*八* 部屋を移動することになりました
◆ ◆
カーテンの隙間から差し込む朝の光に気がついて目が覚めれば、目の前に男性にしておくのがもったいないくらいの美麗な寝顔がそこにあった。
ラーウスさまに求められ、それに応えた昨晩。
朝が来て、改めてこうして思い返すと、恥ずかし過ぎて耳まで熱い。
そして、ウィケウスの煎じたお茶を飲んでいない今、興奮し過ぎると、耳と尻尾が出るということに昨日、初めて知った。ラーウスさまに、弱い耳と尻尾をいじられたことを思い出して、さらに赤くなった。
ずっと、かわいいやら綺麗やらと美辞麗句を言われたことも合わせて思い出し、恥ずかしくて布団の中に隠れると、その動きでどうやらラーウスさまを起こしてしまったようで、布団の上からぎゅーっと強く抱きしめられた。
「ルベル、おはよう」
「ラーウスさま、おはようございます」
布団の中から篭もった声で応えると、ラーウスさまはくすくすと笑った。
「なんだい、昨日のことを思い出しているのかい?」
「なっ……!」
「私も、初めてをルベルに捧げることができて、幸せだったよ」
はっ、初めてってどういうことですか! いえ、もちろん、わたしも初めてですけれどね!
王族ってそういう教育をされると聞いていたんだけど、ど、ど、どういうことですかっ!
「やはり、私の見立ては間違っていなかった」
「……へ?」
「私はね、ルベル。魔力が多すぎて、普通の人間では無理なんだよ」
「む、無理、とは?」
「だれにでも魔力があるということは、知っているよね?」
「はい」
この世界には、魔法が当たり前のようにあり、さらにはだれもが魔力を持っているのだけれども、魔力量の多い少ないもあるし、魔力があるからといって、それをだれもが使えるわけではないのだ。
魔力が少ないものは高等魔法が使えるわけでもないし、だからといって、魔力が多いからいきなり魔法が使えるというわけでもない。訓練さえ積めば、魔力が多い少ないに関わらず、それなりのものを使えるようにはなる。
とはいえ、魔法を教えられる人というのは貴重な人材で、だれもが訓練を積めるわけではない、というのが、現在の実情だ。
「その魔力というのは、身体中を巡っている。ここまでは知っているよね?」
「はい」
「普通ならば、意識せずとも、魔力は呼吸とともに吐き出され、そして外にある微量の魔力を取り込んでいる」
そのあたりは、騎士学校で教わった基礎知識だ。
だからうなずくと、ラーウスさまは続けた。
「それが身体を循環し、体内の魔力が減れば、自動的に外から取り込む、という仕組みになっている」
「はい。騎士学校でその辺りまでは教わりました」
その答えに、ラーウスさまは笑って、わたしの頬を撫でた。温かな温もりに、無意識のうちにすり寄っていた。
「だけど、人によっては、体内魔力が多すぎて、上手く循環をさせることができない者がいるんだ」
「それは……初めて聞きます」
「そうだろうね。よほどの膨大な魔力を抱えていない限り、そんなことは起こらない」
「え……ということは」
ラーウスさまが青い顔をしていたのは、まさかそのせいで?
「本当は黙っておこうかと思ったのだけど、私はキミの秘密を知っているから、話さないのはずるいかなと思ったから言うけれど、私はその魔力過多で、上手く調整ができないのだよ」
「そう……なの、ですか?」
でも、最近はそんな感じはまったくないんだけど、どうして?
「ところが、ルベル。キミのおかげで、最近は調子がいいんだ」
「え……?」
「ルベル、キミは気がついていないかもしれないけれど、キミは人の魔力を吸い取る力があるんだ」
吸い取る力……?
