで女性相手に赤くなるのよ、わたし!
「サリレさん!」
「あら、アリア。いらっしゃい。今日はお友だちと一緒?」
「はいっ。新婚の彼女とだんなさまの髪紐を選ぼうと思って、来ました」
「あらぁ、新婚さんってことは、ご結婚されたばかりってことね? おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
店主の名前はどうやらサリレさんというようだ。
サリレさんはにっこりと笑みを浮かべ、それならば、とわたしたちが見ていた反対側の壁に案内してくれた。
「この辺りの髪紐がいいかと思うわ」
と指し示されたのは、二組が一つになった髪紐。
「カップルや夫婦が買っていくものよ。元々は一本の紐を、二つに分けたものになるの。あなたの髪は赤いけれど、だんなさまは?」
「灰色です」
「それなら、この赤い髪紐がいいんじゃないかしら?」
と壁から取って、わたしの手のひらに置かれたのは、少し太めな二組の紐。基調は赤だけれど、差し色として白が入っていて、とても華やかだけど、それほど華美に感じさせないもの。
「これ、オススメなの」
ラーウスさまがこの髪紐をしている姿を想像してみた。
……うん、似合っている。
「それでは、これをお願いします!」
即決したわたしに、周りのみんなが呆れていた。
わたしの場合、気に入ったものがあれば、すぐに買う。買わないで後悔するより、買ってから後悔する方がいいと思っているからだ。
といっても、なかなか気に入るものがないから、気に入ったら買っておかなければ、後悔することが多いってのもある。
「相変わらず、決めると早い」
「なるほど、結婚が決まったのはそういう経緯だったのね」
と三人がぼそぼそ話しているけれど、全部聞こえているわよ。
包んでもらっている間に店内を見たけれど、どれもこれもかわいいけれど、購入しようというものとは出会えなかった。
それでも、今日、ここで素敵な髪紐と出会えたことは、幸運だった。
「お揃いでって、いいなー」
「マールスも思い切って声かけてみたらいいじゃない。それで、お揃いの髪紐を使えば?」
「えー、それをするには、まずは髪の毛を伸ばさないと」
「そうよー。なんでいっつも短くするのよ」
「だって、お手入れ、簡単じゃない?」
「もー、それ、女、捨ててるー!」
女性らしいフェリキタスに対して、マールスは一見すると少年ぽい格好を好んでいるから、男の子に間違われることが多い。だけど、もっと女性的な格好をすれば、とってもかわいいのを知っているので、もったいないと思っていたのだ。
「うーん、そうねぇ。そろそろ髪を伸ばすかなあ」
お金を払って商品を受け取り、それからわたしたちは、本来の目的である、お茶をしにお店に入り、そこで長い間、おしゃべりを楽しんだ。