そんなものがあったなんて、知らなかった。
「でもわたし、魔法は座学はともかく、実践はからっきしでしたよ?」
「そうだろうね。キミの場合、魔力は魔法の力に変換されるのではなくて、力になっているようだ」
「力に……?」
そう言われて、そういえばラーウスさまと知り合ってからこちら、力が強くなったような気がしていたのだけれど、これってそういうことだったのかと納得がいった。
「キミは無意識のうちに魔力を力に変えている。だからこそ、その細腕でも騎士団長と渡り合えるのだよ」
そうだったのか、無意識のうちにそんなことをしていたのか、わたしの身体は。それで納得がいった。
「ところで、ルベル」
「はい」
「耳を撫でてもいいかい?」
「えっ、出てますかっ?」
どうにもラーウスさまの前だと油断してしまうというか、気が抜けているというか。
起きてすぐに確認して、ウィケウスの香りを嗅いで引っ込めておかなければならなかったのに!
「いや、出ていないよ。でも、昨日のキミはその、すごくかわいくて……」
「だ、駄目ですっ!」
「ちょっとだけ……」
「いくらラーウスさまのお願いでも、駄目ですって」
ラーウスさまに耳を撫でられたら、ふにゃっとなってなにもできなくなるのだから、今、そんなことをされたら、ここから起き上がれなくなってしまう。そんなのは駄目だ。
「なんだよ、ケチ」
ケチってなんですか、ケチって。
「そ、その代わり、よ、夜なら……」
そう妥協してみると、ラーウスさまは嬉しそうに笑った。
あぁ、やっぱりこの笑顔、好きだなぁ。
「よし、それは嘘偽りないな?」
「…………は、はい」
それではまるで、なんだかわたしからねだったみたいで、恥ずかしかった。
◆ ◆
本日の予定はというと、ラーウスさまの隣の部屋に用意された、新しい部屋に移る準備をすることだった。
準備といっても、それほど荷物がないからすぐに終わってしまい、その荷物も自分で運ぶと言ったのに、殿下付きの侍女たちが全部持って行ってしまった。荷物は大半が書物だったので、それはさすがに女性では運ぶのが大変だから、男性たちにお願いすることになったけれど。
そうして、もぬけの殻になった部屋を、感慨深く見回した。
入団当初は騎士見習いだったから、四人部屋で、わいわいがやがやとにぎやかで楽しかった。
そのときに同じ部屋だった子たちとは、騎士団という場所柄、女性がすくないのもあり、未だに仲がよい。
そんなことを考えていたら、扉を叩く音にびっくりした。
「はい」
と答えれば、扉が勢いよく開き、今ほど、考えていた三人が部屋を訪れてくれた。
「ルベル、聞いたわよ!」
「え」
「おめでとう! ラーウス殿下と結婚したんだって?」
「え、あ、はい……」
そのことを報告に行かなきゃと思っていたら、いきなりその当人たちが現れたから、驚いた。
「ラーウス殿下ったら、ルベルしか見てないんだもの! あれだけあからさまな態度なのに、ルベルったら素っ気ないし! あたしたち、心配して見守っていたのよ!」
とは、一番仲のよい、アリア。
昨日、食堂でも言われたけれど、ラーウスさまってそんなに分かりやすい態度を取っていた?
「ね、ほら。やっぱりルベルが最初だったじゃないの!」
「あーん、賭に負けちゃったー」
マールスとフェリキタスの二人の言葉に、目を丸くした。
なに賭なんてしてるのよっ!
「マールス、フェリキタス?」
「う……あ、いや、四人の中でだれが一番最初に、恋人ができるかって話を三人でしていてね?」
「そ、そう。負けた人が昼食をおごることになってて……」
その程度の賭なら、問題ない……?
でも、人がいないところでなんてことを話しているのよっ!
「そ、それより! ルベル、おめでとう! すごいことよ、ラーウス殿下よ? みんなの憧れを射止めるなんて、すごいじゃない!」
「え……あ、うん、そ、そう……ね」
実は単に利害関係が一致したから……というより、弱みを握られているせいでなんですけどなんて言えなくて、曖昧に返すことしかできなかった。